和田アキ子一覧

【和田アキ子】に関するニュースを集めたページです。

上まぶたが下がるのはサインの可能性
和田アキ子も手術した「眼瞼下垂」 脳腫瘍や糖尿病のサインとなることも
 和田アキ子(71才)が手術を受けたことで広く知られるようになった「眼瞼下垂」。なんらかの要因で上まぶたが下がってきた状態であり、一般的には加齢とともに皮膚がたるみ、かつ、まぶたを引っ張り上げる腱膜などが弱って、50代以降に生じやすい。しかし、ただの老化と油断してはいけない。道玄坂加藤眼科院長の加藤卓次さんはいう。「眼瞼下垂は脳腫瘍のサインの場合があります。まぶたを開けるための神経が腫瘍によって圧迫されていることが原因です。また、糖尿病は全身の神経にダメージを与えるため、まぶたが下がってきて眼瞼下垂になるケースもあります」 重大な病気かどうかは、眼瞼下垂が両目に起きているか、片目のみなのかも判断の手掛かりになる。「加齢の場合は両方のまぶたが徐々に下がってきますが、片方だけ急激に下がった場合は神経の異常であることが多い。必ず眼科を受診してください」 眼瞼下垂は目が細くなったように見えるため、加齢で目が細くなったと早合点した人がアンチエイジング目的でまぶたを上げる施術をしようとするケースがある。井上眼科病院名誉院長の若倉雅登さんは、これに眉を顰める。「眼瞼下垂には、さまざまな原因がある。たとえば重症筋無力症という難病の初期症状の場合も。まぶたが下がっている原因を調べずに手術を受けてしまうと、みすみす病気を見逃すことになりかねません」 重症筋無力症とは、運動神経の命令が筋肉に到達しにくくなって筋肉の力が弱ってしまう病気だ。全身型では手足に力が入らなくなり、呼吸がしづらくなることもある。 ほかにも、眼瞼下垂から発覚する病気がある。「痙攣」という言葉を使うため誤解されがちなのが「眼瞼痙攣」だ。「これはまぶたが開けにくくなる病気ですが、原因はまぶたではない。大脳基底核にある運動を制御するシステムが薬などなんらかの影響で“誤作動”して、自在にまぶたの開閉がしにくくなるのです。 症状としては、まぶしさを感じて目を開けにくくなり、無理をして目を開けていると疲れ、頭痛、吐き気などを感じます。必ずしもまぶたがぴくぴくする病気ではありません。一般的な眼科では眼精疲労やドライアイと診断されがちなので、心配な人、特に睡眠導入薬を使っている人は神経眼科へ行った方がいい」(若倉さん) まぶた同様、瞳孔の大きさが左右で違うときも危険が潜んでいる。「脳腫瘍や脳動脈瘤など、脳の病気の可能性も否定できません。瞳孔は、目の中に入る光を調節するために虹彩の筋肉が収縮して大きさが変わります。その筋肉を支配する神経を脳腫瘍が圧迫すると、瞳孔の光の反射が鈍くなり、異常な左右差が生じます」(加藤さん) 鏡を見るときは瞳孔までチェックすることで、重大な疾病の早期発見につながるかもしれない。※女性セブン2021年11月4日号
2021.10.24 16:00
女性セブン
和田アキ子
TikTokで新曲がバズる和田アキ子 紅白復活は実現するか?
 コロナで翻弄された2021年も残り3か月。10月に入れば、音楽関係者の間では『紅白歌合戦』(NHK)の出場者予想が始まる。昨年はSixTONES、Snow Man、NiziU、BABYMETALなど10組が初出場を果たし、フレッシュな顔ぶれとなったが、今年はあるベテランの返り咲きに注目が集まっている。2016年以降、紅白落選が続いている和田アキ子の新曲が好評で、復活説が出ているのだ。 和田が紅白に初めて出場したのは1970年のこと。代表曲の1つ『笑って許して』で初出場を果たすと、それ以降9年連続で紅白に呼ばれ、一旦は出場が途切れるも、1986年から2015年まで連続出場記録は30年間続いた。その間にはトリや大トリを何度も務め、司会の大役を担ったことも。NHKにとって大功労者だが、時代の流れには逆らえなかった。「普段は視聴率争いから一歩距離を置くNHKですが、数字がそのままニュースになる紅白は別。若者のテレビ離れが急速に進む中、紅白は繋ぎ止めに必死で、そのあおりを食らったのがベテラン勢です。 近年、北島三郎、森進一、細川たかし、小林幸子、和田アキ子、伍代夏子、藤あや子などの連続出場が途切れたのは、その象徴的な出来事。北島、森、細川は一応“卒業”という形を取りましたが、昭和時代から活躍した彼らは紅白出場の意味を誰よりも理解しており、本意だったかどうかは定かではありません。和田に関して言えば、落選が決まった年、ラジオ番組で『今年の紅白は見ない』と発言しており、相当に未練はあるようです」(芸能ライター) しかし、そんな和田にチャンスが巡ってきた。和田の紅白落選の理由はNHKのみが知るところだが、“近年、ヒット曲がない”という批判があったのは事実。ところが9月に配信された新曲が好調なのだ。「9月2日にリリースされた『YONA YONA DANCE』という曲が現在、動画投稿サイト『TikTok』で爆発的にバズっており、YouTubeでのMVの再生回数も430万回に達しています(9月28日時点)。TikTokでは、振り付け動画を投稿するのがブームになっていて、有名芸能人や人気YouTuberも参戦。今後さらに勢いは加速しそうです」(ネットニュース編集者)連続出場が途切れてからの復活は難しいが…… 久々の復活となれば話題になるのは必至。抜群の歌唱力を誇り、存在感もビッグな彼女が加われば、紅組メンバーはこの上なく心強いだろうが、現実的には一旦出場が途切れると、復活はかなり難しい。ベテラン芸能記者の石田春男氏は、こう分析する。「いくらテレビの権威が落ちたとはいえ、『紅白』というブランドはアーティストにとって別格。毎年、限りある枠を奪い合っているわけで、ヒット曲が無いのに出場していた歌手が落選すれば、“お役御免”と考えるのが自然です。そう考えると、現状のブレイクでは和田アキ子の復活は難しいでしょう。 ただ、小林幸子のケースは1つの目安になりそうです。小林は毎年、豪華な衣装で紅白を盛り上げてきましたが、2011年を最後に出場が途切れました、しかし、豪華な衣装がテレビゲームのボスキャラに似ているとして、ネットで“ラスボス”と呼ばれて話題になり、にわかに若者の間でブレイク。2015年に特別出演が実現しました。 ここ数年、“おなじみの顔”が次々と消えている紅白ですが、番組のコアターゲットはやはりシニア層。流行りのアーティストを出場させて若者を取り込みつつ、確実にチャンネルを合わせてくれるシニアも満足させるためには、和田アキ子のようなベテランの存在は大切です。特別出演という形なら、紅白の功労者の和田に報いることが出来ますし、YouTuberと振り付けをコラボするような形なら、流行も上手に盛り込める。逆に言えば、和田にとっては今年が本当にラストチャンスかもしれません」(石田氏) 落選でNHKに恨み節を吐いたのも、“笑って許して”といった心境かもしれない。
2021.09.29 07:00
NEWSポストセブン
和田アキ子
和田アキ子 50年間も出待ちファンに神対応、インスタはフォロー返し
 笑顔を見せて馴染みの出待ちのファンに手を振るのは、歌手の和田アキ子(71才)。彼女の意外(?)なファンサービスは、実は長年続いていることだという。 情報番組『アッコにおまかせ!』(TBS系、日曜午前11時45分)に、ラジオ『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』(ニッポン放送、土曜午前11時)と、毎週、生放送に出演し続けて、昨年末にはBLUE NOTE TOKYOでライブも開催するなど、70才を超えても全く衰えるところのない和田。 芸能界で大御所中の大御所にもかかわらず、6月中旬のこの日はファンの一人が「アッコさ~ん!」と大きな声をかけると、笑顔で応じる神対応を見せたのだ。 和田の知人は「アッコさんのファン対応は、デビューした50年以上前から全く変わらず、気さくなんです。この声をかけた人も、ファン歴40年以上の追っかけ。だから、アッコさんはにこやかに手を振っているのです」と話した。この日、和田は頭をペコリと下げて、帰りの車に乗り込んでからも窓を少し開けて手を振り続けていた。 歯に衣を着せぬ物言いで、長らく「芸能界のご意見番」と呼ばれている。ある芸能担当記者は「アッコさんは、常に一般人目線の意見です。ダメなものはダメとはっきり言う。不倫はもちろん、できちゃった婚もあんまり歓迎しないほど。礼儀や物事の順序を大切にする考えだから、同世代を中心に視聴者の賛同を得るのです」と解説する。 最近も、フリーアナウンサーの加藤綾子(36才)が結婚した相手について「一般男性」としていたことについて、年商2000億円の会社経営者であることから「いわゆる一般人と違うでしょ」と疑問を呈していた。 あるベテラン芸能リポーターは「誰にも忖度せずに意見するから、芸能界で敬遠されかけた時期もあったんです。でも、言っていることはまっすぐ。だからこそ『アッコにおまかせ!』は36年も続いています。まさにご自身の力で突き抜けたからこそ、ラジオ番組に亡き星野仙一監督やダウンタウンの2人までがゲスト出演するなど、みんなに一目置かれる存在になったのです」と話した。 公式インスタグラムを開設している和田。多くの共演者たちとの記念写真の数々は、どれもこれもピースサインだ。「アッコさんはインスタで多くのタレントをフォローしています。タレントは、SNSで自分から誰かをフォローすることはあまり多くないのですが、アッコさんはフォロー返しをしているようなんです。後輩芸能人からは恐れられている面もありますが、心にはいつもピース(平和)をといったところでしょうね(笑)」(前出・芸能リポーター) 老若男女、全世代の国民からの認知度は、かつてのSMAPや嵐よりも高い99%近いと言われる和田。その人望とサービス精神で、まだまだ最前線で活躍し続ける。
