立川志らく一覧

【立川志らく】に関するニュースを集めたページです。

【動画】立川志らく語る「談志の名を継ぐ気はなくなりました」
【動画】立川志らく語る「談志の名を継ぐ気はなくなりました」
 立川志らくさんが『週刊ポスト』のインタビューに答えました。 伝説の落語家・立川談志さんの愛弟子だった志らくさんですが、「談志を継ぐ気はなくなった」そうです。 その理由について志らくさんは「談志はトークショーで『名前なんてもうどうでもいいんだ、クリスマスでいい。立川クリスマスでいい』と言ったんです(笑)。志らくだろうがなんだろうが、売れちゃえば名前なんてどうでもいい。それより自分が落語家としてどうなるかが今は大事です」と語っています。【↑ 上の写真クリックで動画へ】
2021.12.29 16:00
NEWSポストセブン
「談志」を継ぐ気がなくなった理由は?
志らくが語る談志「生き様は真似できない。芸だけは引き継いでいきたい」
 伝説の落語家・立川談志の愛弟子だった立川志らくは、没後10年、片時も師匠のことを忘れたことはなかったという。志らくは今、多くの弟子や孫弟子を抱える。彼らを教育するうえで、談志の教えをたびたび思い出すという。立川志らくにインタビューを行った。【全3回の第3回】 * * * 談志は「落語を上手くやるってのは訳ないんだ、いかに下手にやるかが大変なんだ」というのが持論でした。けれど一方で私が若手の頃には、「上手くやるのはいつでもできると思っているだろうけど、そうじゃない。それが年齢とともにできなくなることもあるから、今のうちに上手くやるということをやっておかないとダメだ」とも言っていました。どちらの意味も当時は分かりませんでしたが、今なら理解できます。 基礎もできていないのに他の落語と違うことをやりたがり、早々と自分で考えたギャグを入れたりする弟子がいっぱいいるけど、それはその場しのぎでしかない。一部のファンに受けているだけで、世間で勝負したらだれも聞いてくれません。 やっぱりまずは上手くやることを追求するのが大切で、私も前座の頃はとにかくきちんと基本通り、一切のギャグも入れずにやっていました。談志が「イリュージョン落語」のように既存の落語から逸脱して「いかに下手にやるか」を追求するのは、その先のことだったんです。 談志は、「価値観の共有」ということも言っていました。談志は昇進試験で落語のほかに歌や踊り(歌舞音曲)を課題としていましたが、いくら練習して歌や踊りの師匠がOKだと言っても、ダメだということがよくありました。 談志が言っているのはテクニックを習得することじゃなくて、「好きになれ」ということ。「下手でもいいから好きになれ」と、それが伝わってくると談志はOKを出すんです。同じものを好きになるということこそが、価値観の共有なんです。 師匠のいろんな言葉を聞いて、間近で学んで、価値観を共有したからこそ、今も私の中に談志がいる。テレビの視聴者には、もはや談志を知らない世代もいるでしょう。そうした世代に談志の凄さを語り継ぐことが、自分の役目だと感じています。 亡くなって10年経って思うのは、芸は真似できても生き様までは真似できないということです。あんなに悶え苦しみながら生きるのは、常人ではありません。生前、談志は「お前は俺に似ているからいつか狂うだろう」と言っていましたが、私はテレビというオモチャを見つけて、小さな子供の前ではマイホームパパでいることで、その苦しみから逃れられた。 よくテレビで炎上するから「さすが談志の弟子だ」って言われますけど、炎上のレベルが違う(笑)。私はまっとうなことを言って炎上するだけだけど、談志は非常識なことを言って炎上する。なにせ人殺しまで正当化するんですから。あんなふうに思っていることをずけずけ言って、街を歩いている時もそこらの人まで怒鳴りつけるなんてできっこない。一時は真似ようと思いましたが、無理だと分かったら気が楽になりました。生き様まで真似する必要はない。ただ、談志の芸だけは引き継いでいきたいと思います。【プロフィール】立川志らく(たてかわ・しらく)/1963年、東京生まれ。1985年に立川談志に入門。1995年、真打昇進。『全身落語家読本』『雨ン中の、らくだ』など著書多数。『ひるおび!』ほかテレビ出演多数。12月25日に、高田文夫氏が企画する「第四回オール日芸寄席~おっと天下の日大事~」(有楽町・よみうりホール)に出演予定。※週刊ポスト2022年1月1・7日号
2021.12.23 16:00
週刊ポスト
立川志らくが振り返る談志との関係「他の弟子より明らかに可愛がられた」
立川志らくが振り返る談志との関係「他の弟子より明らかに可愛がられた」
 テレビの世界でも大人気となった落語家・立川志らく。志らくが、伝説の落語家・立川談志の愛弟子だったことを知らない世代も増えているかもしれない。志らくは日本大学芸術学部演劇学科で落語研究会に所属。1985年、サークルのOBである高田文夫氏の紹介で談志に入門した。当時を振り返る立川志らくインタビュー。【全3回の第2回】 * * * 私は昭和の名人、古今亭志ん生の長男である金原亭馬生師匠の弟子になりたいと思っていたんですが、1982年に亡くなってしまいました。意気消沈しましたが、その時、亡くなった馬生師匠の思い出話を寄席で語る談志を見て、落語に対しての愛情の深さを感じました。この人の落語を聞かないといけないと、寄席に通い出したんです。それまでは口の悪い議員タレントぐらいの認識しかなかった。それがすごい落語をしていて驚きました。 でも談志はその翌年には落語協会を脱退して立川流をつくったので、寄席には出られない。しかも上納金まで取る。なにより、談志が怖い。弟子になるのは本当に嫌だったけど、本当に芸が好きなのはこの人しかいない。大学4年の頃は、その葛藤の日々でした。 その頃、高田文夫先生が落研の合宿に来て、20人くらいいる部員の中で私の落語を聞いて、「才能あるのはお前だけだ。落語家になっちゃえ。なったら売れるよ」と言ってくれました。「誰の弟子になりたいんだ」と聞かれて、ちょうど高田先生がビートたけしさんと一緒に談志の弟子になった直後だったので、反射的に「先生と同じです」と答えました。「いいセンスしてんなお前。俺が談志の弟子にしてやるよ」と言われ、そのまま弟子入り。当時の談志は、小さん師匠を裏切った形で独立して落語ファンの敵になっていたから、高田先生もそんな言い方をしたんでしょう。 いざ弟子になってみると、想像を絶しました(笑)。こちらは緊張して口もきけないし、向こうはひたすら小言ばかりだし。私は音楽一家の倅で怒鳴られた経験なんてないし、家のことは何一つせず、シャツ一つ畳んだことがない。のほほんと育てられてきたのが、弟子になった途端に、マーガリンのナイフを刺したまま冷蔵庫に入れただけで「ばか野郎! この野郎!」と怒鳴られる。一挙手一投足に緊張して何をしていいのか分からなくなりました。 けれど、そのうち他の弟子より明らかに可愛がられるようになりました。誰よりも早く落語を覚えたからです。「落語を二席覚えてこい」と言われたら四席覚えていく。そうしたら「おっ」となるでしょう。家事や用事を完璧にこなすけど芸事がダメな弟子と、雑用はできないけど芸事をしっかり覚える弟子、どっちが愛いやつかといえば、それは後者ですよ。「こいつはいい、こいつはダメ」と言う時に、やたら私の名前ばかりを出す。バランスを考えれば他の弟子の名前を出せばいいのに、そうはしない。そこは小さん師匠を反面教師としていたんだと思います。談志は小さん師匠について、「俺だけ可愛がっておけばよかったんだ」と言っていました。小さん師匠は、弟子は平等に可愛がり、極めて日本人的な教育をしました。それに反発した談志は、弟子に対して露骨に依怙贔屓をした。 もちろん、他の弟子からは嫉妬、やっかみがありましたし、いじめも受けました。先輩たちより早く二つ目になろうとした時に、兄弟子たちはみんな「ふざけんな」と怒りましたが、談志は「あいつはクリアしたからいいんだ」と突っぱねた。結局、(立川)談春兄さんと遊んでいて油断したところで、後片づけを忘れて帰ってしまって師匠をしくじってしまい、「お前はまだ二つ目には早い」となっちゃいましたが。 落語の難しいところは、面白いやつはだいたい最初から面白いんですよ。談春兄さんは10代の頃からこんな上手い人はいないと思ったし、春風亭昇太さんも柳家喬太郎も、最初に会った時から面白かった。売れるっていうのは、才能のあるやつが稽古して蓄積してきたものが、いつか分からないけど爆発するということで、稀に年を取ってから花が開く場合もあるけど、ほんの一握り。だから談志は依怙贔屓をしたし、そこは弟子を育てるうえで、私自身も考えるところですね。(第3回につづく)【プロフィール】立川志らく(たてかわ・しらく)/1963年、東京生まれ。1985年に立川談志に入門。1995年、真打昇進。『全身落語家読本』『雨ン中の、らくだ』など著書多数。『ひるおび!』ほかテレビ出演多数。12月25日に、高田文夫氏が企画する「第四回オール日芸寄席~おっと天下の日大事~」(有楽町・よみうりホール・前売6000円=全席指定・主催ワタナベエンターテインメント https://www.watanabepro.co.jp/liveinfo/12591) に出演予定。※週刊ポスト2022年1月1・7日号
2021.12.22 16:00
週刊ポスト
「談志」を継ぐ気がなくなった理由は?
