川島なお美一覧

【川島なお美】に関するニュースを集めたページです。

雑誌『GORO』の人気企画「素足のアイドルたち」に登場した女神たち(写真は川島なお美)
川島なお美、斉藤慶子、浅野温子、中條かな子…時代を彩った「素足のアイドルたち」
 1970~1980年代に一世を風靡した雑誌『GORO』の人気企画の一つが、新人アイドルの水着姿を渡辺達生が撮影するグラビアシリーズ「素足のアイドルたち」だった。 そんな青春時代に心と体を熱くしてくれた 女神たちの爽やかなショットを大公開。ビキニ姿の女神たちが今年も夏を連れてくる。川島なお美かわしま・なおみ/1960年生まれ、愛知県出身。青山学院大学在学中にデビューし、女子大生タレントとして人気沸騰。その後、女優として活躍した。2015年に胆管がんのため54歳で逝去。週刊ポストデジタル写真集『素足のアイドルたち 川島なお美』が電子書店で発売中。斉藤慶子さいとう・けいこ/1961年生まれ、宮崎県出身。1982年、JAL沖縄キャンペーンガールに起用され芸能界入り。現在も女優として幅広く活躍。週刊ポストデジタル写真集『素足のアイドルたち 斉藤慶子』が電子書店で発売中。浅野温子あさの・あつこ/1961年生まれ、東京都出身。1976年に映画『エデンの海』で女優デビュー。1983年、映画『陽暉楼』で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞受賞。ドラマでも活躍し、『抱きしめたい!』(フジテレビ系)などに出演。トレンディ女優の名をほしいままにした。中條かな子なかじょう・かなこ/1973年生まれ、広島県出身。1991年に芸能界デビュー。学園祭の女王として人気を博した。現在は広島を中心にタレント活動を続ける。週刊ポストデジタル写真集『素足のアイドルたち 中條かな子』が電子書店で発売中。全撮影/渡辺達生※週刊ポスト2022年6月10・17日号
2022.06.04 21:00
週刊ポスト
「名古屋巻き」はどう変わった?
2000年代ブームから“令和型”に進化 「名古屋巻き」は時代を超える
“行きたくない街”ランキングで上位に入ることもある名古屋。しかし、ファッションの分野では、名古屋ならではの流行を生み出している。たとえば「名古屋巻き」も、そのひとつだろう。「名古屋巻き」は愛知県出身の美容家・土屋雅之氏が2000年頃に考案し、女性ファッション誌で紹介され全国的に広まったとされる。当時は太い縦巻きカールで肩下から内側に髪を巻いた人気モデルが雑誌の表紙を飾り、巻き髪は“綺麗なお姉さんの象徴”だった。 2000年代後半、人気キャバ嬢を読者モデルとした『小悪魔ageha』で、より派手さを増したスタイルが紹介され人気を集め始める。名古屋出身で芸能事務所を営むヒデポン氏が解説する。「髪をくしで束にしてすくい取り、スプレーで固め、アメ細工のカゴのように組み、細い髪束を幾重にも重ねあわせた“スジ盛り”という髪型です。ど派手好きな名古屋嬢らしく、より高く、横にも広く仕上げるヘアスタイルでした」 名古屋の老舗有名店「アールズカフェ」に在籍する神崎のあさん(27)は、18歳当時、まさにスジ盛りブームで思春期を過ごした。「当時は髪に針金を仕込み、久屋大通公園に立つテレビ塔のタワーみたいな形に盛ったお姉さんもいました。目立ってナンボのサービス精神があったと思います」 キャバクラを引退し、名古屋市内の企業で事務職として勤める女性はこう言う。「今やキャバ嬢はミニスカのドレスが主流ですが、当時はロングドレスにスジ盛り巻き下ろしでクルクルに巻いて出勤してました。毎日スプレーでガチガチに固めるから、髪を洗うのも一苦労。髪も傷むし大変でした。それでも毎日出勤前にセットサロンで髪をキメて行くのが名古屋キャバ嬢としてのプライドでしたね」 では、昨今の名古屋キャバ嬢の間では、どんな髪型が流行っているのか。前出の神崎さんに見せてもらうと、今の髪型は「ゆるふわ巻き」程度。かつての“盛り髪”は鳴りを潜めてしまったのか?「今の時代に、当時ほど巻き上げていたら変でしょう(笑)。これが名古屋嬢の“令和スタイル”ですよ」 髪型は落ち着いても、トークの“サービス精神”に名古屋嬢の精神が受け継がれている、のかも?「芸能界の名古屋嬢」はどう変遷したか? 芸能界で活躍する“名古屋嬢”に目を向けてみると、タレントの故・川島なお美、元宝塚の遼河はるひ、女優の香里奈など、どこか派手さを感じる人物が多いが、そのトレンドは令和でどう変化したか。コラムニストの山田美保子氏が語る。「女優の武井咲さんは3歳からエレクトーンを習っていたり、SKE48の須田亜香里さんも5歳からクラシックバレエを続けるなど、いかにもお嬢様なイメージのエレガンス志向は残っていると感じます。一方で、女優の森川葵さんは幅広い役柄でカメレオン女優と呼ばれる正統派。かつてほどの派手さはなくなっているのかもしれません」※週刊ポスト2021年11月19・26日号
2021.11.18 07:00
週刊ポスト
川島なお美の写真集は55万部の大ヒットに(時事通信フォト)
川島なお美写真集 裁判官だった父の退官を待って出版された
 1991年に発売された樋口可南子の写真集『water fruit』は“ヘアヌード写真集”のさきがけとなり、宮沢りえの『Santa Fe』がそのブームを決定づけた。ヘアヌード写真集の登場からから30年、これまで多くの女優たちがさまざまなヘアヌード写真集を発表し、世間を驚かせてきた。そんな問題作を、時代とともに振り返る。●辺見マリ『INFINITO』(撮影/谷口征、竹書房、1993年) 20歳のときのセカンドシングル『経験』での「やめてぇ」と鼻に抜ける歌い方で若い頃からセックスシンボルだったが、意外にもヌード処女が続いた。 2児の母となっていた42歳の写真集では、毒々しい色の大蛇が熟れた白い裸身に絡みつき、ヘアの上を這って股間に潜り込む。その妖艶さが大きな話題を呼んだ。●細川ふみえ『Fumming』(撮影/篠山紀信、講談社、2009年) 豊満なバストで男の視線を釘付けにした元祖巨乳アイドル。長年「次に脱ぐのはこの人」と期待され“今度こそ”と思いきやギリギリでバストトップを隠してきたフーミンがやっと見せてくれたヘアヌード。張りのある身体を見た長年のファンは狂喜しつつも、「もう少し早く見たかった」の声も。●川島なお美『WOMAN』(撮影/渡辺達生、ワニブックス、1993年) 文化放送ミスDJでデビューして若い男性に圧倒的な人気を博したが、その殻を破れずにいた。だが、32歳のときヘアヌード写真集を出すと、美しい肢体と官能美が話題になり、55万部の大ヒットに。 これで役の幅も広がり4年後のテレビドラマ版『失楽園』主演につながった。写真集は裁判官だった父の退官を待って出版したという。●江角マキコ『ESUMI』(撮影/藤井保、リトル・モア、1996年) バレーボール選手からモデル、女優に転身した異色の経歴に、“ジミ婚”に象徴される「自然体の生き方」で若い女性の教祖的存在になっていた。 いやらしさを排除した彫刻のように美しいヌードも10代、20代の女性に支持され、女性誌が熱心に取り上げた。その一方、男たちからは「これじゃ興奮できない!」と不満の声も上がった。※週刊ポスト2021年1月1・8日号
