現在独身の鞍田に興味津々の矢沢は勝手に3人で会う約束をし、何とかその場は切り抜けたが、塔子はその帰りに鞍田と落ち合い、バーのトイレで強引に行為に及んだことも、矢沢に白状せざるを得なかった。彼女は身にしみて知っているのだ。〈不道徳な行為は、かならずしも女同士の信頼を壊しはしない。それよりもタブーなのは隠し事〉だと。

「女子文化ではそうなんです。不倫より何より、隠すことが一番悪い!(笑い)。実際まわりでも女性の不倫は増えている気がするし、『実は好きな人がいて』と誰かが言い出すと『実は私も』『私も』って皆で渡れば怖くない的な集団心理が働くんですかね(笑い)。倫理はさておき、そういう現実を今は、俄然書きたいです」

 やがて翠を預け、鞍田の知人の会社で仕事を始めた塔子は充実感を覚えていた。時折顔を出す鞍田や年上の同僚〈小鷹〉の視線に晒される日々は彼女を昔のように輝かせる一方、小鷹に突然キスされた翌朝、平然と母親の顔に戻れる自分に塔子は戸惑いも感じていた。〈女という性を内包したまま、母親という役割を生きている今の私がどれほど危ういか〉〈夫と子供までいる自分にアプローチしてくれる〉〈そう考えてしまうことが、私の弱さだ〉

「塔子が〈愛するだけじゃだめ。愛されたい〉というのは女の本音だと思うんです。いくら仕事で成功していても男性に袖にされるだけで自信なんて簡単に崩壊するし、なぜこんなに異性の評価から逃れられないのかと頭では分かっていても、自己評価は男の人次第で天にも昇れば地にも堕ちる。

 実は今朝も、うちの夫(作家・佐藤友哉氏)が孝謙天皇と道鏡の話を延々していて、要は天皇として自信を喪失していた彼女が道鏡と出会ってから、いきなり強気になって政権も復活し、『これって女子のアレだよね』『確かに』って(笑い)。

 私も20代の頃は何となく結婚したら自分が安定する気がしたし、周りも結婚とか出産とか、世間的な価値ばかり集めていた。ところが家庭と男女の色気なんて実際は両立しないし、精神と肉体が分裂寸前なのが、今の女性なのかなあ、って」

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