立川志らくインタビュー「談志という名前を継ぐ気はなくなりました」
 いまやテレビでその姿を見ない日はない立川志らく。彼が伝説の落語家・立川談志の愛弟子だったことを知らない世代も増えていることだろう。だが志らく自身は、没後10年、片時も師匠のことを忘れたことはなかったという。志らくにインタビューを行った。【全3回の第1回】 * * * 談志が死んで10年が経ちますが、亡くなった時に談志が自分の中に降りてきて、今も日々対話をしているので、月日が経った実感はありません。それは魂がどうのといったスピリチュアルな意味ではなく、伝統芸能というものは各々の弟子の中に師匠が残って、芸を極めていくものだと思っているので。 いつも高座が終わった後に、心の中で「師匠、今日はこんな落語をやりましたけどどうですか?」と問いかけて、「あそこがダメだ、ここがダメだ」と怒られるんじゃないかとか、これなら「よくやったな」と言ってくれるんじゃないかとか、いろいろ相談しながらやっています。 談志の師匠にあたる柳家小さん師匠が亡くなった時に、談志が葬式に出なかった理由を聞かれて「小さんは心の中に生きている」と言っていた意味が、今はよく分かります。談志は落語協会会長だった小さん師匠に反発して協会を飛び出して、立川流をつくりました。それでお葬式にも出なかったから、2人の関係を分からない外野からはいろんなことを言われました。しかし談志の真意は、伝統芸能において師匠は死ぬものではないということだったのです。〈この10年で志らくには大きな変化があった。ワイドショーやバラエティなど、テレビに出る機会が増えて認知度が上がったことだ〉 今の姿を、談志はきっと喜んでいるはずです。 談志が生きていた頃は、テレビに興味がなかった。テレビに出なくても落語だけやっていればそれでいいんだと思っていたし、妙に名前が売れてしまうとイメージが固定化されて、落語がやりづらくなると分析していた。しかし、談志が亡くなった後、私の知らないところで「あいつはなぜテレビに出て売れようとしないんだ」「なぜ全国区になろうとしないんだ」と言っていたことを知りました。「テレビに出るくらいで落語家としての芸がダメになることはない」ということだったのでしょう。 だから、今の私を見ても、「当然だろう」と言うくらいで、ビックリはしないと思います。もっとも、テレビばっかりやっていると「いつまでも遊んでいるんじゃねえよ」と言うだろうし、コメンテーターとして常識的なことばかり言っていると、「もっと非常識なところで生きろ」と言うだろうとは想像できます。 思い出すのは、ある独演会のトークショーの時に「談志の名前は誰に継がせるんですか?」と司会者が談志に尋ねた時のことです。しばらく考えた談志は、舞台袖にいる私に「出てこい」と呼びかけました。洋服姿でしたが呼ばれたので出て行くと、そのタイミングですから会場は大盛り上がりです。 私も内心、もしかしたら、「談志を継ぎたいならお前が継いでいいよ」と言われるのかなと思っていたら、「別に継ぎたいやつが継げばいいんだけど、(立川)志の輔じゃないと世間が許さないだろう。お前がどうしても継ぎたきゃ継いでもいい」という言い方をしたんです。なんでわざわざ私を舞台に呼び出したのか、恥をかかせるためなのか。当時ネットにも書かれましたよ、「志らく涙目になる」と。 その時は分からなかったけど、当時から志の輔兄さんは全国区の知名度があり、志らくはそうではなかった。談志がよく言っていたのは「大きい名前を襲名するのは影響力のないやつばっかりだ」と。このまま私が継いでも、そうなっちゃうよということでしょう。志の輔兄さんと同じくらい売れていれば、もし継いだ時に周囲も「ああ、そうか」と言ってくれるだろうと。これも死んだ後に気付いたことです。 もっとも、今は談志を継ぐ気はなくなりました。かつては談志という名前を継げば全国区になるというスケベ心がありました。師匠からこれだけ可愛がってもらってるんだから自分が継ぐべきだという思いもあった。 けれど、談志は件のトークショーで「弟子に名前を継がせた場合、談志さんは名前はどうするんですか?」と聞かれて、「名前なんてもうどうでもいいんだ、クリスマスでいい。立川クリスマスでいい」と言ったんです(笑)。志らくだろうがなんだろうが、売れちゃえば名前なんてどうでもいい。それより自分が落語家としてどうなるかが今は大事です。(第2回につづく)【プロフィール】立川志らく(たてかわ・しらく)/1963年、東京生まれ。1985年に立川談志に入門。1995年、真打昇進。『全身落語家読本』『雨ン中の、らくだ』など著書多数。『ひるおび!』ほかテレビ出演多数。12月25日に、高田文夫氏が企画する「第四回オール日芸寄席~おっと天下の日大事~」(有楽町・よみうりホール・前売6000円=全席指定・主催ワタナベエンターテインメント https://www.watanabepro.co.jp/liveinfo/12591)に出演予定。※週刊ポスト2022年1月1・7日号
2021.12.21 11:00
週刊ポスト
12月はいろんな会が
高田文夫氏も師走はやっぱり忙しい 笑芸ファンが楽しめる会が続々
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。師走にぎゅっと目白押しな、笑いの世界を堪能できる色々を紹介しよう。 * * * ヒロシが高田文夫に激白「もう山には行きたくない。“ひとりキャンプ”より自分の家のフトンで眠りたい」がネットニュースの1位になっておりました。 コロナも少し落ちついてきたようだからやれるうちに何でもやっといた方がいい。私も「漫才」「落語」「日大」といろいろ首をつっ込んできたので師匠も走り出す“師走”は少し忙しい。笑芸ファンの皆様にはお待たせしましたですが12月はいろんな会が。 11月1日前売発売。チラシに曰く「漫才協会外部理事高田先生就任企画“ザ・東京漫才”~漫才師の漫才史」。12月1日、浅草東洋館19時。後半、私とナイツでトークをし、球児・好児、昭和こいる等と笑いのうちに東京漫才の歴史をふり返ろうというナイツでナイスな企画。 前半は一気に東京漫才でU字工事、ビックボーイズ、ロケット団、ナイツ、球児・好児である。お客様がいっぱい入ってくれて好評だったら第2弾第3弾とやるつもり。年忘れにどうぞ。 クリスマスの昼間13時からは私の企画で「第四回 オール日芸寄席・おっと天下の日大事」が有楽町よみうりホールで。悪質タックル以来またまた日大が騒がしいですが芸術学部で学んだ連中は汚ない金よりもきれいな芸。 そこで「悪質落語」をとり揃えました。出演は立川志らく、三遊亭白鳥、春風亭一之輔。毎回日芸ゲストを呼んで私とトークなどするのですが(前回は宮藤官九郎、2021年2月)今回、夜はクリスマスで子供サービスがあるのでどうしても昼公演と言う爆笑問題の田中裕二に来てもらいます。こういう場で田中が小さいのに片金で喋りまくるというのは珍しい機会だと思います。 来春の会にはいよいよ太田光「ウラ」を語るという場が設けられるかもしれません。乞御期待。前売は発売になったばかり。 ついでに書かせて頂くと、11月5日の夜10時から12時、ニッポン放送では『立川志らくのオールナイトニッポンGOLD』。コーナーゲストとして私が出る訳ですよ。立川談志も11月21日で没10年でテレビもやるし、本も出るしで亡くなっても忙しい。 追伸気味にもうひとつ。私の大好きな上方落語家・桂雀々。12月は恒例となって毎年国立演芸場で独演会。ここ5年くらいは、暮れの風物詩となって私が出ていき東と西でイチャイチャ。チュウチュウネズミ会トーク。雀々は私のひと回り下のネズミなのだ。12月19日夜、国立演芸場。よろしかったらお越し下さい。やっぱり師走だな。イラスト/佐野文二郎※週刊ポスト2021年11月12日号