2021.01.02 16:00
週刊ポスト
川島なお美の『失楽園』での演技に息を呑んだ視聴者も多かった(時事通信フォト)
80年代金妻ブームの影響 妻たちが自ら恋を選択する時代に
 子供を持つ母たちの恋を描くドラマ『恋する母たち』(TBS系)が初回視聴率10%を超え、放送後に「次回が待ちきれない」などと主婦たちの熱狂を呼んでいる。現実世界の不倫スキャンダルは致命傷となるが、ドラマの中の不倫は多くの視聴者の注目を集めているいるのだ。 これまで、名だたる女優が「背徳の妻」を演じてきた。1980年代に入ると、「不倫」という言葉が定着する。そのきっかけとなったのが、いしだあゆみ(72)、小川知子(71)、石田えり(59)らが出演した『金曜日の妻たちへ』(TBS系、1983年)である。 舞台は東京郊外の新興住宅地・多摩ニュータウン。団地時代からつき合いのある3組の夫婦が、「少し遠くても一戸建てに住みたい!」という夢を叶え、ほぼ同じ時期にニュータウンに越してきたところから物語は始まる。 夫の村越隆正(竜雷太・80)が若いモデルの沢玲子(石田)と不倫していることを知った英子(小川)は、あろうことか中原久子(いしだあゆみ)の夫・宏(古谷一行・76)と肉体関係を結んでしまう。 さらに宏を奪おうとする謎の美女・斉藤佳代(佳那晃子・64)が夫婦の仲を裂こうと、不倫を久子に密告……と、次から次へと愛憎劇が展開していくのだ。経済アナリストの森永卓郎氏は「『金妻』は本当に衝撃だった」と話す。「時はバブルに差しかかる時期で、キレイに区画整理された町並みの一軒家はみんなが憧れる設定だった。そこで暮らす、一見幸せに見える普通の夫婦たちが『不倫』という秘密を抱えている。しかし、不倫は、したいと思ってもそう簡単にできるものではありません。だからこそ人々を惹きつけたのでしょう」(森永氏) かくして“金妻ブーム”が巻き起こり、妻たちは夫以外の男性に“よろめく”弱い存在ではなく、自らの意志で男性との恋を“選択”する強さを持つ存在になっていったのである。 ヒットを受けて、翌年すぐに『金曜日の妻たちへII 男たちよ、元気かい?』(TBS系、1984年)が放送された。 夫も子供もいる佐野和子(高橋惠子・65)が、元交際相手の小山隼人(小西博之・61)と再会し、恋の炎を再び燃え上がらせていくというストーリーだ。 小山の妻・みどり役として岡江久美子、近隣住民の西村洋子役で篠ひろ子(72)が出演。篠はスナックで歌い始めるが、スナックのマスターと恋仲になってしまう。前出・森永氏は、このときの篠の印象が強烈だったと話す。「とにかくキレイで見惚れてしまいました。それまで篠さんは歌手としてのイメージが強かったのですが、皆さんが思い浮かべるような“色っぽくて少し危ういイメージ”は、『金妻II』で確立されたと思います」 シリーズ最高視聴率を記録したのは、3作目の『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』(TBS系、1985年)。小林明子が歌う主題歌『恋におちて -Fall in love-』も大ヒットした。 ここでは篠ひろ子が古谷(秋山圭一郎役)の妻・彩子役。彩子の同級生だった岡田桐子(いしだあゆみ)が、友人を裏切り、圭一郎との不倫に走る。“金妻ブーム”に乗るように、1980年代はまさに「不倫ドラマ時代」だった。『くれない族の反乱』(TBS系、1984年)で、パート先の上司・佐伯亮一(田村正和・77)に惹かれていく人妻・中野和子を演じたのは、大原麗子。 横浜の山下公園を一緒に歩きながら、近づきそうでなかなか近づかない2人。夜になり、佐伯がようやくキスを求めると、和子は恥じらいながらあのぷっくりとした唇で佐伯のキスを受け入れる。夫に不満を抱きながらも、不倫をためらう大原の表情がなんとも愛らしかった。『二度目のさよなら』(日テレ系、1985年)では、大物女優・山本陽子(78)が妖艶な濡れ場を演じた。14歳年下の青年(沖田浩之)と愛し合う人妻・島尾真弓役で、当時43歳とは思えない美肌を惜しげもなく晒し、大人の色気を見せつけた。“1990年代不倫ドラマの金字塔”との呼び声高いのが、川島なお美が松原凛子を演じた『失楽園』(日テレ系、1997年)である。「放送コードに挑戦する」という過激な触れ込みで、ドラマ初主演の川島がヌードを披露。すべての放送回で激しい濡れ場を演じてみせた。 相手・久木祥一郎役の古谷一行に、「君は、こんな体をしていたのかい」「忘れられなくなる、この体が……」と言われ、激しく古谷に抱きつく川島。それから10数秒も川島の恍惚の表情のアップが続く。その吸い込まれるような瞳に思わず息を呑んだ視聴者も多かった。※週刊ポスト2020年11月20日号
2020.11.13 07:00
週刊ポスト
55万部売った川島なお美写真集がデジタルで復活、撮影者の感慨
55万部売った川島なお美写真集がデジタルで復活、撮影者の感慨
 川島なお美さんの伝説のベストセラー写真集『WOMAN』がデジタル版で完全復活する。55万人が買った写真集撮影の思い出を、カメラマンの渡辺達生氏が振り返った。 * * * 彼女がまだアイドルだった時代に撮影したことはあったけど、有名な女優さんになった川島なお美を撮るのは初めてだった。 彼女は撮られたい自分のイメージがしっかりあって、最初は僕が撮りたいイメージとうまくかみ合わなかった。でも撮影を重ねていくうちにお互いの呼吸が合っていき、最後は言葉は必要なかった。 ヌードを撮る際もためらいは一切見せず、彼女の強い覚悟を感じた。写真チェックでも僕を信頼してすべてを任せてくれたのはさすがだった。 撮影中は写真集の構成をどうするかで頭がいっぱいで、まさかこんなに多くの読者に見てもらえるとは思っていなかった。そんな写真集を、27年の時を超えて、電子写真集としてまた多くの読者に届けることができるのは、写真家として素直にうれしい。 彼女にはもう会えない。 でも彼女の美しさはこの写真集の中に生きつづけている。 彼女を知っている人も、知らなかった人も、永遠の川島なお美に出会ってほしい。●かわしま・なおみ/1960年11月10日生まれ、愛知県出身。青山学院大学在学中にデビューし、グラビアなどで人気に。1981年には『ミスDJリクエストパレード』(文化放送)の初代DJとして人気が沸騰。1997年のドラマ『失楽園』(日本テレビ系)が話題となるなど、女優・歌手として活躍。2015年9月24日に胆管がんのため逝去。享年54。川島なお美電子版写真集『WOMAN』(ワニブックス刊、1800円+税)は各電子書店で発売中。創業40周年を記念したワニブックスの電子版写真州シリーズは今後も名作を続々と復刻予定。撮影■渡辺達生※週刊ポスト2020年7月10・17日号
