岩城滉一一覧

【岩城滉一】に関するニュースを集めたページです。

岩城滉一が明かす「田中邦衛さんとの最後の日」と「北海道移住計画」
岩城滉一が明かす「田中邦衛さんとの最後の日」と「北海道移住計画」
 今年3月、日本中が悲しみに暮れた田中邦衛さん(享年88)の訃報。田中さんの代表作といえば1981年から2002年まで放送された『北の国から』(フジテレビ系)だが、同作でまっすぐに生きる農家の青年・草太を演じたのが岩城滉一(70才)だ。 家族同然の関係だった田中さんと岩城が最後に会ったのは、同じく『北の国から』で共演し2012年に亡くなった地井武男さん(享年70)のお別れの会。『北の国から』のほぼすべてのキャストが駆けつけた。そのときすでに岩城は田中さんの様子に異変を感じていた。「もうずいぶん体調を崩していて、歩くのも危なっかしかった。それで『邦さん、大丈夫?』って声をかけたんです。邦さんは、僕の顔をじっと見つめたけれど、名前が出てこないようだった。だから、ふと思いついて『あんちゃんだよ。草太だよ。そ・う・た!』って言ったら、『おおー』って笑ってくれたんです。あの邦さん独特の曲がった口でね」 病魔に襲われていた田中さんだが、「草太」の名前だけは忘れるはずはなかった。その後、悪化する田中さんの体調について人づてに聞くことはあった。しかし、そっとしておいてほしいとの田中さんの家族の意向を受け止め、見舞いに行くことはなかった。 そして今年3月に田中さんが逝去すると、岩城は追悼コメントを発表した。「あとから『コメントが短い』と言われたけど、本当に言葉がなかったんです。それでも何か言わなきゃと言葉を絞り出したけど……邦さんと地井兄ぃと僕はちょうど年齢が10才ずつくらい違うんだけど、2人ともいなくなってしまった。家族以上に一緒にいた関係だったから、本当に寂しくて。もっといろいろと話がしたかったですね」 そう静かに語る岩城はいま、お世話になった北海道への移住を計画している。「いまでも毎年、ツーリングで北海道を訪れているんです。その中で出会ったのが、摩周湖の近くにある弟子屈という町。来年から夏と冬に1か月くらいずつ、“移住”する予定です。短い人生だし、『北海道に恩返ししたい』じゃあないけど、北海道で何かできたら、という気持ちがあります」 秋には第1話放送から40周年を記念するイベントも企画されている。もちろん、40周年のイベントにも参加するつもりだ。「まだ具体的な話は来ていないけど、呼んでもらえたらぜひ出席したい。僕にとっては宝物の作品ですし、みんなで邦さんの思い出を語り合いたいですね」 秋の“同窓会”は、大切な記憶を受け継ぐための集いになりそうだ。※女性セブン2021年7月1・8日号
2021.06.22 07:00
女性セブン
岩城滉一が語る田中邦衛さんの思い出「本当に家族として接してくれた」
岩城滉一が語る田中邦衛さんの思い出「本当に家族として接してくれた」
 今年3月に亡くなった田中邦衛さん(享年88)の代表作といえば、ドラマシリーズ『北の国から』(フジテレビ系)だろう。離婚を機に東京から故郷の富良野に戻ってきた黒板五郎(田中さん)と、幼い子供、純と螢。電気や水道も開通していない廃屋同然の家での生活と、時に大自然に泣かされ、地元住民に助けられながら成長する親子の姿は大きな感動を呼んだ。 2002年の『北の国から 2002遺言』を最後に放送が終了してまもなく20年。「あのドラマは僕の人生の一部。これまででいちばん思い出深い仕事です」 出演者の1人である岩城滉一(70才)はこう語る。 岩城が演じた北村草太は、純と螢の兄のような存在だった。バイクとボクシングが趣味で荒っぽいが、真っすぐに生きる農家の青年・草太は黒板家の面々とともに喜び、怒り、笑い、涙した。草太と自分を重ね合わせるかのように岩城が振り返る。「『北の国から』は地方から東京にメッセージを送った最初の作品です。自分にとっても初めて演技が面白いと思えたドラマで、熱意をもって演じることができました。 撮影の空き時間は、富良野の町で自由に過ごしていたのですが、僕のことを『岩城さん』と呼ぶ人は誰もいなかった。町でパチンコをしていると周りから『草ちゃん、草ちゃん』と役名で声をかけられました(笑い)。いまでも富良野を訪れると、当時から通っているラーメン店に『元気?』と言いながら顔を出してしまいます。もしつぶれていたら寂しいな、と思いながら訪ねて行って、あるとホッとしたりね。もう、第二の故郷です」 長期にわたって出演者と過ごすなか、いまも忘れられないのが田中さんとの交流だ。「僕はあまり芸能界の人とのおつきあいがないけど、邦さん(田中さん)は別。特別な“友人”でした。 邦さんはビックリするくらい真面目な人でしたよ。プライベートでもよく富良野を訪れていて、『こないだ行ったらあそこに柵ができていたぞ』などと、報告してくれました。ロケ地に建てられた見学施設の『五郎の家』の中に、ファンがメッセージを残す帳面があるんですが、邦さんは『岩城、帳面の数が普通じゃねえんだよ。4畳半の部屋いっぱいに置いてあるんだ。ありがたいねえ』と感謝していた。僕もそれを聞いて、富良野まで帳面を見に行きました」(岩城・以下同) ドラマが始まった頃、岩城の娘はまだ小学生。撮影のため長い間、父親に会えなくて寂しがっていることを知った田中さんは、岩城にこう声をかけた。「俺たちが面倒を見るから、富良野に呼んだらどうだ」 岩城が草太のような笑顔で振り返る。「それで娘を富良野に呼んだら、僕が撮影している間、邦さんと地井兄ぃが一日中プールで遊んでくれました。彼らにとってせっかくの休みなのに、目を離さずに面倒を見てくれて。その姿を見て、“本当に家族として接してくれているんだな”と思いました。でも、あまりに長い間プールにいて冷えたのか、娘の唇が紫色になってしまって。最後に『邦さん、いつまで泳いでるのよ!』と注意しましたけど(苦笑)」 第1話が放送された10月9日の前後には、40周年記念イベントが企画されており、岩城も参加するつもりだという。秋の“同窓会”は素敵な思い出を再確認する場になりそうだ。※女性セブン2021年7月1・8日号
2021.06.21 07:00
女性セブン
岩城滉一「車は100台持ったけど、乗せる女性は1台1人だけ」
岩城滉一「車は100台持ったけど、乗せる女性は1台1人だけ」
