鈴木さんが俵さんに創作についての質問も
体験を言葉で振り返る
終盤は立場が変わり、鈴木さんが俵さんに創作についての質問をしていく。
鈴木:俵さんの『アボカドの種』(角川書店)に、「言葉から言葉つむがずテーブルにアボカドの種芽吹くのを待つ」という歌がありますよね。読んだときに、僕の研究も同じだと思ったんです。言葉から言葉をつむぐ、つまり論文を読むことでアイデアを得て自分の論文を書く研究者も多いですが、僕は体験という種から、じっくりとアイデアの芽が出てくるのを待つタイプなんですよ。この歌にはすごく共感しましたね。
俵:ありがとうございます。
鈴木:すごく気になっているんですが、俵さんはどんなときに歌を詠むのでしょう。「よし、これから3時間は歌の時間だ」みたいに決めているんですか?
俵:いえ、決めていません。まさに鈴木さんが一年の大半を森で過ごし、そこでの体験から研究が芽吹くように、日常の体験が畑となって、ふと歌の芽が出るんです。
鈴木:あ、まさに「アボカドの種」ですね。
俵:あるいは、先ほどの小学3年生の子の感想文も同じですね。読書を含めたさまざまな体験を、後から振り返って味わい直しつつ、言葉にする。短歌は、この行為も含めて短歌なんです。今は短歌を量産するAIがありますが、機械に任せてしまうのはやはりもったいないですね。
鈴木:なるほど! 他に、短歌を詠む上で心掛けていることはありますか?
俵:体験の振り返り方はいろいろですね。たとえば、恋愛の体験などは、そのまま歌にしてもとても人様に見せられないものになりますから、盛り付けや皿を工夫します。一方で、子育ての体験は、お刺身のようにパッとすぐにお出しするのがいいと思います。というのも、子どもはどんどん大きくなっていきますから。子育ての体験は「鮮度」が大事なんですよ。
鈴木:すごいなあ。
俵:一年の大半を森の中で過ごす鈴木さんの生活は、まさに歌の宝庫だと思います。ぜひ、短歌を作ってみていただきたいですね。
鈴木:実は、もう作ってあるんです。先ほどお渡しした、僕が監修した絵本『にんじゃ シジュウカラのすけ』(世界文化社)に挟んでおいたんですよ。
俵:なんと、そんなサプライズが。
鈴木:サプライズついでに、別の一首もいいですか? この夏、ひっくり返ったアブラゼミを眺めている男女を見て詠んだ歌があって。上の句が「アブラゼミひっくり返って落ちている」。
俵:はい。
鈴木:続いて、「もう鳴けないね いやメスだから」。セミのメスはそもそも鳴かないですからね。「もう鳴けないね」といったのが女性で、「いやメスだから」が男性のセリフ。これは僕も言いそうだなと。
俵:ええっと……短歌でそんなツッコミを見たのははじめてかも……(笑)!
俵さんの、人間のものに限られない「言葉」への愛と、鈴木さんのフラットな自然観と明るいキャラクター。会場には感嘆と笑いが絶えなかった。
俵万智(たわら・まち)
1962(昭和37)年大阪府生まれ。歌人。早稲田大学第一文学部卒業。学生時代に佐佐木幸綱氏の影響を受け、短歌を始める。1988年に現代歌人協会賞、2021年に迢空賞を受賞。『サラダ記念日』『愛する源氏物語』『未来のサイズ』の他、歌集、評伝、エッセイなど著書多数。今年4月に『生きる言葉』(新潮新書)を刊行。
鈴木俊貴(すずき・としたか)
東京大学准教授。動物言語学者。1983年東京都生まれ。日本学術振興会特別研究員SPD、京都大学白眉センター特定助教などを経て現職。文部科学大臣表彰(若手科学者賞)、日本生態学会宮地賞、日本動物行動学会賞、World OMOSIROI Awardなど受賞多数。シジュウカラに言語能力を発見し、動物たちの言葉を解き明かす新しい学問、「動物言語学」を創設。愛犬の名前はくーちゃん。初の単著となる『僕には鳥の言葉がわかる』(小学館)で第13回河合隼雄学芸賞、第24回新潮ドキュメント賞、書店員が選ぶノンフィクション大賞2025など各賞受賞。
取材・文/佐藤喬