2021.06.23 16:00
NEWSポストセブン
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昭和女性ポップス座談会・後編“女王”は和田アキ子か、ユーミンか
 1970~1980年代にかけて、日本の音楽シーンで人気を博した「シティポップ」が、いま世界中の音楽ファンから注目されている。このリバイバルブームにおいて、象徴的な存在となっているのが、竹内まりや『PLASTIC LOVE』(1984年)や松原みき『真夜中のドア〜stay with me』(1979年)といった女性アーティストによる楽曲だ。 そこで、昭和ポップスをこよなく愛する、俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、ウェブサイト『昭和ポップスの世界』を運営するさにーさんに、「昭和女性ポップス・マイベスト10」をセレクトしてもらった。そのランキングを受けての座談会を開催。ここでは、1位と2位の楽曲について語り合う。■半田健人さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:伊東ゆかり『グリーン・ジンジャー・フライング』(作詞:ジェリー伊藤、作曲・編曲:東海林修/1971年)2位:弘田三枝子『マイ・メモリィ』(作詞・作曲:弘田三枝子、編曲:鈴木宏昌/1977年)3位:いしだあゆみ『バイ・バイ・ジェット』(作詞:橋本淳、作曲:細野晴臣、編曲:萩田光雄、細野晴臣/1977年)4位:和田アキ子『私夢を見るの』(作詞・作曲:石津善之、編曲:馬飼野俊一/1973年)5位:あべ静江『長距離電話』(作詞:藤公之介、作曲:佐藤健、編曲:林哲司/1977年)6位:小川知子『別れてよかった』(作詞 : なかにし礼、作曲・編曲 : 川口真/1972年)6位:由紀さおり『ヴァリーエ』(作詞:山上路夫、作曲:S・リタルド、編曲:渋谷毅/1971年)6位:麻生よう子『逃避行』(作詞:千家和也、作曲:都倉俊一、編曲:馬飼野俊一/1974年)6位:岡崎友紀『グッドラック・アンド・グッドバイ』(作詞・作曲:荒井由実、編曲:萩田光雄/1976年)6位:桑江知子『Mr.Cool』(作詞:佐藤奈々子、作曲・編曲:小林泉美/1980年)【プロフィール】半田健人さん/俳優・歌手。1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』(テレビ朝日系)で初主演。2014年に『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年全曲自宅録音『HOMEMADE』リリース。作曲家、タレントとして活動。ラジオ『林哲司・半田健人 昭和音楽堂』(SBS静岡放送、日曜21時~21時30分)に出演中。■田中稲さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:岡田奈々『青春の坂道』(作詞原案:中司愛子、作詞:松本隆、作曲:森田公一、編曲:瀬尾一三/1976年)2位:和田アキ子『古い日記』(作詞:安井かずみ、作曲・編曲:馬飼野康二/1974年)3位:五輪真弓『恋人よ』(作詞・作曲:五輪真弓、編曲:船山基紀/1980年)4位:谷山浩子『まっくら森の歌』(作詞・作曲:谷山浩子、編曲:乾裕樹/1985年 NHK『みんなのうた』初出)5位:大貫妙子『黒のクレール』(作詞・作曲:大貫妙子、編曲:坂本龍一/1981年)6位:泰葉『フライディ・チャイナタウン』(作詞:荒木とよひさ、作曲:海老名泰葉、編曲:井上鑑/1981年)7位:山口百恵『絶体絶命』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄/1978年)8位:大場久美子『エトセトラ』(作詞:小林和子、作曲・編曲:萩田光雄/1978年)9位:中島みゆき『ファイト!』(作詞・作曲:中島みゆき、編曲:井上堯之/1983年)10位:高田みづえ『硝子坂』(作詞:島武実、作曲:宇崎竜童、編曲:馬飼野康二/1977年)【プロフィール】田中稲さん/昭和歌謡ライター。1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点に活動する昭和歌謡ライター。ほかにも、ドラマ、NHK紅白歌合戦、懐かしブームなども得意テーマとしている。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』、DANROにて『いつも心にぼっち曲』を連載中。■さにーさんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:森田公一/1972年)2位:岩崎宏美『思秋期』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:三木たかし/1977年)3位:ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一/1973年)4位:ちあきなおみ『夜へ急ぐ人』(作詞・作曲:友川かずき、編曲:宮川泰/1977年)5位:しばたはつみ『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:林哲司/1977年)6位:渡辺真知子『かもめが翔んだ日』(作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀/1978年)7位:大橋純子『サファリ・ナイト』(作詞:竜真知子、作曲・編曲:佐藤健/1978年)8位:原田知世『天国にいちばん近い島』(作詞:康珍化、作曲:林哲司、編曲: 萩田光雄/1984年)9位:河合奈保子『ラブレター』(作詞:竜真知子、作曲:馬飼野康二、編曲:若草恵/1981年)10位:能瀬慶子『アテンション・プリーズ』(作詞:喜多條忠、作曲:浜田省吾、編曲:船山基紀/1979年)【プロフィール】さにーさん/1992(平成4)年生まれ。1970〜1980年代のヒット曲の情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビにも出演。『らじるラボ』(NHKラジオ第1)で、『さにーのZOKKON!昭和ポップス』(毎月第2・第4金曜午前10時半~11時)を担当。──では、2位から見ていきましょう。半田:ぼくの2位は弘田三枝子さんの『マイ・メモリィ』(1977年)です。弘田さんは『人形の家』(1969年)が有名ですが、元はMIKOの愛称で「ポップスの女王」と呼ばれていました。『マイ・メモリィ』は作詞作曲も担当している。彼女がこんな上質なポップスを歌っていることを知ってほしいんです。 そして、1位は伊東ゆかりさんの『グリーン・ジンジャー・フライング』(1971年)。ゆかりさんは、弘田さんよりもキャリアが長く、1950年代から日本のポップス黎明期にかかわっています。この曲は1971年に発表したものですが、ソフトロックの名盤といわれています。そのキャリアと癒しの声に敬意を表しての1位です。田中:こんな素敵なポップスが眠っていたとは、1970年代恐るべしですね!  私の2位は、和田アキ子さん『古い日記』(1974年)です。この時代に同棲を題材にした、安井かずみさんの作詞がかっこよくて興奮します。さにー:歌詞は暗いのにサウンドはポップだから、若かりし頃の燃え上がるような情熱を想起させるところがむちゃくちゃ好きで、私も入れるかどうか、悩みました~。田中:1位は岡田奈々さんの『青春の坂道』(1976年)。これは、耳に入って来た瞬間、「あ、この曲好き」って。何も知らないのに震えるほど感動したんです。さにー:最初ビビッときたのはメロディーですか?田中:歌詞とメロディーに、「ああ、青春って本当にそんな感じ!」みたいな(笑い)。半田:この曲はたぶんね。詞が先なんですよ。当時の歌謡曲って8割がた曲が先ですが、森田公一さんは、詞を読んで、それにふさわしいメロディーをつける天才ですよ。さにー:私の2位は、岩崎宏美さんの『思秋期』(1977年)です。田中:私もコレ、入れたかったー! 本当に名曲だと思う。さにー:フフフフフ(笑い)。岩崎さんで好きな曲はたくさんありますが、すごい曲っていわれたら、『思秋期』がいちばん。カラオケに行ったときに母が歌い、あの転調を2回するところがたまらなくて。「この曲、私に頂戴」って母にお願いした思い出の曲です。半田:その転調は『シェルブールの雨傘』が元歌です。ミシェル・ルグランというピアニストが作曲した世界的楽曲がマイナーメロディーで転調していく。聴いてみてね。さにー:はい。聴いてみます! そして私の1位は、アッコさんの『あの鐘を鳴らすのはあなた』(1972年)です!半田:ぼくはね、サビはもちろんだけど、出だしが好き、やさしくて。さにー:若いときのアッコさんのビブラートが細かくて、心にまっすぐ訴えかけてくる。年を重ねてからはビブラートが深くなり、すべてを包み込む人類愛を感じます。田中:お~~。半田:地球規模だよね。さにー:この曲を聴いて感動する人ばっかりだったら、世界は平和になるんじゃないかなって思うんですよね。──ありがとうございました。3人そろって和田アキ子をランクインさせたのはおもしろいですね。田中:アッコさんは、女性ポップスの最高の歌い手ですよね! もっと歌ってほしいです。半田:最後に女性ポップスの女王を決めるなら、ランキングに入れていませんが、ぼくは、ユーミンがいいと思う。ある意味、別格の殿堂入りの存在ですから。さにー:そしてナンバー1ソングは、今回もそれぞれの心の中にある順位でいい。そんな結論でしょうか(笑い)。──みなさんもご自身が昔好きだった懐かしの「昭和女性ポップス」を思い出し、たまには口ずさんでみませんか?取材・文/北武司 撮影/浅野剛※女性セブン2021年5月20・28日号
