貴乃花一覧

【貴乃花】に関するニュースを集めたページです。

河野恵子さんに2022年のあくる日、カレについて聞いた
河野景子、再婚に暗雲 交際相手ジャッキー・ウー氏が抱えるビジネス上のトラブル
 雨が降り、季節外れの寒さとなった5月中旬の朝。フリーアナウンサーの河野景子さん(57才)の姿は、東京・青山にあった。黒いカーディガンに黒いスカート、手には黒いコートと、シックな装いにピンクの傘を合わせた彼女は、明るい表情で本誌・女性セブンの取材に応じた。──もう再婚はした?「あっ、してないです」──相手の男性とは一緒に住んでいる?「いいえ、住んでいません。まあ、いい歳の人たちのことなのでね……」──(再婚の)予定は?「それもまだわからないことです……」 23年間連れ添った元横綱の貴乃花光司(49才)と2018年10月に電撃離婚した景子さん。彼女の離婚後、初ロマンスが『週刊文春』に報じられたのは、2020年12月のことだ。記事に書かれていたのは、日中から手をつなぎ仲睦まじく出かける様子や、テニスデートを楽しんだり、ワインバーで口づけをしたりと、人目を憚ることなく急接近するふたりの姿だった。 お相手はジャッキー・ウーこと大平義之氏(年齢非公開)。横浜中華街で料理店を営む中国系二世の父と日本人の母を持つ彼は、痩身エステティックサロン「フェミニンアネックス」のオーナー社長で、映画製作も手がけている。「まだ景子さんが貴乃花部屋のおかみさんだったときに、知人の紹介で彼のエステサロンに通い始めたのが出会いでした。交際に発展したのは、離婚後の2019年6月頃から。ジャッキーさんにも離婚歴があり、ふたりはバツイチ同士です」(景子さんの知人) 2021年8月には、ジャッキーが『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演し、景子さんとの関係をこう明言した。「結婚はします、当然。(中略)教会とかは決まってないですけど、一緒にお墓に入ることは決まっています。式というよりも籍という」 夫や家族のサポートに徹して23年、新しいライフステージに進むために景子さんがまず変えたのは、環境だった。2019年6月には、貴乃花が2003年に東京・品川区内の高級住宅地に建て、長年家族で住んだ思い出の豪邸から、都内のマンションへ引っ越した。「このマンションはひとり暮らしをするための部屋で、ジャッキーさんとは一緒に住んでいなかったと聞いています」(前出・景子さんの知人) 実は最近になって、景子さんの姿が別の超高級マンションで見られるようになった。景子さんの周囲の人たちは「ようやくジャッキーさんと一緒に暮らし始めたのか」と口々に話していたが、どうもそうではないという。「いま、景子さんは次女と2人で暮らしています。当初は、昨年春、次女の大学進学のタイミングで結婚するという話でした。どういう訳かそれが延期になり、さらに今年の春、次女の成人を待って籍を入れるという話でしたが、それも流れています。いまや景子さんを前にして“再婚”の二文字を出すのはタブー。白紙に戻ったのだと思いますよ」(前出・景子さんの知人)貴乃花との金銭トラブル報道 交際発覚当初は再婚への意欲を見せていた景子さんとジャッキー。進展がないのは、いったいなぜなのか。理由として考えられるのが、昨年8月に浮上した貴乃花との「金銭トラブル」だ。「景子さんが貴乃花親方から突然“婚姻中に使ったお金を返してほしい”と要求されたと一部週刊誌で報じられたのです」(芸能関係者) たしかに、貴乃花の懐事情は厳しいように見える。最近のメディア露出といえば、不定期のバラエティー番組の出演ぐらいだ。「2019年5月には、若者たちの心身の成長のためにと、一般社団法人『貴乃花道場』を設立しましたが、コロナ禍で門下生が集まらず苦戦しています。講演会の依頼もコロナで軒並み減少気味で、収入が減っているのは事実でしょう」(貴乃花の知人) 一方で、この貴乃花の知人は「景子さんに金を無心するほど困っているとは思えない」と指摘する。「金銭要求の件は、かつて貴乃花部屋にいた元力士がYouTubeで、“景子さんがちゃんこ代をケチっていた”などと話したことがあるんです。それを伝え聞いた貴乃花親方が“金はずいぶん渡していたけど、ほかで(部屋の活動費以外で)使っていたのなら返してほしい”と周囲に漏らしたことはあって……。そういう話に尾ひれがついて広がったんじゃないかな」 では、景子さんが再婚に踏み切れない本当の理由は何なのか。囁かれているのが、ジャッキーへの不信感だという。たとえば彼が会社の登記簿に記載している現住所は、都内の一等地にあるものの、築年数の古いワンルームのアパートで、家賃は6、7万円程度。エステサロンのオーナーが住んでいるとは到底思えないような外観である。 さらにジャッキーはビジネス上のトラブルも抱えていると報じられてきた。昨年8月、ジャッキーは黒木瞳(61才)主演の映画を製作した。「同じタイミングで、彼の会社が超音波美顔器の宣伝に黒木さんの名前を無断使用したとして、黒木さんの事務所が抗議したことがありました。過去の映画製作では、ギャラの未払い問題も起きたそうです」(映画関係者) さらに本業の痩身エステをめぐっては、こんなトラブルが報じられたこともある。「昨年2月、彼が経営するエステサロンで、施術を受けた女性のバストの外側がやけどのようになってアザが残るなどの問題が発生。女性が治療費や施術料の残金を求め、国民生活センターの紛争解決委員会に仲介依頼したというものでした」(エステ業界関係者) こうしたトラブルは景子さんにとっては予期せぬものだったに違いない。「結婚生活のなかでたくさんの苦労やがまんをしてきた彼女は次の結婚では“絶対に苦労したくない”という思いを強く持っていました。公私共に信頼できるパートナーだと思ったジャッキーさんが、実は“ワケあり”だったとは……景子さん本人がいちばん驚いていると思いますよ」(前出・芸能関係者) 冒頭の取材で景子さんは、貴乃花との金銭トラブルやジャッキーのビジネス上のトラブルについても、明るい表情でこう語った。「(貴乃花との)金銭トラブル? そんなものないです(笑い)。離婚するときに何も決めずに離婚してしまったので、いろんなことを決めなくてはいけない段取りはありましたけど」──ジャッキー氏のサロンでの揉め事は把握していた?「私が知り合ってからはトラブルがあったと聞いたことがありません」──景子さんと知り合う前に何かあった?「いや、事情はわからないです……」 だが、子供たちが再婚についてどう思っているかを聞くと、そのときだけ、彼女の口は一瞬重くなった。「子供たちとは再婚の話はしていませんね……」 景子さんは離婚後に出版した自著『こころの真実 23年のすべて』(世界文化社)で《あとどれくらいの人生があるか分かりませんが、自分らしく生きていきたい》と綴っていた。いまの彼女はその希望を叶えられているのだろうか。※女性セブン2022年6月2日号
2022.05.19 11:00
女性セブン
激変に向かう角界勢力図
相撲協会で世代交代の動きが表面化 動き出した「稀勢の里理事長計画」
 初場所後、2年に一度の日本相撲協会の理事選がある。理事10人、副理事3人が定員で、立候補締め切りは1月27日だ。もともと協会の理事選は、5つある一門が候補を事前調整して無投票となるのが慣例だったが、2010年に貴乃花親方が一門を割って立候補する“貴の乱”で当選して以降、候補者が定員を上回って投票になることが続いていた。それが、貴乃花親方が協会幹部と対立の末に2018年に退職すると、2020年の理事選は6期ぶりの無投票となった。今回も各一門の事前調整が進められてきた。 ただ、「今回の理事改選は執行部の“世代交代”の第一弾になる」(若手親方)と注目されている。 現職理事では二所ノ関一門の尾車親方(元大関・琴風、64)、時津風一門の鏡山親方(元関脇・多賀竜、63)、伊勢ヶ濱一門の高島親方(元関脇・高望山、64)が定年のために理事を退く。とりわけ、協会ナンバー2の事業部長を務める尾車親方の理事退任は、大きなインパクトを持つ。 そこで注目すべきは、「二所ノ関」襲名が承認された元横綱・稀勢の里の荒磯親方(35)が、どのように関わるのかだ。現役時代のイメージがよい稀勢の里には、協会を背負って立たせたいという動きが加速していると言われている。「同じ二所ノ関一門から後釜が選ばれるが、さすがに引退してまだ3年の稀勢の里をいきなり理事にするのは、一門の他の親方衆の手前、憚られる。今回、二所ノ関一門は現職理事の芝田山親方(元横綱・大乃国、59)、花籠親方(元関脇・大寿山、62)に加え、新たに佐渡ヶ嶽親方(元関脇・琴ノ若、53)が理事となる調整がつけられた。 ただ、一門の看板を担う“二所ノ関親方”となった稀勢の里は、理事選後の職務分掌で要職に抜擢される見通し。現在は委員待遇年寄だが、理事選後には役員待遇委員となり、審判部副部長か巡業部副部長に起用されるのではないか」(前出・若手親方) 100人あまりいる協会の親方衆には「理事→副理事→役員待遇委員→委員……」といった序列があるが、委員待遇年寄から役員待遇委員となれば、親方としての序列は現在の81番目から、20番前後に一気にジャンプアップすることになる。「現在の理事は、今後数年で続々と定年を迎える。2年後の理事選で稀勢の里が理事になることを含め、世代交代は当然、急ピッチで進む」(同前) たしかに理事の面々を見ると、八角理事長(元横綱・北勝海)は58歳、伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)は61歳と定年が視野に入ってくる年代だ。出羽海一門の理事長候補 もちろん、大所帯の二所ノ関一門には、他にも現在副理事の高田川親方(元関脇・安芸乃島、54)をはじめ将来の理事候補が複数いる。「それでも、若手だけでなく古参の二所ノ関一門の親方衆からも稀勢の里を推す人が増えていくのは確実だ。稀勢の里の師匠だった鳴戸親方(元横綱・隆の里)は、本来なら二所ノ関一門から理事になれたタイミングで“貴の乱”が起きて機を逸し、翌年に急死。