山口美江一覧

【山口美江】に関するニュースを集めたページです。

ジャニー喜多川氏の「お別れの会」には多くのファンが訪れた(写真:時事通信フォト)
ジャニーさんお別れ会 祭壇には田原俊彦との思い出の数々
 9月4日、ジャニーズ事務所の創業者であるジャニー喜多川氏の「お別れの会」が東京ドームで開かれた。午前の部には現役の所属タレント、OB、芸能関係者など約3500人が集結。午後の部では敷地内が大行列で溢れ返り、約8万8000人のファンが故人を偲んだ。 この日、バックスクリーン手前に作られた祭壇には上段中央に遺影、横にギネスブック、愛用のジャケットや帽子、レーガン米国元大統領夫妻や田原俊彦と収まった写真が置かれていた。 実は、これらの品々は写真のみならず、ジャニーズ事務所から1980年6月に歌手デビューした田原俊彦と深く関係している。 まず写真は、1989年10月22日に横浜アリーナで行なわれた『レーガン前大統領夫妻来日記念特別企画フレンドシップコンサート』の時の1枚である。同イベントは加山雄三と山口美江が司会を務め、10月27日にフジテレビのゴールデン帯でも放送された。 この年、田原俊彦はデビュー10周年を迎え、主演ドラマ『教師びんびん物語II』がフジテレビの“月9”で初めて視聴率30%を超え、主題歌『ごめんよ涙』もオリコン1位を獲得するなど円熟期に入っていた。 レーガン大統領夫妻の前で田原は『抱きしめてTONIGHT』『KID』などをメドレーで披露し、会場から喝采を浴びた。この時の思い出を、自身のブログにも綴っている。〈今でもあの時の緊張感を覚えています。もっと舞い上がっていたのはMr.ジャニーだけどね~。今でも家に、レーガン夫妻とジャニーさんと僕との4ショット写真がありますよ〉(2014年5月18日付) 自分の教え子がアメリカの大統領を務めた人物の前で歌って踊っている──。ロサンゼルスで生まれ育ち、アメリカのショーをお手本にしてきたジャニー氏にとって、この光景は何物にも代え難い喜びだったのではないか。 また、祭壇に飾られた遺影には『最も多くのコンサートをプロデュースした人物』『最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物』の2部門で認定された2012年版のギネスブックに掲載された写真が使われていた。この時のジャケットは、もともと田原俊彦が着用していたという説がある。元光GENJIの諸星和己は、玉袋筋太郎がパーソナリティを務めるTBSラジオ『たまむすび』でこう話している。〈諸星:あのデカいジャケットあるでしょ? あれね、トシちゃんのお古で。ここ開けると、『田原俊彦』って書いてあるの。俺しか知らないの、それ。玉袋:すごい話だな~(笑)。春風亭一之輔:胸に『田原俊彦』って? 刺繍があるんですか?諸星:それで、あの格好でギネスブックの写真だよ。おかしいだろ?っていうね(笑)〉(『たまむすび』2015年6月26日放送) つまり、祭壇上段には田原俊彦にまつわる品々が置かれていたことになる。 1970年代後半に苦境に陥っていた事務所を再興したのは、たのきんトリオだった。この日、代表して挨拶を述べた近藤真彦と同様に、1980年デビューの田原俊彦も事務所を救った中心的な人物だった。ジャニー氏にとって、野村義男を含めた3人は“中興の祖”として忘れられない存在だろう。 田原本人はお別れ会に出席しなかった。人それぞれの考え方や事情があることは重々承知しているが、個人的には残念に感じる。ただ、これまで自伝などで再三再四、ジャニー氏への感謝を述べてきたように、田原俊彦の中で故人への思いは変わらないだろう。 ジャニー喜多川氏は常に新しさを追求し、驚きの絶えないステージを求めていた。田原は今一度、ジャニーイズムに応えられているかを自問自答しながら、これからも続く芸能人生を歩むことがジャニーさんへの供養となるだろう。◆文/岡野誠:ライター・芸能研究家。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料で構成する著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)は3刷に。ジャニー喜多川氏と田原がレコーディング時、歌詞について意見を戦わせた逸話なども綴っている。9月28日、東京・下北沢の本屋B&Bで元CHA-CHAの木野正人とトークイベント開催。