2021.11.03 19:00
週刊ポスト
朝の情報番組の「終了&卒業」その裏では何が起きているのか
朝の情報番組の「終了&卒業」その裏では何が起きているのか
 4月の改編では、朝の情報番組が大幅にリニューアルされた。その背景に何があったのか──。放送作家でコラムニストの山田美保子さんが、分析する。 * * *卒業する出演者に対する番組スタッフの“愛”のなせるワザ 22年間も「朝の顔」であり続けた小倉智昭サン(73才)のラストも見なきゃ。前日に涙を流し切った感のあるハリセンボン近藤春菜サン(38才)と水卜麻美アナウンサー(33才)は、どんなふうに卒業していくのか。立川志らくサン(57才)が念願だったという山田洋次監督との対談はどのような展開になるのか。まぁ3月26日の朝は忙しかったです。 ご存じのように『とくダネ!』(フジテレビ系)は実に5646回の歴史に幕を。最終回は卒業パーティーのような構成になっていました。 実は前日から局内では、これまでかかわったスタッフさんやリポーターさんの多くが「明日、何時頃、スタジオに行く?」とそこかしこで打ち合わせをしていらっしゃいました。 最終回には小倉サンの奥様からのお手紙を山崎夕貴アナ(33才)が代読。その内容は、朝の帯番組を22年間も続けるには、共に生活サイクルの変更を余儀なくされた、奥様の存在を忘れるわけにはいかないことを教えてくださいました。小倉サンは途中、大病や手術、休養も経験され、コロナ禍ではご自宅からのリモート出演もありました。そこでも奥様はサポートされてきたのです。そして「朝のヒットスタジオ」よろしく、長いおつきあいの寺尾聰サン(73才)、大黒摩季サン(51才)、そしてコブクロのおふたりが出演されました。コブクロが路上ライブをしていた頃から番組と小倉サンは応援なさっていたのです。 オーラス、小倉サンはスタッフを労い、『めざまし8』MCの谷原章介サン(48才)にもエールを。その右横で、これまで番組に出演したコメンテーターやプレゼンター、ナレーターら全員の名前がロールで流れたりと、小倉サンとスタッフが愛し愛されていたことがわかりました。 愛されているといえば、『スッキリ』(日本テレビ系)は、(え? こんなに早くから?)というタイミングで縁の著名人が春菜サンと水卜ちゃんへメッセージを寄せ続けました。 そして25日にはふたりのために別のスタジオで特別ライブが。東京スカパラダイスオーケストラ、田島貴男サン(54才)、森山直太朗サン(44才)、宮本浩次サン(54才)……と豪華すぎるアーティストが勢ぞろい。春菜サンは「春菜会」をはじめ、他ジャンルの大物芸能人に愛されているし、水卜ちゃんは「好きな女性アナウンサーランキング」殿堂入りの人気者。とはいえ、ここまでの大物たちが協力してくれるのには、ふたりの“お人柄”だけではなく、番組スタッフからふたりへの“愛”のなせるワザだと思いました。 私は放送作家という番組の作り手側として、レギュラー番組やその出演者への“愛”を暑苦しいほど、持っているタイプです。いや、私だけではありません。ある程度、キャリアを重ねた放送作家は、ちゃんと番組を終わらせられて、出演者をちゃんと見送る場面で、あぁ、こういう番組にかかわれて自分は幸せ者だと思うものです。どんな理由で終わる番組だったとしても、どんな事情で卒業するかただったとしても、気持ちよく終わっていただきたい。終わりよければすべてよし……なのでね。 もちろん、“予算”というものがありますから、終わる番組、卒業する人に、そこまでお金をかけられない……というプロデューサーもいます。でも、概して女性プロデューサーの存在感がある番組は、華やかな席を設けてくれるという印象があります。「乾きものと紙コップに注いだビールを手に会議室で行う打ち上げほど悲しいものはない」とは、某制作会社のベテラン女性プロデューサー。まったくおっしゃるとおりで、そういう打ち上げで乾杯の発声をする出演者には本当に申し訳なくなってしまいます。 実は、見るに見かねた出演者が最後を盛り上げてくださる場合もあるのです。以前、ものすごい年数続いたし、数字もよかった番組が終わることになったとき、打ち上げがないことを知った女性のMCが局の近くの飲食店を貸し切ってくれて、古いスタッフや出演者にまで声をかけ、労ってくれたことがありました。 こういう“想い”、女性の方が強くてすぐれているのかもしれませんね。「また、このスタッフや演者さんと番組がやりたい」というのは男性プロデューサーが必ずする“ご挨拶”ですが、「そんなことが、あった試しがない」と呆れる演者さん、多数。近年は、一度終了しても“特番”というカタチで年に数回オンエアされる番組が少なくないのですが、やはり、バラエティーや情報番組の類は、長く続けてナンボなので、当初のカタチと別物になったとしても、関係者は続くことを願っているのです。愚痴や開き直りが最後まで止まらなかった志らくサン とにかく、今春、これまでにないほど多数の番組が終了し、多くの人気コメンテーターが卒業しました。顕著だったのはテレビ朝日系の『グッド!モーニング』と『羽鳥慎一モーニングショー』。数字がいいうちにチャレンジしたいという作り手側の気持ちはわかりますが、同時にここまで大人数を卒業させる背景には、予算削減も理由としてあるでしょうし、世帯視聴率ではなく個人視聴率や、局によって微妙に異なる“コアターゲット”の存在も重要ポイントかと思います。 そして、番組は生き物なのだと改めて痛感したのは、『とくダネ!』のラスト2週ほどで振り返った同番組の名物企画と、それを背負っていた演者さんの再登場に、でした。 バラエティーとは異なり、生ワイドの“なつかし企画”というのは、ビックリするほど古くさく見えました。なんなら、演者さんの“声”とか“しゃべり方”にさえ古さを感じてしまったのは私だけでしょうか。 そんな中、1年半という短命で終わった『グッとラック!』(TBS系)の最終回には興味津々でした。昨年10月、ロンドンブーツ1号2号の田村淳サン(47才)を投入するなどした、テコ入れもうまくいきませんでしたし、終了することがわかってからMCの立川志らくサンの愚痴や開き直りが止まらなかった。他人事ながら、どうしたものかと思っていました。 それが伝染ってしまったのかと思われたのは、最終回、スタジオにいらしたコメンテーターからのメッセージでした。上地雄輔サン(41才)は「ぼくでいいのか」とずっと思っていたとしながらも、4月から『ひるおび!』(同)のコメンテーターになることをPR。そして淳サンは、「やっぱり情報番組のMCがやりたい」と……(苦笑)。『知りたがり!』(フジテレビ系)も短命に終わってしまったからエネルギーがあり余っているのかもしれません。 そして、もっともコメントが心配された(!)志らくサンは、「『ラヴィット!』は見ません」と宣言。1年半のうち、1年がコロナの話題ばかりになったことに「正常時にやりたかった」と悔しさをにじませました。 そう、地方局含め、生ワイドが続々終了したり、大幅リニューアルした最大の原因はコロナなんです。 世の中が“正常時”に戻ることを願わずにはいられない、テレビ関係者としては寂しい春なのです。構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2021年4月15日号
2021.04.02 16:00
女性セブン
TBSは『ラヴィット』で独自路線を見出せるか?(番組公式サイトより)
『ラヴィット!』苦難の船出 TBSの午前8時台はなぜ苦戦するのか