その無念を知る親方たちは、“弟子の稀勢の里を早く理事にしてやりたい”という思いがある」(二所ノ関一門関係者) 対抗馬の位置づけとなる高田川親方は、もともと“反・貴乃花”の急先鋒として執行部の評価が高かったが、貴乃花はすでに退職したうえに、いまの二所ノ関一門には旧貴乃花一門の親方衆も多く、「簡単に支持は集まらないだろう。今回の改選では副理事からも外れる」(同前)というのだ。「2年後に稀勢の里が理事になるとして37歳ですが、若すぎるという話にはならない。貴乃花が理事になったのは37歳だし、北の湖親方は34歳で監事(現在の副理事)、42歳で理事、そして48歳で理事長です。元・佐田の山の出羽海親方が理事になったのも35歳。協会の将来を担う親方であれば30代の理事就任、そしてその先の早い時期の理事長昇格にも現実味はある」(同前) カギを握るのは、二所ノ関一門と双璧をなす一大グループである出羽海一門の動向だ。「二所ノ関一門と出羽海一門は理事を3人ずつ輩出できる“数の力”がある。この2つの一門が手を組めば、10人の理事の過半数を占め、理事長の人選はそれで決められる」(協会関係者)というのだ。 その出羽海一門は、初場所3日目(1月12日)に国技館で一門会を開き、今回の理事候補には現職の出羽海親方(元前頭・小城ノ花、54)、春日野親方(元関脇・栃乃和歌、59)、境川親方(元小結・両国、59)を擁立し、副理事にも現職の藤島親方(元大関・武双山、49)を担ぐことになった。出羽海一門関係者が言う。「現職の理事は八角理事長と同世代なので、出羽海一門としては“世代交代”の後に藤島親方を理事長候補とするのが既定路線。60歳手前の八角理事長があと何年かで退き、出羽海一門のトップとなった藤島親方につなぎ、その後に稀勢の里が二所ノ関一門の統帥として40代で理事長になる流れが年代的にちょうどいい。2つの一門が組めばスムーズに進められる」※週刊ポスト2022年2月4日号
2022.01.25 11:00
週刊ポスト
評論家・呉智英氏、文筆家・古谷経衡氏、ネットニュース編集者、ライター・中川淳一郎氏が語り合う
ネットに書き込む人は3%くらい 立憲民主は「ネットの罠」にはまったか
 ネットの発達によって社会とメディアの関係も歪みつつある。評論家・呉智英氏、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏、文筆家・古谷経衡氏が語った。【全3回の第2回】古谷:一部の有名人や公人に近い存在に批判が集中する背景には、メディアが一般人への批判を避けているという事情もあります。そうなった転換点は、1994年の松本サリン事件だったと思います。中川:事件と無関係な人が犯人扱いされたからね。バラエティ番組で大物女性タレントが「この人、絶対に犯人や」って叫んでいたのを覚えています。あれは酷かった。古谷:その反省からメディアは一般人を叩けなくなり、慎重に批判のターゲットを見定めるようになった。その分、小室圭さんのような一般人から公人に近くなった存在が狙われるわけです。中川:叩いていい存在になったんですね。貴乃花の息子で靴職人の花田優一が猛烈に叩かれていたのと同じ。有名人の配偶者や子供というだけで。呉:新聞社の記者はプロなので、抑制して記事を書いていますが、ネットでは個人があやふやな内容を感情的に書いて拍車をかける。古谷:昔、“画伯事件”というネット事件がありました。香川で起きた殺人事件で、娘と祖母を殺された男性が有名な画伯に似ていたため、ネットでは“画伯”と呼んで犯人扱いして盛り上がった。真犯人は別だったのですが。中川:真犯人がわかったら、「画伯、ごめん」と書き込んで終わり。それですむわけないだろっ!呉:とことん無責任だね。中川:ネットニュースに載る記事自体は批判的ではなくても、そこにぶら下がるコメントが酷いんです。好き放題に書かれる。古谷:だけど、積極的にネットに書き込む人って300万人くらいとされていて、日本の人口に占めるのは3%くらいなんです。ほとんどの人はただ見ているだけだから、本当はあんなもの気にする必要はない。中川:そうそう。立憲民主党は、このネットの罠にはまっていた。先の衆院選で公約に掲げていたのが、「LGBTQ平等法」に「選択的夫婦別姓」、スリランカ人が死亡して問題になった「入管制度」などで、国民全体からするとあまり関わりのないテーマばかり。それで選挙に勝てるわけがない。古谷:ネットリベラルが好んで書き込むテーマで、ネットばかり見ていると、国民全体が興味をもっていると勘違いするんです。実際に世論調査で選挙のテーマとして1位になるのは、だいたい景気・経済対策なんですよね。中川:ネットの見すぎで完全に世間からずれた。古谷:テレビが狂っていくのも同じ構造です。会社にかかってくる電話はクレームばかりで「いい番組だった」と褒める電話なんてほとんどない。だけど、ツイッターなどを見ると、話題になった番組にはハッシュタグができて、いい評価も悪い評価も出てくる。いい評価だと有頂天になって、悪い評価だとがっかりする。だけど、ネットに書き込むのはほんの一部の人なんですよ。中川:制作会社の若いスタッフなどはネットしか見ていないんですよね。昔ならテレビの関連会社は、新聞各紙や多種の雑誌を社内にそろえていたものですが、聞くと、どうも置いていないらしい。古谷:忙しすぎて、新聞や雑誌を読む時間がないんだと思います。読まないから要らないということになったのでしょう。中川:『サンデーモーニング』(TBS系)で野球解説者の張本勲氏が降板になったのも、ネットの声に制作サイドが耐えられなくなったんでしょう。五輪の女子ボクシングで「嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。こんな競技が好きな人がいるんだ」と発言して炎上しましたが、この「喝!」を入れるコーナーでは、毎回スポーツ新聞がネタにして、ネットに10本くらい記事が出てくる。そこに老害だの何だの批判がずらっと並ぶんですが、視聴者のほとんどは別に何とも思っていなかったはずです。(第3回につづく)【プロフィール】呉智英(くれ・ともふさ)/1946年生まれ、愛知県出身。評論家。日本マンガ学会理事。近著に『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』(ともに小学館新書)など中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)/1973年生まれ、東京都出身。ネットニュース編集者、ライター。近著に『炎上するバカさせるバカ 負のネット言論史』(小学館新書)古谷経衡(ふるや・つねひら)/1982年生まれ、北海道出身。文筆家。日本ペンクラブ正会員。近著に『敗軍の名将 インパール・沖縄・特攻』(幻冬舎新書)※週刊ポスト2022年1月14・21日号
2022.01.05 07:00
週刊ポスト
「一代年寄」は20回以上優勝した横綱には与えられてきたが…(時事通信フォト)
一代年寄になれなかった白鵬 協会は「第二の貴乃花の乱」を警戒か
 9月場所千秋楽翌日、新横綱・照ノ富士の昇進場所優勝をかき消すように、横綱・白鵬の「電撃引退」が報じられた。史上最多となる45回の幕内最高優勝を誇る白鵬は、「一代年寄」を与えられるに申し分ない実績を残している。しかし、今年4月に日本相撲協会が設置した「大相撲の継承発展を考える有識者会議」が提出した「提言書」には、〈一代年寄の名乗りを認める根拠を見出せない〉と明記されており、流れが変わる。白鵬には一代年寄は与えられず、間垣親方を襲名することとなった。 過去20回以上優勝した横綱には与えられてきた「一代年寄」。しかし、唐突に出てきた“提言書”によって、白鵬の一代年寄は取り上げられた形だ。この事実に異議を投げかけるのは、高野山真言宗別格本山・南蔵院(福岡県糟屋郡篠栗町)の林覚乗住職だ。 林住職は、白鵬が所属する宮城野部屋の九州後援会名誉会長でもあり、大相撲九州場所の維持員で組織される「九州溜会会長」を務めた大物支援者だ。「あれだけの功績を残した横綱ですよ。過去、20回以上優勝した横綱には『一代年寄』が与えられているのに、唐突に有識者会議から“一代年寄という制度を認める根拠がない”などという提言書が出てくるのはどうかと思いますね。あの提言書を知り合いの弁護士に見せたら、人種差別だと言っていました。(白鵬が)もし日本出身の横綱なら、(一代年寄を)与えたと思いますよ。協会はあのような組織なので、与えないと決めたら与えないと思いますが……」(林住職) さらに林住職は、「7月の名古屋場所前に私の娘が、白鵬が一代年寄になれないことについて抗議する手紙を八角理事長宛に送ったのです」と明かした。すると、協会側から林住職に対して、九州溜会会長を辞めろと要求する返事が届き、結局林住職は体調不良を理由に、自ら会長を退いたという。「協会は怯えている」 失意のなかにある林住職だが、電撃的な発表となった白鵬の引退は、早くから予感していたという。7月の名古屋場所で白鵬が復活の全勝優勝を果たした後、お祝いの電話を入れた際のことだ。「引退という言葉ではありませんでしたが、電話口で“ヒザの状態が悪くて、よく土俵に上がれた”と言っていました。さらには“名古屋が最後になるかもしれません”とも話していた。すぐに発表はしないだろうと思いましたが、もう九州(場所)へは現役で来ないだろうと感じていました。オリンピックとパラリンピックをやっていたので、イベント中に発表すると迷惑をかけるという思いもあったようです。9月の秋場所前の発表という選択肢もあったが、部屋で新型コロナ感染者が出て、所属力士全員が休場となったことで時期を逸し、このタイミングになったんじゃないか」(林住職) 引退が近いとわかっていたからこそ、協会は一代年寄を求める意見に反発したのだろうか。林住職はこんな言い方をする。「反発というより怯えているように感じました。たった1枚の手紙にオタオタしている。私に直接連絡してくればいいのに、それを文書(※娘が送った一代年寄についての意見の手紙に対し協会から内容を問いただす文書)まで送ってきて……。そこまで神経質になることがあるのかと。(娘の手紙の内容は)白鵬が言わせたと思っているのかもしれませんが、白鵬はそんなことはしません」 協会が批判する白鵬の言動については、こう擁護した。「白鵬はサービス精神が旺盛なんですよ。