2020.07.02 16:00
週刊ポスト
週刊ポスト 2020年7月10・17日号目次
週刊ポスト 2020年7月10・17日号目次
週刊ポスト 2020年7月10・17日号目次コロナに紛れて日本上陸「危ない中国食品」リスト 特集◆小池百合子はなぜ男からも女からも嫌われるのに“女帝”なのか?◆女たちが抱く女帝ユリコの「ざんねんな感じ」 下重暁子・荻原博子・倉田真由美・三浦瑠麗◆石原さとみの唇が!?「ドラマ撮影再開」の大混乱◆口コミサイトで“最低評価”の店&宿に行ってみた ネットの書き込みはどこまでアテになるのか──実際に食べて、泊まって確かめた!◆“毒舌女王”金与正「北朝鮮の西太后」秘・履歴書 夫はいるのか? 何をしてきたのか? 正恩の後継者なのか?◆都知事選“泡沫候補”に密着「俺たちが“6位落選”を狙うわけ」◆プロ野球2020「6つの大異変」をとことん楽しむ!◆新型コロナ支援で全世帯に3万円!「日本一の富豪村」の謎◆大反響第7弾╱医療費のカラクリ 在宅医療のお金『安くなる手続き』を知っておく◆テレワークで給料&ボーナスが下がった会社&上がった会社 ◆「創価学会の離反」に「神社本庁の分裂」ほか 宗教団体の「さよなら安倍」◆新聞&テレビの「世論調査」を調査する 政権批判の毎日は支持率27%、総理が“推奨”の読売は42%…ワイド◆株主総会「緊急事態!」を誌上中継◆清原和博 桑田真澄との因縁◆渋野日向子 原英莉花はいいけれど… ◆手越祐也 昭恵夫人と「弁当宅配」◆ボルトン暴露本グラビア◆いま買うべき最強の家電45◆日本テレビ「グループアイドル」戦略の呪縛◆川島なお美 55万人が買った写真◆90年代が生んだナイスバディ四天王◆3万円で行く「私の夏旅」最高プラン◆知っていれば自慢できる N700Sここが変わった!◆川口春奈 国民的女優の白肌◆なをん。しゅはまはるみ カメラを止めないで!◆古河由衣 あなたの愛人になりたい◆染谷有香 Honey Trap連載・コラム◆中川淳一郎「ネットのバカ 現実のバカ」【小説】◆平岡陽明「道をたずねる」【コラム】◆須藤靖貴「万事塞翁が競馬」 ◆広瀬和生「落語の目利き」◆堀井六郎「昭和歌謡といつまでも」◆秋本鉄次「パツキン命」◆戌井昭人「なにか落ちてる」◆春日太一「役者は言葉でできている」◆大竹聡「酒でも呑むか」◆鎌田實「ジタバタしない」◆綾小路きみまろ「夫婦のゲキジョー」◆大前研一「『ビジネス新大陸』の歩き方」◆高田文夫「笑刊ポスト」【ノンフィクション】◆井沢元彦「逆説の日本史」◆河崎秋子「羊飼い終了記念日」最終回【コミック】◆やく・みつる「マナ板紳士録」◆とみさわ千夏「ラッキーな瞬間」【情報・娯楽】◆恋愛カウンセラー・マキの貞操ファイル◆ポスト・ブック・レビュー◆医心伝身◆ポストパズル◆プレゼント◆法律相談◆椎名誠とわしらは怪しい雑魚釣り隊◆ビートたけし「21世紀毒談」新連載 山下裕二×壇蜜 美術館へ行こう!
2020.06.30 07:00
週刊ポスト
『失楽園』は最高視聴率27.3%を記録
ドラマの再放送は出演者に許諾必要「1割程度のギャラも発生」
 新型コロナの感染拡大によりドラマの撮影延期を余儀なくされたテレビ局は、過去作品の再放送で凌いでいる。だが、何でも再放送できるかというとそうではないらしい。有名女優の“お色気シーン”がネックになるケースもある。『失楽園』(1997年・日本テレビ系 最高視聴率27.3%)は、主演の川島なお美が毎週のように大胆な濡れ場を披露し、話題を呼んだ。「夜10時台に、バストトップが普通に映し出される。渡辺淳一さんの原作を川島さんが体当たりで再現した作品ですが、いまは地上波でのそこまでの露出はNG。深夜帯でも再放送は難しいでしょう」(テレビ誌記者) 萩原健一主演の『傷だらけの天使』(1974年・日本テレビ系 最高視聴率19.9%)は、深作欣二、神代辰巳ら錚々たる映画監督が各話の演出を務めたこともあり、再放送を望む視聴者は多いが、こちらもお色気シーンの多さが懸案という。「第1話から毎話のように女優が脱いでおり、地上波での再放送は望み薄。昨年3月にショーケンが亡くなった際に追悼企画で再放送されましたが、BSでした」(同前) 女優ヌードという点で語り草になっているのが、『悪魔のKISS』(1993年・フジテレビ系 最高視聴率16.9%)だ。まだ無名だった常盤貴子が風俗嬢役で出演したが、「常盤の所属事務所が再放送に前向きでないと言われている。DVD化もされていません」(同前)。 性に興味津々な思春期の男子中学生3人組が繰り広げる、ちょっとエッチでコミカルなドラマ『毎度おさわがせします』(1985年・TBS系 最高視聴率26.3%)では、こんなことが。「劇中、ヒロインの中山美穂が瑞々しいセミヌードを披露しましたが、以前再放送された際にはそのシーンだけがカットされました。DVD版でも同じです」(同前) ドラマ再放送時の局側と事務所の取り決めについて、キー局ディレクターはこう語る。「再放送の際、出演者には『二次使用料』として放送時の1割程度のギャラが発生するので、基本的にはキャスト全員に放送の承諾を取ります。 断わられることはまずありませんが、無名時代の役柄によっては“現在のイメージが崩れる”と、事務所が難色を示すケースもある。その場合は当該シーンをカットして編集したり、放送自体がNGになることもあります」※週刊ポスト2020年5月22・29日号
2020.05.19 16:00
週刊ポスト
川島なお美や杉本彩ら4人が『GORO』で見せた「素足」が復刻
川島なお美や杉本彩ら4人が『GORO』で見せた「素足」が復刻