 CMソングとしてヒットした奥田民生の歌に従えば、クルマはあくまで快適に暮らす道具であり、クルマに乗らないといけないということはない。しかし、奥田が言わんとするのは、それでもクルマが好き、という「男の子のワクワク」だ。『週刊ポスト』(2021年1月4日発売号)では、国民の意見が二分される22のテーマについて、各界の論客が賛成・反対に分かれて興味深い激論を交わしている。そのうちのひとつ、「自動運転車に乗るか、乗らないか」というテーマでは、芸能界随一のクルマ好きとして知られる俳優の岩城滉一が、「乗らない派」の意見を述べている。 岩城は俳優デビュー前にはバイクチームの幹部を務めたほどのバイク好きで、30歳でクルマの免許を取得してからは、四輪でもレーサーとして活躍、国内最高峰のF3000に参戦したこともある。現在はバイクチームを主催し、レースに参戦を続けている。そんな岩城に、自動運転の是非にとどまらない「クルマ愛」について語ってもらった。 * * * もともと僕は二輪好きだったからクルマには興味がなかったんだよ。それが子供ができて病院に連れていったりするようになるとクルマが必要じゃない? それで30歳で免許を取って、乗るなら「モーリス ミニクーパーS」以外考えなかった。あんなに小さくて可愛らしいのに、レースやラリーで勇名を馳せて活躍していたし、子供も乗ってて楽しいんじゃないかと思ったからね。 ミニの良さは、なんといってもいじりがいがあるところ。クルマって、自分がより乗りやすくなるようにいじる楽しさってあるんだよ。だから、最近のクルマみたいに、いじりがいのないものは興味がない。 これまで100台近くのクルマを所有してきたけど、クルマごとに乗せる女性は一人だけなんだよ(笑い)。自分が愛してるクルマの価値がわかる女性じゃなきゃ乗せない。初めて女性を乗せる時に、その子がなんていうかで、ああ価値観が同じだな、共有できるなって感じるところ、あるじゃない? 今では僕のローバーミニにはママしか乗せないし、スーパーに買い物に行くだけでも二人だけの空間になる。クルマって、自分にとって足でもあるんだけど、やっぱり好きな空間でもあるんだよね。電気自動車だ、自動運転車だというのは、本人さえ居心地の良いものならどんな足でもいいわけだけど、僕にとっては、そういう足には興味がないということ。 クルマって、あんまり便利になりすぎないほうがいいよね。老人がバックと前進を間違えたり、アクセルとブレーキを踏み違えたりする事故が起きてるけど、マニュアル車であればそういうミスも起きないんじゃないかな。自動ブレーキなんて機能もあるけど、本来、自分以外の誰かにブレーキを踏まれるなんて危険極まりないからね。 今は軽トラからキャンピングカー、ミニにジープ、スポーツカーを持ってるけど、これ以上ほしいクルマはないかな。僕はまあ、自分で運転できないと自覚した時、つまり視力が落ちたとかいうことになれば、自動運転のクルマは買わないし乗らない。その時は、免許返納の時だと諦めて、クルマやバイク以外の楽しみを見つけることにしますよ。
2021.01.03 16:00
NEWSポストセブン
亡くなる前日、救急車がマンションに……
ショーケン、沢田研二、横山剣がヤクザとトラブったとき
 芸人が事務所を通さず“闇営業”をした先が、反社会勢力が主催するパーティや誕生会だったと、テレビ界に激震が走っている。表面化したあと「間接的」「知らなかった」など往生際が悪い現在の彼らと違い、昔のスターは問題が起きても潔かった。時代が異なると言ってしまえばそれまでだが、タレント本収集家としても知られるプロインタビュアーの吉田豪氏が、秘蔵の資料から往年のスターたちが、どのようにヤクザと渡りあったかについて振り返る。 * * * 昔は、ヤクザとトラブったときの対処がいまとは違っていました。 クレイジーケンバンドのリーダーの横山剣さんは、ヤクザに攫(さら)われてホテルに監禁されて、明らかにクスリやっている状態でピストルを突きつけられていたところを、当時クールスというグループで大先輩だった岩城滉一さんに救出されたと言っていました。まさに命の恩人なんですが、監禁されていた時の剣さんの精神状態もおかしくて。「でも不思議なもんで、そういう状況の中でもだんだん親近感が生まれたりとか、世間話もあったりして、むしろそこにガツンとくるという、ショックを通り越すと結構笑っちゃったり、これはいいネタになるなとか思って」(『POPEYE』2007年9月号) 精神が異常にタフなんですよね。 さらにすごいと思ったのが、亡くなったショーケン(萩原健一)がジュリー(沢田研二)と一緒にヤクザに攫われたときの話。昔の芸能人は、とにかくよくヤクザに攫われていた(笑)。『ショーケン』という自伝に載っているエピソードです。「実際、暴力団のコワイ人たちに拉致されたこともあった。(中略)大阪でグループサウンズ大会をやることになった。その公演のあと、ヤーさんたちに取り囲まれてさ。『坊や坊や、こっちに来な』沢田研二、堺正章、布施明と一緒に無理やり黒塗りのクルマに押し込まれてねえ。クラブに連れ込まれたと思ったら、いきなり、『歌え!』ぼくは黙ってた。泣きそうな顔しているのもいれば、 『歌っちゃおうよ』と言ってるのもいたけれど、キッパリと断ったのが沢田です。ヤクザに、面と向かってこう言った。『歌えないよ』偉い。こいつ、度胸あるなあ、と思った」 ジュリーは誰にでも喧嘩っぱやいんですが、ジュリーにしてもショーケンにしても、ヤクザと渡り合えるだけの度胸があったということ。いまの芸能人には、こういう伝説はもう生まれないだろうなと思います。(談)※週刊ポスト2019年7月12日号
2019.07.04 07:00
週刊ポスト
「グレイヘア」、本当にブーム? 流行語ノミネートも疑問の声
「グレイヘア」、本当にブーム? 流行語ノミネートも疑問の声
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は「ブーム」と一部で報じられた「グレイヘア」について。 * * *  7日、ユーキャン『新語・流行語大賞』に30語がノミネートされ、同日と翌日は、ニュース、スポーツ紙、ワイドショーなどが大きく報じていた。 毎年、「え?そんな言葉、使ってる人いないよね」とか、「こんな言い方しないよね」「もっと他にあったんじゃないの?」などとツッコむ声が多数あがるものだが、今年は「だいたい知ってる」「確かに流行っていた」「使っていた」というコメントがSNSなどで目だった。  そんな中、比較的若い人たちが「何、それ?」「全く知らない」と首を傾げるのが「グレイヘア」だ。『日刊スポーツ』によれば、「白髪をあえて染めず、色合いを生かした髪形。元フジテレビアナウンサーの近藤サト(50)らが実践して、『年相応ですてき』と評判になった」と解説されている。 この数年、ナレーターとして番組クレジットに名前が出ていた彼女が、コメンテーターとして出演し、その過激なコメントでプチ炎上を繰り広げていたのは、ここ1年程のことだろうか。『バイキング』(フジテレビ系)でも、病欠していた西川史子センセイの代打で出演した『サンデージャポン』(TBS系)でも、わざと過激なことを言っているように見えて、ネットなどでは「狙ってるの?」「なんか必死っぽい」とのリアクションがあったものだ。 実はその頃から、グレイヘアだった近藤サト。ネットでは「なんで染めないの?」「怖すぎる」「老けて見える」などと、さんざんだったのだけれど、彼女なりの考えが女性誌や新聞などで紹介されるようになってから、一転、「素敵」との声が上がることとなった。 なんと、20代後半から「白髪を染めなくてはと追い立てられていたようだった」という彼女。20代から白髪に悩まされていたとは、そういう体質なのか、それとも苦労が髪に出てしまっていたのだろうか。古い話で恐縮だが、不倫略奪婚、離婚、再婚を比較的短い期間でやってのけた彼女は、後者である可能性もあったように思えてならない。 だが、「自然体でいたい」と40代後半になって白髪染めをやめたというのだ。実は彼女がそのことを語り始めた当初は、「東日本大震災」というワードを出し、避難袋の中に白髪染めを入れている自分に大きな疑問を感じたという内容のコメントをしていた。それほどまでに白髪染めとつきあいが長く深かった、彼女なりの想いや考えは理解できなくはない。