(2017年の)九州場所で万歳三唱をやった時も、前日に白鵬が“優勝したら何を話せばいいか”と聞いてきたから、“(直前に日馬富士の暴行事件という)不祥事があったのでご心配をかけて申し訳なかった”と一言、話せばいいと伝えましたが、白鵬が場の雰囲気でそれ以上のことをやってしまった。会場は盛り上がったが、横審(横綱審議委員会)と協会が文句を言った。協会はファンに目を向けていないんですよ」 もちろん、白鵬の言動には賛否がある。ただ、林住職が熱心に語るのは、単に白鵬の支援者だからではなく、大相撲を愛するがゆえのことだろう。そうした支援者を失望させてまで、協会は、一体何に怯えているのか。“白鵬の乱”は起きるのか 白鵬は宮城野部屋付きの「間垣親方」となるが、協会発表によれば、異例の“条件付き”での襲名承認となった。大相撲の伝統文化や規則、しきたりを守り、逸脱した言動を行なわないことなどを約束する誓約書への署名が条件となった。来年8月に65歳の定年を迎える宮城野親方(元前頭・竹葉山)から部屋を継承し、日本橋に20億円かけて新たな部屋を建設するとも言われてきたが、親方としての今後は不透明だ。「協会執行部は白鵬が“第二の貴乃花”となって反旗を翻すことを恐れているのではないか。数字のうえで圧倒的な成績を残した白鵬を慕う力士や若手親方は少なくない。将来の協会を担う世代は、白鵬派と稀勢の里派に二分されると言われるほど。そうなると白鵬が、一門内の序列を飛ばして理事選に打って出た“貴の乱”の真似をする可能性もある。資金力が豊富なだけに、現実味はあるシナリオだ」(ベテラン記者) 過去の一代年寄は、出世が早い傾向があった。「現役時代の実績が評価される面もあるし、普通は親方になってから“顔(現役時代の四股名)と名前(襲名した年寄株)”が一致するまでに時間がかかるものだが、現役名のまま親方になればその問題がなく、支援者や弟子を募るうえでも有利。ただでさえ白鵬は現役時代から内弟子を育てたり、相撲強豪校とのパイプを作ったりと、親方になった時に一大勢力を築けるように準備してきた。そんな白鵬が、さらに一代年寄によるメリットを享受するとなれば、協会執行部にとって脅威でしかないでしょう」(同前) 様々な思惑が交差した末に、白鵬の親方としてのキャリアが始まる。「委員待遇年寄となる白鵬は、親方の序列としては85番目からのスタート。ジャンパーを着て場内警備にあたり、3月場所で引退した鶴竜がやっているように“マスクを着用して観戦ください”のボードを持って場内を歩かされることになる。協会側は“雑巾がけからやってもらう”という考えだ。もちろん、白鵬もいつまでも黙っているタマではないでしょうが」(同前) 次のステージでも、暗闘は続くのか。※週刊ポスト2021年10月15・22日号
2021.10.05 19:00
週刊ポスト
弟子にした週刊誌記者に対しての不安を募らせる花田優一氏
花田優一 弟子にした記者に「貴乃花との関係修復」について聞かれる
 花田光司氏(元横綱・貴乃花)の長男で靴職人の花田優一氏が週刊誌記者を弟子にとり、靴作りの修行中に起きた出来事をレポートする異色の“交換日記”連載企画。今回は昼食中、ふいに記者から「父親について」の爆弾質問が飛んできた際のやり取りを振り返る。(別稿で週刊誌記者のレポートあり)。 * * * 僕らはいつも、工房近くの定食屋で昼食をとる。住宅街にひっそりと佇む店のベンチには、毎日地元の人たちが座って並んでいる。とんかつ定食やハンバーグ定食がオススメで、ビーフシチュー定食も美味い。 この日は、僕が先約で遅くなってしまったこともあり、いつもの昼食の場所で直接待ち合わせをすることになった。僕はいつも通り、ヒレカツ定食のしそご飯半分盛りを頼んだ。西さんはミックスフライ定食のご飯大盛りを頼んだ。「白米を大盛食べないと、健康が保てない」らしい。ワンパクな40歳独身男性である。 職業は、靴職人と週刊誌記者。年齢は、25歳と40歳。性格は根本的に大きく違う二人が、日々昼食を共にしていると、話す内容は尽きてくるものだ。 西さんが僕にする会話というと、「最近はどうですか?」という漠然とした質問ばかり。 僕は、「一緒にいて、ゴシップとかではないところで僕に聞きたいことないですか?」と聞いた。すると西さんは、一瞬逡巡し、「お父様との関係が修復することはあるんですか?」と言った。“ゴシップとかではないところで”という条件を、完全に無視した西さんを前に、ああ、そうだ、週刊誌記者だった。と自分に言い聞かせて、茶碗にこびりついたご飯粒をつまんだ。工房での過ごし方は“俺”が決める 私はいつも数足の靴の作業を並行して進めていく。革を足型に馴染ませる時間、木型に塗ったパテを乾かす時間、染料を染み込ませる時間、様々な“待つ”時間を有効に使う為だ。しかしながらこの日は珍しく、一通りの作業を済ますと、湿気が増えてきたこともあって、待ち時間が重なってしまった。これも良い機会だと思い、2階にある絵のアトリエに降りて、絵画の製作を進めることにした。 靴の工房を出て2階のアトリエへ階段を降りながら、餃子屋にいた“おっさん”を思い出した。2年ほど前のどんより曇ったある日、知り合いに誘われ四谷の餃子屋に行った。久しぶりの外食だったこともあり、高揚感と共に腹を満たし、店を出ようとした時、背中越しに小声で「餃子食う暇があるなら、靴作れよ」と言う声が聞こえた。誹謗中傷に慣れている僕でも経験のない言われ様で、暖簾を潜りながら、あまりにバカらしくて笑ってしまった。 内心、“西さん”がいる時に絵を描くと、「絵を描く暇があるなら靴を作れ」という聞き飽きた記事を書かれそうな気がして迷ったが、工房での過ごし方は“俺”が決める、と言い聞かせた。アトリエで作業を進める内に、ふと工房内の西さんの表情を思い出した。 西さんが、靴づくりに飽きてきていることは少し気がついていた。「もともと、飽き性なんです」と言っていたことも思い出した。何か、新鮮な作業もさせてあげたいものだが、まだ次の段階に行けるほど基礎が身についてはいない。 工房での日々は大きく代わり映えすることはなく、毎日が同じことの繰りで、それを積み重ねていくしかない。ましてや初心者の頃は、つまらない作業をひたすら続ける他ないのだ。西さんが靴職人として生きていくわけではないことは分かっている。あくまでも取材の一環として靴作りをしているわけだが、これも出会いだ。少しでも、靴作り自体を好きになってほしいのだ。 帰り道、唐突に「靴作り、飽きてきましたか?」と聞いてみた。「工房が遠くてちょっと辛いな、と思うぐらいです」 と、西さんは答えた。続けて、「でも、少しだけ慣れてきて、前よりは楽しくなってきました」と言った。曖昧な答えの中に、西さんの本音と気遣いを感じて、僕は純粋に不安になった。 ■取材・文/花田優一(靴職人・タレント)
2021.09.25 07:00
NEWSポストセブン
花田優一氏への弟子入りも数か月が経ち関係も深まってきた
花田優一が振り返る父・貴乃花が初めて「勘当した」と口にした瞬間
 花田光司氏(元横綱・貴乃花)の長男で靴職人の花田優一氏に、週刊誌記者・西谷格氏が弟子入りし、互いに靴作りの修行中の出来事をレポートする異色の“交換日記”連載企画。今回は優一氏の口からついに“騒動”の核心ともいえる父・貴乃花から「勘当」という言葉を聞いた時の話がこぼれた。(別稿で優一氏本人のレポートあり)。 * * * 修行のために工房に行ったある日のランチのあとだったと思うが、優一氏は父・貴乃花から絶縁を言い渡された時のことを、不意に語り始めた。「お世話になった方が亡くなって、父と二人でお葬式に出席したんです。焼香の場面って、家族単位でまとまって行くじゃないですか。それで式場の方が父と僕に一緒に焼香するよう合図したんです。そしたら父が『もう勘当しておりますので』と言って、別々に焼香することになったんです。いきなりそんなことを言われて、ショックでした」 いつ頃、どういう人の葬式で、どういう状況だったのか。週刊誌記者であれば、5W1Hに沿って詳しく聞くべき話だったのかもしれないが、あいにくその時、私は記者モードを完全に解除していた。食後にお茶を飲みながら、漠然と聞いていた。本来なら身を乗り出して食いつくべき話題だったはずが、むしろ、聞いてはいけない話を聞いているような気がして、聞き流してしまったのだ。 同業者であればきっと誰もが頷くと思うのだが、取材というのは不思議なもので、インタビューを終えてレコーダーのスイッチを切り、メモ帳をカバンにしまったところで急に相手がポロッと本音をこぼすことがよくある。頻繁にある。ペンを握りしめて食いつくと、相手も身構えてしまうのだろう。こちらの意識がボーッとしていてメモも取れないような状況のほうが、気楽に話せるのかもしれない。 葬儀の場面でなぜ、父・貴乃花は勘当を言い渡したのか。事情はよく分からない。優一氏が何か不義理をしたのではないかと勘繰ってしまうが、両者の言い分は平行線だ。それでも、優一氏は「父への敬意と愛情は失っていない」という。ならば、たとえば互いに手紙を書いて、思いを伝えてみてはどうだろう。週刊誌記者としては、もちろん両者のやり取りを記事にしたいという下心もあるが、そういう邪心を抜きに考えても、手紙というのは行き違った者同士の関係を修復するには、とても有効な手段のように思えた。今度優さんに提案してみようかと思う。眠れなくて「薬」を飲むことも 最近、工房内でお茶をしている時や帰りにクルマで送ってもらう際に、優一氏はちょっと気になることを言っていた。「夜、あまりよく寝れないことが多いんですよね。それで薬を飲むこともあって。いろいろ考えごとしちゃうんですよね。考えごとってうのは、ほとんど仕事のことですけど」 ベッドの上で何度も寝返りを打って悶々としている姿は、昼間の快活な様子とはかけ離れており、意外だった。晩酌をすることも多いそうだ。優一氏は時折、憂いを帯びたような表情を見せることがある。悩みのない人間なんていないというけれど、優一氏も父との関係や仕事のことなど、何か悩みでもあるのかなあ……。「僕なんて普段は強気なことも言ってますけど、結構繊細だったりして、一人の時は弱虫男なんですよ」 どこまで本音か分からないが、そんな言葉も漏らしていた。黙って聞いていたら、こう言われた。「そうだ、何か聞きたいことあります? 何か記事になるような話しないと(笑)」 優一氏は以前、将来は結婚して子供もほしいと言っていた。どうしても授かるのが難しいときは気持ちを切り替えるけど、できれば欲しいと言っていた。「うーん、そうだなあ。彼女いるのかどうかとかは、ちょっと気になりますね」「でも、それ知ってどうするんですか?」 逆質問ではぐらかされてしまったが、これまた優一氏お得意の「芸能ニュースの存在意義を問う」ような質問だ。「確かに知ったから、どうってこともないんですけどね。でも、彼女がいるんだとしたら、どんな相手かちょっと気になるなあって」「ふーん。まあでも、もしいつか結婚する時はちゃんとご報告しますよ」 彼女の有無についての回答は保留のままだったが、いつか優一氏の婚約発表記事を書ける日を、楽しみにしたいと思う。 ■取材・文/西谷格(ライター)
