大原美術館は私にとっても運命の矢が放たれた場所
「10歳の時、私がアート好きだと知っている父に、意気揚々と大原美術館へ連れて行かれまして。
足を踏み入れた瞬間に出会ったのがシャヴァンヌの『幻想』という絵です。その時受けた衝撃を『楽園のカンヴァス』の1行目にそのまま書いているんですけど、すてらにとってそうであるように、私にとっても運命の矢が放たれた場所なんです。MOMAがニューヨークにできたわずか1年後の1930年に、倉敷という地方都市にこれだけクオリティの高い美術館ができて、いまも続いているのは本当にすごいこと。国の宝と言っていい。大原美術館愛を語り始めると止まらなくなります」
すてらが書き上げた「回転木馬」という小説は、会社の文化祭に展示され、初めての読者を得る。20歳を前に工場を辞めたすてらは、奉公した先の令嬢多嘉子から「常和田伊作」という文士を教えられ、運命の糸に導かれるように東京へと向かう。
小説の構想自体は10年ほどあたためてきたそうだ。10年と聞くとずいぶん長いようだが、『楽園のカンヴァス』は30年がかりというので、原田さんの中では特段長い、ということもないらしい。
すてらには「星」という意味がある。この珍しい名前を与えられた少女が作家をめざす今回の小説は、じつは3部作として構想された大長編の第1部にあたる。
「主人公が作家になるまでの前夜を、『アヴァン(フランス語で~の前の意味)』を描く小説で、映画でいうところの『エピソード・ゼロ』みたいな感じです。
私は1920年代のパリが好きで、自分でもパリに拠点を持ち、この10年は日本とフランスを行ったり来たりしてきました。1920年代のパリは世界の芸術の中心で、世界中から才能あふれる芸術家たちが集まってきていて、そこで沸き起こりつつある新たな潮流をキャッチしようとする血気盛んな若いアーティストたちが日本にもいました。この面白い時代にフォーカスして、パリで活躍する日本人女性の一代記として書こうというところから今回の小説は始まっています。
第2部ではいよいよすてらがさまざまな芸術家たちと交流を始めますので、ぜひ楽しみにお待ちいただきたいです」
すてらはこの先、どんなアーティストと出会うのか。日本で回転木馬を見ることなく小説を書き上げた彼女が、パリで本物の回転木馬を見たときどんな感慨を抱くのか。想像しながら、第2部、第3部の完成を待ちたい。
【プロフィール】
原田マハ(はらだ・まは)/1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科および早稲田大学第二文学部美術史科卒業。森ビル森美術館設立準備室在籍中の2000年、ニューヨーク近代美術館に半年間派遣。2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、翌年デビュー。2012年に発表した『楽園のカンヴァス』は山本周五郎賞、R-40本屋さん大賞などを受賞しベストセラーに。2016年『暗幕のゲルニカ』がR-40本屋さん大賞、2017年『リーチ先生』が新田次郎文学賞、2024年『板上に咲く』が泉鏡花文学賞を受賞した。ほかの作品に『たゆたえども沈まず』『美しき愚かものたちのタブロー』など著書多数。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2026年1月8・15日号