「潔い」という声を否定するつもりも全くないのだが、「それを流行りのように報じるのは無理がある」という声も多かったものである。 彼女がナレーターを務めている『ビビット』(TBS系)はいち早く「ブーム」というVTRを作り、特集していたけれど、「カラーリング剤やウィッグのメーカーがスポンサーについているワイドショーではなかなかやれないネタではないか」と指摘する広告代理店の女性がいて、なるほどなと思ったのも事実である。 そして9日の『バイキング』(フジテレビ系)ではこんな一幕があった。ライオン一社提供の「とれたてニュースバイキング」のコーナーで、近藤サトの大先輩である笠井信輔アナが「新語・流行語大賞」にノミネートされた30ワードを紹介。MCの坂上忍をはじめ、ゲストの東国原英夫、南美希子、土田晃之、アンガールズ田中、橋本マナミらがコメント。 社会、芸能、スポーツ、政治にジャンル分けした中の「社会」に「グレイヘア」も入っていたのだが、笠井アナは「あおり運転」「君たちはどう生きるか」「スーパーボランティア」のみをピックアップし、「グレイヘア」を完全スルー。近藤サトは時々『バイキング』にも出るし、女性の美容に詳しい南美希子さんあたりから何かしらコメントがあってもいいハズなのに、全く取り上げられなかったのである。 この日の『バイキング』の「グレイヘア」の注釈では、「40、50代女性を中心に白髪染めをやめ、ありのままを受け入れる風潮が広まる。女性誌では特集が続々組まれた」と記されていた。 確かに私も何誌かで特集を目にしたけれど「続々」というには無理があるし、「40、50代女性」というのにはもっと無理があると思う。40、50代女性で近藤サトばりに白髪の女性というのは、そう見かけるものではないし、「グレイヘアが素敵」ということで出てくるのは、インタビューを受けているのは近藤サトでも、写真では女優の草笛苗子や、近藤サトよりもずっと前からグレイヘアでワイドショーのコメンテーター席に座っていた加藤タキ氏、そして俳優の岩城滉一の妻でモデルの結城アンナら、いずれも近藤サトよりは20~30歳も年上の女性ばかりなのだ。 近藤サトの年齢といえば、いわゆる「美魔女」世代であり、当該女性が愛読する雑誌で「グレイヘアがトレンド」という記事は私は見たことがないのだ。そして前述のとおり、そうした雑誌はカラーリング剤やウィッグのメーカーが広告主であり、美容雑誌の類ならなお、「白髪は染めるもの」と読者に刷り込んでいる。 実は先日、近藤サトのフジテレビ時代の同期、中村江里子アナと『1周回って知らない話』(日本テレビ系)で共演し、ヒナ壇の隣に座らせてもらった。間近で見た中村アナの黒黒とした美しい髪に私は息を呑んだ。20代の頃はロングヘアだった彼女も、いまはベリーショート。だが、艶が合って、羨ましいほど太い髪をワックスでまとめたスタイルは、その日の装い(白シャツにパンツ)に合っていて素敵だった。 白髪を放置し「自然体」と胸を張るのか、キレイに染めて背筋を伸ばすのかは、はっきり言って好みの問題。 繰り返しになるが「グレイヘア」がトレンドで、しかも「新語・流行語」というのには、無理がありすぎる。できるだけポジティブな言葉を選出しようとしている審査員らが、「グレイヘア」をそう捉えたというのなら仕方ないのだけれど…。 とにかく、「流行なのかもしれない」と、白髪を放置して、どれだけの人が美しく見えるのだろうか。近藤サトは、フジテレビ入社当時、先輩男性社員がザワついたほどの美人であり、華やかな同局の女子アナの中でも、もっとも美しい(好みか否かは別)一人ではないか。 つまり、彼女はグレイヘアであっても、逆にカラーリングを施していても、なんならスキンヘッドにしていたとしても、美人に変わりはなく、「グレイヘアが流行り?」を真に受けて彼女のマネをしたところで、いいことばかりではないのではないかと私は思う 近藤サトの古巣・フジテレビの番組でもスルーされてしまった「グレイヘア」。この先、どう広がりを見せていくのか、個人的に興味津々ではある。
2018.11.11 07:00
NEWSポストセブン
岩城滉一、妻・結城アンナに「ママは世界でたった1人」
岩城滉一、妻・結城アンナに「ママは世界でたった1人」
「おしどり夫婦」として知られるあのカップル。夫婦円満の秘訣は何なのか──。結婚生活43年目を迎えた、岩城滉一(67才)と結城アンナ(62才)に話を聞いた。自宅でのインタビュー中、「愛しているよ」と何度も言う夫に、ほほえむ妻。破天荒でアウトドア派の夫と、インドア派の妻という正反対のふたりが、夫婦を続けるための“ルール”とは? 革ジャンを着てバイクに乗り、“不良”のアイコンとして知られていた、俳優・岩城滉一が結婚したのは25才の時。さぞかし女性にモテたはず!と、質問するも、「ママ一筋だよ」と笑顔で即答…。しかし、妻の意見はやはり(?)、もう少し冷静なものだった。結城アンナ(以下、結城):う~ん、どうかしら(笑い)? でも私、彼が外で何をしているか、あまり気にならないの。そんなことを考えるよりも、一緒にいる時間を大切にしようと思ってきたから。だから、彼が外出する時は必ず、“気をつけてね、ご飯を食べてね、けんかしないでね”とだけ言って送り出してきました。行き先や帰宅時間、出かける相手などは聞いたことがありません。〈そんな“マイルール”を実行してきた背景には、夫婦はそれぞれ別の人間だからこそ、程よい距離を保った方がいいという考えがあるようだ。〉結城:そもそも、私たちは趣味も嗜好も正反対。食事の内容も違って、彼は肉やジャンクフードを好んで食べるけど、私は野菜やお魚が中心。最近まで一緒に食卓を囲むことも少なかったくらいです。だからといって、お互いの価値観やライフスタイルを押しつけることはしませんでしたね。岩城滉一(以下、岩城):おれたちのルールは、お互いを尊重し、ひとりの時間を大切にすること、気になることは見て見ぬふりをすることかな。でも、互いがそれぞれ違う方向を向いていたら、ただの同居人になってしまう。だから、夜にお茶を飲みながら、夫婦でその日あったことを話し合ってきましたね。こういう時間を日常のどこかに持つことが大切じゃないかな。あと、誕生日を忘れないことも、自然にルールになっていたね。〈とはいえ、高級レストランに行ったり、プレゼントを贈ったりして祝うのではなく、「今日は誕生日だね、おめでとう」と伝えるくらいなのだとか。無理しないことが、長くルールを守れる秘訣なのかもしれない。〉◆言いたいことは言う。だから不満はナシ!〈ところで、これだけ夫婦のルールを理解し合っているなら、けんかはしないのだろうか?〉結城:しょっちゅうしていますよ。お互い頑固だから一歩も譲りません(笑い)。最近けんかの種になるのは、庭の木の剪定についてかな。あの枝を切ろうかとか、何を植えようかとか…。意見が食い違って、カチンとくることもあるけれど、お互いに言い返すから、不満が心に残らないんです。〈言いたいことを言い合い、しっかりコミュニケーションを取る。これも、ルールというには、当たり前のことになっているようだ。さらに最近、夫として自分に課したルールがあるという。〉岩城:おれはママの存在に慣れて、そのことで厚かましくならないようにしているよ。だって女性は世の中にたくさんいても、ママは世界でたった1人。やっぱり誰よりも大切だよ。一緒に年を取ってきたからこそ、いずれ来る“ゴール”の時に、一緒にいたいからね。今、熟年離婚が増えているというけれど、おれはもったいないと思う。そんなに長い間、共に過ごしてきた人って、世界中探しても奥さんしかいないわけだから。──岩城・結城夫妻のルールはどれも、“決めた”というより、相手とこれからも一緒に生きていくために、自然と定着したもの。長く夫婦を続けるのは、結婚や離婚することよりも、はるかに難しい。そのためにルールを設けるのは名案だが、そこには、お互いへの思いやりがなければ意味がないのだ。※女性セブン2018年6月7日号
