【著者に訊け】杉山恒太郎氏/『無垢の力』/講談社/1365円
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それは決して“かわいいだけのCM”ではなかった。杉山恒太郎氏(64)の初期の代表作「ピッカピカの一年生」シリーズ(1980~1994年)の斬新さは、それを撮る側と撮られる側の〈ピッカピカの精神〉にあったのだ。
「当時は僕も若かったから。なんせ20代(笑い)。いかにも優等生っぽい子役が笑顔で喋らされていたりする、偽善的なCMだけは作りたくなくてね。もっと剥き出しで生々しい〈生きものの力〉そのもののような6歳児を日本中の幼稚園を回って撮影しました。CMで初めてビデオカメラを使ったのもあのシリーズ。要するにピッカピカの精神はパンクな精神と言ってもいい」
数々の人気CMを手がけてきた杉山氏がその創作の奥義を明かし、〈ピッカピカでい続ける法〉を探る本書『無垢の力』は、読む者の年齢や職種を問わない箴言にみちた一冊だ。彼は言う。
〈過去はいつも新しく、未来はなぜか懐かしい〉
例えば子供たちが垣間見せる生のきらめきに私たちの心は躍る。そんな新しくて懐かしい出会いを重ねていければ、日本もまだまだ捨てたものではないと。
「つまり僕は大いに反省したんですよ。日本にはもう未知のものや神秘的なものに目を輝かせる子供なんているはずがないと、自分がよく知りもしないで勝手に思い込んでいたことに!」
2011年11月。杉山氏は来日中のブータン国王が被災地の小学校を訪れたことを伝えるニュース映像に胸を衝かれたのだという。国王は子供たちに言った。
〈君たちは、龍を見たことがあるかい?〉〈僕は、見たことがあるよ〉〈龍、というのは僕たちひとりひとりの中にいるんだ〉〈龍たちは経験を食べて大きくなる〉〈僕たちは、自分の龍を大切にしなければいけないね〉――。
「龍を見たことがあると、大人として言い切ってしまえる国王にもシビレたけど、それに対して子供たちが大歓声を上げたことに、僕はもう心底感動しちゃってね。こういうキラキラした目に僕らはたくさん出会ってきたじゃないかと、あの時の子供たちと十数年ぶりに再会した気分になったんです。
こんな夢のない今の日本でいきなり龍の話なんかされてもシラけるだけだと、勝手に決めつけていたのは僕ら大人の方で、子供たちは何も変わっちゃいない。彼らの夢見る力を信じられないのは僕らに想像力がないからで、日本の子供たちもなかなかやるなあと頼もしく思うと同時に、彼らを一瞬でも疑った自分を猛烈に恥ずかしく思った。
そんな自分を反省する意味でも、ピッカピカの精神の何たるかについて、もう一度あの仕事を振り返りながら考えてみたかったんです」
日本全国、津々浦々で、どんな子供たちをどのように選び、撮影や演出にはどんな工夫が凝らされたのか。演技経験の全くない子供をドキュメンタリータッチで撮るCMは今でこそ珍しくないが、当時は全てが手探りの初めてづくし。事前にコンテなど描きようもない言動や表情が狙いだけに、アングルを計算し、集中力を最低限保つために“お立ち台”を設置するなど、下準備は逆に周到を極めた。
「元々の着想はここに書いたように僕が敬愛する写真家、植田正治さんの写真集『童暦』にあって、もっと言えば、ゴダールなんです。ゴダールの何が凄いかと言えば、映画をそれまでの作り込まれた非日常から、日常を切り取る“窓”にしちゃったこと。生意気盛りの僕はそれをCMでやろうとしたんですよ。そんな青くさい野望のことは、今まで恥ずかしくて誰にも言わなかったけど(笑い)。
とにかくそんなコア・アイディアはあったものの、実際にあれだけの作品が撮れたのは演出家の根気と才能の賜物だった。初期の傑作の大半を撮った増田修さんを始め、若くてピッカピカだった撮影チームのこともここには絶対書いておきたかったし、彼ら現場のエネルギーが、あのCMを今見ても新しくて懐かしいものにしてくれたんです」
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2013年2月8日号