稲田豊史さん/『ぼくたち、親になる』
【著者インタビュー】稲田豊史さん/『ぼくたち、親になる』/太田出版/1980円
【本の内容】
12人の「男親」と3人の「パートナーありの子なし男性」の計15人が、子どもを持ったこと、持っていないこと、その気持ちの変化や後悔、理由について、匿名を条件に本音を明かしたインタビュー集。稲田さんは「おわりに」でこう綴る。《彼らが直面している葛藤や作り上げた自意識は、決して特殊事例ではない。彼らの「トホホ自分語り」や「おもしろエピソード」は、「ぼくたち」にとって決して他人事ではない。遠い宇宙の出来事じゃない。この社会に、職場に、地域に、友人関係の中に、ごく普通に溶け込んでいる。波風を立てぬよう、何食わぬ顔をして》。読んだあなたは彼らの本音に何を思うか。それが問われている。
男って「親になってどうこう」と驚くほど話さない
超少子化時代を考えるとき読むべき本が出た。子どもを持つことに対して、父親になった(ならなかった)人たちの本音を白日の下に晒す、類書のない本である。
著者の稲田さんは『映画を早送りで観る人たち』などの著書があるライターで、稲田さん自身、47歳で初めての子どもを授かり、現在4歳になるその子の育児中である。仕事への影響や夫婦関係の変化など、切実に聞きたかった問いをどんどん投げかけていく。
登場するのは全部で15人。ほとんどは、これまで読書や映画鑑賞といった趣味の時間を大切にしてきた「文化系男子」たちである。
本を読んでまずびっくりするのは、インタビューに答えている男性たちの驚くべき率直さだ。「自分の職業にとって子育てはハンデだ」と言う人、「子どもが生まれた時点で妻への愛情はゼロになった」と言う人、「実験のために子どもを4人儲けた」という人もいる。
「インタビューが匿名というのは大きかったと思います。たとえばタクシーの車内で、運転手さんにすごくプライベートな話をしてしまうことってあるじゃないですか。それに近い感じがあると思う。
それまでこういう話をする場がなかったというのも大きいですね。親になってどうこうって、女性は友人同士で結構話すと思うんですけど、男って、ぼく自身も含めて驚くほど話さないんですよ。『幼稚園に入った』『保育園に入った』とかその程度のめちゃめちゃ薄い話しかしないので、初めて話す先ができて、しかも何をしゃべってもいいというので、気持ちよく話してもらえたのかなと思います」
聞き手としての稲田さんは、自身の価値判断を挟まず聞くことを心がけていたそうだ。
「ふだん友だちと話すときは、意外とそうならないじゃないですか。ちょっと思い切ったことを言おうものなら、『それはどうかと思う』ってすぐ言われてしまう。そういうことは言わずに、5時間でも6時間でも相手の話を聞きました」
村上春樹に『アンダーグラウンド』という地下鉄サリン事件の被害者や関係者に話を聞いたノンフィクション作品がある。今回の本を書くとき、稲田さんには『アンダーグラウンド』の長い語りが念頭にあったそうだ。
インタビューは、もともと女性向けのウェブメディアで連載された。「人間の自立とは親になること」であり、「少子化の原因は“女性の幼稚化”だ」と言う男性が登場した回は物議を醸し、少なからず炎上もしている。
「世の中にイクメン的なテーマの本や文章っていっぱいありますけど、ぼくからすると、ちょっと意識が高すぎる感じがありました。子どもができて、父親になって、仕事や趣味の時間は減ったけど、人間として成長しました、みたいな言い方があるじゃないですか。普通の人の本音ってそうじゃないんじゃないか。仕事ができなくて悔しい、趣味の時間が減って残念、ってことだって無視しちゃだめじゃないかって」
収録されているインタビューはすべて取材相手によるチェック済みだそうだが、本音の部分は削られることなく掲載されている。ウェブ掲載は取り下げたが、書籍への収録はOKしてくれた人もいる。
「ウェブでは、なんか『ひどい』ってことで盛り上がっちゃうんですよね。面白ひどいエピソードとして消化されてしまうところがありました。『この人の気持ち、わかる』と書いた瞬間に、攻撃される可能性もあるから、そっちの感想は封印されてしまう。55%共感できて、45%共感できない、みたいなのは伝わりづらい。そういう意味では、あまりウェブ連載向きの内容ではなかったのかもしれません」