2018.05.26 07:00
女性セブン
日本は知らない間に“銃大国”、電車やバスでの持ち運び可能
日本は知らない間に“銃大国”、電車やバスでの持ち運び可能
 国宝・彦根城や、ゆるキャラ「ひこにゃん」で知られる滋賀県彦根市。日頃のどかな町で、凄惨な事件が起きてしまった。4月11日午後7時50分ごろ、同交番に勤務する19才のA巡査が、上司の井本光巡査部長(41才)を交番内で射殺するという前代未聞の殺人事件が発生したのだ。 日本で生活していると、拳銃とは縁遠い。しかし、実際のところ15万丁もの拳銃が国内で違法に流通しているといわれている。そして、私たち一般市民でも、比較的手に入りやすい銃がある。「猟銃(散弾銃、ライフル銃、空気銃)」だ。 シカやイノシシ、クマなどの大型動物を一撃で仕留める猟銃は銃刀法で管理されているが、各都道府県警の許諾があれば誰でも入手できる。猟銃を手に入れる大まかな流れは以下の通りだ。 まず所轄警察の生活安全課に申請し、講習を受けた後に筆記試験がある。これに合格すれば住民票や医師の診断書を提出し、半日程度の実技講習を受ける。ちなみに筆記試験の合格率は6割程度。医師の診断書はアルコール中毒や精神疾患がないかをチェックするもので、民間射撃場で行われる実技講習は、講師の言うとおりにすればほぼ間違いなく合格する。 実技講習をパスしたら教習終了証明書をもらい、銃砲店に行って購入する銃を探す。多くの銃は数万~十数万円程度で意外と安い。「購入する銃が決まったら店から譲渡等許諾書を受け取り、その他の書類とともに各都道府県警に銃所持許可を申請すると、通常35日以内に『所持許可証』がもらえる。後は銃砲店に許可証を持っていき、購入した銃を引き取るだけです」(ある猟銃免許所持者) 現在の銃所持許可証保有者はおよそ20万人。許可証の有効期間は3年だが、更新すれば継続できる。実際に芸能人の「銃愛好家」は多く、岩城滉一(67才)、小倉智昭(70才)、堺正章(71才)、ヒロミ(53才)らが射撃好きとして名を馳せる。 だが安易な銃所持にはさまざまなリスクがある。猟銃を用いた凶悪事件はたびたび発生しており、2007年には佐世保市のスポーツクラブで散弾銃が乱射され8人が死傷し、2010年にも大阪府羽曳野市の猟銃乱射で3人が射殺されている。 暴発の恐れも大きい。2007年には東京・目黒の医師宅で手入れ中の猟銃が暴発して2才の幼児が亡くなった。元北海道警銃器対策課勤務で「銃対のエース」と呼ばれた稲葉圭昭さんが語る。「どんな銃にも暴発の危険があります。警察の射撃場の天井は暴発によって開いた穴だらけですし、私も銃を磨いている最中に暴発して向かいのマンションまで弾が飛んで行ったことがある。あの時は本当に真っ青になりました(苦笑)」 しかも許可証保持者は銃を自由に持ち運べる。「基本的に銃はケースに入れれば電車や車で持ち運べます。飛行機に搭乗する場合はカウンターで所持許可証を見せて機内預かりの荷物にする必要がありますが、持ち運び自体に制限はないのが現状です」(稲葉さん) 鉄道運輸規程や旅客自動車運送事業運輸規則などにより、電車内への弾丸の持ち込みは200発以内、バスは50発以内と定められているが、自分が乗っている電車やバスに当たり前のように“銃”が存在しているのだ。 米国での銃乱射事件を見て「日本ではあり得ない」と高をくくる日本人は多いが、実はわが国も知らない間に「銃大国」になっていたのだ。 善良な街の警官が亡くなった今回の事件をきっかけに、銃所持の議論を深める時代に来ている。※女性セブン2018年5月3日号
2018.04.24 07:00
女性セブン
舘ひろしと岩城滉一 仲間の通夜で42年目の和解、男泣き抱擁
舘ひろしと岩城滉一 仲間の通夜で42年目の和解、男泣き抱擁
 一世を風靡した不良バイクチームのメンバーだった2人は、若くしてスターへの道を歩み始める。血判状で友情を誓い合い、青春を謳歌した仲。しかし、互いが互いを思い合うからこそ、「あいつのために」と起こした行動が衝突を生んでしまう。次第に疎遠になり、42年。彼らの友情を再び引き戻したのは、早すぎる「仲間の死」だった。「お前はどうしようもないヤンチャで、クールスに入れば規律を守るようになると思ったんだけど、お前は変わらなくて。もう一度みんなで走れたら、面白かっただろうな」 岩城滉一(66才)が弔辞を述べると、参列者のすすり泣く声が響いた。12月18、19日、神奈川県川崎市の寺院で伝説のバイクチーム『クールス』の元メンバーである「マチャミ」こと玉川雅巳さん(享年64)の葬儀が行われた。故人が愛用していた大型バイク、ハーレーダビッドソンのエンジンをふかし、仲間たちは爆音を聞きながら出棺を見送った。 通夜では、かつてクールスのメンバーだった舘ひろし(67才)と岩城が男泣きし、肩を抱き合って親友の死を悼んだ。 青春を共にし、芸能界の第一線で活躍してきた2人は、お互いを思いやるゆえに長らくすれ違いが生じていた。そんな彼らの抱擁は、メンバーにとってあまりにも感慨深い和解の光景だった。その姿を見ながら、ある参列者はこう思ったという。「マチャミの生き様と死が、クールスをもう一度1つにしてくれた」 出会いは40年以上前に遡る。1974年、それぞれバイクチームを組んでいた20代前半の舘と岩城が、都内の飲食店で鉢合わせた。眼光鋭い男たちのニアミスに、緊張が走る。だが、店の外に見知らぬ黒いバイクがズラッと並んでいるのを見た舘は、岩城にこう話しかけた。「あのバイク、きみたちの?」 以来、1才違いの2人は意気投合し、「少数精鋭で面白いチームを作ろう」と、原宿を拠点にしたバイクチーム『クールス』を結成する。元メンバーでミュージシャンの水口晴幸さん(65才)が当時を振り返る。「“縁起の悪い日がいい”と言って、12月13日の金曜日、東京・青山にあったハンバーガー店に集まってチームを結成してね。《このチームはリーダー(舘)の独裁により運営される》と書かれた血判状に、メンバー17人がナイフを握って右手中指に傷を入れ、血判を押したんだよ」(以下、「」内は水口さん) 黒い革ジャンに黒いジーンズ、リーゼントヘア、そして黒いバイクというそろいのスタイルで都内を走り回した。「おれらが走ると他の暴走族もバイクで集まってきて一緒に流すんだよ。そのうちパトカーも追っかけてきて、そしたら蜘蛛の子を散らすように逃げる。表参道に歩行者天国ができたのは、おれたちのせいだっていわれてたね」 クールスの名が一躍有名になったのは、1975年4月13日、日比谷野外音楽堂で行われた、矢沢永吉(68才)がリーダーを務める伝説のロックバンド「キャロル」の解散コンサートだった。熱狂するファンからキャロルを守る“親衛隊”を務めた彼らは脚光を浴び、レコード会社の誘いを受けてロックバンドとしてデビューすることが決まる。 だが、それが舘と岩城の間に溝を生むことになる。