ライフ

食肉豚を買い育て、出荷し、肉にして食べたルポルタージュ

【書評】『飼い喰い 三匹の豚とわたし』(内澤旬子著/岩波書店/1995円)
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)

 * * *
 私たちは何を食べているのだろうか。そんな問いからはじまったルポである。約一年をかけ、三頭の肉豚を飼い育て、屠畜場に出荷し、肉にして食べるまでを追った。しかも著者自身が、である。

 内澤旬子の著書に十年間にわたって国内・世界各地の畜現場を取材した『世界屠畜紀行』がある。あまたの家畜の死を見届けてきた。

〈彼らがかわいそうだという感情を抱いたことはない。彼らの死骸を食べることで、私たち人間は自らの生存を支える。それは自明のことだからである〉

 この取材をとおして、家畜たちが「肉になる前」を知りたくなった。どのように生まれ、何を食べ、どんな場所で飼われるのか。著者の凄味はこのひと言だ。〈私自身が豚たちを飼ってみて何を感じるのか、じっくりと気が済むまで体験した〉。大規模養豚農家、飼料会社、獣医師、屠畜場、精肉、卸業者などにも取材を重ね、畜産の現状、その変貌もふくめ明らかになる。

 とはいえ気負いのない文章は軽やかで、彼女自身が感じた疑問をさまざまな協力を得ながら知識をたくわえ、ひとつひとつ解決していこうとする。知らなかったことを体験をつみ重ね、理解していく。その過程そのものが普遍的な説得力を持つ。ルポルタージュの本質に目を開かされる思いがした。

 豚の受精から立会う。千葉県の、もとは居酒屋だったという廃屋を借りて「軒先飼い」をはじめるが、難題の連続だった。やがて日本の養豚の飼養戸数が激減し、大規模化した背景が具体的に浮かび上がってくる。飼料の問題、糞の処理や病気のこと、一頭あたりの驚くほどの価格の安さ。厳しい状況のなか、志と知恵を持ち仕事に励む人びとの姿も丁寧に描かれる。

 それぞれ名を与え、戯れた三頭の豚たちはしだいに個性を見せはじめる。それでも愛情をこめて育て、最終的に換金する「畜産」に動物の生死と人間の生存が有機的に共存する「豊かさ」を感じている彼女の態度はぶれない。最後に肉となった豚を味わう著者の感慨は、例えようもなく美しい。

※週刊ポスト2012年4月13日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

水原一平氏のSNS周りでは1人の少女に注目が集まる(時事通信フォト)
水原一平氏とインフルエンサー少女 “副業のアンバサダー”が「ベンチ入り」「大谷翔平のホームランボールをゲット」の謎、SNS投稿は削除済
週刊ポスト
解散を発表した尼神インター(時事通信フォト)
《尼神インター解散の背景》「時間の問題だった」20キロ減ダイエットで“美容”に心酔の誠子、お笑いに熱心な渚との“埋まらなかった溝”
NEWSポストセブン
水原一平氏はカモにされていたとも(写真/共同通信社)
《胴元にとってカモだった水原一平氏》違法賭博問題、大谷翔平への懸念は「偽証」の罪に問われるケース“最高で5年の連邦刑務所行き”
女性セブン
富田靖子
富田靖子、ダンサー夫との離婚を発表 3年も隠していた背景にあったのは「母親役のイメージ」影響への不安か
女性セブン
尊富士
新入幕優勝・尊富士の伊勢ヶ濱部屋に元横綱・白鵬が転籍 照ノ富士との因縁ほか複雑すぎる人間関係トラブルの懸念
週刊ポスト
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン
カンニング竹山、前を向くきっかけとなった木梨憲武の助言「すべてを遊べ、仕事も遊びにするんだ」
カンニング竹山、前を向くきっかけとなった木梨憲武の助言「すべてを遊べ、仕事も遊びにするんだ」
女性セブン
大ヒットしたスラムダンク劇場版。10-FEET(左からKOUICHI、TAKUMA、NAOKI)の「第ゼロ感」も知らない人はいないほど大ヒット
《緊迫の紅白歌合戦》スラダン主題歌『10-FEET』の「中指を立てるパフォーマンス」にNHKが“絶対にするなよ”と念押しの理由
NEWSポストセブン