2019.09.06 07:00
NEWSポストセブン
大沢親分 女性に下半身見せ逮捕元日ハム選手に“喝”入れた
大沢親分 女性に下半身見せ逮捕元日ハム選手に“喝”入れた
 またしても元プロ野球選手が……。5月21日、兵庫県警神戸西署は公然わいせつの疑いで、元日本ハムファイターズの難波幸治容疑者(43)を逮捕した。2010年8月、神戸市内のバス停で、女性会社員(36)に向け下半身を露出した疑いが持たれている。難波容疑者は、「2年前のことなのでよく覚えていない」と容疑を否認しているという。 難波容疑者は、どんな野球生活を送っていたのか。岡山南高校時代には、打球が練習場を超えて民家に直撃するため、外野に20メートルの“難波ネット”が張り付けられるほどの強打者として鳴らし、センバツ甲子園にも出場。1988年秋のドラフト5位指名で、日本ハムに入団した。 188センチ、90キロの巨漢からパワーヒッターとして有望視され、安藤順三・二軍監督(当時)は、「3年後には、上で中島(輝士=同年ドラフト1位)とクリーンアップを打てるようになる」と将来性に賭け、高卒ルーキーながら開幕からファームの4番を任せていた。 球団常務を務めていた親分こと大沢啓二氏が観戦に訪れることもあり、難波がノーヒットに終わると、「それでも四番か!」と“喝”を入れたエピソードもある。 現在の大谷翔平ほどとはいえないまでも、“ハムの希望の星”だったのだ。プロ入り1年目にして、規定打席に到達。打率1割9分4厘という数字を見れば、いかに首脳陣が辛抱強く使ったかがわかるだろう。 2年目の秋にも、芝草宇宙投手とともに、ヤンキースの教育リーグに派遣されるなど、球団は大きな期待を寄せていた。3年目はキャンプから一軍に帯同。紅白戦でストッパーの武田一浩からタイムリーを放ったこともあったが、結局シーズン中は一軍昇格を果たせなかった。4年目になると、イースタン・リーグでの出番も減り、一度も一軍出場を果たすことなく、秋に戦力外通告を受けた。 当時の選手名鑑によれば、難波容疑者は『理想のタイプ』に「山口美江のような美人タイプ」を挙げていた。
2013.05.29 16:00
NEWSポストセブン
勘三郎、地井武男、山口美江…2012年著名人物故者を偲ぶ
勘三郎、地井武男、山口美江…2012年著名人物故者を偲ぶ
 2012年もいよいよ今日限り。今年も多くの著名人が惜しまれつつこの世を去った。追悼を込めて、2012年、不帰の客をここに記す。 中村勘三郎 宮史郎 三宅久之 桜井センリ 小沢昭一 藤本義一 桑名正博 若松孝二 山田吾一 大滝秀治 アンディ・ウィリアムス ニール・アームストロング 内藤武敏 浜田幸一 津島恵子 三木睦子 山田五十鈴 地井武男 伊藤エミ 遠藤太津朗 中原早苗 日暮修一 小野ヤスシ 三笠宮寬仁殿下 三崎千恵子 尾崎紀世彦 新藤兼人 邱永漢 ホイットニー・ヒューストン 安岡力也 山口美江 吉本隆明 シルビア・クリステル 淡島千景 二谷英明 中曽根蔦子ほか 弔悼※週刊ポスト2013年1月1・11日号
2012.12.31 07:00
週刊ポスト
女性自立支援団体の共同墓 300体の納骨スペースが予約済み
女性自立支援団体の共同墓 300体の納骨スペースが予約済み