「滉ちゃん(岩城)は役者として東映から映画デビューが決まっていて、“なんとか他のメンバーも出られないか”って東映に掛け合ってくれていたらしい。でも舘は“バンドもやって、映画にも出たら、メンバーに驕りができてチームがまとまらなくなる”って心配したんだと思う。だから“バンドはやるけど、映画には出ない”って断りを入れた。滉ちゃんにしてみれば、“せっかく東映に話したのになんだよ”となった。その頃から、2人の気持ちにズレが出始めた」 俳優として人気の出た岩城は黒い革ジャンを脱ぎ、舘も1977年4月に脱退して俳優の道に。クールスは継続したが、メンバーはバラバラになった。「その後、メンバーで集まることは何度もあった。なにしろ血判を交わした仲だから、10年ぶりに会っても、一瞬で元の仲間に戻れる。だけど舘と滉ちゃんを一緒に呼ぶことはできなかった。みんな2人の関係に気を使っていたからね。でも、あの2人がそろわないと、クールスが戻ったとはいえないんだよ」◆棺の彼をリーゼントに そんな2人の距離を縮めたのが、創設メンバーの1人、雅巳さんの急病だった。雅巳さんはもともと岩城が連れてきたメンバーで、チームの中でいちばん“ヤンチャ”な存在。舘のマネジャーをしていたこともあり、2人とは深い間柄だった。 雅巳さんは昨年秋に心筋梗塞で倒れ、12月12日、危篤状態に陥ってしまう。「マチャミの奥さんが医者に“親族を呼んだ方がいい”と言われた時、“メンバーとは、血縁以上に深い絆で結ばれているから”って、おれに電話してくれたんだよ。お見舞いに行ったら、マチャミは人工呼吸器をつけて、ほとんど昏睡状態で。病室を出てすぐに舘に連絡し、他のメンバーにも声をかけ、14日夕方に病院に集まった。その時、滉ちゃんは来られなかったけど、スケジュール調整してその前にお見舞いに行っていたみたい」 奇しくも12月14日は、血判を押してクールスを結成したその翌日だった。「舘が耳元で“マチャミ!”って声をかけると、マチャミがパッと目を見開いてみんなのことを目で追って、両腕を上げてバイクに乗るような仕草をしたんだ」 雅巳さんが亡くなったのは、翌日の正午過ぎのことだった。「きっと、みんなが来るのを待ってたんだろう。おれが前に会った時は“元気になって、もう一度みんなで走りたい”って言っていたから」 通夜は、あたかもクールス再結集のようだった。岩城が疎遠になっていたメンバーにも声をかけ、17人の血判状メンバーのほとんどが顔をそろえた。黒い喪服姿の男たちは、口々に「おお、元気か」「あいつは死ぬやつじゃない」と言葉をもらした。 42年もの間、ぎくしゃくしていた舘と岩城も、まるで昨日もバイクで走り回っていたかのように、自然と声をかけ合う。肩を抱き合い、涙を流して早すぎる親友の死を悼んだ。「クールスがバラバラになったのをいちばん悲しんでいたのが、マチャミだった。“舘と岩城をなんとか元に戻そうよ”ってよく言ってたんだよ。だから今回、通夜で2人が抱き合っているのを見た時は、マチャミのおかげだな、あいつ天国で喜んでるだろうなと思った。通夜の後は、“もう1回、みんなで集まろう”って話になってね」 水口さんは棺で眠る雅巳さんの髪をリーゼントにし、出棺される彼を見送った。 12月24日の舘のディナーショー。雅巳さんの遺影を持って後方の列で見守るつもりだった水口さんに、舘が「ステージで何曲か歌ってくれよ」と声をかけた。40年来のファンたちが号泣したという。「翌日、舘が“楽しかったよ。またやろうよ”って電話してくれた。雅巳がつくってくれた再会を通じて、またみんなで何かできたらいいな」※女性セブン2018年2月8日号
2018.01.25 07:00
女性セブン
田中邦衛、自宅でリハビリ 『北の国から』新作への期待も
田中邦衛、自宅でリハビリ 『北の国から』新作への期待も
 最後の放送から15年が経っても、いまだに北海道・富良野のロケ地には数多くのファンが足を運ぶ。『北の国から』の続編への期待が膨らむ陰で、独特な演技で人々を魅了した「五郎さん」も復帰に向けた道を着々と進んでいた。《灯は小さくても いつも暖かい。 “北の国から”》 横浜市内のとある飲食店の壁に、そう力強く書かれた少し日焼けした1枚のサイン色紙が飾られている。日付は「2007年春」。綴ったのは田中邦衛(84才)だ。 表舞台から姿を消して7年、老人ホームでの闘病生活2年。田中は今、自宅で必死にリハビリにはげんでいるという。 主演の石坂浩二(76才)の脇を固めたのは、元妻・浅丘ルリ子(77才)と、元恋人・加賀まりこ(73才)。八千草薫(86才)やミッキー・カーチス(79才)、藤竜也(76才)といった往年の大スターが顔を揃え、野際陽子さん(享年81)の遺作となった。9月29日、話題をさらった『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)が最終回を迎えた。「ドラマの放送が終わったらガクッときて、“やすらぎの郷ロス”になるんじゃないかな」 脚本を担当した倉本聰さん(82才)は、本誌・女性セブンのインタビューにそう答えていた。だが倉本さんには、すでに多くのファンから次回作への期待が寄せられている。 それは国民的ドラマとして親しまれた『北の国から』(フジテレビ系)の続編だ。 1981年から翌1982年にかけて連続ドラマとして放送され、1983年から2002年までに8本のスペシャル版が制作された同ドラマは、田中演じる黒板五郎が、純(吉岡秀隆・47才)と蛍(中嶋朋子・46才)を連れて生まれ故郷の北海道・富良野に帰ってくるところから物語が始まる。北海道の厳しい大自然の中で家族3人で懸命に生きる様子と、小学4年生だった純と2年生だった蛍の成長物語としても人気を博し、スペシャル版は常に視聴率20%超えを記録した。 列車の窓から手を振る母・令子(いしだあゆみ・69才)を追って川縁を走る蛍。五郎が1人で作り上げた丸太小屋の焼失。岩城滉一(66才)演じる草太兄ちゃんの事故死──挙げたらキリがないほどの名場面に彩られた同ドラマには、しかし、2002年の『遺言』を最後に続編は作られないままでいる。「連ドラ当時から携わったスタッフの高齢化や、北海道での過酷な長期ロケと制作費の高騰などさまざまな事情から、『遺言』でシリーズに幕が下ろされたことになっています。ですが、倉本さんの頭の中には最終章の構想がしっかりとあるんです。『やすらぎの郷』を終えたこのタイミングであればもしかして…とファンだけでなくテレビ業界でも待望論が持ち上がっています」(芸能関係者) その一端は、倉本さん自身の言葉からも垣間見える。ドラマの最後に結ばれた純と結(内田有紀・41才)の新居が富良野のロケ地に完成した際の2004年のイベントでは、『遺言』から新居完成までのシナリオを披露。「『北の国から』はここで進行中。新たな家も建設予定」と話し、集まったファンを喜ばせた。2011年に刊行した『獨白 2011年3月  「北の国から」ノーツ』には、さらに踏み込んだ未来が綴られている。《純はたぶん、富良野にいないと思うンだ。あいつは結ちゃんと離婚して、結局東京に出て何かやってる。(中略)親爺のことは思っちゃいるけど、定期的に仕送りをしてくるわけでもない》《蛍は正吉と関東にいる。(中略)でも忙しいから正吉も蛍も、富良野に顔はめったに出さない》《五郎は一人で相変わらずやってる。