2021.05.17 07:00
女性セブン
半田健人が選んだのは?(撮影/浅野剛)
昭和女性ポップス座談会・中編 ウィスパー系・和田アキ子の魅力
 現在、世界の音楽ファンから注目されているのが、1970~1980年代の日本のシティポップだ。竹内まりや『PLASTIC LOVE』(1984年)や松原みき『真夜中のドア~stay with me』(1979年)といった女性アーティストによる楽曲が、リバイバルブームにおいて特に人気となっている。 そこで、昭和ポップスをこよなく愛する、俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、ウェブサイト『昭和ポップスの世界』を運営するさにーさんに、「昭和女性ポップス・マイベスト10」をセレクトしてもらった。そのランキングを受けての座談会を開催。ここでは、5位から3位の楽曲について語り合う。■半田健人さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:伊東ゆかり『グリーン・ジンジャー・フライング』(作詞:ジェリー伊藤、作曲・編曲:東海林修/1971年)2位:弘田三枝子『マイ・メモリィ』(作詞・作曲:弘田三枝子、編曲:鈴木宏昌/1977年)3位:いしだあゆみ『バイ・バイ・ジェット』(作詞:橋本淳、作曲:細野晴臣、編曲:萩田光雄、細野晴臣/1977年)4位:和田アキ子『私夢を見るの』(作詞・作曲:石津善之、編曲:馬飼野俊一/1973年)5位:あべ静江『長距離電話』(作詞:藤公之介、作曲:佐藤健、編曲:林哲司/1977年)6位:小川知子『別れてよかった』(作詞 : なかにし礼、作曲・編曲 : 川口真/1972年)6位:由紀さおり『ヴァリーエ』(作詞:山上路夫、作曲:S・リタルド、編曲:渋谷毅/1971年)6位:麻生よう子『逃避行』(作詞:千家和也、作曲:都倉俊一、編曲:馬飼野俊一/1974年)6位:岡崎友紀『グッドラック・アンド・グッドバイ』(作詞・作曲:荒井由実、編曲:萩田光雄/1976年)6位:桑江知子『Mr.Cool』(作詞:佐藤奈々子、作曲・編曲:小林泉美/1980年)【プロフィール】半田健人さん/俳優・歌手。1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』(テレビ朝日系)で初主演。2014年に『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年全曲自宅録音『HOMEMADE』リリース。作曲家、タレントとして活動。ラジオ『林哲司・半田健人 昭和音楽堂』(SBS静岡放送、日曜21時~21時30分)に出演中。■田中稲さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:岡田奈々『青春の坂道』(作詞原案:中司愛子、作詞:松本隆、作曲:森田公一、編曲:瀬尾一三/1976年)2位:和田アキ子『古い日記』(作詞:安井かずみ、作曲・編曲:馬飼野康二/1974年)3位:五輪真弓『恋人よ』(作詞・作曲:五輪真弓、編曲:船山基紀/1980年)4位:谷山浩子『まっくら森の歌』(作詞・作曲:谷山浩子、編曲:乾裕樹/1985年 NHK『みんなのうた』初出)5位:大貫妙子『黒のクレール』(作詞・作曲:大貫妙子、編曲:坂本龍一/1981年)6位:泰葉『フライディ・チャイナタウン』(作詞:荒木とよひさ、作曲:海老名泰葉、編曲:井上鑑/1981年)7位:山口百恵『絶体絶命』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄/1978年)8位:大場久美子『エトセトラ』(作詞:小林和子、作曲・編曲:萩田光雄/1978年)9位:中島みゆき『ファイト!』(作詞・作曲:中島みゆき、編曲:井上堯之/1983年)10位:高田みづえ『硝子坂』(作詞:島武実、作曲:宇崎竜童、編曲:馬飼野康二/1977年)【プロフィール】田中稲さん/昭和歌謡ライター。1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点に活動する昭和歌謡ライター。ほかにも、ドラマ、NHK紅白歌合戦、懐かしブームなども得意テーマとしている。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』、DANROにて『いつも心にぼっち曲』を連載中。■さにーさんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:森田公一/1972年)2位:岩崎宏美『思秋期』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:三木たかし/1977年)3位:ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一/1973年)4位:ちあきなおみ『夜へ急ぐ人』(作詞・作曲:友川かずき、編曲:宮川泰/1977年)5位:しばたはつみ『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:林哲司/1977年)6位:渡辺真知子『かもめが翔んだ日』(作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀/1978年)7位:大橋純子『サファリ・ナイト』(作詞:竜真知子、作曲・編曲:佐藤健/1978年)8位:原田知世『天国にいちばん近い島』(作詞:康珍化、作曲:林哲司、編曲: 萩田光雄/1984年)9位:河合奈保子『ラブレター』(作詞:竜真知子、作曲:馬飼野康二、編曲:若草恵/1981年)10位:能瀬慶子『アテンション・プリーズ』(作詞:喜多條忠、作曲:浜田省吾、編曲:船山基紀/1979年)【プロフィール】さにーさん/1992(平成4)年生まれ。1970〜1980年代のヒット曲の情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビにも出演。『らじるラボ』(NHKラジオ第1)で、『さにーのZOKKON!昭和ポップス』(毎月第2・第4金曜午前10時半~11時)を担当。──5位から3位までを見ていきましょう。半田:5位は、あべ静江さんの『長距離電話』(1977年)。フォーク路線のアルバム『TARGET』の翌年に出たシングル曲で、佐藤健さんと林哲司さんという、シティポップ派の2人がサウンド作りを担当しています。 4位は、和田アキ子さんの『私夢を見るの』(1973年)。アッコさんは日本におけるポップスの開拓者の1人で、R&B歌謡の歴史そのもの。ところがこの曲ではとてもアッコさんと思えない、ウイスパー系アッコの歌声が楽しめます。 3位がいしだあゆみさんの『バイ・バイ・ジェット』(1977年)。『アワー・コネクション』というアルバム収録曲。ティン・パン・アレイのサウンドとのマッチングを聴いてみてください。さにー:私の5位は、しばたはつみさんの『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(1977年)。これはもう、映画音楽です。半田:来生たかおさんが認められた曲。この曲で売れてよかったと思いました。シティポップはイメージ的にはAOR(※)に近いと思いますが、作詞でAOR的なものといったら、日本では来生えつこさんの詞が、ちょっとそこに入るんじゃないかなと。【※/AORとは、1980年代の日本で用いられた音楽用語。Adult-Oriented Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック=大人向けロック)の略語。ボズ・スキャッグスやスティーリー・ダン、クリストファー・クロスなどの楽曲がそれで、「ソフト&メロウ」「アダルト・コンテンポラリー」に近いニュアンスを持つ】さにー:来生えつこさんの小道具をピックアップするセンスがすごく好きです。4位は、ちあきなおみさんの『夜へ急ぐ人』(1977年)です。半田:これはまた、すごいのもってきたねー(笑い)。田中:実は私も入れようと思っていた曲です! 『NHK紅白歌合戦』で、この曲を歌ったときの映像を見ましたが、すごかったですよねー。さにー:女じゃなきゃ歌えない、妖気と情念ですよね。3位は、ペドロ&カプリシャスの『ジョニィへの伝言』(1973年)です。実は私、「登場人物が3人出てくる歌に佳曲多し!」っていう持論をもっていまして(笑い)。田中:おぉ! 『絶体絶命』(山口百恵)もそうだね(笑い)。さにー:いや~、伝言ソングって、どうしても登場人物は3人以上になると思うんですが、やっぱりいいですよね。結局、伝言する相手はいるけど、出てこないという……。半田:姿がないから伝わらない可能性も含んでいます。田中:そうなんです。それがまたロマンですね。私の5位は大貫妙子さんの『黒のクレール』(1981年)。サビを聴いて、子供ながらにびっくりした覚えがあるんです。「どこの国の曲だろ?」みたいな驚きというか……。さにー:何か神聖な感じがしますよね。田中:そう。お伽の国みたいなイメージがよかった。それは、4位に挙げた谷山浩子さんの『まっくら森の歌』(1985年)にも通じるんですよ。半田:大貫さんって、教授(坂本龍一)のプロデュースが入ってるから、垢抜けているイメージがありますね。田中:そうですね。谷山さんは私の神なんです。『オールナイトニッポン』(ニッポン放送、1982~1986年)をやっていたのですが、おしゃべりもとてもうまいんですよね。半田:そう。地声がかわいくて歌声もかわいいけど、曲は不思議っていうね(笑い)。田中:哲学的というか。なんかこう、穴にはまってグルグル落ちていくっていうか。この曲も『みんなのうた』(NHK)でハマり、アルバムを買いあさって、つらいときに聴きまくり、この曲をきっかけに、アルバムを1から10まで聴く喜びを知りました。 そして3位が五輪真弓さんの『恋人よ』(1980年)。これはもう『ザ・ベストテン』で初めて聴いたとき、家族全員止まった、みたいな(笑い)。さにー そうなんですか!半田:そういう感想っていうのが、やっぱり歌の持つ真実なんだろうと思いますね。田中:大失恋した気分を疑似体験させてくれる曲ですね。取材・文/北武司 撮影/浅野剛※女性セブン2021年5月20・28日号