 TBSの午前8時台が苦戦を強いられるのは伝統なのか──。TBSは立川志らくの『グッとラック!』に代わり、3月29日から麒麟・川島明と田村真子アナウンサーによる情報番組『ラヴィット!』(平日8時~9時55分)をスタートさせた。しかし、初回の世帯視聴率は2.7%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)で、テレビ朝日『モーニングショー』の10.6%、日本テレビ『スッキリ』の8.8%、フジテレビ『めざまし8』の6.2%と大きな差が開いてしまった。テレビ局関係者が話す。「政治から芸能まで扱うワイドショー色を消し、生活情報に焦点を当てる番組作りは、TBSで17年半も続いた『はなまるマーケット』と同じです。とはいえ、『はなまる』が終わった理由をしっかりと分析した上で、『ラヴィット!』が始まったかというと疑問が残る部分もあります」(以下同) 1996年10月に始まった『はなまるマーケット』は生活情報に特化して長寿番組となったが、当時としては異例の内容だった。梨元勝などの名物レポーターが誕生した1970年代後半、民放の午前8時~9時台は突撃取材の芸能情報中心のワイドショー一色だった。1980年代には『FOCUS』『FRIDAY』などの写真週刊誌が誕生し、テレビも負けじと取材合戦が過熱していった。1990年代に入っても、勝新太郎や桜田淳子などの芸能人が追いかけられ、ワイドショーは人気を集めていた。TBSは午前の『モーニングEye』、午後の『3時にあいましょう』『スーパーワイド』が視聴率を取っていた。しかし、1996年にオウム真理教事件を巡る『ビデオ問題』が発覚し、TBSはワイドショーからの撤退を発表した。「今もそうですが、ワイドショーはどの局も同じようなニュースばかり放送する。『はなまる』は狙ったわけではないとはいえ、そんな番組ばかりに飽きていた主婦層を掴まえた。開始から2年も経たないうちに、数字が伸びていきました。1990年代後半は不況が本格化し始めた時代でしたから、自分の生活に関係のない芸能人の結婚、離婚よりも節約情報などに目が行くようになったこともあると思います。元シブがき隊の薬丸裕英、女優の岡江久美子というコンビが生活情報を伝える意外性もあった。他局にはない構成だったんです」 視聴率の上下動はあったものの、2000年代まで『はなまる』は独自路線を走り、結果を残していた。しかし、対抗馬がNHKから現れた。2010年4月クールから、NHKは朝の連続テレビ小説を15分繰り上げて8時開始に。そして、8時15分から生活情報番組『あさイチ』をスタートさせた。これによって、同じテイストの『はなまるマーケット』は視聴率を奪われることになった。「2000年代までは朝ドラ終了直後の8時30分から『はなまる』が始まっていた。ちょうどNHKからTBSにチャンネルを変える人たちがいた。しかし、朝ドラの時間移動と『あさイチ』開始で、NHKは本気で視聴率を取りにきた。それ以前も『生活ほっとモーニング』という情報番組を放送していましたが、司会者はアナウンサーだけだった。『あさイチ』はV6の井ノ原快彦、看板アナの有働由美子を起用した。2人は朝ドラを受けて感想を言う“繋ぎ”を生み出し、そのまま視聴者をNHKに留めさせました。編成、制作、出演者がまさにワンチームとなって、『はなまる』に対抗していきました」 そうした影響もあってか、『はなまる』の視聴率は1~2%台に落ち込むこともあり、2014年3月に終了した。その後、TBSはTOKIOの国分太一を司会に持ってきて『いっぷく!』を始めたが、1年で終了。同じ国分司会でリニューアルした『ビビット』は2019年9月まで4年半続いたが、数字は伸びなかった。後を継いだ立川志らくMCの『グッとラック!』は1年半で役目を終えた。「どの番組も、視聴率では後ろにテレビ東京が控えているだけでした。その前に放送されている『あさチャン!』の数字が上がらないことも不振の一因と考えられます。『みのもんたの朝ズバッ!』が視聴率好調だった頃、やや不振だった『はなまる』の数字が回復したこともありましたから、連続した縦の流れが重要なのは間違いない。ただ、1980年代や1990年代は日本テレビの『ズームイン!!朝!』、2000年代以降はフジテレビの『めざましテレビ』が好調だったこともあり、TBSは朝の時間帯で苦戦を強いられていた。その中で、縦の流れとは関係なく、『はなまる』は1990年代後半から2000年代にかけて視聴率を取っていた」 TBSとしては『ラヴィット!』で『あさイチ』と違う独自路線を見つけて、『はなまる』のリベンジを図りたいところだろう。「ただ正直、『あさイチ』が始まる時のような覚悟を感じられない印象もあります。編成は今までと同じ8時スタートですし、レギュラー陣は他の番組でよく見るような顔触れが並ぶ。もっと開き直って、思い切ったキャスティングをしてもよかったはずですが……。放送数回で、内容はまだなんとも言えませんが、『ラヴィット!』が『あさイチ』を超えるにはまだまだ課題が多いと思います」 TBSの午前8時台が“不毛地帯”と呼ばれなくなる日は来るか。
2021.04.01 07:00
NEWSポストセブン
渡部建の不倫の場が波紋を呼んでいる
渡部建「文春で告白」の影響、バッシングを加速させた可能性
 複数の女性と不倫していたことが発覚し、芸能活動を休止することとなったアンジャッシュの渡部建(47才)。その後、第一報を報じた『週刊文春』の独占取材を受け、謝罪するとともに、妻である佐々木希(32才)や、相方の児嶋一哉(47才)に対する思いを告白した。しかし、公の場に登場し“謝罪会見”を開くには至っていない。 スキャンダルを報じられた有名人が謝罪会見を開くべきかどうかについては、意見がわかれている。 たとえば、社会学者の古市憲寿氏は、6月25日放送の『とくダネ!』(フジテレビ系)で、渡部の行為が社会にダメージを与えたわけではないとして、〈そもそも謝罪会見をする必要がない〉と発言した。 落語家の立川志らくは、6月25日放送の『グッとラック!』(TBS系)で、謝罪会見をする必要はないとしながらも、〈“あいつすごいね、あんな会見したね”と伝説になるくらいのことをしたらいいのに〉と発言。週刊誌で告白するよりも、会見での“芸人らしい”姿が見たかったと話した。 東国原英夫氏は6月12日放送の『バイキング』(フジテレビ系)で〈記者会見は絶対にすべき〉と主張し、事情説明と謝罪を求めた。さらに、タレントの峰竜太は6月21日放送のTBS系『アッコにおまかせ!』で、〈(佐々木希が渡部を)助けるつもりなら、2人で(会見を)すればいい〉と話していた。「会見を開くことで“一発逆転”があるなら別ですが、ほとんどの場合、許されることなどありません。原田龍二さんのように会見後に仕事を増やしたケースや、会見でのやり取りが逆に好感度上げた三遊亭円楽さんのようなケースは本当にまれ。大抵の場合は、あまり上手に受け答えすることができず、逆にバッシングが強まってしまうんです」(芸能記者) 昨年は、闇営業騒動の雨上がり決死隊・宮迫博之、ロンドンブーツ1号2号・田村亮、申告漏れのチュートリアル・徳井義実などが謝罪会見を開いたが、それで事態が好転したわけではない。「闇営業騒動の場合、関係していた詐欺集団の被害者という、謝罪しなければならない相手がいたのでまた別ですが、当事者同士で解決できる不倫問題であれば、積極的に謝罪をしなければならない理由もない。そういう意味では、渡部さんが会見を避けるのも仕方ない部分があると思います」(前出・芸能記者) しかし、今回渡部が“週刊文春での独占告白”という方法を選んだことで、そのほかの芸能マスコミから反感を買ったという側面もある。「特にワイドショーとしては、番組を制作するにあたって、ムービー素材がほしいわけです。記者会見を開いてくれれば、各ワイドショーが横並びで同じ素材を手にすることができるので、平等に報じられる。しかし、週刊文春で告白したことで、ワイドショーは番組で使いやすい素材がなくなってしまった。