(中略)五郎って人はね、昔から税金をおさめてないンだよ。年金も勿論払ってなンかいない。だから入ってくる年金なんて全くないし、生活保護も受けてない。(中略)オラは無国籍だ。日本人とはいえん。自然人だ。自然の世話になってる自然の民だ。独居老人の毅然とした生き方》 さらに、『文藝春秋』(2012年3月号)には、「頭の中の『北の国から』――2011『つなみ』」と題した文章を寄稿した。《その後の純の人生は些か波乱に満ちている。2003年。純は結との結婚を果たし(中略)二人は蜜月を過ごすが、2006年破綻が来る。些細ないくつかのいさかいの揚句に、結は突然消えてしまう。狂ったように純は探すが結の行方は遥として判らない》《蛍は看護師の資格を生かして南相馬市立総合病院に職を得、(中略)巨大地震が東北地方を襲ったとき、蛍は入院病棟で勤務についていた》 現実に起きた震災も取り入れ、今にも登場人物たちが動き出さんとするほどのリアルな「最終章構想」。15年ぶりの『北の国から』に期待は高まる一方だが、それでも新作の制作に取りかかることができない最大の理由を、別の芸能関係者が明かす。「『北の国から』は、五郎の物語なんです。五郎が登場しない、つまり、田中さんがいない『北の国から』はありえないと、倉本さんはいつも漏らしていますから…」◆万全じゃないと家に戻れない 田中が最後に出演を果たしたのは2010年公開の映画『最後の忠臣蔵』だった。2012年に地井武男さん(享年70)のお別れ会に出席したのを最後に公の場にも姿を見せていない。「旧友だった地井さんが亡くなったときの憔悴ぶりは見ていられないほどで、その後2014年に高倉健さん(享年83)と菅原文太さん(享年81)など、同年代の役者仲間が次々逝ってしまったことが相当堪えたようです。その頃から健康不安説が囁かれるようになり、2015年の夏に高熱を出して入院。2週間ほど入院して無事回復しましたが、もともとよくなかった足の具合が悪化して、歩行が困難になってしまったんです。家族で話し合い、老人ホームへの入居を決めたそうです」(前出・芸能関係者) 横浜市内の自宅近辺では、以前から健康のために散歩する田中の姿が頻繁に見かけられていた。しかし、入居後は自宅に戻ることもほとんどなくなり、妻と次女が施設に通う日々が続いた。「まずは足をしっかり治して、田中さん本人もすぐに家に戻ってくるつもりでいたんです。ですが、思うようにリハビリが進まないこともあって、施設での時間だけが延びていった。自分の体が動かないことに、イライラが募ることもあったそうです。完璧主義者な面もあり、万全な状態じゃないと家に戻れない、と考えていたみたいですね。 認知症というような噂が出回ったことがありますが全然そんなことはなくて。本人が“この年だからせりふを覚えるのも難儀するんだ”と言ったのが独り歩きしてしまったようです。むしろ頭がはっきりしている分、体が不自由なことにさらに悩みが深くなってしまっていたみたいです」(前出・芸能関係者) だが、施設での闘病が2年を過ぎて、大きな変化が訪れていたようだ。最近になって、田中の自宅玄関に、車椅子用のスロープが設置されたのだ。「田中さんは自宅に戻る頻度が増えているんです。リハビリの成果が出て自力で歩くことができるようになったのもあって、田中さんにとっては感動の帰宅でしょうね。施設ではなく自宅でも車椅子の生活が日常的に送れるようになれば、次に見えてくるのは役者復帰。倉本さんの構想は独居老人ですから、“車椅子の五郎さん”として、『北の国から』の未来の姿を目にする日がくるかもしれません」(前出・芸能関係者) どんなに小さくても、その灯は消えない。※女性セブン2017年10月26日号
2017.10.12 07:00
女性セブン
岩田剛典、誕生日を祝われた時は「最高だった」と述懐
岩田剛典、誕生日を祝われた時は「最高だった」と述懐
 映画『HiGH&LOW THE MOVIE 2/END OF SKY』の初日舞台挨拶が8月19日に行われた。EXILE、三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBEの岩田剛典は、撮影中に滞在していたホテルにて、サプライズで誕生日を祝ってもらったことに触れ、「最高だった」と述べた。 写真は左から関口メンディー、NAOTO、中村蒼、黒木啓司、岩田、鈴木伸之、町田啓太、山田裕貴。同作には他にもTAKAHIRO、AKIRA、岩城滉一、中村達也、早乙女太一、津川雅彦、岸谷五朗、加藤雅也、笹野高史、高嶋政宏、木下ほうからも出演。5つの「チーム」の頭文字をとった「SWORD地区」を舞台に、男たちがぶつかり合う。■撮影:矢口和也
2017.08.26 16:00
NEWSポストセブン
『土竜の唄』新作の生田斗真 「ギンギンでマッパ!」
『土竜の唄』新作の生田斗真 「ギンギンでマッパ!」
 2014年2月に公開され、興行収入21.9億円を記録した超ハイテンションムービー『土竜の唄 潜入捜査官REIJI』がガツンとスケールアップして帰ってくる──。新作『土竜の唄 香港狂騒曲』(12月23日公開)のお披露目を前に、主演の生田斗真(32才)は“玲二”の再演について、興奮ぎみに語る。「このド派手なスーツに袖を通して、髪を金髪のオールバックにしたらスッと玲二に戻れるんだなって。撮影中は毎日がお祭り状態のクライマックスで、アドレナリンが出まくって眠れないほどギンギンでした!」 堤真一、仲里依紗、上地雄輔、岩城滉一など前作からの豪華キャストに加えて、今回は瑛太、本田翼、古田新太、菜々緒などヤバい新キャラも参戦。虎まで登場して、前作以上にド派手なアクションが繰り広げられる。「玲二は潜入捜査官なのに暴力団の若頭になってしまい、今回はチャイニーズマフィアを相手に香港で暴れまくります。大きな立場に就き、さまざまな死闘を繰り広げる玲二の“成り上がった感”を出すために、パート1と同じ色の赤いスーツに刺繍を入れてバージョンアップ。とはいえ、マッパ(真っ裸)で股間に新聞紙のお約束のシーンも健在なので、『今日も衣装がないのか』みたいな日も多くて。逆に服を着ているシーンがはずかしい、くらいな(笑い)。裸のシーンでも強くなった玲二を出したいと思って、ジムでトレーニングしてカラダを鍛えました」 他にも白目をむく“顔芸”など、さまざまに体を張った今作。「脚本を読んで、“ここで気絶したような白目をむいたら面白いな”って、自宅で練習をしました。でも白目だと鏡がみられないからケータイで写真を撮って“もうちょっと白目の部分が多いほうがいいな”なんて(笑い)。2~3回、テイクを重ねて研究したんです。画像は即、消去しましたけどね。あはは」 白目だってエンジン全開。玲二同様、生田自身も「一生懸命やること」をモットーとする。「一生懸命向かうものがあれば生活が彩られる。ぼくにとって今の一番はやっぱり仕事。好きな俳優の仕事をやらせてもらっているので、そこに対しては一生懸命に真摯でいたいんです」 公開は23日と、ちょうどクリスマスシーズンにあたる。「クリスマスにほしいものは防音の部屋! 近所迷惑を考えずに、爆音で好きな音楽を聴きたいですね。最近は山下達郎さんをよく聴いています。あのすばらしいギターの旋律を、思い切り楽しめたら幸せだなぁ。クリスマスは街のイルミネーションがきれいだし、みんながハッピーな気分で浮かれている感じがすごく好き。寒くても街へ出て、あの雰囲気を味わいたいです。サンタのコスプレとかはしないかな。今回映画でチャイナドレスを着てハイヒールを履きましたが、動きづらくてもう大変(苦笑)。女性のみなさんのご苦労がわかりました!」※女性セブン2017年1月1日号
