ライフ

戦艦大和17歳の乗組員が故郷の母に別れを告げる場面を再現

 ノンフィクション作家・門田隆将氏が100人を超える生還した兵士たちを全国に訪ね、取材した『太平洋戦争 最後の証言』(小学館刊)。三部作の完結編となるのが「大和沈没編」である。門田氏は大和の乗組員に最後の休暇が与えられ、里帰りするシーンをこう書いている(文中敬称略)。

 * * *
 レイテ戦(昭和19年10月23~25日)のあと、傷ついた大和は母港・呉に戻った。レイテ戦を生き抜いた兵たちに最後の休暇が与えられたのは、この時だ。
 
 すでに帝国海軍は事実上、壊滅状態で、さらにレイテ戦に敗れたことによって南方の重油は完全にストップしていた。もはや、兵たちは、その先に「死」しかない状態を迎えていた。
 
 当時、十七歳の戸田文男(84)は昭和十九年十二月、三日間の休暇を得て、故郷の愛知県南設楽郡東郷村(現在は新城市)に帰った。戸田は第二主砲塔の砲員だ。それは、間もなく自分が戦死することを伝えにいく残酷な帰郷でもあった。
 
「もう、電報を打つ時間もなくてね。汽車に飛び乗って帰っていきました。家に着いたのは午後四時頃かな。畑仕事をする母親の姿が目に飛び込んで来てね。“おっかさーん!”って呼んだら、おふくろがびくっとしたように声に気がついてね。“文男っ! 文男か!”って叫びましたよ」
 
 母は畑に鍬を放り出したまま、わが子に駆け寄り、何度も息子に頬擦りをした。
 
「親父は大工で、この時、泊まりがけの仕事に出ていてすぐに電報を打ちましたが、私は一日しかおれませんから、間に合いませんでした。おふくろは何度も“明日帰るの?”って言うんです。そしたらもう、おふくろは離れない。便所へいくにも、お風呂へ入るにも、私から離れない。寝るのも添い寝ですよ。兄弟がおっても、私にぴったりくっついたままでした」
 
 その晩、戸田の大好きなお汁粉を母は出してくれた。
 
「砂糖のないあの時代に、どっかで調達したんだと思います。こんなに子供のことを見とるんかなあと思ってねえ。妹に聞いたら、おふくろは、お百度を踏んどる、と。朝、この寒い日にも、氏神さまの鳥居から拝殿まで、百回もまわるんだそうです、毎日、毎日……。それを聞いて、本当に、言葉がなかったね」
 
 ありがたく、もったいないような休暇は、あっという間に過ぎた。戸田は家を出る時、自分がもう生きては帰れないことを母に告げなければならなかった。意を決して戸田はこう言った。
 
「おっかさん、今度はとても駄目だで。諦めておくれん(諦めておくれ)」
 
 と。母もとうにそのことはわかっていただろう。村に次々と帰ってくる“英霊”の数を見れば、わかるはずだ。だが、たとえ頭でわかってはいても、それがわが子になるとは、考えられなかったに違いない。母は無言だった。
 
「海軍は沈んじゃうから……骨は帰らんで」
 
 戸田は、そう続けた。
 
「残してある髪の毛でお弔いをしておくれん」
 
 戸田は、その時の母の表情を七十年近く経った今も忘れることはできない。
 
「おふくろは、唇をクッと噛みしめてね。返事はなかったですよ。その時に私、まだ十七歳でしょう。こっちも、それ以上は何も言えんかった。おふくろはその時、もう駅まで私をよう送らなかったですよ。これが最後になることがお互いわかっているから、もう、おふくろには(見送りは)無理だったね……」
 
 大和の乗組員は、こうして親きょうだい、そして故郷に別れを告げていった。

※週刊ポスト2012年5月4・11日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

STAP細胞騒動から10年
【全文公開】STAP細胞騒動の小保方晴子さん、昨年ひそかに結婚していた お相手は同い年の「最大の理解者」
女性セブン
水原一平容疑者は現在どこにいるのだろうか(時事通信フォト)
大谷翔平に“口裏合わせ”懇願で水原一平容疑者への同情論は消滅 それでもくすぶるネットの「大谷批判」の根拠
NEWSポストセブン
大久保佳代子 都内一等地に1億5000万円近くのマンション購入、同居相手は誰か 本人は「50才になってからモテてる」と実感
大久保佳代子 都内一等地に1億5000万円近くのマンション購入、同居相手は誰か 本人は「50才になってからモテてる」と実感
女性セブン
宗田理先生
《『ぼくらの七日間戦争』宗田理さん95歳死去》10日前、最期のインタビューで語っていたこと「戦争反対」の信念
NEWSポストセブン
焼損遺体遺棄を受けて、栃木県警の捜査一課が捜査を進めている
「両手には結束バンド、顔には粘着テープが……」「電波も届かない山奥」栃木県・全身焼損死体遺棄 第一発見者は「マネキンのようなものが燃えている」
NEWSポストセブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
ムキムキボディを披露した藤澤五月(Xより)
《ムキムキ筋肉美に思わぬ誤算》グラビア依頼殺到のロコ・ソラーレ藤澤五月選手「すべてお断り」の決断背景
NEWSポストセブン
(写真/時事通信フォト)
大谷翔平はプライベートな通信記録まで捜査当局に調べられたか 水原一平容疑者の“あまりにも罪深い”裏切り行為
NEWSポストセブン
逮捕された十枝内容疑者
《青森県七戸町で死体遺棄》愛車は「赤いチェイサー」逮捕の運送会社代表、親戚で愛人関係にある女性らと元従業員を……近隣住民が感じた「殺意」
NEWSポストセブン
大谷翔平を待ち受ける試練(Getty Images)
【全文公開】大谷翔平、ハワイで計画する25億円リゾート別荘は“規格外” 不動産売買を目的とした会社「デコピン社」の役員欄には真美子さんの名前なし
女性セブン
眞子さんと小室氏の今後は(写真は3月、22時を回る頃の2人)
小室圭さん・眞子さん夫妻、新居は“1LDK・40平米”の慎ましさ かつて暮らした秋篠宮邸との激しいギャップ「周囲に相談して決めたとは思えない」の声
女性セブン
いなば食品の社長(時事通信フォト)
いなば食品の入社辞退者が明かした「お詫びの品」はツナ缶 会社は「ボロ家ハラスメント」報道に反論 “給料3万減った”は「事実誤認」 
NEWSポストセブン