ワイドショーにとってはまったく嬉しくない展開であり、だからこそ、番組内での取り扱い方が少々バッシング気味になっていったということはあるでしょう」(同) では、渡部はどうすればよかったのだろうか。エンタメ事情に詳しいフリーライターの大塚ナギサ氏はこう話す。「たとえば、各ワイドショーに出向いて、それぞれの単独インタビューを受けるという方法があります。選挙期間中に候補者が各局のニュース番組に出演するような感じですね。生放送でなくても、収録でもいいと思います。その方が渡部さんも落ち着いて話せるのではないでしょうか。 番組側もライバル番組とかぶらないように、質問に工夫をするだろうし、そうすれば、渡部さんもいろいろな話ができる。そのなかで、一発逆転が狙えるような話題が出てくるかもしれないし、世間の同情を誘うこともあるかもしれない。そして、ワイドショー側もインタビューを受けてくれたということで、報じ方も多少はマイルドになるでしょう。もちろん、包み隠さず全てを話す必要があるのですが、バッシングを最小限に封じ込めるという意味では、各ワイドショーの取材を平等に受けるというのも一つの手だったと思います」 渡部の復帰時期についても、先行きは見えない。「ここ数年は有名人の不祥事に対する風当たりはかなり強く、数年間は復帰できないということも珍しくないです。また、今の渡部さんの場合、バッシングの流れのまま、世間が興味をなくすのを待っている状態であり、あまりにイメージが悪く、復帰までの時間が余計にかかってしまう可能性もあります。だからといって、“絶対に会見を開くべき”とは言えないですが、事態をうまく収める何らかの術は、“週刊文春で告白”以外にあったのではないかと思いますね」(前出・大塚氏) そもそも渡部が乱れたプライベートを過ごしていたことが問題ではあるのだが、事態はかなり深刻。復帰を目指すのであれば、戦略をしっかりと練る必要がありそうだ。
2020.06.29 16:00
NEWSポストセブン
高田文夫氏が振り返るたけし、竹山、松之丞らと会う楽しさ
高田文夫氏が振り返るたけし、竹山、松之丞らと会う楽しさ
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、1月27日から2月8日まで、ビートたけし氏、立川志らく、カンニング竹山など、芸の世界の人たちと会い続けた日々についてお送りする。 * * * 人に会うのは楽しい。芸能もマスコミも人に会うのが仕事の様なものだ。 1月27日、浅草は東洋館にて久々にビートたけし氏と。2回目を迎えた「ビートたけし杯争奪」の漫才大会。たけし、私、ナイツが審査員。本番前、楽屋でふたりっきりでバカッ話。まさかこんな日が来るとも知らず「時代小説の『首』もいいけどさ、小説すばるにひっそり発表した。『不良』がいいネ。足立区の悪い奴らの事、あれ程詳しくリアルに書ける人間はいないネ。イヨッ、不良あがり!」なんて盛りあがっていた。 2月2日は新しくなった渋谷PARCO劇場へ。20年やって3年工事期間があって、この程めでたく再スタート“こけらおとし”「志の輔らくご」(1月24日~2月20日)。いつの時代も物ごとの始まりは“三番叟(さんばそう)”らしく、志の輔も衣裳をつけてぎこちないひと舞い。高座でも言っていたが“こけら(※漢字では機種依存文字。木へんの作りに鍋ぶたに巾)”も“かき(※きへんに市)”もほとんど同じ様な字らしい。下に付く言葉で変わるのだろうか。 下に“おとし”が付けば“こけらおとし”。下に“ドロボー”が付けば“柿ドロボー”という具合だ。ちなみに“こけらおとし”とは工事の最後に屋根などの木屑を払い落としたことから、新築劇場の初興行のことと広辞苑にある。 2月3日、私のラジオ生放送に久々にカンニング竹山。「コメンテイターなんてやってやがって、久しぶりだなあ」と言ったらあきれられて「覚えてないでしょ。高田センセ、倒れて意識不明の時、私が代わりに何回か喋ってたんですからネ」だと。2012年のことか。ちっとも覚えちゃいない。 竹山が1年じっくり取材してライブで発表する“放送禁止ライブ”が毎回すこぶる面白い。客も上質で、聴いた事は一切口外しない。晩年車椅子でも来ていた永六輔氏と一緒に楽しんだのはいい想い出。業界内でもチケット入手大困難。どうしても聴きたい人の為にキャパも大きくして、3月17日には中野サンプラザで公演をする。チケットはすでに完売。 2月6日、昨秋真打昇進、やっとひと段落の柳亭小痴楽らと一杯。若き日の松之丞の努力ぶりなどきく。7日私の所へ、もうすぐ松之丞から伯山になる男、息せき切ってやってくる。「あさって披露目のパーティーだけど大丈夫か?」「みんなが後向きの協力で…やはり人柄ですか」百年に一人の逸材がバタバタ。 8日新聞に「たけし73歳、芸能界最高齢婚。上原謙、加藤茶越え」だとさ。東洋館じゃ言いづらかったのかなァ。■イラスト/佐野文二郎※週刊ポスト2020年2月28日・3月6日号
2020.02.18 16:00
週刊ポスト
アンチを気にする宮迫(YouTubeより)
ネットの有名税と無名特権、ダルと志らくはもっとやっちゃえ
 有名であるがゆえに、本業だけでなく、恋愛関係や不祥事などをメディアで報じられたりすることは「有名税」と呼ばれる。最近では、ネット上でアンチから非難されることも有名税の一種と言えるかもしれない。その一方で、一部の一般人は「無名特権」を持っているのではないか、と指摘するのは、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏だ。 * * * ネットの書き込みに対し、著名人のイライラが最近爆発しているように感じられる。その様は「文句を言っても仕方ないのは分かってるけど言わせてくれ」というものである。いずれの著名人も、アンチの存在は許容しているし、名が売れることでアンチが発生することは理解しつつも「それにしてもヒド過ぎないか?」といった感覚を持っているのだろう。あとは「見知らぬ人間からなんで日々罵倒をされなくちゃいけねーんだよ。オレはお前の暇つぶしのための道具じゃねーよ!」といった感覚もあるだろう。 ダルビッシュ有はツイッターで「日常生活ではあかんけど、SNSやからやっていいことなんかひとつもないからな」と、アンチに苦言を呈した。立川志らくはテレビ番組でネット上のアンチについて「相手にしていないから。虫ケラだと思ってるから」と発言した。「有名税」という言葉が日本ではすっかり定着しているため、著名人に対しては何を言っても良い、といった意識はあることだろう。ネット時代と過去の違いは、「私」のつもりで発言した暴言や罵詈雑言が「公」と化したことにある。フォロワーが数人しかいないツイッターIDであろうが、書き込んだ以上は「公的発言」として責任を伴う。 ダルビッシュはSNSで一般人とバトルをしたり彼らをバカ扱いすることがある。それに対し「影響力のある有名人が一般人をSNSで晒すのはまずいですよ」と意見されたが、あくまでもそれはあなたの価値観であり、自分が有名になったら晒さなければいい、といった返信をした。意見したユーザーは押し寄せるRTや「いいね」の通知、さらには罵倒に怖気づいたか、このツイートを削除。 ダルビッシュは「ネットはフラットな場である」という2000年代中盤の「ウェブ2.0」の概念をよく分かっている。同様の発言機会を与えられているのだから著名だろうが匿名だろうがフォロワー数が多かろうが少なかろうが発言は等価、ということだ。 著名人の苛立ちの一つの理由は、自分達はサンドバッグのごとくボコボコにされつつも、無名人を晒した場合は「一般人を晒して大人げない」や「著名人ならばもっと節度ある態度を取るべき。聖人君子でいてください!」のように苦言を呈されるからだ。 バカな二重基準だ。だからこそ私はダルビッシュと志らくには「もっと言ってやれ!」と思う。「オレのこと嫌いなんだったら別にどうでもいいが、てめぇの身元明かし、名誉棄損の裁判起こす程度のカネはあるからなオラ」的な態度を今後著名人が取り、訴訟乱発事態になったらそれはそれで健全だ。著名ではないからといって守られると考える「無名特権」はネットでは不要。お前らも発言に責任を持てということだ。 その一方、不倫や闇営業により叩かれた宮迫博之は、新たな活動の場としてYouTubeチャンネルを開設。番組では、アンチが「司会ばかりして面白くない」と文句を言ってくることについて、自分は「ひな壇やコントを経験して勝ち上がり司会者ポジションを取った」的なことを語り、理解を求めた。ダサ過ぎる。誰もお前の努力なんて知らん。今の評価で勝負しろよ。●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など※週刊ポスト2020年2月21日号
