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政府の最高ブレーン 2030年代原発ゼロ方針は「霞が関文学」

「原発政策を180度変えなければならない」

 2030年代での原発ゼロ社会実現への決意を、野田佳彦・首相はこう示した。だが、実際に180度変わったのは、「ゼロ方針」のほうだった。政権幹部と官僚が行なった「国家的詐術」を、政府の脱原発路線を支えてきた最高ブレーンの元内閣官房参与の田坂広志氏(多摩大学大学院教授)にジャーナリストの長谷川幸洋氏が聞いた。

長谷川:田坂さんは内閣官房参与として菅直人政権を支え、原発・エネルギー政策の仕事をされた。その後退任されたが、私の取材によれば、実は野田政権でも深く政策作りに関わっているようですね。そこで聞きたい。私は「政府の2030年代ゼロ案は、30年15%案だ」とみている。この理解は正しいか。

田坂:ご指摘のように私は前政権で脱原発依存の政策を推進しました。野田政権では公的な立場にはありませんが、「脱原発への具体的な道筋と政策」を提言することは、前政権で脱原発政策を進言した人間の責任と考えています。

 従って現在も、重要な問題については、閣僚や議員の方々に非公式に進言しています。その立場でお答えすれば、「ゼロ案のデータは実質15%案のもの」という指摘は鋭い指摘と思います。

長谷川:政府が6月29日に決めた「エネルギー・環境に関する選択肢」の文章は私から見ると、官僚の作文そのものだ。ところが9月14日に決めた「革新的エネルギー・環境戦略」はまったく違う。たとえば選択肢では主語が「我々」だったのに、戦略は「私たち」になっている。ずばり聞くが、戦略を書いたのは田坂さんなのか。

田坂:私は、現政権に対して様々な提言をしていますので、「戦略」に、私の提言した文章の文言が使われていないかと問われれば、否定はできないですね。

長谷川:田坂さんが書いた部分も残っている、と。

田坂:あくまでも、私は公的な立場にはありませんので……。

長谷川:わかりました。では内容について聞きます。2030年代にゼロということは「2039年までにゼロ」という理解になる。しかし、政府の「戦略」には2030年までの省エネ量などは掲げられているものの、それ以降の2030~2039年はデータの裏付けがない。つまり政策を具体的に進めていく工程表がないのです。しかも閣議決定された文章は「不断に見直す」という。これでは何も決めていないのと同じではないですか。

田坂:残念ながら、あの「戦略」の文章は、脱原発の人も原発維持の人も、一応、双方が納得できる「玉虫色の妥協の文章」と受け止める人は多いでしょう。2030年代ゼロということは、2030年0%もあるし15%もある。

長谷川:ここは、しっかり聞きたい。私は「2039年ゼロ」も実はないだろうと読む。この理解は間違いか。

田坂:これも残念ながら、「戦略」の表現は、「コミットメント」(公約)ではなく、あくまでも「ベストの努力をする」という主旨に抑えてある。それは「綱引き」の結果生まれてきた文章だからです。どの政権でも、政策的文章は官僚と政治家、有識者を交えた合作であり、ある種の力関係と綱引きの産物です。

 原発を「何とか残したい」という方々もいるし「いずれゼロにする」という方々もいる。そういう人たちが集まって文章を合作すると、表面的には文章の修正合戦ですが、実際には政策の綱引きをやっている。あれはそのプロセスでできた「霞が関文学」です。私も昨年は内閣官房参与の立場で、その綱引きを何度も体験しました。

【プロフィール】
●たさか・ひろし:1951年生まれ。東京大学大学院修了。工学博士(核燃料サイクルの環境安全研究)。民間企業と米国国立研究所で放射性廃棄物最終処分プロジェクトに取り組む。日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院教授。2011年3~9月まで内閣官房参与。新著に『田坂教授、教えてください。これから原発は、どうなるのですか?』(東洋経済新報社刊)

●はせがわ・ゆきひろ:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。政府税制調査会委員などを歴任し、現在は大阪市人事監査委員会委員長も務める。著書に『日本国の正体 政治家・官僚・メディア―本当の権力者は誰か』(講談社)など

※週刊ポスト2012年11月2日号

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