ライフ

129人全員死亡の北極フランクリン隊「運命だった」と冒険作家

【著者に訊け】角幡唯介氏・著/『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』/集英社/1890円

 2010年『空白の五マイル』(開高健ノンフィクション賞)でデビュー。以来大宅賞、新田賞を立て続けに受賞するなど、目下注目のノンフィクション作家・角幡唯介氏(36)は、身長174センチ、体重70キロ(平時)。

「本当はもっと増やしたいんですが、どんなに食っても78キロが限界。この程度の身体では〈アグルーカ〉とは呼んでもらえませんね」

〈アグルーカとは、イヌイットの言葉で「大股で歩く男」を意味する〉〈背が高く、果断な性格〉〈かつて北極にやって来た探検家の何人かが、この名前で呼ばれた〉

 1845年、英国海軍が北西航路発見を目的に送り込み、129名全員が死亡する悲劇に見舞われた〈フランクリン隊〉にも、そう呼ばれた男がいたという。そして今なお謎に包まれた悲劇の真相を、角幡氏は最新刊『アグルーカの行方』で探る一方、彼らが見た北極を自ら見に行くのだ。

 極地探検歴11回目の友人、荻田泰永氏(35)と総重量100キロに及ぶ橇を引き、氷点下40度の〈乱氷帯〉を延々と歩く北極行は、最悪の場合1日に進んで10キロ。そうこうして103日間、1600キロに亘って伝説の痕跡を追った探検家は書く。

〈彼らはなぜ探検を続けたのだろう。私が本当に知りたいのはそのことだ〉

〈アグルーカとはいったい、誰のことだったのだろう〉

 実はその正体自体、わかっていないのだという。

「フランクリン隊の遭難後、イヌイットによる現地を彷徨う数人の男たちを見たという証言が紹介され、様々な説が議論されてきました。しかし、フランクリン隊の謎を研究した本が出版されてはいるものの、遭難者の足跡をわざわざ辿りに行く僕らみたいな変わり種はさすがにいない(笑い)。そこで彼らが書けなかった報告書を代わりに書こうと」

 1845年、〈靴を食った男〉として知られた、ジョン・フランクリン(当時59歳)を隊長にロンドン港を出た探検隊は、カナダ北極圏・ビーチェイ島で越冬後、1946年9月にキングウイリアム島に到達。隊員の多くはここで力尽き、通称〈餓死の入江〉で全滅したと伝えられる。のちに発見されたメモによれば、フランクリンは1947年6月に死亡。その後は副官フランシス・クロージャーが隊を率い、北米北部グレートフィッシュ川河口をめざしたという。

 なぜ彼らは船を棄てて、400キロも離れた河口へと〈悲壮な前進〉を続けたのか。そして、アグルーカとは一体誰なのか――。本書では北極探検史上最大のミステリーと角幡隊の冒険を並行して描き、何が人を極地に向かわせるのかという根源的な謎に迫る。

「フランクリン隊及びその生き残りが進んだとされるルートを、なるべく彼らと同じ季節に歩く計画を立てました。食事は1日5000キロカロリー。それでも氷点下40度の中で乱氷帯と格闘していると猛烈に腹が減って、雷鳥や麝香牛を撃って食べたこともあった。テントに近づいた北極熊を食べてしまいたいと思うほど、北極での空腹感は“飢餓感”に近いものでした」

 実は当時、キングウイリアム島は陸続きだとされ、彼らの船はそのために道を誤り、氷に囲まれた。結果、隊員の遺骨が島のあちこちで見つかり、飢餓のあまり仲間の死肉を食った〈カニバリズム〉の痕跡も発見されている。

「ただそれも当時としては仕方のないことで、地図もGPSもない中での彼らの遭難は、失敗ではなく運命だったと僕は思います」

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2012年11月2日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

エンゼルス時代、チームメートとのコミュニケーションのためポーカーに参加していたことも(写真/AFP=時事)
《水原一平容疑者「違法賭博の入り口」だったのか》大谷翔平も参加していたエンゼルス“ベンチ裏ポーカー”の実態 「大谷はビギナーズラックで勝っていた」
週刊ポスト
中条きよし氏、トラブルの真相は?(時事通信フォト)
【スクープ全文公開】中条きよし参院議員が“闇金顔負け”の年利60%の高利貸し、出資法違反の重大疑惑 直撃には「貸しましたよ。もちろん」
週刊ポスト
昨秋からはオーストラリアを拠点に練習を重ねてきた池江璃花子(時事通信フォト)
【パリ五輪でのメダル獲得に向けて】池江璃花子、オーストラリア生活を支える相方は元“長友佑都の専属シェフ”
週刊ポスト
大の里
新三役・大の里を待つ試練 元・嘉風の中村親方独立で懸念される「監視の目がなくなる問題」
NEWSポストセブン
店を出て並んで歩く小林(右)と小梅
【支払いは割り勘】小林薫、22才年下妻との仲良しディナー姿 「多く払った方が、家事休みね~」家事と育児は分担
女性セブン
テレビや新聞など、さまざまなメディアが結婚相手・真美子さんに関する特集を行っている
《水原一平ショックを乗り越え》大谷翔平を支える妻・真美子さんのモテすぎ秘話 同級生たちは「寮内の食堂でも熱視線を浴びていた」と証言 人気沸騰にもどかしさも
NEWSポストセブン
「特定抗争指定暴力団」に指定する標章を、山口組総本部に貼る兵庫県警の捜査員。2020年1月(時事通信フォト)
《山口組新報にみる最新ヤクザ事情》「川柳」にみる取り締まり強化への嘆き 政治をネタに「政治家の 使用者責任 何処へと」
NEWSポストセブン
乱戦の東京15区補選を制した酒井菜摘候補(撮影:小川裕夫)
東京15区で注目を浴びた選挙「妨害」 果たして、公職選挙法改正で取り締まるべきなのか
NEWSポストセブン
愛子さま
【愛子さま、日赤に就職】想定を大幅に上回る熱心な仕事ぶり ほぼフルタイム出勤で皇室活動と“ダブルワーク”状態
女性セブン
行きつけだった渋谷のクラブと若山容疑者
《那須2遺体》「まっすぐ育ってね」岡田准一からエールも「ハジけた客が多い」渋谷のクラブに首筋タトゥーで出没 元子役俳優が報酬欲しさに死体損壊の転落人生
NEWSポストセブン
成田きんさんの息子・幸男さん
【きんさん・ぎんさん】成田きんさんの息子・幸男さんは93歳 長寿の秘訣は「洒落っ気、色っ気、食いっ気です」
週刊ポスト
「週刊ポスト」本日発売! 岸田自民「補助金バラ撒きリスト」入手ほか
「週刊ポスト」本日発売! 岸田自民「補助金バラ撒きリスト」入手ほか
NEWSポストセブン