2021.05.12 16:00
女性セブン
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昭和女性ポップス座談会・前編 半田健人が選んだ「先駆者的」名曲
 近年、海外の音楽ファンから注目されているのが、1970~1980年代に日本の音楽シーンを席巻した「シティポップ」だ。中でも、竹内まりや『PLASTIC LOVE』(1984年)や松原みき『真夜中のドア~stay with me』(1979年)といった女性アーティストによる楽曲の人気が高い。 そこで、昭和ポップスをこよなく愛する、俳優・歌手の半田健人さん、昭和歌謡ライターの田中稲さん、ウェブサイト『昭和ポップスの世界』を運営するさにーさんに、「昭和女性ポップス・マイベスト10」をセレクトしてもらった。そのランキングを受けての座談会を開催。まずはそれぞれの6位から10位を紹介する。■半田健人さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:伊東ゆかり『グリーン・ジンジャー・フライング』(作詞:ジェリー伊藤、作曲・編曲:東海林修/1971年)2位:弘田三枝子『マイ・メモリィ』(作詞・作曲:弘田三枝子、編曲:鈴木宏昌/1977年)3位:いしだあゆみ『バイ・バイ・ジェット』(作詞:橋本淳、作曲:細野晴臣、編曲:萩田光雄、細野晴臣/1977年)4位:和田アキ子『私夢を見るの』(作詞・作曲:石津善之、編曲:馬飼野俊一/1973年)5位:あべ静江『長距離電話』(作詞:藤公之介、作曲:佐藤健、編曲:林哲司/1977年)6位:小川知子『別れてよかった』(作詞 : なかにし礼、作曲・編曲 : 川口真/1972年)6位:由紀さおり『ヴァリーエ』(作詞:山上路夫、作曲:S・リタルド、編曲:渋谷毅/1971年)6位:麻生よう子『逃避行』(作詞:千家和也、作曲:都倉俊一、編曲:馬飼野俊一/1974年)6位:岡崎友紀『グッドラック・アンド・グッドバイ』(作詞・作曲:荒井由実、編曲:萩田光雄/1976年)6位:桑江知子『Mr.Cool』(作詞:佐藤奈々子、作曲・編曲:小林泉美/1980年)【プロフィール】半田健人さん/俳優・歌手。1984(昭和59)年生まれ。『仮面ライダー555』(テレビ朝日系)で初主演。2014年に『せんちめんたる』をCD&LP同時発売。2017年全曲自宅録音『HOMEMADE』リリース。作曲家、タレントとして活動。ラジオ『林哲司・半田健人 昭和音楽堂』(SBS静岡放送、日曜21時~21時30分)に出演中。■田中稲さんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:岡田奈々『青春の坂道』(作詞原案:中司愛子、作詞:松本隆、作曲:森田公一、編曲:瀬尾一三/1976年)2位:和田アキ子『古い日記』(作詞:安井かずみ、作曲・編曲:馬飼野康二/1974年)3位:五輪真弓『恋人よ』(作詞・作曲:五輪真弓、編曲:船山基紀/1980年)4位:谷山浩子『まっくら森の歌』(作詞・作曲:谷山浩子、編曲:乾裕樹/1985年 NHK『みんなのうた』初出)5位:大貫妙子『黒のクレール』(作詞・作曲:大貫妙子、編曲:坂本龍一/1981年)6位:泰葉『フライディ・チャイナタウン』(作詞:荒木とよひさ、作曲:海老名泰葉、編曲:井上鑑/1981年)7位:山口百恵『絶体絶命』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:萩田光雄/1978年)8位:大場久美子『エトセトラ』(作詞:小林和子、作曲・編曲:萩田光雄/1978年)9位:中島みゆき『ファイト!』(作詞・作曲:中島みゆき、編曲:井上堯之/1983年)10位:高田みづえ『硝子坂』(作詞:島武実、作曲:宇崎竜童、編曲:馬飼野康二/1977年)【プロフィール】田中稲さん/昭和歌謡ライター。1969(昭和44)年生まれ。大阪を拠点に活動する昭和歌謡ライター。ほかにも、ドラマ、NHK紅白歌合戦、懐かしブームなども得意テーマとしている。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)など。CREA WEBにて『田中稲の勝手に再ブーム』、DANROにて『いつも心にぼっち曲』を連載中。■さにーさんの「昭和女性ポップス」マイベスト101位:和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:森田公一/1972年)2位:岩崎宏美『思秋期』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:三木たかし/1977年)3位:ペドロ&カプリシャス『ジョニィへの伝言』(作詞:阿久悠、作曲・編曲:都倉俊一/1973年)4位:ちあきなおみ『夜へ急ぐ人』(作詞・作曲:友川かずき、編曲:宮川泰/1977年)5位:しばたはつみ『マイ・ラグジュアリー・ナイト』(作詞:来生えつこ、作曲:来生たかお、編曲:林哲司/1977年)6位:渡辺真知子『かもめが翔んだ日』(作詞:伊藤アキラ、作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀/1978年)7位:大橋純子『サファリ・ナイト』(作詞:竜真知子、作曲・編曲:佐藤健/1978年)8位:原田知世『天国にいちばん近い島』(作詞:康珍化、作曲:林哲司、編曲: 萩田光雄/1984年)9位:河合奈保子『ラブレター』(作詞:竜真知子、作曲:馬飼野康二、編曲:若草恵/1981年)10位:能瀬慶子『アテンション・プリーズ』(作詞:喜多條忠、作曲:浜田省吾、編曲:船山基紀/1979年)【プロフィール】さにーさん/1992(平成4)年生まれ。1970〜1980年代のヒット曲の情報サイト『あなたの知らない昭和ポップスの世界』を運営。昭和ポップスの魅力を伝えるため、ラジオやテレビにも出演。『らじるラボ』(NHKラジオ第1)で、『さにーのZOKKON!昭和ポップス』(毎月第2・第4金曜午前10時半~11時)を担当。──今回は赤い鳥『翼をください』が発売された「1971年以降の昭和女性ポップス」を条件に各自、ベスト10を選んでいただきました。まずはそこから……。半田:その前に、ぼくに1970年に発売された作詞家・安井かずみさんの『ZUZU』というLPをぜひ紹介させてください! これが、ハイパーアルバムなんですよ、ぼくの中で。おふたりは聴いたことはありますか?田中:いいえ。ただ、安井かずみさんは好きなのですごく興味あります!半田:このLP、安井さん自身が作詞と歌唱を、作曲や編曲は、かまやつひろしさん、沢田研二さん、日野皓正さんなど、安井さんの友達12人が手掛けたものです。1曲目からボサノバ調で力が抜けていてしゃれた歌。はっきり言って、このLPは“ユーミンよりも早いユーミン”。これこそシティポップ、日本のポップスの礎というべき隠れた名盤だと思うのです。──1970年にこんな隠れた名盤があったんですね。半田:隠れた名盤といえば、あべ静江さんの『TARGET』(1976年)や、いしだあゆみさんの『アワー・コネクション』(1977年)は、歌謡畑の人がポップスに挑戦したLPです。──昭和女性ポップスの世界は、シティポップ以外にもいろいろあって深いですね。早速、6~10位を見ていきましょう。半田:実は、今回はほかの人とかぶらぬよう「スタート地点は歌謡曲ながら、時代によってポップスにチャレンジした先駆者」という視点で選びました。そのため、6~10位の5曲は同率6位です。 まず、小川知子さんの『別れてよかった』(1972年)は、サウンド的にA&M音楽(※1)を志向した曲です。作曲・編曲の川口真さんは、ヨーロッパ系の要素を歌謡曲に取り入れた先駆者で、ウイスパー系で囁くように歌わせています。ジャンルレスと評価される金井克子さんの『他人の関係』(1973年)の下敷きになったのでは?と、ぼくは勝手に推察しています。【※1/A&Mレコード」は、アメリカのトランペット奏者で音楽プロデューサー 、ハーブ・アルパートらが設立したレコードレーベル。