『西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム』(ダグラス・マレー・著 町田敦夫・訳)
2025年は、高市発言に端を発する日中の関係悪化、深刻化する少子高齢化、課題山積の移民・難民問題、そして急激に普及する生成AIやSNS上でのフェイクニュース・誹謗中傷問題などなど、解決すべき数多の問題と向き合うことなった。2026年を迎え、私たちはこれらの問題にいかに対処すべきか。そのヒントとなる1冊を、本誌書評委員が推挙してくれた。
国際ジャーナリスト・堤未果氏が選んだ「2026年の潮流を知るための“この1冊”」は『西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム』(ダグラス・マレー・著 町田敦夫・訳/東洋経済新報社/3080円)だ。
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日本が世界4位の「移民大国」だというと、驚く国民は多いだろう。国連の定義では、出生国以外に1年住めば「移民」だが、日本では「入国した時に永住権を持っているのが移民」とされる。だから少子化と人手不足を理由に、政府が次々に外国人受け入れを進め、在留外国人の数が、過去最高を更新し続けても、建前上、日本に「移民」は存在しないのだ。
だが本当にそうだろうか。『西洋の自死』は、この日本特有の本音と建前の乖離が、いかに取り返しのつかない悲劇をもたらすかを教えてくれる書だ。
中東やアフリカから百万人規模の移民を受け入れた欧州の為政者たちが、国内の現実から目をそむけ、マスコミが建前だけを報道し、知識人がこの話題を避け、疑問や批判の声が「排外主義」という言葉で封じ込められた結果、文化や伝統、社会のあり方、女性達の身の安全に至るまで、国の在り方が根底から変わってしまった経緯が詳細に書かれている。
後追い中の日本の私達が、反面教師にすべき内容に他ならない。欧州で移民政策の議論をタブー視させたのが帝国主義の遺産からくる罪悪感ならば、日本の場合は「多文化共生」への過剰な憧れと、財界に煽られる経済停滞への「恐怖」だろう。
欧州の事例を知ると、外国人受け入れ問題を「人道主義」対「排他主義」という二元論に閉じ込めるリスクに気づくだろう。信仰の違う外国人を入れ過ぎれば、人口構成が変わり、当然、家族の伝統や働き方、女性の地位など、様々な価値観が書き変わるからだ。外国人が危険かどうかという感情論ではなく、「国とは何か」という問いなのだ。
国防とは領土を守ることだけではない。祖国を形づくってきた精神や文化の価値を見直し、私達が主権者として未来を決めるために、本書を強く勧めたい。
※週刊ポスト2026年1月2・9日号
