高羽さんが保存し続けていた玄関のたたきの血痕(撮影・水谷竹秀)
半べそをかきながら…
問題は、フローリングなどに付着した血痕だ。その清掃について悟さんが警察に問い合わせたところ、警察は対応せず、「業者も紹介できない」とも告げられた。
「だから自分でやるしかないかなと思いました。業者を一から探すのも面倒だし、残っているものが残っているものなので、業者にも家族にも気軽に頼めない。決死の覚悟で腹を括りました」
事件後、悟さんは名古屋市内の実家に居を移し、両親や航平くんとともに暮らしていた。そんな環境でいざ現場の清掃に取り掛かるとなると、航平くんを両親に面倒みてもらうためのまとまった時間が必要だった。このため、その年の年末年始の休みを利用した。悟さんが苦渋の表情で振り返る。
「バケツにお湯を入れ、雑巾で血痕のついた床を1人で拭きました。寒いからお湯がすぐに冷たくなって手がかじかむ。その度にお湯を入れて作業を続けました。血痕は炭化して粉状になってるんですよ。フローリングの目地にも血痕が入り込んでいたので、爪を立てて取り除きました」
作業を始めると1日2時間が限界だった。それを年末に2日、年始に2日の4日間、計8時間続けてようやく綺麗になった。
「情けなくなってきて、半べそをかきながらやりました。なんでこんなことを自分がやんなきゃいけないのかと」