深夜ラジオ『オールナイトニッポン』のオープニング曲のような、アメリカ音楽とメキシコ音楽を合わせたような曲調が特徴】 由紀さおりさんの『ヴァリーエ』(1971年)では、すごくかわいらしい声が印象的。歌謡曲とは違う発声法をする点がさすがです。最近では斉藤和義さんの『歌うたいのバラッド』(1997年)もカバーしているほど、由紀さんはジャンルレスです。 麻生よう子さんの『逃避行』(1974年)は作曲の都倉俊一さんの存在が大きい。和製カーペンターズというか……カーペンターズの『Close to you(遥かなる影)』(1970年)をどこか彷彿させます。 桑江知子さんは好きな歌手の1人で、特に『Mr.Cool』(1980年)は本当にメロウ。いまのシティポップファンにも受け入れられるクオリティーです。 岡崎友紀さんの『グッドラック・アンド・グッドバイ』(1976年)は、言わずと知れたユーミン提供のオリジナル曲。彼女の手にかかるとすべてがポップスになる。ユーミンの天性の音楽性も大きいですね。田中:私の10位、高田みづえさんの『硝子坂』(1977年)は、よく行くバーの外国人客に大人気で、ジュークボックスでかかると、最高に盛り上がるそうで、とても興味深くて。半田:何が外国人ウケするか、わからないからね。田中:9位は中島みゆきさんの『ファイト!』(1983年)。この歌を聴いて号泣した人を近くで見たことがあって、そのとき、歌の力を見せつけられたのが選んだ理由です。半田:暗い歌い始めからの盛り上がりがすごい。ただ、ポップスの印象からはいちばん遠いかもしれませんね。──中島みゆきさんは、1975年に『時代』で「ポプコン」(※2)から出てきたので、ポップスと捉えていいと思います。半田:そうか、ポピュラーソングコンテスト出身ですね。【※2/「ポプコン」とは、『ヤマハポピュラーソングコンテスト』のことで、1969年から1986年まで行われた、ヤマハ音楽振興会主催のポピュラー音楽の作品コンテスト】田中:8位が大場久美子さんの『エトセトラ』(1978年)。歌唱力はともかく声がかわいい! 「出る音程を使って、素材の素晴らしさをおいしく料理しましょ!」と、プロの作家たちが全力を出したらこうなるという曲。タイトルも、ちょっと舌っ足らずな感じがアイドルとの相性抜群ですね。半田:マニアな視点ですね。田中:7位が山口百恵ちゃんの『絶体絶命』(1978年)。“歌ってドラマなんだな~”と思った曲。最初、女性のけんかから始まり、男性が来て、最後は主役が負ける(笑い)。さにー:その3人のドラマを2分50秒しかない中で作れるのがすごいです。田中:長男の三浦祐太朗さんに、男性を奪い取った方の女性のスピンオフ曲を歌ってほしいですね。 6位の泰葉さんの『フライディ・チャイナタウン』(1981年)は、出だしのインパクトだけで絶対売れると思った名曲です。半田:すごくいいイントロとアレンジで、井上鑑さんは、この年『ルビーの指環』も手がけていて、編曲者として脂が乗り切っていた時期ですね。さにー:では、私の10位は、能瀬慶子さんの『アテンション・プリーズ』(1979年)。これは編曲がすごい。後ろで細かい音がたくさん鳴っていて、キラキラしているところが好きなんです。半田:編曲家の中でも船山基紀さんは、物足りない歌に化粧させたら業界ナンバー1!田中:今回知ったんですが、作曲が“浜省”なんですか?半田:そう。浜田省吾さんって、自分が売れる前に楽曲提供が多かったですからね。さにー:“アイドル最高峰曲”を入れたくて思いついたのが、9位の河合奈保子さんの『ラブレター』(1981年)です。曲調も歌詞も、どストレートにアイドルソング。これを歌のうまい奈保子さんが歌うと完成され、無敵のアイドルポップスになる。 次の8位が、原田知世さんの『天国にいちばん近い島』(1984年)。これはカラオケで歌うと、サビで涙があふれる。好きな理由がいちばん説明しにくい曲です。半田:ぼくも似た経験をしたことがあります。サビにきた途端、グッとくるんだよね~。この曲はAメロがメジャーキーなんだけど、サビで転調してマイナーになる。さにー:なるほど。7位は大橋純子さんの『サファリ・ナイト』(1978年)。大橋さんはどうしても入れたくて、曲で悩みました。都会に生きる男女の悲哀を歌った中でも、この曲は、最先端の都会をサファリとしたところがものすごいなと思って。そして、6位が渡辺真知子さんの『かもめが翔んだ日』(1978年)。田中:いいよね、この曲。さにー:この曲って、真知子さんじゃなければ成立しないかなと思って選びました。天性の明るい真知子さんの声に、潮風を感じ、海を感じるんですよね。なぜか。田中:そう。まさに真知子さんならでは、ですよね。取材・文/北武司 撮影/浅野剛※女性セブン2021年5月20・28日号
2021.05.10 16:00
女性セブン
竹内涼真「ワイルド系へのイメチェン」に成功 ファンはキュン
竹内涼真「ワイルド系へのイメチェン」に成功 ファンはキュン
 3月中旬、東京都内の駐車場に金髪でヒゲのワイルドな男性が現れた。人気俳優の竹内涼真(27才)。紺と黒でまとめたルーズっぽ服装も、185センチの長身で彼ほどのイケメンだとかっこよくまとまるのが、さすがである。 1月から3月までは、ゾンビと戦うアクションが勇ましい、連続ドラマ『君と世界が終わる日に』(日本テレビ系、日曜午後10時30分)に主演。上半身を見せるシーンも多く、鍛え上げられた肉体美を披露してきた。 芸能リポーターは「最近の竹内さんはイメージチェンジを図っているように見えますね。昨年のスキャンダルが影響しているのかもしれません」と話した。 2014年にイケメン俳優の登竜門である特撮ヒーロードラマ『仮面ライダードライブ』で初主演してから、NHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』や連続ドラマ『陸王』と、話題作に立て続けに出演。クールな外見からはイメージのつかなかった、バラエティー番組での気さくで明るい素顔のギャップ萌えも加わり、“国民の彼氏”とまで呼ばれるほど王道路線で世の女性たちの人気を得ていた。 実際、彼を知る芸能関係者は「事務所の大先輩の和田アキ子さんのライブにも通うなど、マメで人懐っこい性格で事務所のみんなから愛されてきました」と話す。すべては順調に思えていたところに、昨年の報道があった。 新型コロナウイルスによる初の緊急事態宣言下の昨年5月、女優の三吉彩花(24才)との熱愛が発覚。それまで半同棲していた女優・吉谷彩子(29才)からの“乗り換え”の裏側が話題になった。「竹内さんが吉谷さんに約100万円を返済しないまま、破局したと報道されたのです。売れっ子の竹内さんがお金に困っているはずはなく、後日、2人で犬を買った際に、〈そのお金を吉谷さんが立て替えた程度〉だったとの後追い記事もありました。ただ、世間の女性たちには、最初の報道の印象が強くて、爽やかな好青年像とのギャップに驚いてしまったのです」(前出の芸能リポーター) そうした中、今回のイメチェンは功を奏している模様だ。「実際は、ドラマの役作りもあったので、今のようなワイルドなルックスになっていますが、ファンからの評判はいいようです」(前出・芸能関係者) 最近のSNS上では、「涼真君のワイルドさにキュンとする」や「フェロモン出まくりでかっこいい」、「遊ばれたい」などと、評判は上々。新しいファン層を獲得して、再び上昇気流に乗っていきそうだ。
2021.03.22 16:00
NEWSポストセブン
「悩み無用」でおなじみリーブ21 和田アキ子をCMに起用した理由
「悩み無用」でおなじみリーブ21 和田アキ子をCMに起用した理由
「悩み無用!」のCMコピーで知られる「毛髪クリニック リーブ21」。ストレス社会で脱毛や薄毛に悩む人が増えるなか、いち早く「発毛ビジネス」に乗り出し、自らもCM出演する創業者・岡村勝正社長(75)が、創業時から苦労したという広告戦略について語った。【写真】リーブ21創業者・岡村勝正社長──発毛ビジネスとしてリーブ21を創業したのが1993年。なぜ地元の大阪ではなく岡山でスタートした?岡村:もちろん大阪でやりたかったんですが、「どうすればお客様に来てもらえるのか」という問題がありました。 髪の毛の薄い人に片っ端から声をかけるわけにはいかないので、広告に頼るしかない。手っ取り早いのはチラシですが、チラシで「髪が生えますよ」とやってもなかなか信頼を得られない。 そこで新聞に広告を掲載したいと考えたんですが、全国紙に電話してもどこも取り合ってくれない。「髪が生えるって、どう証明するんですか?」とか「かつらならいいが、発毛の広告なんて前例がない」とけんもほろろでした。 そんなとき、「ウチは掲載OKです」と手を差し伸べてくれたのが山陽新聞でした。ここなら広告を載せてくれるという。そこで岡山が拠点になったんです。──広告といえば、和田アキ子さんや松崎しげるさんを起用したテレビCMは印象的でした。岡村:私が一番重視したのは「歌が上手な人を起用する」ということでした。耳からの情報というのは非常に印象に残りやすい。しかも、お二人とも健康的で老若男女を問わず知名度がある。CM放送を始めた当時はリーブ21を覚えてもらうことが最重要課題でした。──広告も一苦労だったのですね。岡村:誤解されることも多いのですが、万人に効く発毛剤なんてものは存在しないし、それは夢物語です。抜け毛には複数の要因が考えられ、お悩みの方にはオーダーメイドで対応していかなければならない。 人によって、頭皮の血行が悪い場合もあれば、ストレスが原因のこともある。食生活や飲酒・喫煙の影響、さらに遺伝や男性ホルモンの多寡も関係します。 それらのリスク要因を取り除き、心身の健康を維持すると同時に頭皮の活性化を進める必要があります。生活改善を含めたトータルケアが必要という理論でビジネスを進めています。──高齢化とともに“薄毛に悩む期間”が長くなっている。岡村:インターネット調査によると、抜け毛や薄毛を気にしておられる方は4000万人だそうです。今後は、これまで以上に多くの人の悩みに応えていきたいです。リーブ21は発毛専門でここまできておりますが、今後は抜け毛防止など「予防」にも力を入れていきます。【プロフィール】岡村勝正(おかむら・かつまさ)/1945年、山口県生まれ。1970年、大阪府八尾市にて自動車修理業開業。1972年、同市にてクリーニング業に転業し、1974年、会社組織にして社長に就任。1976年、クリーニング業のかたわら、「抜け毛・脱毛」改善の研究を開始。1993年、岡山市にて発毛専門『リーブ21』の営業を始める。同年11月に『株式会社毛髪クリニックリーブ21』を設立し、代表取締役に就任。【聞き手】河野圭祐(かわの・けいすけ)/1963年、静岡県生まれ。経済誌編集長を経て、2018年4月よりフリーとして活動。流通、食品、ホテル、不動産など幅広く取材。撮影/山崎力夫※週刊ポスト2021年2月5日号