 元祖バイリンギャルとして知られた、タレントの山口美江さんが3月8日に自宅で亡くなっているのが発見された。51才、死因は心不全だった。2009年には女優の大原麗子さん(享年62)が、2008年にはタレントの飯島愛さん(享年36)が、それぞれひとり暮らしの自宅で死亡し、その後発見されている。 彼女たちに限らず、ひとりきりで亡くなって死後発見される“孤独死”の報道は昨今珍しくない。老人ホームに入居していても孤独死する事件があるほどだ。ノンフィクション作家の松原惇子さんはこう話す。「物事には何事にも、いい面と悪い面がある。家族がいることや孤独死だって同じ。私は“ひとりで死ねるなんてすごく幸せ!”って思っています。だから私は孤独死ではなく“おひとり死”って呼んでいます。ひとりなら楽に死ねたかもしれないのに、家族がいたばっかりに病院を連れ回されることもある。ひとりで死ぬことが必ずしも悪いとはまったく思えません」 松原さんは、結婚、離婚、転職、留学などを経て39才で『女が家を買うとき』(文春文庫)で作家デビュー。『クロワッサン症候群』(同前)はベストセラーとなり、流行語にもなった。松原さん自身、64才になる現在もおひとりさまだ。1998年に女性ひとりの老後を応援する『SSSネットワーク』を立ち上げ、呼びかけに集まった約10人のメンバーは、いまや約1000人の大所帯となった。 SSSとは、S(シングル)、S(スマイル)、S(シニアライフ)のこと。同会は女性の自立支援や地位保全を目指し、家族の有無にかかわらずひとりで生きる女性を応援する。会員になると、仲間作りのためのイベントや災害時のネットワークに参加できるほか、共同墓を契約すれば“墓友”を得ることもできる。 墓友とは、一緒に墓にはいる友達のこと。家族がなくひとり暮らしの人たちが、同じ境遇の人と出会い、新しい縁を結ぶ。Googleでこの言葉を検索すると、2360万件がヒットする。「最近の入会理由をみると、友達が欲しいって人ばっかり。みんな孤独なんですね」 辛辣でいて、どこか温かみのある口調で語る松原さん。「40代からこの活動を始めたんですが、老後は差し迫ってないし、みんな楽しくやっていました。でも、最近はシビアな人が多いんです。“不安”とか“心配”とか、暗い会になってきた。それがすごく嫌なんです(笑)。共同墓も、ひとり暮らしだと自分のお墓のことが心配だから、と軽いノリで作ることになってしまったんです」 2000年に完成した共同墓は花と緑に囲まれ、一見、お墓とは思えないようなしゃれた造り。300体が納骨できるように作ったが、既に予約でいっぱいだ。現在、二十数人がここに眠り、さらに100体分の納骨スペースを拡張中という。 設立当初は40代が中心だったメンバーもいまや60代。ネットワークにはいっていても、孤独死への不安を抱く人もいるという。そんなメンバーに対して、松原さんは歯に衣着せぬ言葉で応酬する。「死ぬときのことばかり意識しちゃってる人には、“死が趣味?”といってやりたい。家族がいてもいなくても、みんないつかひとりで死ぬんですよ。だから、それまでどう楽しく、いきいきと生きるかがいちばん大切。とにかく、人とのかかわりは欠かさないこと。人とかかわっていないと、心が冷たくなってしまいますよ」※女性セブン2012年5月3日号
2012.04.20 07:01
女性セブン
山口美江さん「3日来なかったら気にして」と知人に頼んでた
山口美江さん「3日来なかったら気にして」と知人に頼んでた
 51才で急死した山口美江さん。3月8日の午前、電話をしても応答がなかったため、心配して訪ねてきたいとこに発見された山口さんは、リビングで服を着たまま倒れていた。最期は誰にも知られることなく、2匹の愛犬だけが見届けた。そして遺体は死後丸1日経ってから発見されるという孤独死だった。 山口さんは芸能界引退後、実家へと戻り、父・俊雄さん(享年76)と愛犬との新生活を始める。だが、最愛の父の認知症発症、在宅介護、自身の体調不良と苦悩の日々は続いた。 