2016.12.20 16:00
女性セブン
トレンディドラマが影響を与えたバブル世代の「お気楽思考」
トレンディドラマが影響を与えたバブル世代の「お気楽思考」
 企業で要職に就く者も多い50歳前後の世代と、今の若者の間には価値観や感覚に埋めがたい溝がある。前者は「バブル入社組」と呼ばれることもある。自身もその世代であるコラムニストの石原壮一郎氏は、バブル期に放送されたトレンディドラマが彼らに大きな影響を与えたという。 * * * 人間、若いころの「刷り込み」から逃れるのは容易ではありません。30年ほど前の「バブル時代」は、今の50代前後の人格形成に多大な影響を与えています。 いわゆる「バブル組」への風当たりは、昨今、ますます強くなってきました。気が付けばどうにもならない状態になっているという意味を込めて、「ゆでガエル世代」なんて悲しい言われ方もしています。 ああ、なんでこうなったのか。たしかに、若い世代との感覚の違いを覚えることは、ままあります。20代で貯金に精を出したり、将来のイメージがチンケだったり、恋愛に興味が薄かったり、いざデートするにしても安居酒屋で平気だし、しかも割り勘……。 いい若いモンが、そんなことでいいのか! 何が楽しいのか! なんて言ったら、また「バブル組はこれだから」と呆れられてしまうんでしょうね。 今の50代をこんな風にしたのは、たぶん、いや間違いなく一連のトレンディドラマです。W浅野の『抱きしめたい!』(1988年)や中山美穂の『君の瞳に恋してる!』(1989年)、鈴木保奈美の『東京ラブストーリー』(1991年)などなど、どのドラマもオシャレな男女が、華やかな生活を送りつつ、狭い人間関係の中で惚れたはれたを繰り返す物語でした。ドラマを熱心に見ていなくても、世の中の空気を通じて、間接的な影響は受けているはず。 今、あらためて『抱きしめたい!』を見ると、肩パットや太眉といった細部には違和感を覚えるものの、丁々発止を繰り広げるW浅野はたしかにまぶしく輝いています。ふたりに振り回される岩城滉一や石田純一にも、共感や憧れを覚えずにはいられません。 浅野温子が演じる29歳のフリースタイリストが住んでいるのは、家賃25万円で屋上にジャグジーがあるコンドミニアム風のマンション。彼女にプロポーズする石田純一は、オシャレ雑誌の副編集長でベンツを乗り回し、世田谷に実家があって高級マンションも持っているという設定です。 輸入家具の販売をしている岩城滉一も含めて、この人たち、ぜんぜん真面目に働いていません。そのくせリッチな生活をしていて、周囲にはイイ女がいっぱい。老後や年金の心配どころか、仕事が先細る可能性なんてまったく頭になく、今の楽しさが永遠に続くと思っています。ま、世の中全体がそう思っていましたが。 素直で柔軟な若いころに、そういうドラマで「人生、楽しんだもの勝ち」「仕事も恋愛も将来も、まあどうにかなる」という“教え”を叩きこまれたら、世の中がどう変わろうと、そう生きていくしかないじゃありませんか。子どものころから「未来は暗い」と刷り込まれてきた今の若者にとっては、理解できない生き方かもしれませんけど。 女性とふたりで飲んでいると、半ば義務感にかられて、石田純一気取りでキザなセリフで口説きだすヤツもいます。部下に具体的な指示を与えたり的確なフォローをしたりするのは苦手なくせに、「大丈夫だからがんばれ」と根拠もなしに激励するだけのヤツもいます。でも、いいじゃないですか。悲観的に物事を考えたところで、未来がいい方向に進むわけじゃありません。 50代がトレンディドラマで培った行動様式は、白眼視されることも多々あります。しかし、日本全体が辛気臭い表情になっている今、きっと一服の清涼剤や貴重な突破口になれるはず。いつかわかってもらえる日が、いつか役に立てる日がくると信じて、これからもこの調子でがんばりましょう。って、こういう臆面のなさが、「だからバブル世代は……」と眉をひそめられる所以なんでしょうか。【PROFILE】いしはら・そういちろう●1963年三重県生まれ。『大人養成講座』(扶桑社)『大人力検定』(文藝春秋)など、日本の大人シーンを牽引している。近著に『大人の言葉の選び方』(日本文芸社)。また郷土を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」を務める。※SAPIO2016年10月号
2016.09.04 07:00
SAPIO
超愛妻家を公言する岩城滉一 なぜ週3回の銀座通いが可能?
超愛妻家を公言する岩城滉一 なぜ週3回の銀座通いが可能?
 場所は東京・世田谷の閑静な住宅街。自宅のガレージのシャッターが上がると、人懐こい笑顔で手招きする岩城滉一(65)の姿があった。「ここは完全にプライベート空間だから、滅多に人に見せたりしない。今日は特別だからね」と釘をさすが、中に入ると気さくに案内してくれた。「碁でも盆栽でも、何でもいいんだけど、何かに熱中している人間って魅力的だと思わない? だから、やりたいことは躊躇せずやった方がいいんだよ。俺の場合も、季節や体調に応じて、乗馬に行こうとか、3日あるからツーリングに行こうとなる。一つのことに絞れないんだね」 そんな言葉通り、ガレージは“遊び道具”で溢れている。フルチューンしたイタリア車のアバルトのほか、ハーレーダビッドソンやT-REX、すでに販売が終了しているノートンマンクスなど、特別仕様のバイクがずらりと並ぶ。奥にはスカイダイビング用のパラシュートやイタリア製のロードバイクのほか、パチンコ台まである。「昔はガレージの真ん中をターンテーブルにして、クルマがたくさん入るようにしていた。フェラーリとか値段の高いクルマ16台くらい置いていたんだ。でも、仲間が集まるようになって、寛げるスペースを作るために改築したから、物を置く場所は半分くらいになった。遊びはそれ自体楽しいけど、仲間と一緒に泣いたり笑ったりするのが一番だね。人生を楽しむっていうのはそういうことじゃないかな」 大勢の友人が岩城を慕って集まるが、岩城が自分も含めた誰よりも大事するのが、20歳の時に結婚し45年間連れ添うアンナ夫人だ。「世の中で俺ほど女房を大切にしている男はいないと思いますよ。もちろん、遊んでます。週に最低3回は銀座のクラブに行くし、お姉ちゃんのオッパイにも触ってる(笑い)。でも、年間300日は女房と一緒に晩飯を食べてる。銀座に行くのは、女房と飯を食べた後。だから、同伴したら晩飯2回の時もある。稼いだお金も、全額女房に渡しているんだからね」 愛妻家を公言して憚らない岩城が、最近趣味に変化が起きたという。それは意外にも庭いじりだった。「娘が結婚してニューヨークに行ってしまってね。この家もジジイとババアの2人だけ。女房と一緒にいる時間が多くなって、いつの間にかガーデニングをするようになったんです。でも、女房の植えたハーブを雑草と間違えて引っこ抜いて叱られてる。こっちの趣味はまだまだだね(笑い)」 自らを「10代は生意気盛りで20代は破天荒。30代から50代は滅茶苦茶だった」と振り返る岩城が、「今の俺は、『いい人』だよ」と笑う。さすがの岩城滉一も年をとったということか。