2021.09.25 07:00
NEWSポストセブン
横綱の品格について語る貴乃花光司氏(撮影/藤岡雅樹)
貴乃花が考える“横綱の品格”「常に追い求めなくてはいけない対象」
 大相撲では照ノ富士が「令和初の横綱」となった。一方、2018年10月に相撲協会を退職した貴乃花光司氏は「平成の大横綱」と呼ばれた。横綱は負け越しても番付が落ちない。だからこそ、引き際が難しい。昨年11月には横綱審議委員会が休場ばかりの白鵬、鶴竜の2横綱に「注意」を勧告した(今年3月場所で鶴竜は引退)。横綱の引き際は、どうあるべきか。現役時代の貴乃花は右ヒザの大怪我を負い、7場所連続全休を経験した後、2003年1月場所で引退した。同氏が語る。 * * * 横綱は「昇進」と「引退」が一直線上にあって、引退がどんどん近づいてくるという感覚です。 初めて引退の二文字が脳裡をかすめたのは、右ヒザを負傷し、フランスで半月板の除去手術をした後ですね。手術が必要になる一因となった2001年5月場所の武蔵丸関との優勝決定戦で無理をしなければ、もっと現役を続けられたのでは、という声もいただきますが、自分としてはちょっと違う思いがある。怪我という言葉には“怪しい”という字が入っています。長年の負担で“怪しくなってきた”ところに、不具合が出るのだと思う。曙関が先に引退して、2001年9月場所後の断髪式でハサミを入れる順番を花道で待っている時に、ふと“そろそろ自分の番だな”と思いましたね。 私が引退した場所では、2日目の雅山関との取組で大技の二丁投げを食らって左肩から落ちました(物言いがついて取り直しの末、貴乃花が勝利)。横綱がくらってはいけない大技で、“オレもここまでになったか”と土俵に尻もちをつきながら笑ってしまいました。防ぎ方はわかっていたはずなのに体が動かなかった。 雅山関との一番の後に休場して5日目から再出場したのは、このまま辞めたくないと思ったから。体は動かないけど、できるだけ綺麗な負け方で辞めたかった。 新横綱の照ノ富士にも、重責が待っています。ただ、横綱になってからのほうが大変と言いましたが、あまり悩みすぎずにここが力士人生の集大成になるという気概を持って全力の相撲を取ろうとすればいいと思います。その気持ちがあれば、横綱に相応しい取組になっていくと思いますし、日本とモンゴルの両方にファンが増えると思います。〈新横綱をそう気遣った後、記者が「白鵬関の引き際についてはどう考えますか?」と聞くと、宙を睨んだまま答えなかった。今場所は部屋でコロナ感染者が出て休場となる白鵬だが、先場所は6場所連続休場明けに全勝優勝を飾っている〉 むしろ先場所は、綱取りの照ノ富士がよくぞ千秋楽まで勝ち進んだなという気持ちでみんな見ていたんじゃないですか。 照ノ富士は口上で「横綱の品格、力量の向上に努めます」と述べ、わざわざ「品格」と口にした。横綱の推挙状は〈品格、力量抜群につき、横綱に推挙する〉と非常に短いが、とても重い文言です。相撲は相手を倒すだけのものではなく、品格も競うもの。その最高位たる横綱には力量と品格の両方が求められます。しかし、「品格」の基準はどこにも示されていない。正解はないけど常に追い求めなくてはいけない対象であり、それでいて手が届かないものなのです。 * * * 貴乃花は2018年10月に相撲協会を退職。「もっとうまい生き方をすればいいのに」との声があることを聞くと、こう答えた。「でも、生き方がうまければ横綱になれなかったかもしれない。これも自分らしい生き方。外の新しい世界を見るのは新鮮ですよ。品格というのは横綱だけでなく、誰にも必要なものなんです。それを体現しているのが横綱なのだと思います」※週刊ポスト2021年10月1日号
2021.09.21 16:00
週刊ポスト
貴乃花氏が「理想の横綱」として仰ぎ見た力士は?(写真は2001年5月場所/共同通信社)
貴乃花が述懐 曙や武蔵丸の「大きさ」と千代の富士の「重さ」
 4年半ぶりとなる新横綱として、大相撲9月場所の土俵に上がった照ノ富士は、「令和初の新横綱」だ。一方「平成の大横綱」といえば、2018年10月に相撲協会を退職した貴乃花光司氏だ。大相撲の歴史には、69連勝を記録した双葉山、一代年寄を襲名した大鵬、北の湖、千代の富士(辞退して九重を襲名)ら、数々の大横綱がいる。貴乃花氏が「理想の横綱」として仰ぎ見た力士はいたのだろうか。話を聞いた。 * * * 歴史に名を刻む大横綱の映像を見ると、双葉山関なら完全な右四つの型があったし、北の湖理事長なら相手が誰でも吹っ飛ばす破壊力があった。ただ、それを真似しようとは考えませんでした。“対戦したらどんな展開になるかな”と研究する対象になっていた。誰かを真似るのではなく、自分の良さを引き出したいと考えてやっていました。 1991年5月場所では、千代の富士関と対戦して金星をあげることができましたが、まさに全身が筋肉に覆われている印象で、ぶつかっても肌が硬かった。本場所では一度しか対戦できませんでしたが、その後も千代の富士関のような硬さの力士と対戦したことはありません。ライバルだった曙関や武蔵丸関から“大きさ”を感じたとすれば、千代の富士関からは“横綱の重さ”を感じました。 よくアドバイスをいただいたのは大鵬親方です。 相撲の話というよりは、いろんな世界の人とのお付き合いの話が多かった。「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた人気横綱でしたから、政財界の重鎮と交友があり、高い見識のある方でした。ただ、巨人と並び称されることには「相撲は個人競技だから、野球のような団体競技よりつらいよな」とボソッと話されていた。大鵬親方も横綱が逃げ場のない孤独な地位だと感じていたのだと思います。 野球選手は3割打てば一流ですが、横綱は勝率8割を切ったら引退を考えないといけない。北の湖理事長は“横綱の勝ち越しは12勝”とおっしゃっていました。しかも、平幕には負けられない。自分が負けた後に座布団が舞ったり、うなだれているところに座布団が当たったりすると余計に心が痛みます。 一方で、自分が負けて喜んでいるお客さんがいると、入門した時に師匠から「負けて喜ばれる存在にならないと力士をやっている意味がないぞ」と教わったことを思い出したりもしました。花道を下がりながらいろんなことを考えるわけです。※週刊ポスト2021年10月1日号
2021.09.20 16:00
週刊ポスト
横綱の品格について語る貴乃花光司氏(撮影/藤岡雅樹)
貴乃花の横綱論 「横綱になる時」とは「死ぬ時」だと思っています
 大相撲9月場所では、“奇跡の復活”を遂げた照ノ富士が、4年半ぶりとなる新横綱として土俵に上がった。「令和初の新横綱」を「平成の大横綱」はどう見るのか。2018年10月に相撲協会を退職した貴乃花光司氏が語る、角界の最高位に求められる条件とは──。 * * * 新横綱の照ノ富士には“日本人的な骨組み”を感じますね。元々、間垣さん(元横綱・二代目若乃花)の弟子だったのでよく知っていますが、気骨がある。そうでなければ、大関経験者が序二段まで落ちてから復活なんてできません。私も右ヒザの怪我で苦しみましたが、照ノ富士は両ヒザの内側、外側、そして前十字……本来、力士にとっては致命傷です。回復力もさることながら、精神力は驚異的ですよね。 ただ、下から上がっていく時は、猪突猛進、獅子奮迅の相撲でいいんですが、横綱になると負けられない。照ノ富士が大変なのはこれからです。〈そう語るのは、第65代横綱・貴乃花だ。1990年代の相撲ブームを牽引した「平成の大横綱」である。15歳で父である元大関・貴ノ花の藤島部屋に入門。史上最年少記録を次々と塗り替え、幕内最高優勝22回、横綱としての勝率は8割を超える。横綱に昇進したのは、2場所連続全勝優勝を果たした1994年11月場所後のことだ。その地位を守る覚悟は、相当なものだったという〉 横綱となるには「大関で2場所連続優勝か、それに準ずる成績」という内規を満たさないといけない。高いハードルですが、横綱になってからのほうが断然大変です。 私は、「横綱になる時」というのは「死ぬ時」だと思っています。 入門直後には、相撲教習所で「桜の花が散るように」という横綱像を教えられる。負け越したら終わりとかではなく、もっと深い意味があって、日本国を背負っているぐらいの気持ちで土俵に上がらないといけない地位なのだと教えられました。 横綱は勝って当たり前。負けてはいけない地位であるうえに、「勝ち方」や「負け方」が問われる。 横綱としての相撲を取るにはとにかく、「押す力」が基礎になります。私の場合、寄り切りが理想型でしたが、押す力、ぶつかり稽古の基礎、締め付ける力、そして足の運びが合わさって寄り切りになる。北の湖理事長(故人)の突き押しには勝負を決める威力がありましたが、横綱になって寄り切りや突き押しで勝負を決めるのが一番難しいと思います。相手は自分の得意な取り口できて、横綱はそれを受け止めたうえで勝たないといけない。また、負けた翌日のきっちりとした勝ち方というのも求められる。そんなことの繰り返しですから、横綱という地位にあることは、精神的な負担が相当大きいのです。プライベートも制限される〈先の7月場所千秋楽で照ノ富士は、横綱・白鵬との全勝対決の立ち合いで激しいカチ上げを食らい、敗れた。14勝1敗の準優勝で昇進が決まったが、結びの一番については「自分が弱かっただけ」と悔しさをにじませた。