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「あいつら避難所にクルマで乗りつける」被災者が朝日に怒る

 東日本大震災関連でお涙頂戴記事を繰り返していたのはどのメディアも同じだが、“天下の朝日”は一味違っていた。記事からにじみ出る傲岸さと、想像力の欠如。朝日新聞の「がんばろう」が、被災者の胸にむなしく響く。文筆家・今井照容氏が指摘する。

 * * *
 朝日新聞は市井の人々の生活感情を土足で踏みにじることも厭わない。東日本大震災に際し、社名入りの腕章を巻いた記者が恥も外聞もなく被災地を闊歩していた。いったい腕章を巻いていることにどんな意味があるというのか。

 私が被災地入りした4月に小名浜港で知り合った被災者のひとりがつぶやいた。漁業関係者だという。

「あいつら避難所に毎日、クルマで乗りつけて来るんだけど、避難所の手前でクルマを降りるといった配慮がねぇんだよ。社名の入った腕章をつけているから新聞社の人間だということはすぐにわかる。オレはお前らとは違うんだぞ、偉いんだぞと言わんばかりに歩いている」

 要するに被災地を腕章が胸を張って歩いているのだ。あの腕章は朝日新聞が被災者の痛みに対する想像力を欠いた象徴に他なるまい。腕章を巻いている限り、被災地を俯いて歩かざるを得ない者の生活に寄り添えるはずもなかろう。これが東京にいて被災地を妄想する「デスクワークの英雄」になるともっと悲惨である。

 4月25日の天声人語は被災者が体育館でカップ麺をすする姿に「高級割烹を営む」料理人の「体育館で吸い物を飲んでもうまくない」という言葉を思ったと書いている。

「避難所の13万人が待ちわびるのは内輪の食卓に違いない」「薄くても壁があり、メディアの目が届かない個室に、集まれるだけの家族がそろう」「そんな当たり前のだんらんを許す仮設住宅を早く、と叫びたい」と続く。

 市民運動出身の政治家が総理大臣に就任するや否や赤坂の高級料亭で晩飯を取るようになったこの国の新聞に相応しく、天声人語氏も高級割烹に足しげく通っていらっしゃるのだろう。

 しかし、忘れては困るが年収300万円以下が人口の4割を超えている中、朝日新聞の読者といえども、その大半は天声人語氏言うところの高級割烹の味なんぞ知らずに生涯を閉じるに違いない。それとも、だからこそ高級割烹の味を知っていることを自慢し、朝日新聞の高給ぶりを自慢でもしたかったのだろうか。

 私に言わせれば天声人語氏は、被災者はもちろんのこと、市井に生まれ育ち、比喩ではなしに汗水流して働き生活し、やがて老いて死ぬという生涯を送る「ただの人間」の喜びや悲しみに対する想像力を決定的に欠如させているのだ。しかも、そのことに無自覚だ。

 避難所となった体育館で仲間とともに味わう吸い物は言うまでもなく、「余震に揺れる照明の下で、寒風の中で、当座の命をつないだ」おにぎりや菓子パン、自衛隊やボランティアによる炊き出しの「善意の湯気が立つ豚汁、激励のスパイスが利いたカレー」の旨さは、その感動とともに生涯にわたって記憶に刻まれる味になったのではなかろうか。仮設住宅に入居してから実現する「内輪の食卓」でも味わえない旨さだ。庶民の暮らしにおいては、そういうことがあり得るのである。

 天声人語で紹介された高級割烹を営む料理人にしてからが、被災し、体育館での生活を余儀なくされたならば、そこで供される吸い物を涙を流しながらすするのではあるまいか。朝日新聞の天声人語氏のごとき「デスクワークの英雄」であれば尚更のことだろうて!

 朝日新聞は東日本大震災の大量の報道で、「ただの人間」の生活を織り込んでいないことを露呈してしまったどころか、むしろ市井に息づく「ただの人間」を積極的に隠蔽してしまったのだ。6月に大槌町を訪れた際に聞いた被災者の声が忘れられない。

「がんばろうって言うのはポスターとか新聞、テレビの中だけの話だよ。街を威勢よく歩いているのはボランティアの人たちだけでね」

 何故に朝日新聞をはじめとしたマスメディアはこうした声を切り捨ててしまうのか。一度、社名入りの腕章を捨てて街に出てみるがよい。これまでと違った世界が眼前に開けるはずだ。

※SAPIO2011年8月3日号

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