自身が直面した父の壮絶な介護を講演会やテレビなどで語るようになると、山口さんの言葉は多くの人から共感を呼び、全国規模で講演依頼が殺到。雑誌のインタビューもオファーが絶えることはなかった。 実家でおひとりさま生活を始めることになった山口さんだったが、幸いにも彼女には近所に何人かの親戚が住んでいた。しかし一方で、この親戚たちとの関係に山口さんは悩むことになった。「俊雄さんの介護は、山口さんだけでは手に負えない部分もあって、親戚の人たちもかかわっていました。だから、自分ひとりだけで介護したように語る山口さんを快く思わない人がいたんです。介護は“私たちも頑張ったのに”って」(前出・知人) なかでも、親族のひとりAさんとの関係は著しく悪化していた。「Aさんは俊雄さんを実のお父さんのように慕っていました。だから、俊雄さんがアルツハイマーになったときも、美江さんと同じか、それ以上に真剣に介護に向き合っていたんです。医師が24時間体制で診てくれる病院を紹介したのもAさんでした。 俊雄さんが亡くなったとき、遺書がなかったと美江さんはAさんに説明しました。遺産は全額美江さんが受け取りましたが、実の親子のようだったAさんにしてみれば、遺書に自分のことが書いてあるんじゃないかと、遺産相続を巡っても、Aさんは美江さんに疑いを抱いていました」(Aさんの知人) 近年は親しい友人に「あまりいい関係が築けない親族がいて、血が繋がっていてもなかなか難しい」とこぼしていたという山口さん。Aさんとのトラブルが、他の親戚たちとの関係にも影を落とし、自宅を訪れる親族は減っていったという。 それゆえ、日々孤立していくのをひしひしと感じていた山口さんは、孤独死を恐れていた。肝臓をはじめ健康に不安があったという彼女は、買い物では大型店のスーパーには行かず、毎日商店街へと足を運び、青果店、鮮魚店、精肉店の人たちらと必ず話をするようにしていた。「3日来なかったら、ちょっと気にしてもらって」 そう商店街の人に頼んでいたという。「山口さんは父親のこともあって、以前から自分の体調には気をつけていました。それに、おひとりさま生活だったこともあって、万が一何かあったときのために、遺言も遺し、“お墓は父と一緒に”とか“犬の世話はここにお願い”とか、仲のよいいとこにいろいろ託していたんです」(前出・知人)※女性セブン2012年3月29日・4月5日号
2012.03.20 16:00
女性セブン
山口美江さん 渡辺正行との破局に涙拭う日々を過ごした過去
山口美江さん 渡辺正行との破局に涙拭う日々を過ごした過去
 3月8日、自宅でひとり亡くなっていたところを発見された山口美江さん(享年51)。1987年に『CNNヘッドライン』(テレビ朝日系)でキャスターデビューした後、元祖「バイリンギャル」として人気を博し、フジッコのCMに出演したほか、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)などのバラエティーでも活躍した。 しかし、華々しく見えた山口さんの芸能生活は波乱に満ちたものだった。始まりは1989年に女性セブンがスクープした渡辺正行(56才)との恋。「人気絶頂だったコント赤信号の渡辺さんと、知的で清純派のイメージだった山口さんとの交際は、連日ワイドショーでは見ない日はないほどの盛り上がりでした」(芸能関係者) そんななか、渡辺と10年間つきあっているという恋人が現れ、そうこうしているうちに別の一般人女性と渡辺は電撃結婚してしまった。 このころ山口さんは人前では変わらず明るくふるまって、「気にしてないわぁ」と笑っていたものの、楽屋など人目につかない場所では涙をぬぐう日々だったという。そんな大失恋の後もスキャンダルは続く。歌手の布施明(64才)との恋や、元マネジャーの横領問題など…。そして次第にトレードマークだった山口さんの笑顔は薄れていく。「そのころには芸能活動自体に限界を感じ始めていたんです。