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「原発近くの双葉病院が患者放置」は完全に誤報と院長が反論

2011.07.19 07:00

 事故を起こした福島第一原発からわずか4.5km。国の指示による避難劇のなかで、「双葉病院」の医師らは「患者を見捨てて逃げた」と報じられ、激しい非難を浴びた。だが、それは真実ではない。被曝の恐怖のなか、必死に患者の命を救おうとした医療者たち

 事故を起こした福島第一原発からわずか4.5km。国の指示による避難劇のなかで、「双葉病院」の医師らは「患者を見捨てて逃げた」と報じられ、激しい非難を浴びた。だが、それは真実ではない。被曝の恐怖のなか、必死に患者の命を救おうとした医療者たちがいたのである。なぜ大誤報がバラ撒かれたのか。ノンフィクション作家・森功氏がその真相を追った。

 * * *
 双葉病院院長の鈴木市郎と私が東京都内で会ったのは6月15日だ。戦前の昭和9(1934)年9月生まれ。今年喜寿を迎えるが、年齢よりずいぶん若く見える。スポーツ刈りで、小麦色に焼けた顔は、肌艶がいい。声も大きく、病院の院長というより、高校野球の監督のようなイメージである。鈴木は3月17日夕刻、思わぬ形で事態を知る。

「まったく予想もしなかった。この件を最初に知ったのは、マスコミからの問い合わせでした。地元ローカル局のテレビユー福島から、私たちが避難していたいわき市内の病院にかかってきた電話です。県の発表をテレビニュースで流したので、局に問い合わせのメールが殺到したらしい。50通ぐらいといっていたかな」

 さすがにこたえている様子を隠せない。しかし、むしろ自らの消沈ぶりを拭い去るようにつとめて明るく振る舞う。テレビ局宛のメールは大半が病院バッシングだったはずだが、鈴木はこう話した。

「そのメールの中に『鈴木市郎はそんな男ではないので、調べてごらん』と庇ってくれたものがあり、『実際はどうなんですか』って報道部長から私に電話がありました。お話ししたら報道部長もわかってくれたが、それで事情を知ったんです。ですが、一度こうなるとどうしようもありません」

 努めて明るく振る舞う態度とは裏腹に、心の底に伊澱のようにたまっている無念さは消えない。

「娘なんかは非常に悔しがっていますけど、正直にいえば、いまさら名誉回復してもどうにもならない、悪者なら悪者で結構だという諦めはあるんです。ただ、なぜこんなことになったのか、どこで何が食い違ってしまったのか。仮に私に原因があるのなら、はっきりさせたいという思いはあります」

 県災害対策本部の発表後、テレビユー福島をはじめとした報道機関の問い合わせで事を知った鈴木は、すぐさま電話で県庁に抗議した。「私たちはずっと病院で患者を救おうと介護してきたんだ。それを置き去りにしたとは、どういうことか」

 対応したのは対策本部救援班の副班長だった。「病院から離れていたんではないですか。そこまでいうなら、訂正しますよ。それでいいんでしょ」副班長が開き直る。鈴木の腹の虫はおさまらない。「こんなことがもし明日の朝刊に出たら、どう責任をとってくれるんだ。その時は、腹でも切れよ」

 こう詰問すると、副班長が反論する。「私は訂正するといっているんだよ。それでも足りないというなら、あなた方が記者会見でも何でもやればいいじゃないか」

 鈴木は思わず電話口で声を荒らげた。「なぜ私らが記者会見をしなければいけないんだ。間違った発表をしたのはそっちだろう。責任はそっちじゃないのか」

 押し問答の末、電話は切られた。その直後、県側は発表を訂正している。時事通信の配信によればこうだ。

〈「避難時に院長いた」=福島県が訂正発表 福島県は17日夜、福島第1原発の事故で避難指示が出た双葉病院(福島県大熊町)で高齢者らが避難する際、医師や病院関係者らがいなかったと同日発表したことについて、自衛隊の救出時には院長がいたと訂正した〉

 記事の配信そのものは明くる3月18日1時18分。新聞ならその日の朝刊締め切りにも間に合う。だが、双葉病院側にとって、訂正はほとんど意味をなさなかった。先述したように、朝刊の大報道をきっかけに、病院や院長へのバッシングの嵐が吹き荒れ、それは今も収まっていない。(文中敬称略)

※週刊ポスト2011年7月22・29日号

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