2021.02.01 07:00
マネーポストWEB
NHK紅白歌合戦の視聴率回復の背景には様々な要因が考えられる(公式サイトより)
紅白視聴率回復を実現させた大御所頼み、昭和ソングからの脱却
 2020年大晦日の『NHK紅白歌合戦』は第2部の視聴率40.3%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)で、2年ぶりに40%の大台に乗せた。新型コロナウイルスの感染拡大による在宅率の上昇でテレビの総世帯視聴率がアップしていたこと、過剰な演出を行わずに歌をじっくり聞かせたことなど様々な理由が考察されている。 それらに加え、裏番組の『第53回 年忘れにっぽんの歌』(テレビ東京系)と比較すると、もう1つの重要な要素が鮮明になる。演歌を中心に昭和や平成の懐メロが歌唱される『年忘れ』には、かつての『紅白』の顔が続々と登場。紅白への出場経験がありながら、2020年は不選出となった『年忘れ』出演歌手は69組にも上る。その中で、紅白出場回数ベストテンを算出してみよう(※特別出演含む回数。名前横は最後の出場年。『年忘れ』でソロ、『紅白』でグループ出場の場合は、ソロのみカウント)。1位:51回 北島三郎 2018年(特別出演。その前の出場は2013年)2位タイ:39回 和田アキ子 2015年2位タイ:39回 細川たかし 2015年4位:34回 小林幸子 2015年(特別出演。その前の出場は2011年)5位:29回 都はるみ 1997年6位:26回 美川憲一 2009年7位:24回 川中美幸 2011年8位:23回 八代亜紀 2001年9位タイ:22回 水前寺清子 1986年9位タイ:22回 伍代夏子 2015年 ランキングを見ると、30回以上の和田アキ子、細川たかし、小林幸子という大御所が2015年を最後に紅白に出場していない。48回の森進一も同年限りでの勇退を発表した。 この年は、当時紅白史上最低の39.2%(第2部)を記録。40%の大台を割り、2年前の44.5%から5.3%も下落した衝撃は大きかった。そのため、NHKは“ベテラン斬り”の改革を断行したと考えられる。紅白は同年を境に大きく変貌したのだ。 2015年と2020年の全体の曲目を比較すると、その具体的な内容も明らかになる。2015年はトリの近藤真彦『ギンギラギンにさりげなく』、松田聖子『赤いスイートピー』を始め、美輪明宏『ヨイトマケの唄』、和田アキ子『笑って許して』、森進一『おふくろさん』、細川たかし『心のこり』、レベッカ『フレンズ』、高橋真梨子『五番街のマリーへ』『桃色吐息』など20曲も昭和発表の歌だった(藤あや子が2003年にカバーした『曼珠沙華』は含めない)。 一方2020年は、ディズニーメドレーの2曲、郷ひろみ『男の子女の子』『よろしく哀愁』、NHK連続テレビ小説『エール』の企画として『福島行進曲』『長崎の鐘』『栄冠は君に輝く』、松任谷由実『やさしさに包まれたなら』、『守ってあげたい』、石川さゆり『天城越え』、松田聖子『瑠璃色の地球 2020』(昭和61年発売の自身の原曲のためカウント)の11曲が昭和発表の歌だった。 つまり、昭和ソングはほぼ半減している。全曲数(※メドレーは1曲ずつカウント、特別企画などの歌唱含む)から比率を算出すると、2015年は26.3%(全76曲中20曲)、2020年は17.7%(全62曲中11曲)と7.3%減に留まっている。しかし、2020年の昭和ソングは“必然性”を感じられるものだった。 郷ひろみは同年に逝去した筒美京平さんのトリビュートメドレーであり、『エール』は期間平均の世帯視聴率20.1%のヒットドラマである。松任谷由実は2015年以降で最も視聴率の良かった2018年の立役者(同年の歌手別視聴率3位)で、石川さゆりは毎年『天城越え』と『津軽海峡・冬景色』を交互に歌うことで注目を集めている。『瑠璃色の地球』は上白石萌音がカバーしたことでも話題になった。“今歌う意味”を見出せる選曲だったのだ。 歌手別視聴率でも、2020年限りで活動休止の嵐が1位の47.2%、大ヒットアニメ『鬼滅の刃』メドレーを歌ったLiSAが2位の46.6%と“今”を映し出した出場者が上位を占めた。 2015年は「なぜ今この曲を歌うのか」と視聴者が必然性を感じられない場面が多く、全体的な数字が下落したのかもしれない。事実、翌2016年は昭和ソングがわずか4曲と激減した一方で、視聴率は40.2%と回復した。 実は、紅白の“ベテラン斬り”は以前にもあった。1986年に視聴率59.4%と初めて60%の“大台”を割ると、翌年に大改革が行われた。〈過去最低を記録したのを機に演歌とアイドル歌手に偏っているといわれた選考方法を13年ぶりに見直す〉(1987年11月11日・朝日新聞) その空気を察して、事前に辞退を発表した大物歌手が2人いた。当時の最多記録である30回連続出場の島倉千代子は11月5日、記者会見を開いた。〈一昨年、29回目の出場が決まった時、30回を1つの区切りとしたい、と考えた。もし選考に漏れた場合、30回出場という勲章を傷つけることになる、と辞退を決心しました〉(1987年11月6日・朝日新聞) 29回連続出場の三波春夫は、こうコメントした。〈今年の紅白歌合戦はかなり模様替えすると聞いている。引き際が肝心と思い、後進に道を譲りたい〉(1987年11月25日・朝日新聞夕刊 ) 同年11月30日に出場者が発表されると、22回連続出場で紅組司会4度を誇る水前寺清子、計14回出場の千昌夫、計10回出場の研ナオコ、デビュー年から7年連続出場の田原俊彦、2年目から6年連続出場の河合奈保子という常連が選考から漏れた。代わりに、シャンソンの金子由香利、オペラの佐藤しのぶなどが初出場した。 しかし、1987年は55.2%とさらに視聴率が下落。島倉は『人生いろいろ』がミリオンセラーを記録した1988年に返り咲く(田原も同年選ばれるが、出場辞退)。三波、千は昭和が終わって平成が始まった1989年に復帰。研も1993年に7年ぶりに出場した。“1987年の改革失敗”があったためか、以降はベテランを同じ年に一気に切ることはしなかった。だが、2015年に初めて40%の大台を割ったことで、翌年に大御所の複数落選という劇薬を打ったと思われる。その2016年に40.2%と回復したため、彼らの復帰は遠のいた。2019年に37.3%と歴代最低を更新したが、2020年は以前と違ってベテランの返り咲きはなく、数字を戻した。“今”を中心に見せて40.3%を獲得した紅白の世代交代は、さらに加速するかもしれない。■文/岡野誠:ライター。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)では1980年代、なぜ紅白の視聴率が下落していったかを徹底分析。1988年、田原俊彦が紅白を辞退した理由も詳細に綴っている。
2021.01.07 19:00
NEWSポストセブン
和田アキ子「猫背で買い物現場」に秘められた本当の性格
和田アキ子「猫背で買い物現場」に秘められた本当の性格
 芸能界の大御所、和田アキ子(70才)の、意外な姿をキャッチした。11月下旬の東京・銀座に1台の黒塗りの高級外車が止まった。後部座席から出てきたのはゴッド姉ちゃん和田だ。顔をうつむけ、少々猫背気味に歩き、有名なパン店に入ると、運転手は車内に待たせたまま自分でパンを購入していた。 和田と親しいテレビ局関係者は「それは顔バレしてお店や周囲に迷惑をかけないように顔を伏せて歩いていたのでしょう。気遣いの人ですからね。親分風なアッコさんは、何でもスタッフに命令するイメージがあるかもしれませんが、実は自分で何でもこなす器用でスタッフ思いの方ですよ。むしろ、マネージャーやスタッフらを自宅に招いて手料理を振舞うなど、世話好きで、人に喜ばれることが大好きな性格です」と語った。 たしかに、11月23日の公式Instagramにも、休日に作ったという大量に小分けされた焼うどんの写真がアップされて、「旦那への作り置きと、マネージャー家族へのおすそ分けの分も」と、笑顔の絵文字入りで公開している。「テレビやラジオ関係者はもちろん、親しい芸能リポーターやスポーツ紙記者までも食事に誘うなど、古き良き昭和な芸能人の気っ風の良さを持っている」(前出・テレビ局関係者) 一方で、芸能界でも和田に可愛がられていることで知られる勝俣州和をはじめとする後輩たちが、和田の武勇伝を語ることも多い。「アッコさんの誕生日会で酔って暴れたとか、まるで格闘家のような鋭い正拳突きが武器だとか、いろいろと武勇伝を語る後輩はいます。でも、本当は優しい人。よほどのことがないと手は出ないと思いますけどね……」(前出・テレビ局関係者) パワフルなイメージがあるが、近年は、腱鞘炎を煩ったり大腸ポリープで手術をしたり、11月にも左眼の黄斑変性症の注射手術をするなど、本人も体調不良が多くなってきたことをラジオなどで語っている。 和田と親交のある芸能プロダクション幹部は、「9月には『アッコにおまかせ!』が『生放送バラエティー番組同一司会者最長放送』のギネス世界記録に認定されるなど、いまだ健在に見られがちですが、人間ドックで不整脈を指摘されたとも話していて、少し心配です。健康でこれからも活躍し続けてほしい」と話す。 御年70才。この12月にはライフワークの「ブルーノート東京」での公演も即座に完売と歌手としての人気も根強い。これからも心優しきゴッド姉ちゃんの活躍に期待したい。
