【書評】『ルポエッセイ 感じて歩く』(三宮麻由子/岩波書店/1890円)
【評者】川本三郎(評論家)
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名著『そっと耳を澄ませば』などエッセイストとして活躍する三宮麻由子さんは四歳の時に病気のため視力を失った。その後、上智大学でフランス文学を学び、現在は通信社で翻訳の仕事をしている。
自らを「シーンレス」(風景がない)と呼ぶ三宮さんが町を歩くとは何かを考える。全盲の人間も社会に出て普通に働きたい。そのためにはまず町を歩かなければならない。電車に乗らなければならない。それがいかに大変か。
駅のホームは特に危険。シーンレスの三人に二人は転落経験があるというから驚く。ホームはまさに「欄干のない橋」「柵のない断崖」だという。三宮さんも「恐怖のあまり立ちくらみをおぼえる」ことがある。道路にも危険は多い。信号を渡るのにも苦労する。さらに音もなく近づいてくる自転車の恐怖。
平常時でも危険が多いのに災害時にはそれが極限に達する。3.11の時は「災害弱者」として本当に怖かったという。それでも三宮さんは町に出る。社会に参加したいから。移動することの喜びを感じたいから。
白杖はシーンレスにとって命の杖、身体の一部だという。はじめて白杖を持って歩いた日、夜、うれしくて杖を抱いて眠った。そして徐々に「歩くって楽しい」と心から感じるようになってゆく。三宮さんの成長の記録でもある。
最近は前方のモノを感じ取るセンサーのような歩行補助具も開発され、以前よりも歩行が楽になっている。献身的に盲導犬を育てている人達の努力もある。「探索君」とユーモラスに名付けた補助具のおかげで電車などで空席を見つけやすくなったのは有難いという。シーンレスにはそういう問題もあったのかと教えられる。文章が柔らかいのもいい。
講演のあと子供たちが必ず聞くのは「町でシーンレスを見かけたらどうすればいいか」。答えは「お手伝いしましょうか」と声を掛けること。やはり人の和が大事。これからそうしよう。
※週刊ポスト2012年8月3日号