さっきまで一緒に笑って話していた女優さんが、撮影が始まるとシリアスな顔で涙を流す、バラエティーでは芸人さんや若いタレントがどんどんはいってくる。頭がいい人だから、自分に先がないことが見えてしまう。でも、彼女は負けず嫌いな性格。自分の中で板挟みになっちゃったんでしょうね」(前出・芸能関係者) いつしか、「激やせ」「激太り」をくり返すようになった山口さんはついに1996年、芸能界引退。横浜の実家へと戻り、父の俊雄さん(享年76)とパグの「ボーイ」との新生活を始めた。「山口さんのお母さんは、彼女が16才のときに膠原病で突然死してしまったんです。でも、お父さんは貿易会社を営む忙しい身でありながらも、娘を悲しませないようにと早起きしてお弁当を作ってあげていたそうです。そんなお父さんが大好きでいつも喜ばせてあげたかったけど、結局自分が選んだ仕事のせいでスキャンダルが続いて、お父さんにたくさん迷惑をかけた。お父さんへの恩返しになれば、と一緒に暮らすことを決めたんです」(山口さんの知人)※女性セブン2012年3月29日・4月5日号
2012.03.15 16:00
女性セブン
山口美江さん 芸能界引退後は「何十倍もの充実感」味わった
山口美江さん 芸能界引退後は「何十倍もの充実感」味わった
 9日、「元祖バイリンギャル」と呼ばれた元タレントの山口美江さんが心不全のため亡くなったことが分かった。51歳だった。山口さんは『CNNヘッドライン』(テレビ朝日系)といった報道番組から、『タモリのボキャブラ天国』(フジテレビ系)などのお笑い番組にも出演するなど幅広く活躍したが、1995年以降芸能活動は事実上停止していた。彼女は何を考え、芸能界から身を引いたのか。以下、2001年に行われた山口さんのインタビュー内容だ。(週刊ポスト2001年5月18日号より) * * * 私が事実上、芸能界を引退して、もう6年になります。最近は年に数回テレビに出てますけど、決して復帰したわけじゃないんです。都合のいい話かもしれませんが、あくまで、私が横浜中華街でやっている輸入雑貨店の宣伝のため。「もったいないよ、もう一度芸能界でやったら?」とすすめてくれる人もいますけど、もう、絶対イヤですね。 芸能界には非常識きわまりないハイエナのような男たちがうようよいる。本当、信じられないですよ。エジキになっている若い女性タレントは枚挙にいとまがないくらい。彼らの仮面の奥の「本当の顔」には虫酸が走るくらいでした。 私は16歳から24歳まで父親の同級生の息子と付き合っていました。その後は男性経験がないわけじゃないんですけど、真剣にお付き合いした男性っていないんです。芸能界にいた時も「遊びでいいんだよ、フランクに付き合えば」とかいわれましたけど、たとえ、潔癖症といわれようとも、そういう付き合い方は嫌なんですよね。 とにかく、男の人でも女の人でも、礼をわきまえ、きちんとしてる人じゃないと「許せない!」って思っちゃうんです。そりゃ、私自身も結構、ズバズバ発言したりして、他人を嫌な思いにさせたこともあると思います。 ですが、礼儀だけはきちんとしていたつもりです。ところが、芸能界ってそんな普通のことができない人が多すぎる。女性タレントだって、非常識な人が多い。大御所といわれる方だって同じ。特にお母さん役をやらせれば日本一といわれた大女優のAさんには驚きました。 以前、たけしさんの番組で、Aさんとご一緒したことがありました。Aさん、たけしさんの質問には答えても、私の問いかけには一切無視。30分間無視され続けました。番組スタッフは慌てちゃって、編集にもすごく苦労したようです。Aさん、テレビ画面ではすごく優しそうなのに、裏表がある。私が格下のタレントだからと見下したのかもしれません。 ワイドショーのご意見番的存在として人気のBさんも、サバサバしたイメージで好印象を持ってたんですけど、去年、特番で会い「初めまして、山口です!」って挨拶したら、一瞥しただけで完全に無視。 