 1974年から1992年まで、サブカルチャーや最新トレンドなどを若者に発信し一世を風靡した総合男性誌『GORO』。 その大きな目玉の一つが、カメラマン・渡辺達生氏が撮り続けた新人アイドルたちの水着グラビアだ。 このシリーズは「素足のアイドルたち」と題して文庫や別冊として発売され大ヒット。 アイドルたちは人気女優・タレントとして羽ばたいていった。そんな彼女たちの「原点」と言える 貴重なお宝フィルムを編集部で発掘・厳選し、高精細のデジタル写真集として復活させた。 今回はそのなかから4人のグラビアを紹介すると同時に、当時の思い出を振り返ってもらった。●斉藤慶子(1982年/当時20歳)「熊本から出てきて、最初は飛び交う業界用語ひとつ分からない素人だった私が、少しずつプロ意識が芽生えていく過程を感じられると思います。若さの中でいちばん輝いている時間。すべての写真が愛おしいです」【プロフィール】さいとう・けいこ/1961年生まれ、宮崎県出身。1982年、JAL沖縄キャンペーンガールに選ばれて芸能界入り。●川島なお美(1982年/当時22歳)【プロフィール】かわしま・なおみ/1960年生まれ、愛知県出身。2015年死去。女子大生タレントとしてデビューし、その後女優として活躍。●中條かな子(1991年/当時18歳)「顔がまだ幼いなぁ(笑い)。当時は海外ロケに行っても海に入ることはほとんどなかったので、貴重なショットがたくさん入っています。同年代の方にも、初めてご覧になる方にも、私を好きになってもらえたら嬉しいです」【プロフィール】なかじょう・かなこ/1973年生まれ、広島県出身。学園祭の女王として人気を博した。夫は前広島カープ監督の緒方孝市氏。●杉本彩(1990年/当時22歳)「いま見ても、古さを感じないのがすごいですね。いまの私が失った若さと野性味が溢れています。同世代の方には懐かしい写真でしょう。約30年前のこの作品とともに、ご自身の青春時代を振り返る素敵な時間を作ってください」【プロフィール】すぎもと・あや/1968年生まれ、京都府出身。1987年にデビュー。女優業のほか、動物愛護活動でも知られる。◆撮影/渡辺達生※週刊ポスト2020年1月17・24日号
2020.01.17 16:00
週刊ポスト
きんさんぎんさんはCMにも出演(AFLOの)
1990年代新語流行語 メークドラマ、失楽園、ブッチホンなど
 1年の間に発生した出来事にまつわる話題の言葉を選ぶ「ユーキャン新語・流行語大賞」。これまでの主な「年間大賞」を振り返りながら、「時代と寝た言葉」と当事者たちのその後を追いかける──。■1992年【うれしいような、かなしいような】 テレビCMでお茶の間の人気者となった双子の成田きんさん・蟹江ぎんさん姉妹。100歳の誕生日を迎えた感想の言葉が流行語に。きんさんは2000年、ぎんさんは2001年に亡くなったが、ぎんさんの娘の4姉妹も長寿でメディアで活躍した。■1994年【すったもんだがありました】 電撃的なニュースとなった女優・宮沢りえと貴花田(現貴乃花光司)の婚約・破局騒動の翌年、リンゴをすりおろしたチューハイのCMで宮沢が言った自嘲的なセリフが話題に。宮沢は2018年にアイドルの森田剛と再婚。貴乃花は20年以上連れ添った河野景子と2018年に離婚した。■1996年【メークドラマ】 ミスタージャイアンツ・長嶋茂雄監督(当時)による造語。首位と最大11.5ゲーム差が開き優勝が絶望的と思われたジャイアンツが快進撃を続け、逆転優勝を果たした。長嶋は2001年に巨人軍の終身名誉監督に就任した。■1997年【失楽園(する)】 不倫をテーマにした渡辺淳一氏のベストセラー小説が映画化され、役所広司と黒木瞳の大胆な濡れ場も相まって大ヒット。多くの中年男女を虜にした。同年には古谷一行と川島なお美によるドラマ版も放送され、「失楽園する」が不倫の代名詞となった。■1998年【だっちゅーの】 バラエティ番組『ボキャブラ天国』でブレイクした浅田好未、西本はるかによるお笑いコンビ「パイレーツ」。ネタよりも、胸の谷間を強調させたこのポーズを心待ちにするファンも多かった。現在、浅田は実業家、西本は女優として活動している。■1999年【ブッチホン】 当時、総理大臣だった小渕恵三氏が突然かける電話のこと。電話の相手は政財界のみならず、歌手や作家、タレントなど、幅広い人々におよんだ。このことが国民に好感を呼び、発足当初に戦後最低と揶揄された内閣支持率は51%に跳ね上がった。※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.03 07:00
週刊ポスト
勝間和代さんインタビュー:“汚部屋“が一転、一番快適な場所に! 人生が変わったきっかけとは
勝間和代さんインタビュー:“汚部屋“が一転、一番快適な場所に! 人生が変わったきっかけとは
経済評論家として、働く女性の代表的存在としても大活躍中の勝間和代さん。多忙を極める裏で、かつてはモノがあふれ収拾のつかない状態だった「汚部屋」を、「家が一番快適」というまでに蘇らせ、その体験をまとめた『2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム』(文春文庫)を2016年発行。2019年の文庫化を機に、勝間さんが一念発起したきっかけ、人生がガラリと変わったという劇的効果、約4年経過後の断捨離やライフスタイルの進化などを伺ってきました。2015年秋、友人・川島なお美さんの急逝で断捨離の必然性に目覚める――勝間さんが断捨離を始めることになったきっかけを教えていただけますか?2007年に独立して以来、多忙を口実に、片付けに関しては放棄していました。強制的に荷物整理をするために引越しを繰り返してきましたが、今の部屋に5年以上住んだころからモノが収納限界点を超える「収納破産」状態に。部屋には使わないモノがあふれ、人も呼べない汚部屋でしたが、見て見ないふりをしていました。そんな2015年秋、公私ともに親しくさせていただいていた川島なお美さんが急逝。同世代だけに、「死」というものが現実化して。ご主人である鎧塚俊彦さんが、なお美さんの残したものを前に辛い思いをしているのを目の当たりにして、「自分もいつ死ぬか分からない」「自分のものが多いと遺族も大変だし、何かあったときに他人を家に入れることもできない」と、スイッチが入って断捨離を始めました。(左)同じ部屋とは思えない、汚部屋時代。デスクまわりも仕事関連のモノがあふれ、収拾のつかない状態。せっかくのルンバも床に散乱したモノで活躍の場がなかった(写真提供/勝間和代さん)(右)現在の勝間さんのお部屋。明るく広々、厳選されたものだけに囲まれた「一番快適な場所」。断捨離で床にモノがなくなり、時間セットしたルンバが毎日大活躍でさらに綺麗に(写真提供/文藝春秋)――断捨離の成果が出てご著書『勝間式汚部屋脱出プログラム』が出来上がるまではどれくらいの期間で?そのときたまたま睡眠の大切さに関する本を読んでいたこともあり、試しに寝室の断捨離から始めました。するとすぐに睡眠の質が高まる効果を実感して。その相乗効果で断捨離は加速、どんどん面白くなって、毎日2~3時間片付けて、2015年末には8割のモノがゴミと化していました。ブログに書いたところ好評だったこともあり、この仕組みをまとめて、2016年に『2週間で人生を取り戻す!勝間式汚部屋脱出プログラム』の単行本を出しました。