芸能

世界一ゲーマー ゲームは「年齢も立場も関係なく勝負できる」

世界一ゲーマー梅原大吾さんが語るプロ・ゲーマー

“世界一長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー”としてギネスにも認定されているプロ格闘ゲーマーの梅原大吾さん(31才)。14才で日本一、17才で世界一となり、国内だけでなく世界中から絶大な支持を受けている。日本人初の“プロ・ゲーマー”の勝負哲学は、ゲーム以外の世界からも賞賛されており、その梅原さんがこのほど、初の著書『勝ち続ける意志力』(小学館)を刊行。いまなお第一線のトップを走り続けている彼に、プロ・ゲーマーという生き方について聞いた。

――そもそもプロ・ゲーマーとは、どのような職業なのでしょうか?
梅原:日本では一般的に、企業がスポンサーについているゲーマーがプロということになっています。スポンサーがつくと、プロサッカーなどと同様にその企業のロゴ入りTシャツやユニフォーム的なものを着て大会に出たりするんです。2010年にぼくが日本人で初のプロとなりましたが、そこから徐々に増えてきていて、いまは8人の日本人プロ・ゲーマーがいます。日本ではまだまだマイナーですが、海外では既に10年ほど前から確立されている職業で、ある程度のポピュラリティも得ている。例えば韓国などでは、小学生を対象とした、なりたい職業ランキングの1位にプロ・ゲーマーが挙がるくらいメジャーで人気の職業なんですよ。

――収入は、大会の賞金がメインになるんですか?
梅原:ゲームの大会の賞金っていうのは、いまはメインじゃないですね。なぜかというと、規模の大きな世界大会でも優勝賞金はそれほど高額ではないからです。基本となるスポンサー報酬があり、大会出場以外にはゲームの大会やイベントにゲストとして呼ばれることもあります。自分の場合は、昨年末からスクウェア・エニックスのオフィシャルサポーターとして、ゲームセンターに設置するゲームをPRするような仕事や、ゲーム開発のアドバイザー的な役割も請け負うこともあるので、賞金稼ぎみたいなイメージをもたれると、ちょっと違うかもしれませんね(笑い)

――梅原さんはなぜゲームをするようになったのですか?
梅原氏:ゲームに初めて触れたのは5才の頃で、きっかけはいたって普通でした。もちろんゲームはすごく好きでしたけど、なにがなんでもゲームじゃなきゃダメというわけでもなかったんです。人と人が競い合うということ自体に興味があったので、年齢とか関係なくいろんな人と勝負ができるものであれば何でもよかったんですよ。でも、普通のゲームではすぐに対戦相手がいなくなっちゃって。そのときにたまたま格闘ゲームがブームになって、これは年齢も立場も関係なく思いっきり勝負ができる。そこが出発点でしたね。

――一時期ゲームをやめて雀荘での仕事や介護の仕事をした以外は10代からゲームひと筋ですが、それ以外の道はまったく考えなかった?
梅原氏:ゲームを仕事にしようと思ったことは一度もありませんでした。ゲーム雑誌やゲームメーカーの人から「うちに来ないか」という誘いがあったときにも、断っていたくらいだったんです。いろいろ思うところがあってゲームから離れようと決めたときも後悔はまったくなくて、自分の得意なことが活かせることをと考えた末に麻雀を始めました。

 そこから3年続けて、それこそプロ並みの強さに到達した実感があったのですが、同時にどれだけやっても成長できていない自分に気付いて、絶望的な気持ちになってしまったんです。そのときは本当に辛くて、初めて、これまでまったく勉強をしてこなかったことを後悔しました。それから介護の仕事を始めたのは、勝負事で生きてくのはもうやめようと思ったからです。でも、介護の仕事で大切なことをたくさん学んで、ゲームができる喜びや得意なものがあるということのありがたさに気づくことができたので、再びゲームの道に進むことができました。

