広瀬和生氏は1960年生まれ、東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に接する。その広瀬氏が、「素晴らしい」と絶賛するのが三遊亭きつつきである。
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圓楽党の逸材、三遊亭きつつき。このところ僕が熱心に追いかけるようになった若手だ。
1979年生まれ、2003年に三遊亭圓橘に入門して前座名「橘つき」、2006年に二ツ目昇進して「きつつき」と改名。2007年にさがみはら若手落語家選手権で優勝している。
師匠の圓橘は、堅実な芸風で知られる古典の名手。元は三代目三遊亭小圓朝の弟子で、師の没後、五代目圓楽一門に移り、鳳楽・楽太郎(現六代目圓楽)・好楽らと共に「圓楽党の四天王」と称された。
その圓橘に入門したくらいだから、きつつきも堅実な芸風かというと、さにあらず。エネルギッシュな高座が魅力の、奔放な爆笑派だ。古典のテクニックは粗削りだが、とにかく面白い! このまま伸びれば間違いなく現代落語界の最前線で活躍することになる器だ。
きつつきは、「自分の落語の確立」に向かってガムシャラに突き進んでいる。彼の最大の長所は、落語の面白さをとことん追究するアグレッシヴな姿勢だ。自分の世界をしっかり築き、それを全力投球で観客にぶつける。それが出来なければ、自分が落語家である意味が無い……そんな覚悟が高座から伝わってくる。
僕がハッキリと「きつつきは逸材だ!」と認識したのは、ある落語会で『長短』と『棒鱈』を立て続けに観たときだ。
極端に気が長い男(長七)と気が短い男(短七)の会話だけで成り立つ『長短』は、ヘタな演者だとわざとらしさが鼻について全然笑えないが、きつつきは長七と短七の口調が実に自然で、だからこそ両者の対比が際立って新鮮に笑えたし、最後に短七の女房が出てくる独創的な演出にも意表を突かれた。
田舎侍と江戸っ子が喧嘩する『棒鱈』もまた演者を選ぶ難しい噺だが、きつつきは全編オリジナリティ溢れる演出で爆笑を誘う。田舎者の芸者を登場させる『棒鱈』なんて初めて観たが、それは決して小手先のギャグではなく、きちんと噺の本質を踏まえたうえでの「型破り」なのである。だからこそ素晴らしい。
※週刊ポスト2011年11月4日号