一方の貴乃花は、自身の横綱昇進を全勝で決めたが、大一番の後、不思議な感覚を覚えたという。1994年11月場所千秋楽の相手は、初土俵の同期ながら先に横綱に昇進していたライバル・曙だった〉 あの時は“勝てば全勝優勝だ”と気負ったらプレッシャーに押し潰されると思ったので、何食わぬ顔で土俵に上がりましたが、2メートルの巨体相手の相撲はギリギリでした。休場明けだった曙関はすでに4敗していましたが、私の全勝を阻止しようと気迫十分だった。約50秒もかかった一番で、土俵際まで押されてからの逆転の上手投げで勝ちましたが、経験したことがない変な気持ちでしたね。ハイな状態を超越したというか、館内の雰囲気を肉体的な目でなく、背中で見ているような感じでした。なんとか勝ったという思いばかりで、宿舎に帰ってからようやく実感が湧きました。 横綱昇進の伝達式の口上で述べた「不惜身命」は、師匠(元大関・貴ノ花)が選んだ言葉です。師匠も軍人さん的な厳格さがあった人で、「いつ死んでもいいぐらいの覚悟で土俵に上がらないといけない」と、伝達式の前日夜遅くまで考えていましたね。現役時代、自分は師匠の“分け身”だと思っていたので、師匠の人生観を私が口上で伝えるという気持ちでした。〈新横綱として迎えた1995年1月場所では優勝決定戦で大関・武蔵丸(当時)を破り、年6場所制導入以降、今に至るまで4人しか達成していない昇進場所優勝を果たす。1994年9月場所から1996年9月場所までの13場所中10場所で優勝(残りの3場所も準優勝)という抜群の成績を残した貴乃花だが、土俵上だけでなく、私生活でも「横綱の重圧」を意識する日々だったという〉 横綱が本場所の15日間で対戦する幕内上位の力士はみんな強いんです。相手の型にはまれば持っていかれてしまう。そんな相手が続き、どんどん緊張感が増していく。朝起きて“今日はよく眠れた”という日は稀です。1時間しか眠れなかったとしても、暗い部屋で目を閉じて瞑想に入り、なんとか脳を休ませようとする。自分との戦いでしたね。 気持ちの切り替えのために、お茶でも飲みに行ければよかったのですが、そういうことがやりにくい時代でした。22歳で横綱になって、20代は娯楽がないおじいさんのような生活だった(苦笑)。常に緊張感があり、食生活を含めた体調管理には細心の注意を払った。コロナ禍で全国民がマスクをして家に閉じこもる生活を強いられていますが、当時の自分の暮らしはそれに近く、風邪の菌すら体内に入れないように注意を続ける生活でした。※週刊ポスト2021年10月1日号
2021.09.17 19:00
週刊ポスト
「週刊ポスト」本日発売! 医者と病院の拝金・怠慢ほか
「週刊ポスト」本日発売! 医者と病院の拝金・怠慢ほか
 9月17日発売の「週刊ポスト」は、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナの時代を生き抜く知恵とスクープのスペシャル特大号。麻生太郎・副総理は「医者の言う話が本当かよという話がいろんなところに出てきている」と放言して、またぞろバッシングの嵐を巻き起こしているが、この失言男の言葉はさておき、コロナ禍の背景に、医師や病院の問題があることは否定できない。多くの医療従事者が自らの生活や命をリスクに晒して国民に奉仕していることは間違いないが、一方で「コロナ患者は受け入れたくない」という本音や、補助金だけ受け取ってコロナに正対しない不届きな事例も垣間見える。新聞・テレビが見ようとしない“汚れた象牙の塔”の実態に迫る。今週の見どころ読みどころ◆補助金だけ受け取ってコロナ患者を受け入れない「けしからん病院」8月末時点で、都内のコロナ病床の使用率は72%だった。それでも患者のたらい回しや自宅療養者は減らない。一般的には「病床が空いていても医療スタッフがいないから使用できない」と説明されているが、そうとばかりは言えない実態が明らかになった。厚労省はコロナ病床を確保した病院に1床あたり最大1950万円もの補助金を出しているが、なかにはそのカネを受け取るだけ受け取って、患者の受け入れを拒否する病院もあるという。それ以外にもコロナ関連の補助金は多い。本誌は空床を抱えている有名病院を直撃した。◆医師と薬剤師が「ジェネリックにしますか?」と勧める儲けのカラクリ政府は医療費抑制のためにジェネリック(後発)医薬品を推奨している。それ自体は悪いことではないが、そのためにジェネリックを勧める病院や薬局にボーナスを与える仕組みがあるため、医師や薬剤師は患者のリスクを無視してジェネリックを勧めてくることがある。実際にはジェネリックは先発薬と「全く同じもの」ではない。その問題点を抉る。◆<異論にフォーカス>識者たちが喝采!「眞子さまは立派だ」相変わらず眞子内親王と小室圭氏へのバッシングが吹き荒れているが、実は若い世代は半数以上がこの結婚に賛成しているというデータもある。テレビをはじめ多くのメディアでは「声の大きい反対派」におもねってバッシングに走るコメンテーターばかり出てくるが、実際は識者の間にも秋篠宮家や眞子内親王の決断を賞賛する声は多くある。本誌はあえて賛成派の識者に取材した。ベテラン皇室ジャーナリストの渡邉みどり氏、漫画家の倉田真由美氏、精神科医で教育評論家の和田秀樹氏、英王室に詳しいジャーナリストの多賀幹子氏らが、「眞子さまの決断は立派だ」「秋篠宮家の教育のたまものだ」と応援メッセージを寄せた。◆まさかの!?「朝食にパンを食べてはいけない」その理由誰にでも効く薬がないように、誰にとってもいい食事などあり得ない。朝食の定番であるパンも、人によっては健康を害する原因になる。パンによって急激に血糖値が上がるようなケースでは、午前中の仕事の効率が下がったり、糖質を摂りすぎる食生活に陥るリスクがあるという。その他にも、医師らが警告する「パンの危険」を紹介する。◆<自民党総裁選>大物OB議員17人が「期日前投票」してみた派閥領袖や三役を経験した自民党の大物OBに緊急アンケート。自分なら総裁選で誰を推すか、理由とともに語ってもらった。結果は本誌に譲るが、17人のうち4人が「該当者なし」としたことからも、自民党の人材不足がはっきり見える結果となった。◆<ワクチン最前線>「ミュー株」と「集団免疫」の不都合な真実菅首相はワクチン一辺倒のコロナ対策で国民の不信を招いたが、案の定、日本でも世界でも、ワクチンではこの危機は終わらないことが明らかになりつつある。デルタ株の次に世界を震撼させると見られているミュー株の脅威、そうした変異株によって打ち砕かれた「集団免疫」の幻想など、ワクチンをめぐる不都合な真実を徹底取材した。◆貴乃花インタビュー「照ノ富士と白鵬に問う横綱の覚悟」平成の大横綱と言われた貴乃花が「横綱」について語り尽くした。ヒザの故障を抱えながら土俵に上がる新横綱・照ノ富士、強さは抜群だが品格を問われる白鵬にも触れながら、自ら考える横綱の姿を明かす。「横綱になる時は死ぬ時だと思っている」という言葉が重い。◆野球少年に暴言を吐いた巨人「育成の星」はどんな選手なのか?「紳士の集団」であるはずの巨人でまた不祥事が起きた。育成の星と期待されている保科広一・外野手が、あろうことかキャッチボールしている野球少年に「野球なんかしてもつまんねえぞ」と暴言を吐いたのだ。球団は平身低頭だが……。◆藤井聡太・三冠の「神の一手」に、ひふみんが「あの手は私も指した」史上最年少で三冠を獲得した藤井聡太。その偉業を決めた一局では、解説者もうなる「神の一手」が話題になった。ところが、かつて同じように「神の一手」で若き羽生善治に敗れたことがある「ひふみん」こと加藤一二三・九段に聞くと、「あれは当然の一手。実は私も似た局面で同じ手を指したことがある」と、意外な答えが返ってきた。◆東京ガスと大阪ガスが「ヤクザのガスは止めます」の衝撃暴力団排除は社会全体の課題であり願いだが、ついにヤクザはライフラインまで制限されることになった。9月末に大手ガス会社への規制が撤廃されることに伴い、東西の二大ガス会社は「ヤクザのガスは止めます」という強硬手段に動き出した。反社会勢力との取引が禁じられるのは当然としても、生存権を脅かしかねないライフライン切断は、果たして法的に問題ないのだろうか。◆<グラビア・ファッションショー>すぐに真似できるユニクロvsワークマン「書を捨てよ、町へ出よう」と若者に呼びかけたのは寺山修司だったが、コロナ禍で仕事に、家族に、社会に責任を負うオトナたちにこそ、「町へ出る」気持ちが必要な時代かもしれない。自由に外出できる日々はまだ先だが、その日のために、まずはお洒落を始めてみるのはどうだろう。誰にでも手の届くカジュアルな価格で最先端のファッションを楽しめるのがユニクロやワークマン。今回は、尾美としのりと筧利夫がモデルとなり、両ブランドを使ったコーディネートをカラーで紹介。町へ出る準備を始めよう!◆ヘンタイからヤクザまで……鈴木亮平は「昭和テイストの芝居バカ」公開中の『孤狼の血 LIVEL2』で残虐なヤクザを演じている鈴木亮平への賞賛が止まらない。大河ドラマ『西郷どん』や、出世作のひとつとなった『HK/変態仮面』の好演を振り返りながら、俳優・鈴木亮平の魅力を解き明かす。◆<密着グラビア・ルポ>クジラを追う漁師たちとかく政治的、外交的な話題になる捕鯨だが、豊かな海に囲まれた日本では、古来、産業としても食文化としてもクジラは欠かせない存在だった。いまや家庭の食卓に上がることも少なくなったクジラだが、日本人として忘れたくない大切な海の恵みだろう。国際的な批判を気にしてか、ほとんど公開されることのない捕鯨船の活動から、クジラの解体、出荷、そして絶品料理まで、余すところなくクジラの魅力をお伝えする。捕鯨船に引き上げられた14メートルのニタリクジラの雄姿は圧巻だ。◆<大図解&完全ガイド>「得する年金」のもらい忘れチェック!日本の年金制度は、度重なる制度改正(ほとんどが改悪!)によってつぎはぎだらけになり、自分の年金がどうなっているのかすら多くの国民はわからない。しかも、年金財政が苦しいからなのか、ほとんどの制度は「申請しないともらえない」仕組みになっている。結果、もらえるはずの年金をもらい損ねている国民も多い。「得する年金」の本家本元である週刊ポストが、改めて「年金最大化」の手続きを完全ガイドする。※全国の書店、コンビニで絶賛発売中!
