国内

妻に先立たれた元商社マン「精神的にいちばんつらいのが夕方」

 妻に先立たれた男は、妻への追慕を抱えながら、その後どう生きるのか――。作家の山藤章一郎氏が、妻を亡くしたばかりの元商社サラリーマンに出会った。

 * * *
 乳がんから脳や骨に転移した妻を亡くしたばかりの、元商社サラリーマン・エビ川氏(60歳・仮名)に手帳を見せてもらった。「妻が死んで頭がぼうっとして、不安ばっかりで、とにかく備忘録というか手帳になんでも書きつけたんです」

 小さな手帳にびっしりと、天気、起床時間、食べたもの、水道、光熱費、読んだ本、見た映画まで、書き刻んでいる。「いちばんつらいのが夕方なんです」

 9月11日4時目覚め。以下、時間と項目が列記されているが、分かりやすく説明する。

 4時に目が覚めたら、本を読む。毎朝5時半に鳴る裏の寺の鐘を合図に起きる。汗かきだから、夕べの湯を追い炊きして朝風呂に入る。6時半、洗濯機をまわす。パジャマ、下着を洗う。これは毎朝。シーツ、タオルケットは週に1回洗い、布団は週2で干す。その間に犬の散歩に出る。

 7時半、洗濯ものを干す。8時朝食。いつもはトーストとヨーグルト、コーヒー。だがこの日は、白ごはんを解凍、サバ味噌焼き、豆腐の吸い物。8時半、NHKを見る。それから10時過ぎまで、また本を読む、その後、銀行、郵便局など、用事を済ませに外出する。

「公共料金はこの手帳に控えておき、いつ、どの口座から引き落とされるか確認します。銀行が5つあるので混乱しないように。妻名義のものは徐々になくしてます」

 駅まで徒歩15分。週に1度のスーパーへの買い出し以外は車に乗らない。スーパーでは1度に5000円前後を買う。生協にも入っていて、野菜、冷凍食品、調味料、洗剤など、翌週配達してくれる。

 しかし、今日は9時50分に、電車で20分の町へ、亡妻の主治医に商品券を持ってお礼に行く。11時半に戻り、12時に、お中元でもらった半田めんに、ミョウガを刻み、小ネギをちらした。2日前に煮たかぼちゃをつまむ。

 1時から3時までまたまた読書。「ありすぎる時間を、本でも読んでつぶすしかない」半月ほどのあいだに読んだ本。駅前の〈三省堂〉で買ったり、携帯から〈アマゾン〉に申し込んだり、図書館で借りたり。

『カデナ』(池澤夏樹) 『冥土めぐり』(鹿島田真希) 『寝盗られ宗介』(つかこうへい) 『泥鰌庵閑話』(滝田ゆう) 『人間仮免中』(卯月妙子) 『それからの海舟』(半藤一利) 『柔らかな犀の角』(山崎努)

 妻を亡くした男の回想記も読んだ。『K』(三木卓)。 『妻と私』(江藤淳) 『愛妻記』(新藤兼人) 『いまも、君を想う』(川本三郎)

 あとは『ハワイの歴史と文化』(中公新書)というのも面白かった。本は、書評や昔に買って積んでいたものから選ぶ。

 駅前の10スクリーンほどあるシネコンに行く日もある。60歳になったので1000円。「高倉健さんの『あなたへ』を見ました。このときは朝早く。9時に行ってチケットを買い、ドトールで待って10時半の回に入った。完全に老人ホーム状態で。健さんが出てきたらおばさんが『はあ~やっぱりいいわね』って」

 夕方5時になる。洗濯物を取り入れ、畳む。5時半、犬の散歩。夕方になると、エビ氏は、亡き妻の思い出に責めつけられて胸が苦しい。エビ氏、6時から夕飯の支度。

「人間、歳をとってもどこにいても、食が死ぬまで要諦です。自分でつくらなければ生きていけない。面倒くさがらずにやろうと決めました。それに、料理でもやってないと間がもちません。

 妻の手伝いをしてたんです、元気なころ。煮物、炊き込み……野菜も水からゆでたり、お湯からゆでたり。それを思い出してやっています。米は3日にいちど機器で精米して2合炊き、完全に冷え切る前にラップにおにぎり型にくるんで冷凍保存する。今週は、まぐろ丼、卯の花をつくり、にんじん、ひじき、こんにゃく、油揚げを刻んで甘辛く煮ました」

