残した名言も多いアントニオ猪木さん(写真=東京スポーツ/AFLO)

残した名言も多いアントニオ猪木さん(写真=東京スポーツ/AFLO)

道場での忘れられない猪木の言葉

 木村が新日本で現役生活を過ごした1973年から2003年まで、新日本道場の練習メニューが大きく変わることはなかった。しかし、道場に猪木がいるのといないのでは、雰囲気は大きく異なり、緊張感がまったく違ったという。

「私が新日本にいた間、道場の練習メニューはほぼ同じだったと思います。だからこそ、猪木さんの存在の大きさを痛感しました。猪木さんが道場にいるだけで、そのオーラが選手たちの体を押して、限界を超えるまで動けるような感覚になるんです。それが“闘魂”なんですかね。

 私にとって猪木さんは、闘う人間のピラミットの頂点でした。それを新日本のみんなが下から支えている感覚。プロレスの奥深さを教えてくれたのも猪木さんでした。様々な局面での対応や、相手の力を利用する、うまく吸収する懐の深さ、柔らかさなど、猪木さんの真似をしたくても、永遠にたどりつけない世界なんだということを痛感しました。

 道場の練習で猪木さんは、『プロレスは闘いである。師匠と思うな。闘う相手なんだから、遠慮しないで倒しに来い』と常に言っていました。また、昭和の時代、プロレスを好奇の目で見る人は多く、『世間にプロレスを認知させたい』『プロレスラーは強くてすごいんだ』『キング・オブ・スポーツなんだ』という思いを、身を捧げて実践していたと思います。

 そんな猪木さんの教えを受けていた私たちですから、全日本プロレスとしのぎを削る関係だった当時、道場で切磋琢磨していた仲間たちは、全員が猪木さん、新日本の屋台骨を支えているんだと自負していたと思います。だから『もし全日本と闘うことがあれば、いつでもやってやるぞ!』という気構えをみんなが持っていたんです」

 2003年に木村は現役を引退。その後の約3年間、新日本のスカウト部長とプロレス中継番組『ワールドプロレスリング』の解説を務めた。現役を退いたばかりで右も左もわからないなか、 木村は「とにかく新日本をよくしたい」という一心で頑張った。たとえその場に猪木、坂口、小鉄がいなくても、与えられたことは一生懸命やるという精神は、新日本道場で培ったものだと木村は自負する。

「猪木さんのようにプロレスファン以外でも名前を知っていて、今でも話題になるような偉大な選手はそうそういないですよね。だからこそ今のプロレスラーにも猪木さんの栄光の過去を学んでほしい。先人が築いたプロレスの歴史を知ってほしい。昔と今のプロレスは違うって頭から否定しないでほしい。猪木さんほどプロレスのことを考え抜いて、それをリングで実践してきた選手はいないんですから。

 早いもので、猪木さんが亡くなってから3年ですか。今でも不意に猪木さんのことを思い出すことがありますが、これほどプロレスを愛していた人は他にいないと思います。私は今、猪木さんもかつて身を置いた政治の世界にいますが、師匠・アントニオ猪木の教え、猪木イズムは私の中で生き続けています。それは、プロレスラーとして名声を得て、プロレスを通じて人の役に立ちたい、世間のみなさんに恩返しをしたいということに尽きます。

 猪木さんには遠く及ばないかもしれませんが、これからも一歩でも半歩でも近づく努力をしていきます。昭和の時代の新日本道場での厳しい練習を思い出せば、どんな困難が立ち塞がっても、少しでも前に進めると思うんです。本当にありがとうございました」

取材・文/藤木健太

(了。第1回から読む)

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