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零戦パイロット「生き残った負い目と死んだ仲間の声」を語る

 8月15日は71回目の終戦記念日である。今春、『太平洋戦争 最後の証言』三部作を完結させたノンフィクション作家の門田隆将氏は、100人を優に超える老兵たちの声に耳を傾け続けた。人生の最晩年を迎えた彼らが日本に遺したかったものとは何か。門田氏が振り返る。

 * * *
 多くの生き残り兵士たちが語るのは、死んでいった仲間たちへの申し訳なさである。それは、今の日本のありさまへの失望と裏表の関係にある。
 
 シリーズの完結編「大和沈没編」に登場していただいた戸田文男さん(八五)の言葉も忘れられない。
 
 人類未曾有の巨砲・四十六センチ砲を九門も備えた戦艦大和は、昭和二十年四月七日午後二時二十三分に東シナ海に沈んだ。
 
 戸田さんは十五歳で海軍を志願し、大和の第二主砲の砲員となって昭和十九年に十七歳でレイテ沖海戦に参加している。しかし、沖縄への特攻出撃のわずか二か月前に横須賀砲術学校への入校を命じられて大和を去り、そのために命を拾った。
 
「私は直前に降りてね。第二主砲は、艦が左に傾いて沈没したため、扉が開かず誰ひとり生き残っていないんです。みな戦死です。私の交代者は、たった二か月で死んじゃったんです。申し継ぎをやりましたので、顔も見ております。島根県の人で、上等水兵でした。
 
 私より二つ上の十九歳です。本当に気の毒だった。私の代わりに死んでくれたのです。なんというか、自分だけ生きて申し訳ないなあと思うんですよ。私、戦後、仏門に入ろうかと思った時もあったんです。あまりにも沢山の人が死んでいきましたから……」
 
 戸田さんは、まだ十七歳の頃のことをそう述懐してくれた。レイテ戦が終わって、一度だけ帰郷が許された時、戸田さんは母親に、
 
「もうこれで帰ってこられない。お弔いは、残してある髪の毛でやっておくれ」
 
 と告げている。それは、死を覚悟して親に別れを告げることが当たり前だった時代のことである。多くの日本人が歴史の彼方の出来事だと思っているが、戸田さんら奇跡の生還者たちにとっては、大和とその時代は“歴史”ではなく、今も“現実”なのである。
 
 東京商大(現・一橋大学)の大之木英雄さん(九〇)も、零戦での特攻を待ちながら終戦を迎えた一人だ。特攻で見送った仲間たちに対する負い目をこう語る。
 
「やはり、僕らには生き残った負い目があります。死んだ仲間の声が聞こえるんですよ。それは拭いようがない。理由はどうあれ、僕は生き残りましたからね。あの時、先に特攻した仲間に“俺も後から行く”って言ってますからね。
 
 ところが結局、終戦。いくら慰霊しても、負い目は消えないですよ。たとえ当時の話をしても、“特攻のことを、わかったようなカッコいいことをいうな”って、誰かに言われているような気がするわけですよ。“生き残ったのに、死んでいった人間の気持ちがわかるか”とね。やはり、死ぬことと、生き残ったということには、天と地ほどの差がありますから……」

 生き残った戦争世代が戦後、黙々と働き、奇跡の復興と高度経済成長を成し遂げた理由は、戦死した仲間への思いと無縁ではないことを窺わせる話だった。

※週刊ポスト2012年8月17・24日号

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