――ゲームは一日どれぐらいの時間やるんですか?
梅原氏:状況によって変わります。新しいゲームの場合、まず覚えなきゃいけないことがあって、それは時間を使うことでしか解決できない問題なので、出たばかりのときはすごいやるんですよ。ただ、そのゲームのシステムとかをある程度理解し始めると、数をこなすことの重要性は低くなる。そうなったら考える時間を増やして、実際にプレイする時間は一日5、6時間にするようにしています。

――アスリートのようにゲームに向き合っていると感じましたが、何か体力作りや健康管理をしていますか?
梅原氏:めちゃくちゃ鍛えたりはしないですけど、なるべく歩いたり自転車を使ったりして、体を動かすよう意識はしています。よく行くゲームセンターまで自転車で1時間かけて行き来をして、空いた時間に軽い筋肉トレーニングをする程度ですけど。あとは、毎日同じくらいの時刻に寝起きができるようするなど、身体的な生活のリズムを大事にしています。

――14才で日本一、17才で世界一になって何か見えたものはありますか?
梅原:見えたものというか、自分より強い人は多分もういないだろうなっていうのは、その前からなんとなくわかっていたんですよね。だから優勝したときに、結果が出て良かったなとは思いましたけど、世界大会で勝ったからといって特別それで何かが変わったというのはなかったですね。

――頂点に立って奢ってしまうことはなかったんですか?
梅原氏:少しはあるかな、と思っていたんですけど、全然なかったです。当時は一生懸命やってるものをバカにされたくないっていう気持ちがすごく強くて、ゲームをこんなに真剣にやってるやつがいるんだって思わせたかったんですよね。でも、自分が日本一になっても、部活とか勉強を頑張ってる友達からしてみたら、自分がゲームで日本一であることなんてどうでもいいことなわけです。有名になったといっても、ただゲームが好きな連中の間でだけ有名なので、“俺すげーんだぜ”っていうふうにはなりようがなかったですね。

【梅原大吾(うめはら・だいご)】
1981年5月19日、青森県生まれ。日本人で初めて“プロ・ゲーマー”という職種を築いたプロ格闘ゲーマー。14才で日本一、17才にして世界一に。一時期、ゲームを辞めて飛び込んだ麻雀の世界でも3年間でトップレベルに。ゲーム界復帰後、2010年にアメリカの企業とプロ契約を結ぶ。同年“世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー”としてギネス認定。“背水の逆転劇”と呼ばれる試合の動画再生回数は、全世界で2000万回を超える。

関連キーワード

関連記事

トピックス

《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
大阪桐蔭野球部・西谷浩一監督(時事通信フォト)
【甲子園歴代最多勝】西谷浩一監督率いる大阪桐蔭野球部「退部者」が極度に少ないワケ
NEWSポストセブン
がんの種類やステージなど詳細は明かされていない(時事通信フォト)
キャサリン妃、がん公表までに時間を要した背景に「3人の子供を悲しませたくない」という葛藤 ダイアナ妃早逝の過去も影響か
女性セブン
創作キャラのアユミを演じたのは、吉柳咲良(右。画像は公式インスタグラムより)
『ブギウギ』最後まで考察合戦 キーマンの“アユミ”のモデルは「美空ひばり」か「江利チエミ」か、複数の人物像がミックスされた理由
女性セブン
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
30年来の親友・ヒロミが語る木梨憲武「ノリちゃんはスターっていう自覚がない。そこは昔もいまも変わらない」
女性セブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
大谷翔平の通訳・水原一平氏以外にもメジャーリーグ周りでは過去に賭博関連の騒動も
M・ジョーダン、P・ローズ、琴光喜、バド桃田…アスリートはなぜ賭博にハマるのか 元巨人・笠原将生氏が語る「勝負事でしか得られない快楽を求めた」」
女性セブン
”令和の百恵ちゃん”とも呼ばれている河合優実
『不適切にもほどがある!』河合優実は「偏差値68」「父は医師」のエリート 喫煙シーンが自然すぎた理由
NEWSポストセブン
大谷翔平に責任論も噴出(写真/USA TODAY Sports/Aflo)
《会見後も止まらぬ米国内の“大谷責任論”》開幕当日に“急襲”したFBIの狙い、次々と記録を塗り替えるアジア人へのやっかみも
女性セブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン