ライフ

強盗横行し被災男性はセクハラを繰り返す被災地の厳しい現実

【書評】『津波の墓標』(石井光太著/徳間書店/1680円・税込)

【評者】川本三郎(評論家)

 2月23日から全国公開されている映画「遺体」の原作者、石井光太は東日本大震災を、その最前線の現場で取材し続けた果敢なジャーナリスト。地震直後の3月14日には東京から被災地へ向かい、その後、約2ヶ月半、混乱の続く現地で取材を続けた。

『遺体』に続く新著『津波の墓標』には大手マスメディアでは報道されなかった、あるいは報道しにくかった事実が数多く書かれている。個のジャーナリズムの強さ。

「がんばろう東北」風のルポとは一線を画している。一般には報道されない被災地の暗部を見てゆく。語りにくい問題、伝えにくい事実にこそ着目する。

 生き残った高校生くらいの女の子が、父親を批判する。両親は仲が悪かった。母親が亡くなったというのに父親は平気で報道カメラマンに母親のことをペラペラ喋っている。娘はそんな父親が許せないと言う。

 被災地では壊れた店舗や住宅で強盗が横行する。強盗の現場を見ていた著者に、なかの一人の女性が「何見てんだ!」と怒鳴る。その女性は赤ん坊を背負っている。日常と非日常が同居している。

 援助活動に入った自衛隊の若い隊員たちが被災地の女性たちにアイドル扱いされる。彼女たちはサインをねだったりする。地元の若者はそれが面白くない。早く帰って欲しいとまで言う。

 そうかと思うとボランティアが野次馬のように被災地の写真を撮る。Vサインをしたりする。当然、地元住民は怒る。

 一方では、避難所で働くボランティアの女性が、被災者の男性に何度も性的嫌がらせを受ける。避難所のなかではいじめもある。子供だけではない。スナックで働いていた女性はそれだけで偏見を持たれ、年寄りたちに嫌がらせを受ける。

「がんばろう東北」「助け合い」「絆」といったきれいごとで語られるのとは違った厳しい現実が語られてゆく。

 だからといって著者は、そうした負を抱えこんだ人々を安易な正義感で批判しているのではない。事実は事実として明らかにする。そのうえで、負を乗り越えた強靱な復興の力を見すえようとする。

 被災地の取材は肉体的にも精神的にもタフでなければ出来ない。それでも数々の遺体を見ると夜、眠れなくなる。悪夢を見る。安全地帯にいて、犠牲になった人々を取材するジャーナリストとは何者なのかと絶えず、自分に疑問を突きつける。その現場での誠実さが本書の強さになっている。

※SAPIO2013年4月号

関連キーワード

関連記事

トピックス

クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
高市早苗氏が首相に就任してから1ヶ月が経過した(時事通信フォト)
高市早苗首相への“女性からの厳しい指摘”に「女性の敵は女性なのか」の議論勃発 日本社会に色濃く残る男尊女卑の風潮が“女性同士の攻撃”に拍車をかける現実
女性セブン
役者でタレントの山口良一さんが今も築地本願寺を訪れる理由とは…?(事務所提供)
《笑福亭笑瓶さんの月命日に今も必ず墓参り》俳優・山口良一(70)が2年半、毎月22日に築地本願寺で眠る亡き親友に手を合わせる理由
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン
日本全国でこれまでにない勢いでクマの出没が増えている
《猟友会にも寄せられるクレーム》罠にかかった凶暴なクマの映像に「歯や爪が悪くなってかわいそう」と…クレームに悩む高齢ベテランハンターの“嘆き”とは
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)と稲川会の内堀和也会長
六代目山口組が住吉会最高幹部との盃を「突然中止」か…暴力団や警察関係者に緊張が走った竹内照明若頭の不可解な「2度の稲川会電撃訪問」
NEWSポストセブン
警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン
温泉モデルとして混浴温泉を推しているしずかちゃん(左はイメージ/Getty Images)
「自然の一部になれる」温泉モデル・しずかちゃんが“混浴温泉”を残すべく活動を続ける理由「最初はカップルや夫婦で行くことをオススメします」
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月20日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン