グラビア

連載特別編 角打ち信者が一度は呑みに行きたい「総本山」

角打ち教の総本山 魚住酒店

 酒屋の店先で、きゅーっとひっかける立ち呑み。この粋な呑み方を角打ちと称するが、その発祥の地が、福岡県北九州市なのだ。全国の角打ち名店を訪ね、呑み歩いてきたシリーズ。今回は特別編、北九州市出身の画家・牧野伊三夫氏と地元の名物店を歩いてみた。

■角打ち総本山で、お母さんの手料理に涙する

『魚住酒店』は昭和20年1月、市内の栄町からこの場所に疎開した。当時この界隈は料亭や置屋があり、芸者や鳴り物師などが行き来する、にぎやかな土地だったという。しかし現在は、旧料亭・三宜楼(さんきろう)の木造3階建ての建物がわずかに名残を残すのみで、ゆっくりと流れる時間が見えるような、静かな一画になっている。

「疎開した時点ですでにこの木造の家は築100年経っていたといいます。店についても、昭和14年以前の記録がなくて、創業は昭和初期としかいえないんですよ」と、3代目魚住哲司さん(48)。

 店構えも店内も、恐ろしく古めかしく、まるで神が宿っているような荘厳な雰囲気がある。北九州は角打ち発祥の地であり、現在も300軒近い数の店があるといわれる。そんな中にあって、もし“角打ち教”といわれる宗教があったとしたならば、全国に点在する信者が、巡礼をしながらでも一度は呑みに行きたいと憧れる「総本山」といってもいい存在の店なのだ。

 もうずっと以前から、そんな神の館で暮らしていると思わせる哲司さんだが、実は5年前までは、広島の印刷会社でサラリーマンをしていた。
「継ぐ気も戻る気もなかったんですが、父が病気で倒れてしまったもので。帰ってきてくれと直接的には言われませんでしたけど、やっぱりそこはね。正式に継いだのは、おととしの4月です」

 縦長で居心地のいい狭さの店内に大きな冷蔵庫が3台。客はここから勝手に地酒や焼酎ハイボールを取り出し、自己申告をする。角打ちをこよなく愛するあまり、有志とともにこの店で『角文研』(北九州角打ち文化研究会)を旗揚げした須藤輝勝会長(64)も、「それが角打ちの真の姿。こういう店だからこそ、大事にしたいですよ。北九州の文化、日本独特の文化ですしね」と、力説する。

 曲がりくねった細くて急な坂道の途中にあるこの店。人通りも恐ろしく少ない。
「区役所の方々がしょっちゅう来てくれます。もちろん、角文研のみなさんも。機内誌を読んで、北九州空港からまっすぐタクシーを飛ばして来たなんて人もいます。にぎやかな場所じゃないし、混まないからいいんです」(哲司さん)

 奥の台所では、お母さん(先代夫人・眞由美さん・71)が、うまい料理をせっせと作っては出してくる。「うちの今晩のおかずだから」と笑いながら言って、決してお金を取ることはない。

「お客さんがね、庭でとれた野菜だよとか、おいしそうな魚を売っていたんで買ってきたとか言って、持ってきてくれるのよ。みんな家族だからね。食べてもらいたいじゃないの」(眞由美さん)
 そんな言葉に、下関から船で海峡を渡って通ってきたという客が、涙ぐんだ。

■魚住酒店
【住所】北九州市門司区清滝4-2-35
【電話】093-332-1122
【営業時間】9時~21時。無休
日本酒260円、ビール大びん360円、焼酎ハイボール150円。つまみはソーセージ80円、缶詰250円~。眞由美さんの作る家庭料理は、基本的に無料。

関連キーワード

関連記事

トピックス

ドジャース入団時、真美子さんのために“結んだ特別な契約”
《スイートルームで愛娘と…》なぜ真美子さんは夫人会メンバーと一緒に観戦しないの? 大谷翔平がドジャース入団時に結んでいた“特別な契約”
NEWSポストセブン
靖国神社の春と秋の例大祭、8月15日の終戦の日にはほぼ欠かさず参拝してきた高市早苗・首相(時事通信フォト)
高市早苗・首相「靖国神社電撃参拝プラン」が浮上、“Xデー”は安倍元首相が12年前の在任中に参拝した12月26日か 外交的にも政治日程上も制約が少なくなるタイミング
週刊ポスト
相撲協会の公式カレンダー
《大相撲「番付崩壊時代のカレンダー」はつらいよ》2025年は1月に引退の照ノ富士が4月まで連続登場の“困った事態”に 来年は大の里・豊昇龍の2横綱体制で安泰か 表紙や売り場の置き位置にも変化が
NEWSポストセブン
三重県を訪問された天皇皇后両陛下(2025年11月8日、撮影/JMPA)
《季節感あふれるアレンジ術》雅子さまの“秋の装い”、トレンドと歴史が組み合わさったブラウンコーデがすごい理由「スカーフ1枚で見違えるスタイル」【専門家が解説】
NEWSポストセブン
俳優の仲代達矢さん
【追悼】仲代達矢さんが明かしていた“最大のライバル”の存在 「人の10倍努力」して演劇に人生を捧げた名優の肉声
週刊ポスト
10月16日午前、40代の女性歌手が何者かに襲われた。”黒づくめ”の格好をした犯人は現在も逃走を続けている
《ポスターに謎の“バツ印”》「『キャー』と悲鳴が…」「現場にドバッと血のあと」ライブハウス開店待ちの女性シンガーを “黒づくめの男”が襲撃 状況証拠が示唆する犯行の計画性
NEWSポストセブン
全国でクマによる被害が相次いでいる(右の写真はサンプルです)
「熊に喰い尽くされ、骨がむき出しに」「大声をあげても襲ってくる」ベテラン猟師をも襲うクマの“驚くべき高知能”《昭和・平成“人食い熊”事件から学ぶクマ対策》
NEWSポストセブン
オールスターゲーム前のレッドカーペットに大谷翔平とともに登場。夫・翔平の横で際立つ特注ドレス(2025年7月15日)。写真=AP/アフロ
大谷真美子さん、米国生活2年目で洗練されたファッションセンス 眉毛サロン通いも? 高級ブランドの特注ドレスからファストファッションのジャケットまで着こなし【スタイリストが分析】
週刊ポスト
超音波スカルプケアデバイスの「ソノリプロ」。強気の「90日間返金保証」の秘密とは──
超音波スカルプケアデバイス「ソノリプロ」開発者が明かす強気の「90日間全額返金保証」をつけられる理由とは《頭皮の気になる部分をケア》
NEWSポストセブン
三田寛子(時事通信フォト)
「あの嫁は何なんだ」「坊っちゃんが可哀想」三田寛子が過ごした苦労続きの新婚時代…新妻・能條愛未を“全力サポート”する理由
NEWSポストセブン
大相撲九州場所
九州場所「17年連続15日皆勤」の溜席の博多美人はなぜ通い続けられるのか 身支度は大変だが「江戸時代にタイムトリップしているような気持ちになれる」と語る
NEWSポストセブン
初代優勝者がつくったカクテル『鳳鳴(ほうめい)』。SUNTORY WORLD WHISKY「碧Ao」(右)をベースに日本の春を象徴する桜を使用したリキュール「KANADE〈奏〉桜」などが使われている
《“バーテンダーNo.1”が決まる》『サントリー ザ・バーテンダーアワード2025』に込められた未来へ続く「洋酒文化伝承」にかける思い
NEWSポストセブン