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【書評】『悲しき虎』 自己正当化する性的虐待加害者の普遍的な姿を浮き彫りに

『悲しき虎』/ネージュ・シンノ・著 飛幡祐規・訳

『悲しき虎』/ネージュ・シンノ・著 飛幡祐規・訳

【書評】『悲しき虎』/ネージュ・シンノ・著 飛幡祐規・訳/新潮クレスト・ブックス/2420円
装丁/新潮社装幀室
【評者】東山彰良(作家)

 去る十月、日本サッカー協会の某が飛行機のなかで少女の猥褻画像を見ていたとしてフランスで逮捕された。某は「これはアートだ」と言ってのけたそうだが、本書を読んだあとでは、その言い分は言い逃れなんかじゃなく、彼の本心なのではないかと思えてくる。

 本国フランスで数々の賞に輝いた本書は、幼児に対する性的虐待について書かれたノンフィクションだ。幼少期に継父から性的虐待を受けていた著者の筆致はけっして大袈裟ではなく、ことさら己の感情を爆発させることもない。

 だから、きわどい描写でも臨床的に読める。すでに起こってしまった取り返しのつかないこととどうすれば折り合いをつけられるのか。その目的のために、著者は生存者としての体験を文学的、哲学的、精神医学的、文化人類学的に俯瞰してゆく。とりわけ、ナボコフの『ロリータ』論は必読だ。ハンバートをとおして、自己を正当化する加害者の普遍的な姿が鮮やかに浮き彫りにされる。

 それでも、隠し切れない絶望がいたるところから血膿のように滲み出る。「ひとたび被害を受けた者は、常に被害者であり続ける。そして、永遠に被害者なのだ。たとえ切り抜けたとしても、本当には抜け出せない」明晰な文章に、そんな一節が淡々とさしはさまれる。読者はやっと見えかけてきた出口がじつは出口でもなんでもなく、この深刻な問題には出口なんかないのだと思い知らされる。

 加害者は「同意の演出」をする。自分に都合のよい物語を創作する。「おまえはこれが好きだろう?」自分のやったことは愛情から発しているのだと思い込む。あまつさえ、自分こそが本当の被害者なのだと感じている。少女の猥褻画像がアートなら、自己正当化の次のステップは目前だ。そんな人間心理を探る手掛かりをも、本書はあたえてくれる。

※週刊ポスト2025年12月12日号

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