そのくせ、収録が始まると、とたんにニッコリですから。二重人格としかいいようがありません。ある意味、裏表がないと通用しないのかもしれないんですけどね。 もちろん、芸能界にもいい方や真面目な方もいっぱいいます。ですが、私にはそういう方たちより人間的に許せない人たちの方が周囲に多かった。激やせだ、激太りだ、あげくに自殺未遂だなんてデタラメなことまでいわれて、あまりのことにバカらしくて芸能界を引退したわけですけど、芸能界で唯一学んだことといえば、唯一、お金も男も、量より質だっていうこと。 今はささやかな収入だし、男性にチヤホヤされることもないですけど、芸能界にいた時の何十倍もの充実感を味わっています。ええ、あんな芸能界には死んでも戻りません。
2012.03.09 20:50
NEWSポストセブン
山口美江さん 「シバ漬け食べたい!」CM撮影で米5合食べた
山口美江さん 「シバ漬け食べたい!」CM撮影で米5合食べた
 かつて「シバ漬け食べたい!」のCM(フジッコ「漬物百選」)などで話題となった元タレントの山口美江さん。9日に心不全のため亡くなったことが分かったが生前、同CMにまつわるエピソードを脚本家のジェームス三木氏(76)に語っていた。以下は26歳だった山口さんとジェームス氏の対談だ。(週刊ポスト1988年7月1日号より)ジェームス:私は美人が苦労したという話は好きでしてね。何か苦労はありますか。山口:シバ漬けのCMは大変なものだったんですよ。とにかく御飯を五合も食べた。ジェームス:全部食べたの?山口:ええ、全部。で、撮影終わったら“山口さん、お食事とってあります、カツ丼ですよ”っていわれたときは、もう……(笑い)ジェームス:脚本家としていえば、あの“シバ漬け食べたい”という台詞がいいのは、性格と感情がちゃんと出ているからですよ。山口さんの人間の奥が見えるって感じがするのね。だからとてもいいんです。これは役者として一番大切なことなんです。台詞は性格と感情を持ってなきゃいけないってこと。山口:最近ドラマに挑戦しましたけど、苦労しました。自然な動きをやるっていうの、難しいですね。 ジェームス:ドラマで一番難しいのはまっすぐに歩くことなんですよ。山口:わかります、よくわかる。ジェームス:アドバイスしておくとすれば、お客さんが何故ドラマを見るかっていうと、人の取り乱してるところを見たいからなんですよ。だから、女優さんというのは取り乱さなきゃだめなのね。この人は今こうしてるけど、内面はどう取り乱しているかとか、この後どう取り乱すかってところを見たいんですよ。山口:それは気持ちがハイになっている状態のことですか?ジェームス:そうですね。ドラマって本来そうなんですよ。普通の状態を見ても退屈なんだから。だから、女優は取り乱す練習をすればいい。取り乱した方が勝ちですよ。山口:そうですか。女優ってむずかしい。ジェームス:でも、女優とキャスターを比べると全く逆ですね。女優は取り乱さなきゃいけない。キャスターは絶対取り乱しちゃいけない。両方やれたら素晴らしいね。あの、山口さんの持ってる劣等感って何ですか。これ、この対談シリーズで毎回聞こうと思ってるんですが、美女にどんな劣等感があるのかってのを探ってみたい。山口:最初に浮かぶのは、日本人でありながらアメリカンスクールで育ったバタ臭さ、かな。日本人でもなく欧米人でもないって感覚的な部分でしょうか。ジェームス:何か国語も喋れるということは、全部完璧じゃなくなるってことも聞きますしね。山口:インターナショナルスクールだとそういう人は多いんですよ。英語も日本語も中途半端になってしまって。それで、たとえば日本史も英語で習ったんですね。外国人の先生に。ですから、日本文化というものに対して異常なくらいの憧れがあるんですよ。
2012.03.09 20:50
NEWSポストセブン

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