2020.02.10 16:00
週刊ポスト
その日を振り返る『志らく一段落』。この日は若い女性に増えている清家手術の話題に触れ、父としての心境を語った。 
立川志らく、テレビで和装を貫く理由と目指す「超二流」
 落語界の風雲児・立川談志のDNAを受け継ぎ、歯に衣着せぬコメントで令和のテレビ界を賑わせている男、立川志らく(56才)。コメンテーターの枠を超え、2019年秋口からは新たなる挑戦として情報番組『グッとラック!』(TBS系)の司会を務めている。 トレードマークでもある羽織袴姿。高座に限らずテレビ出演の際には和装を貫いているという。「昔はテレビに出る時には着物はNGと決めていたくらい“落語家=着物”という固定観念がものすごくいやでした。でもね、考えてみると日本人が落語を意識するのは週に1度の『笑点』(日本テレビ系)くらいで、おそらく人口の1%程度しか落語の面白さをわからないまま死んでしまう。月曜から金曜の毎日『グッとラック!』と『ひるおび!』(TBS系)の2番組に着物で出演することで、“こいつは落語家なんだな”と意識してもらえる。それは非常に意味があるんじゃないかと思うようになったんです」 2017年に上半期ブレイクタレントランキングで1位に選ばれテレビでの露出が増えたことで、世間からは心ない言葉を浴びせられることも。「“落語もやらずにテレビに出て”なんて落語ファンのなかにはそう言う人もいるけれど、この姿でどれだけ私が落語に貢献しているかって、ねぇ?(笑い)」“落語もやらずに”どころか、精力的に高座へも上がっている。平日は帯で情報番組の出演と他番組の収録をはじめ、夕方からは立川一門会の落語会や、2018年に文化庁芸術祭大衆芸能部門で優秀賞を受賞した『志らく独り会』などの独演会をこなし、週末は高座を掛け持ちすることもある。しかもその忙しさで新作落語もさらりと作るのだから恐れ入る。「落語は一生かけてやるもので、高座に上がって生で感じたことを次へ生かしていく。経験を重ねて完成させていく芸なので、準備に時間をかけすぎる必要はないんです」 テレビでの経験も落語に生きていると言う。「落語とテレビは畑違いのようでいてそうでない。MCをやらせてもらって共通点があることにも気づきました。コメンテーターとして出させてもらう時には自分がいかに爪痕を残せるかと考えて、印象的なことをポイントとして発言しています。しかし番組を仕切る立場になると、全体を見渡して発言するようになりました。要は物事を俯瞰で見ることを学んだのですが、これって落語の時と同じ脳が働くんですよ」 楽しげにそう語るが、当初はMCのオファーに戸惑いもあったという。「レギュラー番組が持てたらいいなとは思っていましたが、まさか帯の情報番組でメインとは! 想像すらしていなかったので驚きでした。でも迷いはなかった。『ひるおび!』と両方できるのかという不安はちらっとよぎりましたが、今のところそれほどしんどいということもありません。娘たちからも“最近家にパパ居ないね”なんて言葉が出てきていないのでホッとしています」◆家族や幼い子のニュースは父としての思いが先立つ 子煩悩を自負する志らくは、タイトなスケジュールの中でも7才と2才の愛娘と過ごす時間を大切に育んでいる。「毎日早朝に家を出てしまうぶん、帰ったら遊んだり、ご飯を作ってあげたり、一緒に寝たりと、できる限り一緒に過ごす時間を作っています。娘には甘いのでねだられたらなんでも買ってやりたくなっちゃう(笑い)」 堪らないといった表情で目尻を下げて話す。「この間長女とランチをしたら、牛御膳を食べたいと言うんですよ。で、娘が3750円で、私が1900円のかきフライを(笑い)。母親がいたら絶対に止めますからね。まだ値段の判断がつかない幼い子供ですし、娘と2人の時は“よし、これか”って(照れ笑い)」 番組ではそんな父としての顔も折に触れ、垣間見せている。「家族に密着したVTRで、親からの手紙を娘が読んでいる姿を見れば胸が熱くなるし、いじめの問題を取り上げれば“もしもウチの子が…”と考えて怒りが湧く。どうしても親目線が先に立ってしまいますね」 ここでひとつ、志らくにある挑戦をしてもらった。『グッとラック!』では名物企画にめくり看板を使ったお題トークがあるが、本誌女性セブンもめくり看板を用意し、「スター噺」と「新しい噺」の2種類からお題を選択してもらった。すると迷いなく前者を選び、考えること6秒。落語の一席を弁ずるようにすらすら語り出した。「『スター』というのは超一流のことをいうんです。誰も悪口を言わない憧れの存在で、美空ひばりであり、石原裕次郎、高倉健など、そういった人。絶対になっちゃいけないのは二流。二流はバカにされ憧れの対象にはならない。だけど、落語家はスターにはなれない職種なんです。 ならば選択できるのは一流か超二流のどちらかで、いちばん憧れるのは超二流。半分は敵だけど、半分からは支持される。“あいつは二流だよ”とこき下ろされても、一方で“こいつはすごいんだよ”ってね。立川談志がそうだった。世間には“あいつの落語はひでぇんじゃねぇの? ただ毒舌を吐いているだけのめちゃくちゃなおやじだよ”と評価しない人もいっぱいいる。けれど、“談志こそ落語がすごいんだ!”という人が同じだけいる。私も落語家としてそうありたい」 談志が生前、「なんで志らくはスターになれねぇんだ」とこぼしていたことを知り、遅ればせながらテレビで売れて師匠を喜ばせたかったという志らく。天上の師匠はこの活躍をどう見るだろうか。「陰では大喜びするはずです。“テレビといういいおもちゃを見つけて、あいつは遊んでいるんだよ”ってね。師匠との信頼関係で“こいつは落語で生きていく人間だから、落語を捨ててテレビタレントになるわけはない”とわかってくれているからこそ、ものすごく喜ぶと思う。かたや談志は、政治というおもちゃを見つけて遊んでいたわけで。国民にとってはとんでもない話ですが、談志は落語のために政治をやっていましたからね」 志らくという名前は、そんな談志がフランスのシラク大統領にちなんで命名したそうだが、自身の政界進出は?「絶対ない! 私はおもちゃとして政治の世界を考えていませんから(笑い)」 俺の後継者と談志に言わしめたが、そこは相容れないようだ。テレビという“おもちゃ箱”の中で、落語家・立川志らくは今日も生き生きと暴れている。【プロフィール】たてかわ・しらく/1963年8月16日生まれ。東京都世田谷区出身。1985年に立川談志に入門。1988年に二つ目、1995年に真打へ昇進。現在19人の弟子をかかえる。2003年劇団『下町ダニーローズ』を主宰、映画評論家やテレビコメンテーターなど多岐にわたり活躍。現在は『グッとラック!』(TBS系)で初の司会を務め注目されている。◆撮影/中村功※女性セブン2020年1月30日号 