『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』勝間和代 著、文春文庫片付けてスッキリすると気持ちいいし、効果を実感する、楽しくなる、どんどん捨てるべきものが目につく、という好循環で、無理はしていません。むしろ汚部屋だったころの方が、掃除をするにもモノをどかしてからでないと掃除さえもできなかったので、無理して頑張っていたと思います。――断捨離はダイエットにも絶大なる効果があったとか?断捨離でこまめに身体を動かすようになって、自然に体重が4~5kg落ちました。かつてはゴミを溜めておいて収集日に合わせて運んでいましたが、いまは目につけば24時間いつでもマンションの集積場所まで捨てに行きます。自然に良く身体を動かす癖がついたのだと思います。さらに自炊に切りかえて外食が減ったこともあり、ピーク時は60kgを超えたこともあった体重はぐんぐん減って、いまは40kg台になりました。人生100年時代、人生の先輩に「体が動くのは50代のうち」と言われて、仕事ばかりでなく、意識して運動していることもあると思います。今日もゴルフ練習場に行ってきましたし、家でダンベルを使ったりして、毎日2~3時間は運動していますよ。――家を一番快適な場所にすることによって、何が変わりましたか?まず、モノが少なくなったことで、モノを探す無駄な時間もなくなりました。断捨離したら、ハサミやカッターが家じゅうから何セットも出てきましたからね。掃除もしやすくなりいつもきれいな状態を保て、いつ誰が訪ねてきて、どこを見られてもOKです。家でも身体をこまめに動かすようになったので、以前は行きもしないジムに会費を払ってお金を浪費していましたが、そんな必要もなくなりました。ジムもちゃんと場所や時間帯を選んで通っていればいいのですが、たいてい入会しているだけで満足しがちですよね。今までは家で仕事をしていても、快適とは言えない環境なのですぐ息抜きに外に行きたくなって。例えばカフェに息抜きに出かけると、その往復時間もカフェ代も無駄になります。家が一番快適でストレスもないと、外に行く必要がなく時間とお金の無駄がなくなって経済的。その時間とお金を好きなものに集中できます。汚部屋の時代は自宅には親友くらいしか呼べなかったけれど、今は月に数回、椅子は8脚なので8名マックスのパーティーもするようになりました。以前は不意に人が来たら困っていましたが、いまはたとえ日にちを間違えていても、いつでもどこを見られても大丈夫です。(写真提供/文藝春秋)コツは捨て癖。片付けの「仕組み」で歯磨きのように習慣化――片付けが苦手でいつも挫折しているのですが、どこから、どのように手を付ければいいでしょうか?まずは捨て癖を付けて、成果を実感しやすいところから始めるといいですね。例えば浴室や寝室のベッドまわり。浴室は「お風呂に入る」という目的がはっきりしている狭い空間なので、取り掛かりやすいです。入浴に関係ないものがあれば取り除き、使っているもののみ残します。私は立ってシャワーを浴びるので、桶や椅子も使っていないことに気付き、処分しました。広々と気持ちよい空間でバスタイムを楽しむことができ、さらに掃除もしやすく、すぐに断捨離効果を実感できるでしょう。寝室も同じです。「眠る」という目的に必要なものだけを残すことで、質の高い眠りを得ることができることが実感できるはずです。寝室は、まずベッドまわりから始めて、クローゼットや物置は難易度が高いので後回しで。「捨てる物を選ぶ」という発想ではなく、「残すものを選ぶ」という感覚で、捨て癖を付けていくことが大切です。8割がたの不要なものがなくなれば、「整理整頓」とか「収納」などと考える必要もなくなります。――具体的に、捨てる・捨てない、はどのように判断すればいいのでしょうか?判断基準はシンプルに、「使っているか、いないか」、ということだけです。こんまりさんこと、近藤麻理恵さんの「ときめき」による片付け術が世界中で大流行していますが、ときめくか、ときめかないかって、私には分かりにくくて。季節ものは別にして、1カ月間使っていないものは、要らないのでは、という目で見ます。例えばキッチンの調理器具は包丁3本、お玉2つ、トング、木べら、ピーラーを残し、さまざまな便利グッズや予備は捨てました。同時に使うものでない限り、すぐ洗えばストックも不要です。7~8本も出てきたラップのストックも一種一本だけにしました。ちゃんと出汁をとれば、出来合いの各種調味料類も不要になります。買い置きは、結局使わず無駄になってしまい経済的ではないので、しません。冷蔵庫の中も、3日以内に食べる物しかはいっていません。それでも米や豆、水、カセットコンロなどがありますから、台風の3、4日分の食料は大丈夫です。そのようにどんどん身の回りのものもシンプルにしていき、化粧品もワンセット、小さな化粧ポーチのみです。そうすれば、なくなりそうなときはすぐ分かるので在庫管理も楽。アイシャドウだって何色もあっても、結局使うのはお気に入りのブラウン系だけなので、一種でいいのです。――難易度が高い場所はどのようにクリアしてキープすればいいのでしょう?捨て癖がついて、断捨離の効果も実感してからだと、難易度が高い断捨離もやりやすくなります。さまざまなものがあって判断が複雑になりがちな収納スペースは、捨て癖が付いた断捨離の最後に取り掛かるのがおすすめです。クローゼットの衣類なら、値段が高く使用頻度が少ないフォーマルなものは悩みますので、まずはカジュアルな服の断捨離をしてからフォーマルに。物置もさまざまなものが混在している場所なのでやっかいですが、最終的には日常的には使わないけれど、必ず使うものだけ残すのが理想です。捨て癖は、習慣にしてこまめに捨てることが大事です。歯磨きだって3日とか1週間に一度では、歯石も溜まって大変でしょう。歯磨きを毎食後習慣にするように、断捨離もちょこちょこ習慣化してしまえば長続きします。無理せず、こまめに、ですね。かつて持ってはいても、床にモノが散乱していて起動できなかったルンバは、毎日タイマーで自動で動き出すようセットし、そのために床にはモノを置きません。キッチンも片付いている方が、断然お料理の効率もいいし、楽しいです。手洗いか食器洗浄機か、ではなく、両方使った方が早いので、食器に応じて手洗い&食器乾燥機、食器洗浄機、を使いわけ、食事のときには片付けも終わっているようにします。皿や調理器具もストックは持たないので、整理整頓や収納で悩むこともありません。モノから行動の断捨離へ。時間を生み出し自分が主役の人生に――勝間さんが捨てにくかったモノはどんなものですか? どんな変化がありましたか?高額なもの、他人にいただいたものや思い出のあるもの、物理的に大きなものなどが捨てにくいです。100円ショップで買ったものは誰でも気軽に捨てるでしょうが、3万円を超えるものだと悩むでしょう。頂きものや思い出のものも、送り主の立場を思うと申し訳ない気持ちになります。