2021.09.17 07:00
NEWSポストセブン
貴源治の解雇後も相撲協会に残る「貴派の残党」への締め付け
貴源治の解雇後も相撲協会に残る「貴派の残党」への締め付け
 7月30日、日本相撲協会は臨時理事会を開催し、7月場所中の大麻の使用が判明した十両・貴源治(常盤山部屋)に懲戒解雇の処分を下した。賞罰規定で最も重い処分となったが、大麻所持で逮捕された若ノ鵬(2008年8月)、抜き打ち検査で陽性反応が出た露鵬と白露山(同9月)、大麻所持で逮捕された若麒麟(2009年1月)はいずれも懲戒解雇処分となっており、コンプライアンス委員会も懲戒解雇処分が相当と答申していた。前例に準じたかたちの決着となったわけだが、大相撲の世界に残る関係者たちにも、茨の道が待っている。 理事会では監督責任が問われた師匠の常盤山親方(元小結・隆三杉)に対して、「委員」から「年寄」への2階級降格の懲戒処分が決まった。「貴源治への処分は妥当でしょうが、常盤山親方には気の毒な2階級降格です。2018年12月には、部屋に所属する貴ノ岩が付け人への暴行問題で引退し、親方もけん責処分を受けた。翌年9月には貴ノ富士(貴源治の双子の兄)が、やはり付け人への暴行・差別的発言で引退に追い込まれ、貴源治も弟弟子へのイジメをしていたことが明らかになった。この時も報酬減額の処分を受けています。そこへさらに今回の降格処分。問題を起こしたのはいずれも常盤山親方が新弟子から育てた力士ではなく、貴乃花部屋から移籍してきた力士ですからね」(相撲担当記者) 今回の委員から年寄への2階級降格とはどのような処分なのか。相撲協会の階級には基本的に「理事」「副理事」「役員待遇委員」「委員」「主任」「年寄」があり、それとは別に引退した元横綱、元大関の期間限定の階級である「委員待遇年寄」が「委員」の下に、定年後再雇用の親方の階級である「参与」が「年寄」の下に位置づけられる。役職ごとに給与、ボーナス、手当などが変わってくる。「2階級降格は時折見られる処分で、今年1月場所中に風俗店などに通っていた前・時津風親方(元前頭・時津海)は『委員』から『年寄』に2階級降格となっている(その後、元・時津海は退職)。貴乃花親方は貴ノ岩への暴行事件を巡って協会の調査に非協力的で報告を怠ったなどとして、2018年1月に理事解任処分を受けて2階級下の『役員待遇委員』に降格となった。直後の2月の理事選の落選したことで慣例により『委員』に降格し、さらに翌3月に貴公俊(当時、後に貴ノ富士に改名)の暴力事件が起きてもう一度2階級降格処分を受け、『委員』から『年寄』になっている。わずか3か月のうちに5階級降格したわけだが、こうした処分の影響は大きい」(協会関係者)「理事」の年収が約2500万円に対し、「年寄」は約1200万円といわれており、貴乃花親方のケースでは3か月で収入が半分以下に落ちたことになる。「それ以上に大きいのが協会内での発言力の低下です。『年寄』は引退直後の親方や借株の親方の階級で、序列でいえば引退直後の横綱や大関が位置づけられる『委員待遇年寄』より下となる。貴乃花親方のケースでいえば、親方になったばかりの頃よりも下の階級に落とされたことになり、協会からの“雑巾がけから出直せ”というメッセージだった。この屈辱的な仕打ちが貴乃花親方の退職理由のひとつだったされる」(前出・相撲担当記者) 常盤山親方も2階級降格で年収が約1500万円から1200万円程度に減ることになるとみられるが、前述した通り、その“原因”となった不祥事は貴乃花部屋から移籍してきた力士によるものばかりだ。それでも、これからの道のりは険しいものになるという。「降格は簡単だが昇級が難しいのが相撲協会。『年寄』から『主任』、『主任』から『委員』に昇格するのは勤続年数によるが、その上の『役員待遇委員』になれるかは不透明な基準になってくる。年寄としての勤続年数、現役時代の実績、師匠として関取を輩出しているか、一門内の序列といったことが影響してくるとされるが、最も大きいのは一門内での力関係だと言われている。つまり、いずれ一門の票をバックに選挙で理事、副理事に選ばれるであろう親方が抜擢される。また、“貴の乱”以降は、反・貴乃花の急先鋒だった高田川親方(元関脇・安芸乃島)や師匠会会長として貴乃花を糾弾した錦戸親方(元関脇・水戸泉)が役員待遇委員に抜擢された例もある」(若手親方) 2017年に明らかになった横綱・日馬富士による貴ノ岩への暴行事件は、協会執行部と貴乃花親方が激しく対立する争いとなったが、その禍根は貴乃花親方の退職後も残っているのだという。「貴乃花一門の残党と見られている親方衆には出世の見込みはないと言われている。今回、2階級降格された常盤山親方も厳しい。部屋には横綱候補の貴景勝がいるものの、昇進したところで“貴乃花が育てた弟子”と解釈され、その一方で、不祥事を起こした旧・貴乃花部屋の力士は“いまは常盤山親方の弟子”と責任を問われる。旧貴乃花一門の常盤山親方は二所ノ関一門内では発言力はなく、今後も出世につながる道は見えてこない」(ベテラン記者)  相撲協会に残る側のほうにも、厳しい未来が待っているのだ。
2021.08.01 16:00
NEWSポストセブン
貴乃花部屋の歯車はどこで狂ってしまったのか(時事通信フォト)
相次ぐ弟子たちの不祥事 名門「貴乃花部屋」はどこで道を間違えたのか?
【NEWSポストセブンプレミアム記事】 またも、四股名に「貴」がつく力士の不祥事──ガチンコの中のガチンコと言われた師匠である貴乃花親方が協会を去って3年。弟子たちはなぜ、次々と角界から姿を消してゆくことになるのか。貴乃花部屋の歯車は、どこで、どう狂ってしまったのか。稽古量はケタ違い 名古屋場所は横綱・白鵬の復活V、準優勝した照ノ富士の横綱昇進で幕を下ろしたが、千秋楽の2日後、事件は発覚する。十両・貴源治の大麻使用が判明したのだ。 尾車親方(元大関・琴風)の聞き取りに一度は否定した貴源治だったが、尿検査で陽性反応が出た後の再聴取には「路上で大麻たばこを1本吸った」と認め、協会は警視庁に通報。「過去の例からして解雇は免れない」(担当記者)とみられている。 貴源治の入門時の師匠である貴乃花親方が協会を去ったのは2018年9月。横綱・日馬富士が、貴乃花部屋所属の貴ノ岩に暴力を振るった“鳥取事件”を巡り、執行部と激しく対立した末のことだった。 協会内で冷遇された貴乃花親方は弟子たちを移籍させ、自身は退職する道を選んだ。「執行部に頭は下げられないが、弟子の将来を考えて……」という願いが垣間見えたが、その後、元弟子たちは次々と不祥事を起こす。 貴ノ岩は2018年冬巡業で、忘れ物をした付け人を殴ったことが発覚して引退。2019年9月には、貴ノ富士が新弟子に暴力を振るい、「障害者」などと暴言を吐いたことが明らかになった。自主退職を促されると、会見を開いて「処分が重すぎる」と訴える騒動に発展し、最後は引退届を郵送で提出した。 そして今度は、貴ノ富士の双子の弟である貴源治の大麻使用だ。 彼らがかつて所属した「貴乃花部屋」──。 そのルーツは、土俵の鬼といわれた初代若乃花が引退後の1962年に興した二子山部屋にある。「汗が出なくなるまで稽古する」という厳しい指導のもと、2人の横綱を輩出し、初代若乃花の実弟である初代貴ノ花も大関まで昇進した。“角界のプリンス”と呼ばれた初代貴ノ花が、貴乃花親方の父である。引退後の1982年には藤島部屋を興し、後に“若貴ブーム”を巻き起こす2人の息子が入門したのは1988年のことだ。 藤島部屋のおかみだった藤田紀子(当時は花田憲子)さんが振り返る。「息子が入門して大変なことはたくさんありました。親方(初代貴ノ花)も、稽古場で厳しく叱るのはまず我が子と決めていたようだし、おかみとしてのケアも、えこひいきしていると思われないよう、息子以外の力士たちに手厚くなければならなかった。そうしたなか、息子2人は稽古量が違いました。夜中に稽古場で音がするので見に行くと、黙々と四股を踏んでいたこともあった」 兄である三代目若乃花とともに横綱となった貴乃花は、優勝22回を数える「平成の大横綱」となる。2003年に引退すると、その功績から一代年寄を襲名し、「貴乃花親方」となる。翌2004年には父の部屋を継いで「貴乃花部屋」が生まれた。そこからの歩みは、実に浮き沈みの激しいものだった。「この部屋から横綱を出す」 初代貴ノ花の藤島部屋は、1993年に初代若乃花が定年退職したことに伴い、“吸収合併”のかたちで二子山部屋となっていた。「そもそも、この部屋を継ぐのは貴乃花親方ではなかったかもしれない」 そう振り返るのは、当時の後援会幹部だ。「当初、二子山親方は長男の(三代目)若乃花に部屋を継がせたかった。二子山部屋を後世に残し、次男の貴乃花は一代年寄として貴乃花部屋を興せばいいという考えでした。ところが、貴乃花の“洗脳騒動”などもあって、若貴兄弟の仲に亀裂が入り、2000年に若乃花が強引に廃業。貴乃花にすれば、部屋を出て独立するつもりが、自分が継ぐしかなくなってしまった」 思い描いた船出とは違ったが、この頃の貴乃花親方は前を向いていた。2006年には本誌の取材に、「日々手探り状態で指導を続けている」としながらも、今後の夢を聞かれると、「貴乃花部屋から横綱を出すことに尽きます」と高らかに宣言。 そのうえで、「部屋を継いでから5年以内に関取を出すと宣言したのですが、早くも2年が経ちました」というジリジリとした思いも口にした。 結果的に、貴乃花部屋の“関取第一号”は2012年7月場所に十両へ昇進した貴ノ岩。部屋を継いで8年が経っていた。前出の後援会元幹部が語る。