 この日は、豚肉しょうが焼き、ポテトサラダ、豆腐の味噌汁。350ミリリットルのビールをひと缶。つまみに、枝豆ととうもろこし少し。ビールで物足りないときは、バーボンの水割りかロック一杯を飲む。

 NHKのニュースなど見ながら、だいたい8時半に食事を終える。片付けて、風呂。9時半、犬と一緒に2階の寝室にあがり、1時間ほど本を読んで10時半には完全に就寝する。

「時間がたっぷりあって、でもそこそこ忙しい。外に飲みに? サラリーマンの会話が隣りから聞こえてくる。そんなとこへ行きたくないし。仲間を募ってゴルフやボランティアをする気もない。精神的にいちばんつらいのが夕方なんですよ。寂しくて、夕日を見たくない。だから料理つくってごまかして、風呂に入ってさっと寝るようにしてるんです」

※週刊ポスト2012年10月12日号

関連キーワード

トピックス

異物混入が発覚した来来亭(HP/Xより)
《虫のようなものがチャーシューの上を…動画投稿で物議》人気ラーメンチェーン店「来来亭」で異物混入疑惑が浮上【事実確認への同社回答】
NEWSポストセブン
6月9日付けで「研音」所属となった俳優・宮野真守(41)。突然の発表はファンにとっても青天の霹靂だった(時事通信フォトより)
《電撃退団の舞台裏》「2029年までスケジュールが埋まっていた」声優・宮野真守が「研音」へ“スピード移籍”した背景と、研音俳優・福士蒼汰との“ただならぬ関係”
NEWSポストセブン
小室夫妻に立ちはだかる壁(時事通信フォト)
《眞子さん第一子出産》年収4000万円の小室圭さんも“カツカツ”に? NYで待ち受ける“高額子育てコスト”「保育施設の年間平均料金は約680万円」
週刊ポスト
週刊ポストの名物企画でもあった「ONK座談会」2003年開催時のスリーショット(撮影/山崎力夫)
《追悼・長嶋茂雄さん》王貞治氏・金田正一氏との「ONK座談会」を再録 金田氏と対戦したプロデビュー戦を振り返る「本当は5打席5三振なんです」
週刊ポスト
打撃が絶好調すぎる大谷翔平(時事通信フォト)
大谷翔平“打撃が絶好調すぎ”で浮上する「二刀流どうするか問題」 投手復活による打撃への影響に懸念“二刀流&ホームラン王”達成には7月半ばまでの活躍が重要
週刊ポスト
懸命のリハビリを続けていた長嶋茂雄さん(撮影/太田真三)
長嶋茂雄さんが病に倒れるたびに関係が変わった「長嶋家」の長き闘い 喪主を務めた次女・三奈さんは献身的な看護を続けてきた
週刊ポスト
6月9日、ご成婚記念日を迎えた天皇陛下と雅子さま(JMPA)
【6月9日はご成婚記念日】天皇陛下と雅子さま「32年の変わらぬ愛」公務でもプライベートでも“隣同士”、おふたりの軌跡を振り返る
女性セブン
(インスタグラムより)
「6時間で583人の男性と関係を持つ」企画…直後に入院した海外の20代女性インフルエンサー、莫大な収入と引き換えに不調を抱えながらも新たなチャレンジに意欲
NEWSポストセブン
中国・エリート医師の乱倫行為は世界中のメディアが驚愕した(HPより、右の写真は現在削除済み)
《“度を超えた不倫”で中国共産党除名》同棲、妊娠、中絶…超エリート医師の妻が暴露した乱倫行為「感情がコントロールできず、麻酔をかけた患者を40分放置」
NEWSポストセブン
清原和博氏は長嶋さんの逝去の翌日、都内のビル街にいた
《長嶋茂雄さん逝去》短パン・サンダル姿、ふくらはぎには…清原和博が翌日に見せた「寂しさを湛えた表情」 “肉体改造”などの批判を庇ったミスターからの「激励の言葉」
NEWSポストセブン
貴乃花は“令和の新横綱”大の里をどう見ているのか(撮影/五十嵐美弥)
「まだまだ伸びしろがある」…平成の大横綱・貴乃花が“令和の新横綱”大の里を語る 「簡単に引いてしまう欠点」への見解、綱を張ることの“怖さ”とどう向き合うか
週刊ポスト
インタビュー中にアクシデントが発生した大谷翔平(写真/Getty Images)
《大谷翔平の上半身裸動画騒動》ロッカールームでのインタビューに映り込みリポーター大慌て 徹底して「服を脱がない」ブランディングへの強いこだわり 
女性セブン