一度に2体の人形を操り、唇は微動だにしない。しかも高音で声を発するのではなく、声色は自在でモノマネも織り交ぜる。
それまであった腹話術の常識を覆したのが、いっこく堂(49才)だ。今でも月10本以上のディナーショーや公演など、引っ張りだこだ。
「通常、約30体の人形を用意してありますが、このカルロス(本名:カルロス・セニョール田五作)は120cmくらいあり、結構大きいんです。スーツケース4つをマネジャーと手分けして移動するんですが、年々厳しくなってきて、毎日1時間のジョギングをして体力づくりしてますよ」(いっこく堂・以下同)
腹話術に興味をもったのは中学生のときだった。
ささいなことがきっかけで、所属していた野球部全員から無視されるようになってしまった。
「親にも先生にも相談できなくて死んでしまいたいと思ったこともありました。暗くなって。そんなとき、テレビで初めて、婦人警官がやる腹話術を見たんです。面白そうってすごく思いました」
人形を入手したいと警察に問い合わせたりもしたが、わからずじまいで、なんとなくそのままになってしまったという。
そして高校入学すると同時に“内気なおれを変えたい”と教師のモノマネを披露したところ、それが大ウケ。
「朝礼の前には、“前説”みたいに、全校生徒と校長先生の前で校長先生のマネをやっていました」
“芸”への道を順調に辿っていった彼は『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ系/1980~1982年)でグランドチャンピオンになり、お笑いの道へ。しかし俳優への夢を捨てきれず、22才のとき、劇団民藝に入団。
「いざ入ってみるとすぐに行き詰まりましたね。でも、そんなときに、余興のかくし芸で披露したモノマネがウケたんですよ。劇団の大先輩だった俳優の米倉斉加年さん(78才)に“お前はひとりでやったほうがイキイキしている”と、ピン芸人になることを後押しされたんです」
すぐに劇団をやめると、ひとり芸を模索。1年後、ふと脳裏にひらめいたのはかつて見た腹話術。
「コレだ! って思いました。“こんな腹話術見たことない”っていう腹話術を作ってやろうと思ったんです」
それからは無我夢中で、独学で腹話術を習得していく。まず取り組んだのは、唇をつけないと発声できない、腹話術では不可能とされてきたパ行の発声を可能にすること。彼曰く“口の中にもうひとつ口を作る”というが、つまり、歯と舌を使って発声するのだという。また、低音を出そうとすると喉の筋肉に負担をかけるため、時には血をにじませながら、鏡の前で修練を積んだ。
そうして7年かけてついに彼が納得のいくボイスイリュージョンが確立された。
「米倉さんのひと言で今がある感じです。今でも、うまくいってるときは“有頂天になるな”と叱咤され、落ち込んでいるときには“このままで大丈夫”と激励してくれます。結局、運って自分で作るものなんでしょうね」
※女性セブン2013年1月31日号