「親方自身、中学卒業後に藤島部屋に入門したこともあり、高校に3年間通うくらいならすぐ角界に飛び込んだほうがいいという考えが基本だったと思う。部屋には相撲強豪の埼玉栄(貴景勝)や鳥取城北(貴ノ岩、貴健斗)出身者もいるが、基本的には中卒から預かる。貴源治と貴ノ富士も中卒での入門だった。関取の輩出まで8年かかったのは、そういったこだわりもあったためでしょう」 弟子たちが少しずつ育ち始めるとともに、貴乃花親方は角界の改革にも動き出す。2010年2月の理事選の「貴の乱」だ。「一門を越えた結束が必要」 2年に1度の理事選は、5つある一門が年功序列で事前に候補者を調整する“無投票”が長く続いていた。そうしたなか、貴乃花親方は二所ノ関一門を飛び出し、37歳の若さで理事選に出馬する。「当選ラインに届かないとみられていたが、当時の安治川親方(元幕内・光法)や立浪親方(元小結・旭豊)が一門の意向に反して貴乃花に投票し、当選を果たした」(同前) その余波は大きかった。 無記名投票の“造反者狩り”だ。所属する一門の意向に逆らったことが判明した安治川親方は廃業危機に追い込まれ、本誌の直撃に「辞めたくない。今の一門に残れればいいが……」と絞り出すように答えていた(その後、名跡交換などを経て貴乃花部屋に移籍)。 無傷では進めなかったが、改革には勢いがあった。貴乃花親方は理事選の3か月後にはすでに、「相撲界を変えるには、一門を越えて結束した親方衆の絶対数が必要なんです」と訴えていた(週刊ポスト2010年5月21日号)。 その後も4期連続で理事当選を果たし、2014年には協会が正式に「貴乃花一門」を認める。後に関取となる貴景勝(2014年入門)、貴源治、貴ノ富士(2013年入門)が加わるなど、部屋は活気づいていた。 ただ、そこに少しずつ影が差し始めるのも、この頃のことだった。大鵬と北の湖の死 大きな転機は、2015年11月場所中に北の湖理事長が亡くなったことだ。 部屋の所属力士の大麻使用で一度は辞任した北の湖親方が、理事長に復帰したのは2012年のこと。そのタイミングで貴乃花親方は、大阪場所部長の要職に抜擢される。時の理事長が後ろ盾となったこともあり、「貴シンパの若手親方は一門を越えた新勢力として広がりを見せ、その数は全親方の半数に迫っていた」(協会関係者)とされる。 その北の湖理事長が亡くなり、後任として八角親方(元横綱・北勝海)が理事長に就任。反貴乃花派の一門に支えられて権勢を振るうようになり、潮目は大きく変わった。 前後して、貴乃花親方を支える人たちが亡くなったり、協会を追われたりしたことも大きかった。「貴の乱」での貴乃花親方の集票をサポートした元横綱・大鵬は2013年に亡くなり、2015年6月には貴乃花部屋付きの親方だった元大関・貴ノ浪(当時の音羽山親方)が43歳の若さで急性心不全により死去。貴乃花親方は後ろ盾と部屋の番頭格を失った。「貴の乱の直後に発覚した野球賭博事件で、元関脇・貴闘力(当時の大嶽親方)と大関・琴光喜が解雇されたことも大きい。貴闘力は側近だし、琴光喜も理事選で貴乃花親方に票を投じていた。当時から〝貴シンパだから重い処分になった〟と言われており、貴乃花親方は理事会で琴光喜の処分軽減を進言し、受け入れないなら協会を去ると退職願まで出したが、聞き入れられなかった」(同前) そうして櫛の歯が欠けるように、周囲から人がいなくなっていった。 そして、2017年11月場所前の秋巡業で“鳥取事件”が起きる。 モンゴル出身力士の会合で、日馬富士が貴ノ岩を殴ったことが明らかになると、貴乃花親方は協会の対応を批判。日馬富士は引退するが、貴乃花親方も理事を解任される。 周囲と相談せずに強硬姿勢を貫いたことから、2018年2月の理事選では貴乃花一門が当時の阿武松親方(元幕内・益荒雄)を担ぎ、貴乃花親方は落選。それ以降も、内閣府に告発状を送るなど過激な行動を続けた。 そんななか、弟子による「最初の暴力事件」が起きた。 2018年3月、貴公俊(後の貴ノ富士)が付け人を殴る事件が発覚。暴力を批判しながら、自らの弟子が暴力沙汰を起こし、貴乃花親方は窮地に陥る。協会からは降格処分を受け、6月には貴乃花一門が消滅。その3か月後、協会を退職した。 在職中には「相撲界を去る力士や行司らのセカンドキャリア支援」「地域密着型の部屋運営」など様々な改革を掲げたが、実を結ぶことはなく、弟子たちも恩を仇で返すような不祥事を繰り返した。どこで歯車が狂ったのか。 相撲部屋の運営は、決して簡単ではない。藤田紀子さんは自身の経験からこう振り返る。「稽古場と協会のことは親方の仕事ですが、若い衆の教育、私生活の指導はおかみさんと2人での仕事になる。血気盛んな子供たちですから、一時も目を離せない。厳しい稽古を我慢ができても、私生活の部分では我慢できないことも多い。不満を聞き取るのがおかみさんの仕事で、そのためには24時間一緒に生活しないといけない。これは相撲部屋にとっては大きいと思います」 紀子さんは、「貴乃花部屋の立ち上げ時には親方(初代貴ノ花)と離婚していたので、内情は分からない」とするが、示唆に富む言葉だ。 2004年に部屋を継承した時、中野新橋の部屋にはまだ、先代である初代貴ノ花が暮らしており、貴乃花親方は五反田の自宅からの“通い”で弟子を指導した。先代が亡くなった後も、貴乃花親方だけが中野新橋に住み込み、おかみの景子さんは五反田から部屋に通う生活だった。紀子さんが言う。「貴乃花は先走りすぎて角界を去ることになりましたが、部屋では弟子たちに目が行き届いていなかったのではないでしょうか。そんな言い方しかできません。親方が熱心に相撲道と技術を教えたとしても、その目が届かないところでいろんなことが起きている。みんなヤンチャで、力も有り余っています。誰にでも悪い心はある。親方とおかみさんが二人三脚で、それを出させない環境を作らないといけないんです。その歯車が少し狂えば、いくらでも綻びが出る」相撲部屋“合流”の弊害 貴乃花部屋の消滅後、所属力士は、千賀ノ浦部屋(現・常盤山部屋)に移ったが、この部屋もまた、「所属する弟子が先代(元関脇・舛田山)時代からの弟子と、現親方(元小結・隆三杉)がスカウトしたグループに分かれており、そこに旧貴乃花部屋の力士が加入した」(前出・担当記者)という複雑な事情を抱える。 藤島部屋と二子山部屋の合併を経験している紀子さんはこう言う。「2つの部屋が一緒になるのは大変で、弊害が多い。ずっと一緒にやってきた家族の中に他人が入ってくるわけですから。それまでの環境や相撲への向き合い方が違い、藤島部屋のカラーに染めるのは難しかった。どうしても軋轢が生まれます」 部屋のなかに分断があれば、ストレスや対立関係から不祥事にもつながりやすい。「貴乃花が弟子たちを常盤山部屋に預けたのはやむにやまれぬ事情だろうけど、受け入れる側も大変だったはず」(同前) 常盤山部屋に残る旧貴乃花部屋の関取は、大関・貴景勝と今年1月場所に十両昇進を果たした貴健斗だけ。彼らはこれから、どんな道を歩むのか。※週刊ポスト2021年8月13日号
2021.07.28 16:00
週刊ポスト
相撲界で一大勢力を誇った藤島部屋、その秘密は?(時事通信フォト)
若貴兄弟、貴ノ浪、貴闘力 藤島部屋を最強軍団たらしめた親方の指導力
 昭和の時代には圧倒的な魅力と存在感で他を寄せ付けなかった「最強軍団」がいた。横綱まで上り詰めた若貴兄弟(三代目若乃花、貴乃花)を筆頭に、大関・貴ノ浪、関脇の貴闘力、安芸乃島、豊ノ海などを育て上げ、相撲界で一大勢力を誇った藤島部屋。 厳しい稽古とガチンコ相撲で『藤島軍団』を築き上げたのは、「角界のプリンス」と呼ばれた元大関・貴ノ花だった。 細身の体ながら強靱な足腰の粘りで巨漢力士をなぎ倒し、端正なマスクで絶大な人気を誇ったが、ケガと内臓疾患に泣かされて横綱になれないまま1981年1月に現役を引退。 翌年、実兄である元横綱・初代若乃花の二子山部屋から独立し、内弟子の序二段9人、序ノ口3人を連れて東京・中野区に藤島部屋を興した。 43年間大相撲中継を担当した元NHKアナウンサーの杉山邦博氏が語る。「兄であり、師匠でもあった初代若乃花は、自身にも弟子にも厳しい稽古を課した。“汗が出なくなるまで稽古する”と言われたほどで、親方となった貴ノ花も兄の教えを守った。当時、部屋で稽古を見ていた人はあまりの静寂と緊迫に、唾ひとつ飲み込めませんでした。出稽古にも行かず、弟子たちは他の部屋の力士たちと言葉すら交わしてはならないと厳しく指導されていた。勝負の世界に生きる孤高の集団だった」 当時の藤島部屋の稽古量はズバ抜けていた。他の部屋では三番稽古の途中で息が上がると“待った”をかけながら息を整えるが、藤島部屋は“待ったなし”で何十番も仕切り回数を重ねていく。 他の部屋の稽古は朝6時頃に始まり10時には終わるが、藤島部屋では昼まで続く。それでも力士たちはさらに早い時間から自主的な稽古に励んだ。 おかみさんとして藤島部屋を支えた藤田紀子さん(当時は花田憲子さん)はこう話す。「みんな寝静まった深夜に稽古場から物音がして、見に行くと(入門直後の)光司(後の貴乃花)が四股を踏んでいたこともありました。部屋を開いた直後の親方(元・貴ノ花)は“まず心臓を鍛える”と、とにかく稽古の番数を増やしていましたが、やはり2人の兄弟は稽古の量は違っていましたね」 息子が入門したことによる難しさもあった。「稽古場では親方が自分の息子もほかの弟子も平等に指導すればいいのですが、生活面は平等じゃダメなんです。他の力士と同じように扱えば、“えこひいき”していると思われてしまう。だから、預かっている子たちが病気やケガをした時は病院まで車で送っても、我が子の時は病院に連絡だけして、ひとりでタクシーで行かせました。親方もとりわけ厳しく叱ったり、鉄拳を食らわせたりするのは我が子と決めていた。 部屋でイジメなどを見たら教えてほしいと他の力士たちに頼んでいましたが、そういうこともこっそりやらないと“親方の息子が告げ口した”と思われてしまいます。すごく難しかったが、うちの親方自身が若い頃、“師匠の弟”だからとやっかまれて、土俵でのかわいがりや砂を食べさせられるといったイジメを受けていたので、そういうのは絶対になくしたかった。健全なライバル関係があったからこそ、強い関取がたくさん育ったんだと思います」(紀子さん) 最強のガチンコ集団が幕内上位を席巻し、90年代前半の空前の相撲ブームへとつながった。※週刊ポスト2021年6月11日号
