遺族への取材も多く行った。
安楽死容認国・オランダに向かった私は、2013年、認知症を理由に安楽死を遂げた元船大工のシープ(享年79)の遺族を当たった。決行当日、集まった家族25人を前にシープは、こんな言葉を言い残したという。
「いいかい、人間はみんな個人の生き方があるんだ。死ぬ権利だってある。誰ひとりとして、人間の生き方を他人が強要することなんてできないんだ。それだけは理解してくれ」
世界的にみても、安楽死は、おおよそ3つの条件が備わらないと決行できない。
【1】本人の意思表示、【2】不治の病である、【3】耐えがたい苦痛を伴う
このケースがはたして、「耐えがたい痛み」に該当するのか否か。この疑念は、ベルギーで2002年から法的に許された精神病患者の安楽死にも、当てはまる。当初は、この正当性に否定的だった私も取材するなかで、意識が変わっていった。
ベルギーで30年以上にわたる躁鬱病生活に終止符を打ち、2013年、49歳でこの世を去った男性・クンのケースを取材した。母と娘(血の繋がりはない)は、クンを診断した女医からこう言われたという。
「彼は刑務所で独房生活をしているようなもの。彼はそこから解放されたい。彼にとって死は、自由と平和を手に入れることなの」