小松由佳氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)
親子2代にわたってシリアを独裁的に統治したアサド政権が2024年12月8日に崩壊し、1年が経った。当時、イギリスでシリア難民の取材をしていた著者は、同行していた8歳の長男を連れ、日本で働くシリア難民の夫も呼び寄せ、あの歴史的瞬間に立ち会った。
「政権が崩壊したことにより、これまで私が取材をしていた難民たちが戻ってくる流れになったので、急遽、取材先をイギリスからシリアに変更しました。夫の仕事場にも電話を掛けて休みを頂いたのですが、日本からの渡航費がなくて……。私の父親に借りました。次男は経費削減のために秋田の実家に預けました」(小松由佳氏、以下同)
照れ笑いを浮かべてそう打ち明ける著者が、リスクの高い現場取材にこだわり、シリア難民を取り巻く日常を内側から描いた本書が、第23回開高健ノンフィクション賞を受賞した『シリアの家族』である。
シリア難民の取材がスタートしたのは今から10年以上前。植村直己冒険賞を受賞するほどの登山家だった著者は、山登りの過程で、自然とともに生きる山岳民族や部族の営みに関心を持つようになった。
「自分たちは最新技術を使い、物資も大量に持ち込んで山を登る。でも彼らは本当に限られたものや伝統によって助け合って生きている。ものすごくシンプルだけど、そこには精神的に満たされた暮らしがあり、彼らの表情もすごく生き生きしていて、感動したんです」
そんな体験を機に著者は2008年10月、モンゴルの草原や中東の砂漠を旅し、シリア中部のパルミラでアブドゥルラティーフ一家と運命的な出会いを果たす。一家は70人の大所帯で、砂漠に100頭ものラクダを持ち、半遊牧的な生活を営んでいた。ところが2011年以降、シリア国内で内戦が激化し、一家はトルコへ逃れるなどで離散。その中の1人が、後に著者の夫となった。
「当時は夫も徴兵され、政府軍に所属しました。でも市民に銃を向けられないと脱走してヨルダンで難民になったのです。夫の家族がそれまでの穏やかな暮らしを突然奪われ、行方不明者も出て、皆バラバラになった。難民とはどんな人たちで、どういう思いで故郷を失っていくのか。悲惨なだけじゃなく、明るい部分もある。それを人間のエピソードとして伝えたかった」
以降は難民をテーマに取材を続け、家族が滞在するトルコや欧州で、異郷に生きる彼らの声に耳を傾けた。だが、シリアだけは入国できなかった。
転機が訪れたのは2022年。親族訪問ビザが取得できたのだ。さらにウクライナ戦争の勃発により、シリアに駐屯していたロシア軍勢力の影響力の変化も予想され、覚悟を決めた。とはいえ現場は外務省から退避勧告が出されている危険レベル4(最高)の国だ。迷いはなかったのか。著者は「1ミリもなかった」と言い切る。
「夫の故郷、パルミラに行くのが長年の悲願だったので。義父のガーセムはずっと帰りたいと言いながら、トルコで亡くなった。彼らが難民となる前に暮らしていた街がどうなったか。そこを見なければ点と点がつながらず、難民の取材をしていることにはならない」