「そりゃそうだよ。でも、煙草は1日60本は吸ってる。酒は昔から家はもちろん、銀座以外では飲まないけど、銀座に行けば1軒でボトル半分。1日3軒回れば1本半空けるってペースは今も同じだけどね。 まあ、そもそも男の50代なんてまだ小僧、本当にいい男になるのは60歳、70歳から。俺はこれから、もっともっといい男、いいジジイになりますよ。ひとつ心配事があるとするなら、長生きするかどうかってことだね。万が一俺より先に女房が逝ったらどうなるのよ。怖ろしすぎて想像すらできない(笑い)」◆いわき・こういち/1951年生まれ。東京都出身。1973年帝京大学中退後、バイクチーム「クールス」を結成、活動中に東映にスカウトされる。1975年、映画『新幹線大爆破』でデビュー。以後、『北の国から』シリーズ(フジテレビ系)をはじめ、『四十七人の刺客』など数多くの映画、ドラマに出演し、現在は映画『土竜の唄』の続編を撮影中。1980年代からレース活動をはじめ、現在は「51ガレージチームイワキ」の代表を務める。■撮影/江森康之 ■取材・文/工藤晋※週刊ポスト2016年7月1日号
2016.06.26 07:00
週刊ポスト
岩城滉一 大事故を経験してもレースに携わり続ける理由
岩城滉一 大事故を経験してもレースに携わり続ける理由
 耳をつんざくレーシングバイクのエンジン音、焼け焦げたタイヤの匂い、サーキットに轟く観衆のどよめき─興奮に包まれた「全日本ロード選手権シリーズ第3戦」の開催地・栃木県茂木町の「ツインリンクもてぎ」。だが、キャンピングカーで到着した岩城滉一(65)の顔色は冴えなかった。 代表を務める「51ガレージチームイワキ」のあるピットに入るなり、額に脂汗を浮かべる旧知のライダー・宗和孝宏に駆け寄る。朝の練習走行で転倒して紫色に腫れ上がった右脚に触れ、「無理するなよ」と彼の肩を叩いた。「何度も悲惨な事故をこの目で見てきたからね。下半身不随になったり、命を落としたライダーもいた。転んだって聞くと、たとえチームの仲間じゃなくても心拍数が上るんだよ」 国内最高峰の「全日本F3000選手権」など、多くのレースに参戦してきた岩城自身、転倒して指を切断するなど、大きな事故を経験、今も首に後遺症を抱えている。それでもレースに携わるのは、単にスピードやスリルが好きだからという理由だけではない。「うちのチームには20歳以下の若い子が3人いるけど、学校でいじめられたり、自閉症気味だったりで、苦しんでいた。でも、バイクは好きだと聞いて、大人としては面倒をみなきゃいけないと思ったわけ。自分のために頭を下げたりはしないけど、若い子のためなら頭を下げられる。でも、彼らも大人の中にいるから、俺も礼儀や挨拶にはうるさいし、叱るときはきっちり叱る。怖いジジイだと思ってるはず(笑い)」 芸能生活40年を超える岩城は、独特の色気とユーモラスな一面を併せ持つベテラン俳優だが、バイクにクルマ、クレー射撃やダイビング、ゴルフなど、趣味の人としても知られる。「どれが一番好きかってよく聞かれるけど、順番なんてありません。その瞬間、やりたいと思ったものをやってきたし、何かを極めたいとか思ったこともない。仕事は声がかかるからするんであって、2年くらい何もしない時期もあったけど、遊びに忙しくて仕事なんて忘れてました」 その岩城が今、映画、テレビドラマ、バラエティ番組に引く手あまた。最近も連日、2014年に公開された映画『土竜の唄』続編の撮影で朝5時には現場に入る生活を送っていた。「若い頃は、『やってくれと頭を下げられるからやっているんだ』と思っていたから、納得できないことがあると『ふざけんな』って噛みついていた。女房は何もいわなかったけど、最近は俺が仕事に出掛ける姿を見ると安心して嬉しそうな顔をするから、お呼びがあればどんな仕事にでも行くよ(笑い)」◆いわき・こういち/1951年生まれ。東京都出身。1973年帝京大学中退後、バイクチーム「クールス」を結成、活動中に東映にスカウトされる。1975年、映画『新幹線大爆破』でデビュー。以後、『北の国から』シリーズ(フジテレビ系)をはじめ、『四十七人の刺客』など数多くの映画、ドラマに出演し、現在は映画『土竜の唄』の続編を撮影中。1980年代からレース活動をはじめ、現在は「51ガレージチームイワキ」の代表を務める。■撮影/江森康之 ■取材・文/工藤晋※週刊ポスト2016年7月1日号
2016.06.24 07:00
週刊ポスト
中高年男の白髪「染める」か「染めない」か 両派の言い分は
中高年男の白髪「染める」か「染めない」か 両派の言い分は
 自民党の甘利明・経済財政担当相と民主党の細野豪志・政調会長。対立する与野党のキーマン2人には意外な共通点がある。それは最近、急に髪が“白くなった”ことだ。政治活動のストレスが増えて、というわけではない。2人は「白髪染め」を止めたのだ。  これまで政治家といえば、若々しく見られるために白髪は御法度とされてきたが、最近は風潮が変わってきたようだ。細野氏は白髪染めを止めたことについて、ツイッターで「中年の道を歩む」と宣言している。  実はこの風潮、永田町に限ったことではない。近年、とくにおしゃれに感度の高い中高年の間で、白髪染めを止めて「白髪をそのまま見せる」のが流行っているのだ。ファッション誌『LEON』の元編集長・岸田一郎氏(64)はいう。 「いまのおしゃれなシニアは年輪のような貫禄を見せるために白髪はそのままにするもの。僕はいま30%ぐらいが白髪ですが、顔にはシワも出ているのに髪だけ黒々しているなんておかしいでしょう。若く見せたいから流行りの迷彩やドクロマークの服を着るのと同様に、白髪染めで黒く染めるという小細工がみっともない。  むしろバブル時代の経験もない貧相な若僧たちと一緒に見られたくないがゆえ、白髪はかっこいいんですよ。海外だとロバート・デ・ニーロ、日本だと岩城滉一さんとかが理想的ですね。髪がしっかりあるなら、白髪にパーマをかけてもいい。白髪を卑下するのではなく白髪で遊べ! ですよ」  なるほど、では自分も染めるのを止めてみるか。そうはいっても、一度黒く染めた白髪を元に戻すのはかなりハードルが高い。若々しく見られたいと思う気持ちは、いくつになっても変わらないからだ。 「モテる中年」ことジャーナリストの山路徹氏(54)は、「それでも染める」派だ。 「15年前に22歳年上だった鳥越俊太郎さんと取材に行ったときに、白髪交じりのために取材先で僕のほうが年上に見られたことにショックを受けて、白髪染めを始めました。いまは月に一度、美容室で染めて、その間はカラースプレーでごまかしています。  あくまで自己満足の世界ですが、髪を黒くすると気持ちが若返るんですよ。気の持ちようは大事で、仕事に対して意欲的になれるし、異性に対しても若々しさが必要です。若い女性が『白も素敵じゃないですか』とお世辞でいうんですけど、あれを真に受けたらダメだろうなと思ってます。白髪だと若い子と2人でいるときに、年の差を感じて気後れしてしまいそうな気がして」 染めるべきか染めざるべきか。いずれにせよ、岸田氏と山路氏から学ぶべき教訓は、大事なのは男としての自信である、ということだろう。※週刊ポスト2015年11月6日号
2015.10.28 11:00
週刊ポスト

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