物理的に大きなものも、運んだり粗大ごみの手配をしたりが大変です。コレクションしている趣味のものも捨てにくいです。一眼レフやビデオカメラ、古いPCなどもたくさんありましたが、時代とともに進化して、今どきスマートフォンで事足りるので、古いものは処分しました。捨てるのがめんどうなものが分かってからは、なるべく家まで持ち込まないようにしています。買い物は厳選し、特に3万円以上は慎重になります。いただきものも「モノを増やしたくないので」「お酒は飲みませんので」などとその時点で断ります。そうしているうちに周囲に浸透してきましたが、それでも断り切れない場合は、事務所のスタッフに配ったりして、基本家には消えもの以外は持ち帰りません。逆に自分がプレゼントを選ぶ場合も、消えものと決めています。――モノを増やさずキープするための、勝間流の仕組みや工夫を教えてください。基本はモノもダイエットも同じで「出る」「入る」の仕組みです。出るが多いと痩せるし、入るが多いと太る。断捨離で綺麗になっても、人間生きている限り、モノは放っておけばまた増えていきリバウンドしてしまいます。モノが増える仕組みを知って、増やさない仕組みをつくることが大切です。買い物はとにかく厳選し、何かを買うということは、何かと入れ替えます。現在本当に必要なもののみになっているので、それに並ぶものか、入れ替えてまで欲しいモノか熟考します。どうしても溜まりがちなものに郵便物があります。家に持ち込んでどこかにポイと置いたら最後、そのままになって溜まっていきます。そこで「郵便物は絶対にそのまま置かない」と決めて、ポストから部屋に戻る途中、エレベーターや廊下でも中身を確認して、要るものや要返信のものなどを分けるなど処理をしたうえではじめて部屋に置きます。クリーニングに出した際のハンガーも断って家には持ち込みません。所有に拘らず、必要なものは「エアークローゼット」などのサブスク(サブスクリプションの略称で、製品やサービスなどを一定期間利用しその代金を払うシステム)を利用しています。バッグなどは買う前にいくら吟味しても使い勝手までは分からないので、まずはレンタル。今日のバッグもレンタルで、気に入ってはいるけれど購入するほどではないかな、とか使ってみて判断できますよ。――単行本発行から文庫化まで4年、現在の断捨離の進捗状況と読者へのメッセージを。モノに支配されない自分が主役の暮らしが快適だ、ということを断捨離で実感して以来、常に効率化できるものはないか、捨てられるものはないか、考えています。無理をしていないので、もちろんリバウンドすることもありません。自分にとって快適でストレスのない状態を追求して、断捨離しているだけです。いまは「モノ」の断捨離から、「行動」の断捨離に移行しています。一日は24時間と限りがあるので、自分にとって快適でないことは辞めました。例えばテレビの仕事は1時間番組の収録でも、現場への往復や事前打ち合わせなどで合計6時間前後拘束されてしまいます。自分はテレビを一切見ないし、テレビに出ている時間を楽しんでいるわけでもないことに気付き、今年の2月から一切テレビのお仕事は断っています。「行動」を断捨離することで「時間」が生まれ、自分で自分のスケジュールを組めるようになります。先日は誘われるままに、8日間で5回ゴルフのラウンドに行きました。逆に、少しでも迷った誘いは断ります。自分の人生、自分の時間は自由に使い、自分でコントロールしたいですからね。さっそうとインタビュー場所に現れた勝間さんは、表情キラキラ、お肌ピカピカ、スッキリ華奢なシルエット。「部屋の状態は心の状況を表す」と言いますが、お部屋もご本人も、いつ誰に見られても良い状態に整っているのだと納得。最後に仕事道具を詰め込んだ大荷物の取材陣に、「バッグも小さくして、持ち歩く荷物の断捨離を」、とアドバイスいただきました。断捨離、やらないと人生損です!!『2週間で人生を取り戻す! 勝間式 汚部屋脱出プログラム』 (文春文庫) (長井純子)
2019.11.19 07:00
SUUMOジャーナル
浅野温子、ブレイク直前19歳のビキニ
『GORO』秘話「グアム100回、ハワイ120回行った」と渡辺達生氏
 創刊当初のグラビア誌『GORO』編集部があったのは、小さな3階建てのビルの一室でした。1階がとんかつ屋で、店に置いてあるノートに名前を書くとタダでカツ煮を食べることができました。『GORO』編集部が払ってくれていたみたいで、毎日昼はカツ煮を食べていた(笑い)。あの味だけは忘れられません。 当時の編集部は勢いがあって、スタッフもどんどん増えて移転するたびに広い部屋になった。私が最初のグラビアを撮ったのは16歳の片平なぎささん。まだ予算がなかったのでロケ地は湘南だったけど、しばらくすると国内からグアムになって、そのうちグアムにも飽きてハワイになりました。 数えてみたら、『GORO』でグアムに行ったのは100回。ハワイは少なくとも120回行きました。毎月1週間から10日滞在して、その間にモデルが入れ替わり立ち替わりやってきて、2~3人撮影するというパターンですね。 その頃のカメラはフィルムだから、今のデジタルと違って後から修正するのが大変でした。毛を一本消すのも手間が掛かるし、肌の色も調整できません。麻生祐未さんは、ロケ地に前乗りして小麦色に肌を焼いてから撮影に臨んでいました。私も、今ではあまり見られない黒のレフ板を使って陰影を作って少しでも体が細く見えるような工夫をしたりして、カメラマンも知恵を絞り技術を駆使して撮っていました。 1992年に休刊になってからも、OB会を開くと当時の編集者やフリーのカメラマン、ライターなどが30人以上も集まるほどで、誰にとっても強い思い入れのある雑誌だったんです。『GORO』のアートディレクターだった長友啓典さんは生前、一緒にゴルフに行くと車の中で、「もう一度、1号だけでいいから復刊したい」と話していました。「表紙は誰がいいかな」なんて盛り上がっていたのだけど、いつのまにか立ち消えになったから残念です。長友さんの遺志を継ぐというわけじゃないけど、復刊してほしいですね。その時の表紙は……二階堂ふみさんがいいね。※週刊ポスト2019年9月20・27日号
2019.09.15 16:00
週刊ポスト
「手かざし」に頼る池江璃花子に「治療の遅れ」心配する声
「手かざし」に頼る池江璃花子に「治療の遅れ」心配する声