2020.12.12 16:00
NEWSポストセブン
指原は6万円、ユーミンは金色…芸能人のド派手Tシャツ姿
指原は6万円、ユーミンは金色…芸能人のド派手Tシャツ姿
 テレビやステージ上で脚光を集める芸能人たちは、私服もおしゃれ。何気なく着ているTシャツにもこだわりが満載。今回、仕事帰りなどでキャッチしたおしゃれ芸能人たちのTシャツ姿を紹介しよう。 9月中旬、都内のスタジオから出てきたタレント・指原莉乃(27才)はビッグサイズのロックTシャツを黒のプリーツスカートと合わせてセンスよく着こなしている。Tシャツには革ジャンを着た5人の姿が描かれ、「speed hunters」との文字が書かれている。この5人、海外のロックバンドと思いきや、実は人気ブランド『Balenciaga(バレンシアガ)』が考えた架空のバンド。人気ブランドらしく、価格は6万円を超える高級Tシャツだ。 元女子サッカー日本代表、なでしこJAPANのFWでタレントの丸山桂里奈(37才)はインパクト抜群のTシャツ姿。8月、仕事現場を訪れた彼女は、和田アキ子がゴジラのように暴れるイラストが描かれた強烈なデザインのTシャツをチョイス。 7月26日放送の『有吉ぃぃeeeee!そうだ!今からお前んチでゲームしない?』(テレビ東京系)の出演時にも着ていた愛用アイテムだ。元サッカー日本代表GKの本並健治氏(56才)との電撃結婚で世間を騒がせた丸山だが、インパクト大の私服に周囲もビックリ!? Jポップス界の女帝・ユーミンこと松任谷由実(66才)は意外なTシャツを選んだ。6月中旬、ラジオの放送を終えたユーミンは、金色のキャラクターが描かれたTシャツに同じ金色のスカジャンを合わせた。 このTシャツ、石川県の観光PRマスコットキャラクター『ひゃくまんさん』のグッズ。ユーミンは金沢市に別荘を持つほどの金沢好きで、その縁で2015年に石川県観光ブランドプロデューサーに就任、テーマ曲『いしかわ百万石物語~ひゃくまんさん小唄~』を作曲したことがある。Tシャツは石川への愛を表現したもののようだ。 タレントのミッツ・マングローブ(45才)はすれ違う人が、思わず二度見してしまった丈の長いTシャツ姿。 5月、レギュラー番組の出演を終えて帰宅する黒マスク姿のミッツ。そのTシャツには、「南極2号」と大きく書かれている。かつて雑誌の広告などで話題になった、いまでいうラブドールの商品名だ。高級ブランド「ヨウジヤマモト」製で、4万円以上もするものだ。  ヨウジヤマモトは、黒を大胆に使いこなす日本人デザイナー山本耀司氏(77才)が設立したブランド。男性服のスタイルを女性服に採り入れるなど従来のジェンダーの概念を壊したアバンギャルドな作風が長い間支持されていて、芸能界でもファンが多い。ミッツもそうしたアイテムをさりげなく着こなすあたり、さすがのセンスと言えそうだ。
2020.10.28 07:00
NEWSポストセブン
バラエティー番組での活躍が光る
「MAX太った」丸山桂里奈、度肝抜く和田アキ子Tシャツ姿
 あれれれれ? ぱんぱんに張った、たくましい足で都内のラジオ局から出てきたのは、元女子サッカー日本代表、なでしこJAPANのFWでタレントの丸山桂里奈(37)である。2年前には、エクササイズマシンで1か月で7.4kg減の57.2kg、ウエストも65.4cmと現役時代よりもスリムになるダイエットに成功していたが…。すっかりリバウンドしてしまっていた。 6月17日のインスタグラムで「現役辞めてから、今までで一番太ってます(笑) #いくともまではいった #膝のためにも」と告白。8月18日に都内でイベントに出演した際にも、「(新型コロナウイルス禍の)自粛しているときは食べちゃうじゃないですか。今、MAX、本当に」と、笑いながら認めていた。 あるスポーツ紙のサッカー担当記者は「現役時代はスリムだったのですが…」と苦笑いする。丸山は「引退後は、増えてやせて増えてやせて、山あり谷あり」というように、3年前にテレビ番組の企画でも「きゅうりダイエット」で、3週間で6.6kgのダイエットに成功していた。「スポーツ選手は食事量も多いので、引退するとほとんどの人が太る。ただ、筋肉が残り代謝もいいので、頑張ればやせられる。丸山さんは、それを繰り返しているわけですね」(前出・スポーツ紙記者) それにしても、和田アキ子がゴジラのように暴れるイラストが描かれたプリントTシャツも強烈だ。7月26日放送の『有吉ぃぃeeeee!そうだ!今からお前んチでゲームしない?』(テレビ東京系)の出演時にも着ていた愛用Tシャツだ。 ある芸能事務所関係者は「事務所の大先輩アッコさんの誕生日会でビックリ箱を渡してアッコさんを驚かせて、その後めっちゃ怒られたってエピソードを鉄板ネタにしています。笑い話にできるほどかわいがられていて、丸山も慕っている証しですね」と解説した。 健康オタクのアッコにも「さすがにやせなアカン」と言われたそうで、丸山も三度目のダイエット作戦を計画中だとか。
2020.08.31 16:00
NEWSポストセブン
フォロワーも多い木下優樹菜。根強いファンがいる(写真は昨年6月)(写真は今年6月)
木下優樹菜、引退の裏に妻子ある2人の男性との同時不倫か
 7月6日、木下優樹菜(32才)が芸能界からの引退を発表した。姉が働いていたタピオカドリンク店の店主に恫喝めいたメッセージを送っていたとされる、いわゆる“タピオカ騒動”で2019年11月に芸能活動を自粛。今月1日の芸能活動再開宣言は、本人としては満を持してのものだったに違いない。《今はただ目の前の出来る事をコツコツと私らしく頑張っていきたいと思っています》とコメントし、所属事務所も《失われた信頼の回復のため、全力で努力して参りますので、どうかご理解をいただけますと幸甚です》としていた。 ところが5日後には事務所は《同人との信頼関係を維持することが著しく困難であると判断し》木下からの引退申し出を受け入れて、契約を解除したという。 急転直下の展開だが、伏線はあった。復帰宣言を受けて芸能界の重鎮らが、こぞって非難の声を上げたのだ。その大半は、木下が件のタピオカドリンク店に謝罪をしておらず、和解に至っていないことを問題視したもの。和田アキ子(70才)は「普通、和解してから芸能界復帰するんじゃないの」と首をかしげ、ヒロミ(55才)も和解がなければ、仮に共演してもその話題に触れることもできないと指摘。薬丸裕英(54才)も「復帰は時期尚早なんじゃないかな」と語っていた。 ネット上で見つかるのも、「なんで活動再開?」「見たくない」といった声ばかり。「想像以上のバッシングに、優樹菜は心が折れたと言っています」と言うのは木下の知人だ。「優樹菜は、インフルエンサーやモデルとしてもう一度活躍できると思っていたし、YouTuberになることを推奨する声もありました。でも、簡単ではなかった。考えも甘かったですし、うまくいくはずがありませんでした」 そうした木下を近くで諭していたのが、昨年末に離婚した元夫の、フジモンこと藤本敏史(49才)だったという。離婚後も子供のために木下と同じタワーマンションの別の部屋に住む藤本は、当初から芸能界復帰には否定的だったようだ。「復帰宣言後、藤本さんの申し入れで緊急家族会議が開かれたんです。彼は、お金のことはおれがなんとかするから、とにかく子供のことを考えてほしいと言い聞かせていました。いま、復帰しても子供や周囲に迷惑をかけるだけだとも伝えたそうです」(前出・木下の知人) それでも木下は芸能活動に未練があったようだ。しかし、ついには事務所からも愛想を尽かされてしまう。「木下さんの復帰に向けて、事務所はかなり骨を折ったようです。ところが、活動再開宣言後に、あるメディアから、2人の男性との交際について問い合わせがあったそうです。男性はアスリートとミュージシャンで共に妻子ある身。不倫関係を問われた木下さんは、言いたいこともあったようですが、最終的には“もう辞めたい”と逆ギレしたとか。引退したらマスコミによる追及の声を黙らせることができるとも思ったのでしょう。事務所は守り切れないとさじを投げたんです。活動再開について関係各所に頭を下げていた事務所が、一転、信頼関係を維持できないと激怒する文書を発表しているんですから相当な怒りです」(芸能関係者) タピオカ騒動の当事者である姉は、妹の突然の引退を、どう受け止めているのだろうか。本誌・女性セブンが直撃すると「え!? そうなんですか?」と、木下とそっくりの声と口調で返してきた。しかし、その後は何を聞いても「わからない」の一点張り。 木下は500万フォロワーもいたインスタグラムのアカウントを引退発表後、即削除した。“タピオカ騒動”に“縦読み不倫騒動”、そのすべての主戦場であり、かつての晴れ舞台であるインスタグラムで真相が語られることはついになかった。※女性セブン2020年7月23日号