2020.01.19 07:00
女性セブン
自称“寅さん博士”の立川志らく「No.1マドンナは竹下景子」
自称“寅さん博士”の立川志らく「No.1マドンナは竹下景子」
 もともと洋画好きだったのが、師匠の故・立川談志さんや、兄弟弟子でもある高田文夫氏の影響で『男はつらいよ』シリーズを見始めたという落語家の立川志らく。それをきっかけにすっかり寅さんにハマり、今では寅さんのことを聞けば何でも答えられると言われるほどの“寅さん博士”に。志らくがシリーズに出演した歴代のマドンナのなかでナンバーワンだと言うのが、第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(1983年、監督/山田洋次)のマドンナ・寺の娘である朋子役の竹下景子だ。その魅力は何なのか、志らくが語った。志らくは最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』にも出演している。 * * * 私にとってもう一人の師匠である高田文夫先生の勧めで、40歳を過ぎてから「男はつらいよ」をきちんと見始めたらハマり、「寅さん博士」を自称するほど詳しくなりました。落語に通じる笑いと人情があり、渥美清という役者が素晴らしかったんです。ですから、自分が今度の第50作に出演し、渥美清と一緒のスクリーンに映っているなんて、抑えられないくらいの喜びですよ。 歴代のマドンナには魅力的な方がたくさんいます。浅丘ルリ子が演じたリリー(旅回りの歌手、第11作、第15作に出演)は、ある意味別格。寅さんとは極の同じ磁石のような関係で、近づきすぎると弾き合ってしまう。 最も綺麗で妖艶だったのが、第22作『噂の寅次郎』の大原麗子。男ならイチコロにされてしまう台詞があります。 でもNo.1は第32作『口笛を吹く寅次郎』の竹下景子。「お嫁さんにしたい女優No.1」と言われていた頃で、竹下景子演じる住職の娘・朋子が、寅さんの話を聞いてコロコロ笑う姿が実に可愛らしく、奥ゆかしさもある。他の女優さんではあの味はなかなか出せません。 寅さんと朋子は愛し合っているのがわかります。だから、ぜひ一緒にさせてあげたかった。でも、一緒になるためには寅さんが仏門に入らなければならない。それは不可能だと、寅さんも観客もわかっている。だから切ないんです。 柴又駅での別れの場面が凄いんです。自分の思いを伝えようとした朋子が寅さんの袖を引き、訴えるように見つめる。急に男女の親密な時間が流れ、それを察知したさくらがすっと離れる。 朋子が「父がね、突然『お前、今度結婚するんやったら、どげな人がええか』いうて聞いたの。それでね……それで……私」。すると、寅さんが「寅ちゃんみたいな人がいいって言っちゃったんでしょ」とおどけて笑いにしてしまう。それで朋子は「かなわぬ恋」と悟る。あんな切ないラブシーンはなく、シリーズの中でも屈指の名場面です。あれを演じきった渥美清と竹下景子は凄いです。【口笛を吹く寅次郎・あらすじ】さくらの夫・博の父の墓参のために立ち寄った岡山で、寅次郎は住職の代わりに法事を務めたのが縁で寺に居つき、美しき出戻りの娘・朋子に一目惚れ。住職も寅次郎を跡継ぎにと考え、朋子も柴又で寅次郎への恋心をほのめかす。だが、寅次郎ははぐらかしてしまう。●たてかわ・しらく/落語家。1963年生まれ。DVDに『立川志らくの「男はつらいよ」全49作 面白掛け合い見どころガイド』(講談社)。※週刊ポスト2020年1月3・10日号
2020.01.02 07:00
週刊ポスト
“寅さん博士”立川志らくが選ぶ、ベスト恋愛模様とマドンナ
“寅さん博士”立川志らくが選ぶ、ベスト恋愛模様とマドンナ
“私生まれも育ちも葛飾柴又です 帝釈天で産湯を使い 姓は車 名は寅次郎 人呼んでフーテンの寅と発します”――。 日本中を笑いと涙に包んだ、国民的映画シリーズの最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』が2019年12月27日から全国で公開される。第1作の公開から50周年、50作目となる記念すべき“寅さんイヤー”がやってくる。 渥美清演じる寅さんといえば美しい女性に出会い、たちまち恋に落ちて実らずまた旅に出る。作品にも欠かせないマドンナの存在は当時から話題となった。大の寅さんファンの落語家・立川志らくに、恋愛模様ベスト5とベストマドンナを紹介してもらった。【恋愛模様】◆第1位「男が女を送るって場合にはな、その女の玄関まで送るってことよ」第48作:『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(1995年) 泉(後藤久美子)が結婚すると聞き傷心の満男が奄美大島へ旅に出る。そこで出会ったリリー(浅丘ルリ子)の家には寅さんがいた。【志らくコメント】「どこまで送ってくれるの?」とリリーが寅さんに聞いた時のセリフ。寅さんの照れ隠しと粋が最高にかっこいい。◆第2位「寅さんみたいな人って言っちゃったんでしょ!」第32作:『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』(1983年) 博(前田吟)の父の葬儀に出られなかった寅さんは墓参りに行き、そこの住職の娘・朋子(竹下景子)と知り合う。両想いになった2人だが寅さんがおどけてふざけてしまう場面。【志らくコメント】 寅さんに想いを寄せる朋子が、「父と結婚相手の話になった」と遠まわしに恋心を伝えた時に、寅さんがおどけて言うセリフ。両想いだったのに寅さんが逃げたことでこの恋は終わってしまうんです。◆第3位 柴又の駅で傘をさして待っている寅さん第15作:『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(1975年) 青森で知り合った兵頭(船越英二)と旅する寅さんはリリーと偶然再会。3人で北海道を旅することになったが、リリーと寅さんは大喧嘩。【志らくコメント】 リリーが柴又駅に着くと外は雨。ふと前を見ると喧嘩をしていた寅さんが、黙って傘をさして待っている姿は日本映画史上最高にかっこいい場面。◆第4位 寅さんの船を見送るかがりさんの姿第29作:『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』(1992年) 街で見かけた老人を親切にした寅さん。その人はなんと豪邸に住む人間国宝の陶芸家だった。そこで働くお手伝いのかがり(いしだあゆみ)に心惹かれるが…。【志らくコメント】 寅さんに恋をしたかがりさんの気持ちから船に乗って逃げ出そうとする船場のシーン。寅さんを見送るかがりさんの寂しそうな表情が震えるほど素晴らしい。◆第5位 人間は何故死ぬのでしょうか?第18作『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』(1976年) さくらの知り合いの綾(京マチ子)は病に侵され余命わずか。そんな綾を寅さんは懸命に励まし、人生最後のひと時を寅さんと過ごす。【志らくコメント】 病気の綾にこのセリフを尋ねられた寅さんは「丘の上が人間ばかりになっちゃう」と答える。笑わせながら本質をつく切ないシーン。◆志らくが選ぶベストマドンナ1位:第32作・竹下景子「最も寅さんと結婚させてあげたかったマドンナ。柴又での別れの場面は涙が止まりません」2位:第15作・浅丘ルリ子 「女性版寅さん! 似た境遇の2人は磁石のマイナスとマイナスのように弾き飛ばしてしまうよう」3位:第22作・大原麗子 「シリーズに出てきたマドンナのなかでいちばん妖艶で美しい」【Information】■『映画 男はつらいよ おかえり寅さん』新たに撮影された今を描く映像と、4Kデジタル修復されて蘇る寅さんが物語を紡ぐ最新作。2019年12月27日(金)全国ロードショー。監督/山田洋次(c)2019松竹株式会社 写真提供/松竹■初のブルーレイ化でお家に寅さんがやってくる!男はつらいよ 復刻“寅んく” 4Kデジタル修復版ブルーレイ全巻ボックス(51枚組)2019年12月25日(水)リリース19万円発売・販売元:松竹