 競泳の池江璃花子選手(19才)が2月に白血病を公表してから7か月。彼女のSNSでは、更新は数少ないながらも元気そうな姿が見られ、順調に回復している様子がうかがえた。 その様子にファンは応援コメントを寄せていたが、なべおさみによる「手かざし療法」を受けていると報じられると一転、ネットユーザーからは心配する声が出ている。 9月5日、NEWSポストセブンが配信した「池江璃花子が頼るなべおさみの「手かざし」とは一体何か」という記事では、池江選手が彼の「手かざし療法」を受けるために自宅を訪れたことを伝えている。「手かざし療法」とは何か? 2015年に出版されたなべの著書『昭和の怪物 裏も表も芸能界』(講談社)によると、手をかざしながら相手の体に語りかけることで、相手の「病の気」がなべの体に移り、本人は肉体の回復を見る“治療”だという。 同誌には、池江選手を知る友人が、「高校時代から池江さんは、自分の力を信じて努力を続けてきた人です。スピリチュアルなこととはまるで無縁で、ゲン担ぎをするタイプでもなかった。だから、今回の一件には本当に驚きました」とコメントしている。 この報道により、ネットには次のような声が上がっている。《おもうように回復してないのかな?心配です。》《病状が相当深刻な様子が見てとれる。》《この手かざしだけに傾倒されなければいいですけれど。》 過去には、芸能人がさまざまな民間療法に傾倒したケースが多くある。 最近のケースでは、2017年6月に乳がんで亡くなった小林麻央さん(享年34)が「水素温熱免疫療法」や「酵素風呂」、「ジュースクレンズ」を試していたと報じられている。 2015年9月に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)は、純金の棒で全身をこする「ごしんじょう療法」や、「がん放置療法」を受けたとされ、昨年8月に乳がんで亡くなったさくらももこさん(享年53)は、症状に合わせた周波数の波動を受けることで、自然治癒力や生命力を高める「バイオレゾナンス」というドイツ発祥の治療法を受けていたと報じられた。 ネットでは麻央さんの例をあげ、《医学的にも証明されている化学療法できちんと治療を受けるべきなのではないかと思う。》と心配する声も出ている。 一方、がん経験者とみられる人などから、池江選手に共感する声や理解を示す声も少なくない。《病気になれば誰しも、藁にもすがる思いで良いと言われる治療法があれば頼りたくなると思う。》《昔から治療を「手当て」と言うしね。私もガンになったことがあるから気持ちはわかります。ただの気持ちの問題とも言えるが闘病には気持ちこそ大事で、その限りでは安易に否定はできない》《病気が少しでも早く良くなるなら・・・と思う気持ちは良く分かります。オリンピックを目指したいと焦りもあっての事かもしれないし、紹介した知人も何とかして上げたい・・・と思ったのかもしれない》《病は気からと言いますから 少しでも不安が少なくなるのであれば結構な事ですが、治療はちゃんと受けないと。多分、最高の治療を受けられる環境にいらっしゃると思うので しっかり治療されるのが一番。》 先の記事では、血液・腫瘍内科学を専門とする医師で、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんは、手かざし療法の効果について「ない」と断言。次のように指摘している。「手かざし療法に科学的な効果は認められません。ただし、手をかざすだけなら毒にも薬にもならないが、精神的な安定が得られるケースもある。問題なのは、傾倒するあまり標準治療より重要視してしまうこと。それは絶対に避けなければいけません」 8月22日のSNSの投稿では、ディズニーランドでの元気そうな姿を見せた池江選手。先日は闘病後、初めて公の場に登場し、3日間連続で在学する日大のチームメイトの応援に駆けつけている。その元気な姿のまま順調に回復し、いつかプールでの勇姿を見せてくれることを願うばかりだ。
2019.09.10 16:00
NEWSポストセブン
エースの闘病が奮起を促した(時事通信フォト)
池江璃花子が「手かざし療法」経験、どんな効果があるのか
 白血病で闘病中の水泳の池江璃花子選手(19才)が、なべおさみの家を頻繁に訪れ、「手かざし療法」を受けていると『週刊新潮』(9月5日号)や『フライデー』(9月13日号)が報じた。 医療においては、科学的に効果が証明されている手術、抗がん剤やホルモン治療などの投薬、放射線治療などを「標準治療」と呼ぶ。 これに対し、科学的根拠に基づく医療に含まれない療法を一般に「民間療法」と呼ぶ。 手かざし療法も民間療法の1つ。ほかにも気功や食事療法など、日本には100を超える民間療法があるといわれる。どれも保険が適用されず、治療費が高額になる。 過去には芸能人がさまざまな民間療法を受けている。2017年6月に乳がんで亡くなった小林麻央さん(享年34)が受けたのは、「水素温熱免疫治療法」だ。「高濃度水素の風呂で体温を40℃まで上げ、体の免疫力を高めるという民間療法です。ほかにも麻央さんはヒノキのおがくずや米ぬかを敷く『酵素風呂』や、食事の代わりにオーガニックの野菜や果物を使用したジュースを飲む『ジュースクレンズ』を試していました」(スポーツ紙記者) 2015年9月に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)は、純金の棒で全身をこすって邪気を払う「ごしんじょう療法」や、「がん放置療法」を受けていた。 昨年8月に乳がんで亡くなった、さくらももこさん(享年53)が望みを託したのは「バイオレゾナンス」だ。「ドイツ発祥の治療法で、症状に合わせた周波数の波動を受けることで、人間の体が本来持つ自然治癒力や生命力を高めて、がんを撃退する治療法です」(医療ライター) 血液・腫瘍内科学を専門とする医師で、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広さんが指摘する。「特に重病で治療がうまくいっていない患者ほど、藁をもつかむ思いでさまざまな民間療法を試そうとします。報道で知る限りですが、外出ができている病状を見ると、治療の経過は順調なはず」 池江選手が手かざし療法を始めたのは自身の考えではないのかもしれない。「池江さんがなべさんを知ったのは、池江さんの母親が知人を介してなべさんと面識を持ったからです。なべさんの評判を聞いた母親が、わずかでも可能性があり、精神的にも効果があるならと、池江さんに手かざしを勧めたそうです」(池江家を知る関係者) 池江選手の母親は、幼児教室の教室長として、「子供をほめて愛して育てる」というポリシーを掲げる「七田式教育」を実践する。 池江選手が幼い頃は、「ダメなものはダメ」と親が主導権を持って厳しくしつける一方、水泳においては記録や結果を求めることを後回しにして、「できないことはない」と、あくまで娘が自己肯定感を持てるように励まし続けたとされる。「池江選手の母親が掲げるのは、子供にいろいろなことを体験させて、成功してもうまくいかなくても前向きになることで自立を促す教育方針です。娘に手かざし療法を勧めたことも、少しでも可能性があれば挑戦させてみて、池江選手が前向きになることを目指したのかもしれません」(前出・池江家を知る関係者) 手かざし療法の効果について、上さんは「ない」と断言し、こう指摘する。「手かざし療法に科学的な効果は認められません。ただし、手をかざすだけなら毒にも薬にもならないが、精神的な安定が得られるケースもある。問題なのは、傾倒するあまり標準治療より重要視してしまうこと。それは絶対に避けなければいけません」 スポーツを通して人々に感動を与えてきた池江選手には今、多くの人が手を差し伸べている。彼女も母親も、その手を選別することの難しさを感じているのかもしれない。※女性セブン2019年9月19日号
