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釜石の書店店主「昔は良かった、とは思わないようにしてる」

 週刊ポストの連載「復興の書店」では、これまで被災地の書店や「移動書店」などの取り組み、地元出版社や被災した製紙工場を断続的に取材してきた。しかしその一方、沿岸部で津波被害に遭い、店舗そのものが流失してしまった書店では、再開しようにも長い時間と準備が必要だった。

 震災から一年が過ぎようとしているいま、それでも「書店」を続けようとしてきた彼らは何を思い、どう行動してきたのだろうか。テントでの営業、プレハブの仮設商店街、新しい店舗での再開……。様々な場所で新たな店を作り、一から棚に「本」を並べ始めた人々のもとを、ノンフィクション作家の稲泉連氏が訪ねた。

 * * *
 岩手県山田町から南の大槌町を過ぎ、沿岸を通る国道四五号線をさらに南下すると、一時間程で釜石市街地に着く。甚大な被害を受けた港湾沿いの中心部の一角に、骨組みだけとなった桑畑書店の建物が今もある。そしてそこから五〇〇mほど離れた石慶禅寺の近くに、同書店の仮設店舗が入る商店街のプレハブが軒を並べていた。建物と建物の間で大漁旗が冷たい風に吹かれてはためいている。

 以前は七〇坪の書店だったが、今は九坪の敷地しかない。

「正直に言えばね、やっぱりつらいですよ」と店主の桑畑眞一さんは言った。

「ただ、お客さんがついてきているから。少しずつ、店が小さくても来てくれている。その人たちのニーズに合った店にしないとね。この狭い敷地にどんな本を並べるか、日々、研究です」

 祖父が創業した桑畑書店は、釜石市で最も古い書店だった。新日鉄釜石製鉄所のある街には、全国でもいち早く鉄道が敷かれた。到着した荷物をリヤカーで運んでいたその頃から数えて、今年で創業七七年目を迎えている。

 震災以来、桑畑さんは店を再開するために奔走してきた。店舗とその横にあった自宅が流され、残されたのは長年の間に培ってきた定期購読者のリストである一冊の台帳だけだった。

「大口の台帳はなかったけれど、小口のお客さんのデータだけは瓦礫の中から見つけ出せたんです。とにかく、やるしかない。そう思って店の瓦礫を片付けながら、記憶を頼りに雑誌を取ってくれていた病院や美容室などを回った。どの雑誌を定期購読していたかを一つずつ聞いていったんです」

 パズル誌、NHKのテキスト、週刊誌、スポーツ誌、囲碁や手芸といったあらゆる趣味の雑誌……。電話が通じないため、何百人というお客のもとに自転車で向かい、消えてしまったデータを少しずつ取り戻していったのだ。

 そうして配達先の情報はほぼ元通りになったが、やはり店舗が欲しい。

「病院の売店やスーパーにもスタンドを置いているけれど、店がないと書籍や文庫を収められないし、どんな本が釜石で売れているのかも分からない。それに失業している従業員を再雇用したいという思いもありました。だからたとえ九坪でもいい、やっと店ができたときは嬉しかったです」

 敷地には「KAMAISHIの箱」と呼ばれる木造のログハウスが建てられている。昨年一二月に書店を再開して以来、釜石市を舞台としたノンフィクション作品『遺体』の著者である石井光太氏、野田武則市長らを招いたシンポジウムや、絵本の読み聞かせの会などをここで主宰してもきた。

「とにかく、津波で流されたこの辺りは人が少ない。どうしたら人が集まるのかをいつも考えているんです」

 かつて市内で最も大きな床面積を誇った桑畑書店は、街中から本を求めて人が集まる場所だった。車を収容する広々とした駐車場もあった。しかし今はまだ、同店が再開されたことを知らない人も多い。

「最初から、津波の来る前のことは考えなかった」と彼は言う。

「俺は絶対に昔は良かった、とは思わないようにしてる。今後のことだけを考えるようにしているんです。そうじゃなきゃ何もできないですから」

 まずはこの店で三年間続ける。そして利益を出せるようにした後、必ず新しい店を建てたい──。

「もちろん、思い通りにはいかないかもしれません。考え出せばきりがない。被災した店の鉄骨が使えるか分からないし、地盤がどれだけ沈んでいるのかもまだ正確には分からないわけですから。果たして元の場所に建てられるのかどうか……。でも、願いとしてはそこに店を建てたい。もう少し店を広げて、一〇〇坪くらいにしたいんです。それで建物の二階に暮らす。そこをね、終の棲家にしたいと思っているんです」

※週刊ポスト2012年3月9日号

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