2019.12.18 07:00
女性セブン
噺家役で登場する立川志らく(右)とケアセンター職員役の林家たま平(中央)。第42~45作と48作に出演した後藤久美子(左)は今作で23年ぶりに女優復帰した(C)松竹株式会社
立川志らくが厳選 『男はつらいよ』寅さんの人情名セリフ
“私生まれも育ちも葛飾柴又です 帝釈天で産湯を使い 姓は車 名は寅次郎 人呼んでフーテンの寅と発します”――。日本中を笑いと涙に包んだ、国民的映画シリーズの最新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』が2019年12月27日から全国で公開される。第1作の公開から50周年、50作目となる記念すべき“寅さんイヤー”がやってくる。「寅さんがスクリーンに帰ってくるなんて想像すらしていなかったです。やっぱり寅さんのいない世の中はつまらない! 帰ってきてくれて少し楽しくなりました」と話すのは最新作にも出演し、全49作を3回ずつ一気に観るほど寅さん愛に溢れ、“寅さん博士”の異名を持つ落語家の立川志らく(56才)だ。「日本人の“正解”がこの作品には詰まっています。1作目から50年という時間の経過を全く感じさせない楽しい映画です」(志らく)。 そこで、寅さんシリーズの中から、その温かい人柄がにじみ出ている人情あふれるセリフ&名場面ベスト5を志らくに選んでもらった。◆第1位「それを言っちゃおしまいよ」 『男はつらいよ』(第1作、1960年) 父親との喧嘩で16才の時に家を飛び出した寅さんが、20年ぶりに柴又に帰郷。旅先で御前様の娘・冬子(光本幸子)と再会し恋に落ちた寅さんが、冬子と一緒にくるまやに顔を出す場面。「寅さんと言えばこのセリフ。さまざまな場面で使われていて、欧米人のWHY?が通用しないすごさがある」(志らく)◆第2位「手前さしずめインテリだな」 『続 男はつらいよ』(第2作、1969年) 中学時代の恩師とその娘に再会し酒を酌み交わすが、胃けいれんを起こし入院。退屈な入院生活から、山崎努演じる若い医者と言い争いに。「高学歴の医者と口論になった時のセリフ。理屈ばっかり言いやがってという思い半分、寅さんはそんなインテリのことも尊敬し応援してあげるのです」(志らく)◆第3位「ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ」 『男はつらいよ 柴又慕情』(第9作、1972年) 金沢へ旅に出た寅さんはそこで出会ったOL3人組と北陸観光することに。そのなかの1人、歌子(吉永小百合)に心惹かれる。「歌子に失恋し旅に出る寅さんがさくらに言うこのセリフに、寅さんの人生哲学が詰まっている。寅さんが消えた現代でも、雲になって日本を見ているはず」(志らく)◆第4位「俺はね、風には逆らわないようにしているんだよ。風に当たると疲れちゃうから」 『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(第47作、1994年) 甥っ子の満男(吉岡秀隆)は浅草の靴メーカーに就職。寅さんは琵琶湖で撮影旅行をする人妻の典子(かたせ梨乃)と知り合う。寅さんと満男のはかない大人の恋物語が繰り広げられる。「けがをしたかたせ梨乃さんとの宿屋でのセリフ。談志の名言『人生成り行き』と同じ言葉。疲れちゃうからというあたりが照れ隠しのようでたまらない」(志らく)◆第5位「酔っ払ってつくったんだもの、俺のこと。真面目にやってもらいたかったよ」 『男はつらいよ』(第1作、1969年) さくらに見合い話が持ち上がり、兄の寅さんが付き添う。酔っ払った寅さんが見合いを台無しにし、そのことでおいちゃんと大喧嘩になってしまう。「父の不貞でできた自分を、『真面目につくってくれなかった』と見合いの場で愚痴を言う。くだらなさと正義がごっちゃになっているのがすごい」(志らく) *映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』新たに撮影された今を描く映像と、4Kデジタル修復されて蘇る寅さんが物語を紡ぐ最新作。2019年12月27日(金)全国ロードショー。監督/山田洋次『男はつらいよ 復刻“寅んく” 4Kデジタル修復版ブルーレイ全巻ボックス(51枚組)』初のブルーレイ化でお家に寅さんがやってくる! 2019年12月25日(水)リリース、19万円。発売・販売元:松竹※女性セブン2020年1月1日号
2019.12.15 07:00
女性セブン
高田文夫氏、女子大で「変態に思われるかも」とトイレ我慢した
高田文夫氏、女子大で「変態に思われるかも」とトイレ我慢した
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、徳光和夫、立川志らく、清水ミチコなどライブ三昧についてお送りする。 * * * 我々東京っ子の間では50年も前から『男はつらいよ』を見に行くことを「サクラを見る会」と呼んでいた。寅さんの妹サクラではなく税金使って呑み喰いしてる方か。 新宿御苑もいいけど渋谷公会堂がみごとに建て直して「LINE CUBE SHIBUYA」となった。11月13日は徳光和夫さんをメインに『徳さんと歌おう! 秋のうたごえ喫茶コンサート』。平野レミさんや私がゲストで歌う、喋る。3階まである立派なホール、うけるから喋ってても気持ち良かった。 この1週間、各場所でライブ三昧。14日は六本木トリコロールシアター(これも出来たて。初めて行く場所ばかり)でこの節テレビに出まくりの立川志らく独り会。渋谷は2000人入ってたがこちらは200人。手頃なライヴ会場。テレビに出だしたせいか道路まで花であふれていた。一瞬どこの親分の通夜かと思った。 15日はこの年齢で初めて入る女子大。ときめきの時。三軒茶屋の昭和女子大「人見記念講堂」で清水ミチコライブ。音響の良さにおどろく。清水はもはやいちイロモノではなく、とんでもないアーティストなのだ。いつもやっている武道館が今使えないらしく、ここになったらしい。途中トイレへ行きたくなったが、女子大のトイレに一人で入っていったら絶対変態にみられるだろうと思い我慢。 16日は宅間孝行の作・演出によるタクフェス『流れ星』を池袋サンシャイン劇場で。思わずハンカチを手に取る現代の人情噺の名手。笑って泣かす田中美佐子が自在の名人芸。来春には宅間、大爆笑公演を予定だとか……。 連日ハードな客席三昧。もっとハードな人に仕事で会った。TRFのメンバー、DJ KOOだ。日本のダンスミュージックといえばこの人。先日テレビのクイズ番組『99人の壁』を見ていたら、KOOが得意ジャンル“立川談志”で挑戦。幾つかシルエットクイズが出て真っ黒な私の姿。一緒に御飯を食べてた孫(7歳)が「爺ちゃん!」テレビの中のKOOが叫んだ「立川藤志楼! 高田文夫!」と。すっすごい。孫もKOOも恐るべし。 談志の娘のゆみこちゃんにきいたら「ハワイの砂浜歩いてたら、ヘッドホンをつけて何か聞いてる人がいてさ。見たらKOOさん。なに聞いてんの?ってヘッドホン取ってきいたらパパの落語。びっくりよ」。KOOにきいたら「やっぱりハワイのビーチは談志の“三軒長屋”ですよ。最高」だと。 11月21日は談志の命日。あの日から8年になるのだ。※週刊ポスト2019年12月6日号
2019.11.26 07:00
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