2019.09.07 16:00
女性セブン
藤原紀香ほか、50周年『週刊ポスト』表紙女性 90年代編
藤原紀香ほか、50周年『週刊ポスト』表紙女性 90年代編
『週刊ポスト』がこの8月で創刊50周年を迎える。1969年に創刊された同誌は、その時代に活躍した女優や女性タレントたちを表紙に起用してきた。フジテレビのドラマが高視聴率を獲得していた1990年代前半は、表紙にも中山美穂や有森也実などの“月9女優”が登場。グラビアアイドルという新たなジャンルを確立した、かとうれいこや細川ふみえもレンズに収まった。 1995年、カメラマンが、それまでの秋山庄太郎氏から川島なお美のヘアヌード写真集で55万部を売り上げた渡辺達生氏に交代。1996年から表紙モデルたちは肩やデコルテを見せる衣装を着用し、テレビとは一味違うセクシーな一面を披露した。 1993年3月22日号では現・参議院議員の蓮舫、1995年5月19日号には、昨年9月に引退した、平成の歌姫・安室奈美恵も登場した。 ここでは、1990年代に『週刊ポスト』の表紙を飾った女性たちを紹介しよう。◆藤原紀香(1998年8月21・28日号) 1991年、ミス日本グランプリコンテストでグランプリ受賞。J-PHONE(現ソフトバンクモバイル)のCMをきっかけに、美貌と抜群のスタイルでCM界を席巻。1997年の映画『CAT’S EYE キャッツ・アイ』、1998年のドラマ『ハッピーマニア』などで女優として飛躍。以降、数多くのドラマに主演し、舞台でも活躍する。◆かとうれいこ(1991年5月3日号) 1989年に第16代クラリオンガールに選出され、人気グラビアアイドルに。◆細川ふみえ(1993年7月9日号) 巨乳グラドルの草分け。1993年にはテレビ・ラジオのレギュラーが7本に。◆菅野美穂(1996年6月7日号) 1995年NHK連続テレビ小説『走らんか!』、1996年『イグアナの娘』でブレイク。◆松たか子(1996年7月5日号) 1995年にドラマ『藏』に主演し、1997年の『ラブジェネレーション』で人気沸騰。◆松嶋菜々子(1996年10月18日号) 1996年にNHK連続テレビ小説『ひまわり』で主演。翌年、好感度ナンバーワン女優に。◆広末涼子(1998年11月29日号) 1995年にデビューし、CM業界を席巻。1998年11月に早稲田大学に合格する。文/岡野誠※週刊ポスト2019年8月16・23日号
2019.08.08 07:00
週刊ポスト
『女性セブン』の直撃に応える山田邦子
山田邦子、所属事務所との最悪関係告白「末期症状なのよ」
《39年所属しておりました太田プロダクションの事務所スタッフには誰ひとりも観てもらえなかったことがとても残念でした》 山田邦子(58才)がブログで突然綴った“絶縁宣言”が波紋を広げている。 太田プロは多数の人気タレントを抱える芸能事務所。片岡鶴太郎、有吉弘行、高島礼子、故・川島なお美さん。最近は前田敦子、大島優子、指原莉乃らも所属する。「ビートたけしさんも元々は太田プロ。常に人気タレントを多数抱えていました。なかでも邦子さんはいちばんの古株。まさに“ミセス・太田プロ”です」(ベテラン芸能記者) 今年は山田のデビュー40周年の記念イヤーでもある。「邦子さんはデビューから40年、ずっと太田プロ。いったい何が起きたのか…」(前出・ベテラン芸能記者) 山田が「誰ひとり見てくれなかった」と不満を口にするのは、4月27、28日に歌舞伎座(東京・銀座)で行われた「長唄杵勝会」。山田にとって芸能生活40周年に名取・杵屋勝之邦を襲名する特別な公演だった。「確かに邦子さんにとってその日は大切な舞台でした。でも、彼女がその1回だけでキレたとは考えにくい。一時はテレビ界のクイーンといわれ、好感度タレント調査でもダントツの1位だった邦子さんのテレビ出演が激減したのは20年近く前。しかし、邦子さんの芸は今もピカイチです。それなのに依然として燻っている状況が続いていることに根深い問題があるのではないでしょうか」(事務所関係者) 都心に構える豪邸に、真っ赤な車を運転して帰ってきた山田に話を聞いた。 山田は少し上を向きながら、「20年ぐらい前かな、事務所の様子が変わっていってしまった」と話し始めた。「恩義のあった前社長が引退して会長に、その息子が新社長になってから、私のマネジャーが動いていない状態なんです。ほら、今もひとりでしょ? もう末期的なのよ」──事務所とうまくいっていない?「事務所は私に全然関心がないの。(今回の舞台も)私のプライベートなことだからって。でもさ、芸事でしょ?」──5月22日からは40周年記念公演『山田邦子の門』が始まりますが。「それも太田プロは関係ないの。何十年来っていう長年のつきあいがある仲よしのプロデューサーがお祝いで考えてくれたことで。だけど、事務所にはお金を落とすじゃない? 昔から30%は落としてきたから。現場に若手のかたがちょろっと見に来ていたけど、GWに入ったら全然来ないし(苦笑)。後輩にも仕事を流してあげてるのよ? だから、話し合いよ、話し合い」── 一度も話し合いはない?「今年に入って一度は“どうします?”“私のとこ、動いてないですよ”と。ただ、話をしてみると思いを抱えていたのは私だけじゃなかったみたいだったの。うちのタレントみんなが“邦子さんよく言ってくれました”って。ほかの事務所も同じようなことを聞いたから、いい機会だなって。こういううるさい人間が波風を立てるのもね」 恨み節を語りながらも終始笑顔だった山田は、こんな“夢”も語った。「私は、朝ドラも大河も映画もバンバン出てたんだけど、今は事務所の“役者部”が何にも動いていないのよ」 今だからできる役もある。そう水を向けると、「そうでしょ、樹木希林さん枠が空いたでしょ~(笑い)。って、全然足元にも及ばないけどもね」とニヤリ。 かつてない話し合いになりそうだ。※女性セブン2019年5月23日号
2019.05.10 07:00
女性セブン

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