2020.07.08 14:55
女性セブン
キンコン梶原降板騒動に見る上沼恵美子の関西での人気ぶり
キンコン梶原降板騒動に見る上沼恵美子の関西での人気ぶり
 YouTuberカジサックとしても活躍するお笑いコンビ・キングコングの梶原雄太(39才)が、上沼恵美子の冠番組『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)と、隔週レギュラーだった『上沼恵美子のこころ晴天』(ABCラジオ)から降板した。かつては上沼が梶原を寵愛していただけに、番組関係者は関係性がここまで変わったことに驚いているという。この騒動の発端は当サイトが紹介した「キンコン梶原の降板裏側に上沼恵美子が言い放った苛烈批判」という記事に詳しくあるが、これについてネットでは「パワハラ」を指摘する声も多い。『解決えみちゃんねる』で番組MCを務める上沼が梶原に厳しい口調で話し始め、実際はオンエアできなかった箇所があると指摘する部分だ。〈しかし、『あんたこの番組に途中から来た子やんか。最初からブッキングされた出演者ちゃうやん』と表情を変えて批判し始めたあたりから、空気が変わりました。 共演者が一度止めに入るも、それを制止して梶原さんへの口撃を強めていったのです。彼が笑いに変えようとしても、思うようにいかない。梶原さんは明らかに動揺し、笑いも消え、涙目になっているのが見て取れました。それでもスタッフは上沼さんが怖くて途中で収録を止めることなんてできません」(前出・在阪テレビ局関係者)〉 さらに上沼の怒りは収まらず、こうなったのだという。〈「『ほんまに怒ってんねんで。コロナでみんながイライラしてんねん。バラエティーやから笑わそう思って、って思ってるやろ?』と聞いた後、少し間を置いて、憤怒の表情で梶原さんの方を向きながら一言、『ちゃうで』と言い放ち、『イラついてんねん。キミに!』と続けたんです」(前出・在阪テレビ局関係者)〉◆関西人から見た上沼恵美子 今回の記事を編集し、さらにネットの反応を観察したネットニュース編集者の中川淳一郎氏は、「もう少し梶原さんを擁護する声が多く、上沼さんへの批判が寄せられるのでは、と思っていましたが、そうでもなかった。ネットでは『何を言うか』よりも『誰が言うか』こそ重要である、という説が昔からありますが、その通り」と振り返る。 同氏が注目したネット上の声は「いろんな意味で足らないからこそ、親身になってあげていたのだと思う。そんな関係でも何か許せない事があったのだろうね」に代表される意見や「2人のことなのだから楽屋で話せばいい」といった声だ。さらには、「この話が本当だとすると」と前置きをしたうえで「パワハラではないか」と分析する声も多かった。いきなり「これはパワハラだ!」と指摘するのではなく、一呼吸置いてから「パワハラの可能性もある」式の冷静な声が多いのだ。今回の件について大阪出身の30代男性はこう語る。「上沼さんの関西での人気っぷりはすさまじいですよ。多分、他のエリアの人は分からないぐらいでしょう。上岡龍太郎さんは引退し、やしきたかじんさんが亡くなった今、上沼さんが大阪のお笑い界で実質トップの人気だといってもいいです。だから今回はそこまで叩かれなかったのだと思います」 この意見に中川氏も同意する。「以前、上沼さんが夫と別居しているという記事を出した時は、あまりに自由奔放な夫を批判する声が多数で上沼さんを心配する声が圧倒的に多かった。そして、特徴的だったのが、他の記事と比べて関西地方からのアクセスが圧倒的に多かったことです。こんなことは上沼さん関連の記事以外ではあまりない。今回も同様でした。東京の編集者には理解できないほど、関西では上沼さん人気があるということが今回改めてよく分かりました」 関西以外のエリアからと見られるツイートにはこんなものがあった。「女帝度高まると、和田アキ子的嫌われ者に一気に変わる」「上沼恵美子ってそんな地位のある人だったんだ 和田アキ子のパチモン芸人かと思ってた」 このように、上沼を和田アキ子と同類扱いする意見が散見された。だが、前出の大阪出身男性からすれば「全然別扱い。う~ん、やっぱり分からないのでしょうね…」と困惑気味。 今回、インターネットにおける「地域特性」がよく表れた格好で、上沼の関西における人気ぶりが改めて証明されたとも言えそうだ。
2020.07.06 16:00
NEWSポストセブン
官邸の「反政府番組監視」 小川彩佳・和田アキ子・IKKOも対象
官邸の「反政府番組監視」 小川彩佳・和田アキ子・IKKOも対象
 安倍政権が官僚支配と並んで力を入れてきたのがメディア支配だ。本誌・週刊ポストが前号で官邸の内閣広報室がテレビ番組を監視していることを示す“機密文書”を報じると大きな反響を呼び、キー局の番組関係者から、「うちの番組は監視対象なのでしょうか」との問い合わせがあった。この監視文書をもとに、官邸は気に食わない報道やコメンテーターの発言があると公式ツイッターで反論し、報道に“圧力”をかけてメディア支配に利用していたのだ。 内閣広報室の番組監視は分析チームの職員3人ほどが専従となって、毎日、番組を視聴して出演者の政策に対するコメントなどを書き起こす作業を行なっている。記録文書は東京都内の男性会社員が情報公開請求して入手し、本誌が提供を受けた。開示文書は2月1日から3月9日付までの約1か月分だけでA4判922枚に及び、2種類に分類されている。 1つは「報道番組の概要」とのタイトルで、朝は「スッキリ」(日本テレビ系)、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)、「とくダネ!」(フジテレビ系)の3番組、昼は「ミヤネ屋」(日テレ系)と「ひるおび!」(TBS系)、そして夜は「報道ステーション」(テレ朝系)と「NEWS23」(TBS系)の番組内容が毎回、ルーチンワークで記録されていた。TBS系の「グッとラック!」、フジテレビ系の「バイキング」、日テレ系の「news zero」は基本的には監視対象外のようだ。 その中でも「報道ステーション」と「NEWS23」は、2014年の総選挙前、自民党がその報道ぶりを批判して民放各局にゲストの選定や街頭インタビューについて「公平中立」を求める“圧力文書”を出すきっかけとなった安倍政権と因縁の番組であり、今も“要注意”の監視対象になっていることがうかがえる。記録されているのは、原則として政治に関連する出演者の発言が分刻みで書き起こされている。 もう一つは「新型コロナウイルス関連報道ぶり」のタイトルで日付ごとに分類され、出演者のコロナに関連する発言がピックアップされている。3月6日付の文書には「NEWS23」の〈入国規制 政治決断の背景〉としてこう記されていた。〈小川彩佳・キャスター「この規制に踏み切った政府ですけれども、なぜこのタイミングなのかについては、国会でもその政治的判断の根拠ですとか、これまでの措置と矛盾しているんじゃないかということも指摘されています(後略)」〉 小川アナが安倍首相の「今が正念場である」などの発言を紹介すると、〈評論家・荻上チキ氏「言葉は一個一個強いんですけれども、根拠であるとか、裏付けというのは不透明ですよね(後略)」〉というやり取りが続く。◆克明に記録されたやり取り 開示文書には橋下徹氏、岸博幸氏から田崎史郎氏まで様々なスタンスの論者の発言が並んでいるが、飛び抜けて多いのが「モーニングショー」のコメンテーターで政府批判で知られる玉川徹氏と、コロナ対応で歯に衣着せぬ発言で知られる公衆衛生学者の岡田晴恵・白鴎大学教授だ。岡田氏は「モーニングショー」だけではなく、「アッコにおまかせ!」(TBS系)に出演した際の和田アキ子やIKKOらとのやり取りまで克明に記録されていた。 もう1人、官邸にマークされていたのがクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗り込んで政府の対応を告発した岩田健太郎・神戸大学教授だ。「機密性2情報」の印字がある2月17~21日付の文書には、「○岩田教授」の項目が立てられ、岩田氏が出演した各番組での発言や、他の有識者が岩田教授について語った内容が18枚にわたって整理されている。 文書を分析すると、官邸が政府の政策や対応について各局がどう報じているかを幅広くモニターするのではなく、批判的な番組やコメンテーターの発言を重点的に収集していることがわかる。 それにもかかわらず、本誌報道後も監視対象となっている局は沈黙を守ったままで、特定の番組や出演者の発言を監視するのかの説明を政府に求めようともしない。長年のメディア支配で“牙”を抜かれてしまったのか。 しかし、大新聞やテレビの報道をコントロールし、政権に都合の悪い事実を国民に知らせないようにする安倍政権のメディア支配戦略はもはや通用しなくなってきた。政府がゴリ押ししようとした検察庁法改正がSNSを通じた国民の批判の高まりで断念に追い込まれたように、いまや国民がネットで直接権力を監視する社会になり、大メディアもネット世論を無視できなくなってきた。安倍政権のメディア支配も官僚支配とともに崩壊に向かっている。※週刊ポスト2020年6月12・19日号
2020.06.03 07:00
週刊ポスト

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