2021.06.02 16:00
週刊ポスト
仕事馬ではなかなか厳しい師匠・花田優一氏
花田優一に弟子入りした週刊誌記者「師匠は名字が大嫌い」と知る
 週刊誌記者・西谷格氏が父・花田光司氏(元横綱・貴乃花親方)の長男で靴職人の花田優一氏に弟子入りし、互いに靴作りの修行中の出来事をレポートする異色の“交換日記”連載企画。初回は「なかなか教え上手」を実感した西谷氏だが、連載第2回となる今回はお互いの「呼び方」が変化したという(別稿で優一氏本人のレポートあり)。 * * * 第1回の記事が公開されると、思ったよりも周囲からの反響を感じた。わざわざ電話で「面白かったよ」と伝えてくれた知人もいて、一部かもしれないが、今後の展開に興味を持ってくれている人はいるようだ。 2回目の修行。工房に到着すると、優一氏は前回同様、スタイリッシュなミニバンを運転してやって来た。「おはようございます」と挨拶して中へ入るが、ここへ来るのも3回目(1回目はインタビュー取材時)。空間に身体が馴染んできたのか、最初の時のような身を固くする緊張感はもうなくなっていた。 階段を上って3階の工房へ。室内の壁には、あちこちに優一氏の書いた落書きのようなメッセージがある。特に目立つのが、1階と2階の間にある「Look Dad I will FLY」と赤いスプレー描きされたもの。「父を見て 俺は飛ぶ」。工房内の一角には、父・貴乃花の現役時代のまわしを締めた勇姿が大判プリントで飾られており、優一氏の父親に対する思いの強さを感じさせる。 落書き風アートは多数あり、それらを紹介するだけで一本分の原稿になりそうなぐらいだ。ちなみに、「妥協、癒着、躊躇は禁物!!」というものもあった。記者である私と優一氏の間に、「癒着」が生まれないことを祈るばかりである。修行中の独特な「ワードセンス」に困惑 3階の工房に上がると、作業台の上に2本のトリンチェット(細長いナイフ)が並んでいた。前回、最後の1時間ほどで、持ち手部分に自分で革を巻いたものだ。その時は、同時に刃を収める鞘も作った。作ったと言っても、私は刃の形に合わせて革を切っただけだったが、優一氏はそれをミシンで縫い合わせて完成させてくれていた。思わず、道具に対する愛着が増す。早速、優一氏から指示が入った。「前回やった革スキ、もう1回やってみましょう」 2週間ぶりに道具と革を前にすると、途端にまごついてしまった。持ち方を思い出すところから始めて革の裏地のほうに刃を入れていったが、まるでうまくいかない。前回の続きどころか、ゼロに戻ってしまったような感覚だ。「2週間経ったら、もう全部忘れちゃったんですかー?」“師匠”から小言を言われ、ちょっと気まずい。だが、1時間ほど練習を続けると、感覚が戻ってきた。決してゼロにはなっていなかった。「この前は新鮮だったと思うんです。処女だったので。だんだん新鮮さはなくなっていくと思いますけど、頑張ってください」 はい! と返事したが、独特な比喩表現が印象に残った。聞き間違いのような気すらしてくるが、確かにそう言っていたと記憶している。 一区切りついたところで、少し早めにランチに行った。向かう途中、優一氏はこう言った。「身体全体の使い方が大事なんですよね。イタリアでは70代とか80代ぐらいのおじいちゃんでも、靴を作っている人がいました。身体の使い方が分かっているから、それほど疲れないんです。手のひらも柔らかくて、小さな力で革を扱っていました」 続けて、思い出したようにこう漏らした。「僕の父も、引退してガリガリになった頃でも、160キロもあるお相撲さんたちをバンバン投げ飛ばしていましたから」 ガリガリ? と聞き返してしまったが、引退後に体重がかなり落ちた頃のことだという。確かに、引退後しばらくして普通体型になった貴乃花を見た時はちょっと驚いたが、息子の優一氏からすると、山のように大きな存在だった父親が小さくなったようで、ショックだったのかもしれない。 なので「貴乃花 激痩せ」でネット検索すると、たしかに痩せすぎなほどに痩せていた時期もあったようだ。父・息子ともに、苦労の多い親子なのである。(後日、「その話は常識だ」と編集者から指摘を受けた。お恥ずかしい話、私は相撲の世界のことも横綱の歴史もまるで知らない)優一氏には父の「几帳面さ」が遺伝 ランチは前回と同じ洋食屋に行った。私はミックスフライ定食、優一氏はヒレカツ定食を注文。いずれも価格は1300円前後とやや高めだが、味は文句なしだった。食事を終えてコーヒーが運ばれるまでの間、優一氏はテーブルの上にこぼれたフライの衣やキャベツの切れ端を指でつまんで集め、きれいにしていた。やはり几帳面な人である。父・貴乃花も“目についたゴミは拾う”を習慣としているそうだが、その美徳は優一氏にも受け継がれているのかもしれない。 午後は、型紙の作り方を教わった。木型の外側半分にマスキングテープを貼るところまでは前回教わったが、今度はその続きだ。親指の付け根と小指の付け根の2点を結ぶ線を引き、マスキングテープを剥がし、白い画用紙に貼る。その後、縫いしろの余白を残して、しかるべきサイズに切り取る。図画工作に関するすべてのセンスが問われるのだ。 辛うじて言われた通りに1枚真似できたところで、この日は15時半頃に切り上げた。夕方、優一氏は別の用事があるそうだ。「これをお貸しするので、家でも練習してみてください」 渡された紙袋の中には、大量の革の端切れとナイフなどの道具が入っていた。自主練をせよとの指示だ。多少負担には感じたものの、大事な仕事道具を貸してくれたのは、少しだけ認めてもらえたような気もした。師匠は「花田」という名字が大嫌い「都内にお住まいなら、途中まで送って行きますよ」 お言葉に甘えて乗せてもらうと、車中で互いの呼び方についてこんな提案を受けた。「西谷さんだと長いので、西さんにしますね」「じゃあ僕も優一さんじゃなくて、優さんにしようかな。優一くんっていうのもあれだし、花田さんていうのもちょっと硬いですし」「優一くんだと師匠らしくないですもんね。僕、花田っていう苗字が大嫌いなんですよ。優さんにしますか。二人称をどうするかって、結構大事な部分ですよね」 花田という名字が嫌いだというのは、少し意外だった。花田家という特別な家に生まれたことの負の面を、嫌っているのかな。そんな想像が一瞬よぎったが、へーそうなんですね、とだけ答えた。 この日以降、優一氏のことを私は「優さん」と呼ぶようになった。とはいえ、適度な距離感を保つためにも、記事中では優一氏という表記を続けたいと思う。■取材・文/西谷格(ライター)  
2021.05.28 10:00
NEWSポストセブン
貴乃花も2001年7月~2002年7月の間、7場所連続で全休した(時事通信フォト)
白鵬の6場所連続欠場、貴乃花や稀勢の里と同列に論じていいものか
 ついに“一人横綱”となった白鵬だが、すでに右膝を手術して5月場所の休場を決めている。6場所連続休場となっても平気でいられるのは“2人の前例”があるからなのか──。 その前例とは、元横綱の貴乃花と稀勢の里(現・荒磯親方)だ。ハワイ勢と対峙して一大ブームを巻き起こした貴乃花と、2017年にモンゴル勢が上位を席巻するなかで2019年ぶりの日本出身横綱となった稀勢の里は、どちらもキャリア終盤に長期休場があった。 貴乃花は7場所連続で全休(2001年7月~2002年7月)、稀勢の里は全休4場所を含む8場所連続休場(2017年5月~2018年7月)だ。白鵬が来場所を休んでも、6場所連続休場(全休は3場所)で、2人の休場記録よりも短い。 綱の重みを誰よりも感じてきた貴乃花は7場所連続全休明けの重圧を「土俵上ではもう1人の自分が上から見ている感じだった」(週刊ポスト3月8日発売号)と表現していた。改めて白鵬の延命の言い訳となっていないかを尋ねると、事務所を通じて「答える立場にありません」とするのみだった。 もうひとりの元・稀勢の里は、所属部屋に取材を申し込んだが、「お断わりします」とした。 ただし、貴乃花、稀勢の里と、白鵬を同列に論じることへの疑問もある。「貴乃花は右膝半月板損傷、稀勢の里は左の上腕筋と大胸筋の損傷という大ケガとの戦いで、克服できなければ引退という覚悟があった。一方の白鵬には、年寄株の確保という別の事情が垣間見える。ようやく引退した鶴竜も協会に残るための帰化の手続きがなかなか進まなかったことが背景にある。 協会の旧態依然としたルールが一因とはいえ、横綱在位中の休場日数は今場所前までで白鵬が202日間となり、貴乃花(201日)、稀勢の里(97日)を超えた。連続休場記録の言い訳がどこまで許されるのか」(ベテラン記者) 横綱の重みが、どんどん失われていく。※週刊ポスト2021年4月9日号
2021.03.31 16:00
週刊ポスト

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