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「村上春樹、初期は読んでた」で奥行き深い人に見えると識者

 村上春樹氏の新作が7日で100万部に到達した。これはもはや社会現象である。しかし読んで感想をいうのは当たり前。読まずにこのビッグウェーブにちゃっかり便乗するのが大人のたしなみである。大人力コラムニスト・石原壮一郎氏がその極意を伝える。

 * * *
 近ごろは辛気臭い話ばかり聞こえてくる出版界が、ひさびさの明るい話題で盛り上がっています。4月12日に発売された村上春樹の3年ぶりの長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)は、わずか7日で100万部を達成。その勢いは増すばかりで、さらに大きな社会現象になっていくでしょう。

 もちろん、じっくり読んで、たっぷりハルキワールドに浸るのが、王道の楽しみ方です。しかし、読まないと楽しめないかというと、そんなことはありません。村上春樹という偉大な作家は、大人にとって活用しがいがある存在になってくれています。

 今回の作品も、まずはタイトルを正確に覚えましょう。村上春樹の話題が出たときに、当たり前のようにサラッと「今度の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も売れてるよね」と言えたら、知性と教養がありそうなフリができます。本当はしっかり覚えているのに、「なんだっけ、えーっと、何とかを持たない誰とかと……」といった言い方をすれば、流行りものに簡単に飛びつかない一本筋の通った自分をアピールできるでしょう。

 今後、このタイトルはますます浸透するはずなので、たとえば友達とカレー屋さんに行って、いざお会計という段になったら、いきなり「うわっ、サイフを持たない○○(自分のフルネーム)と、カレーのピンチのとき……」と言って激しくうろたえてみます。きっと友達は苦笑いしながら、カレー代をおごってくれるに違いありません。あるいは、失業して旅に出ようと思ったときには「仕事を持たない○○と、華麗なる巡礼の年か……」としみじみ言ってみるのも一興です。……すいません。やや強引な状況設定ですね。

 「読んだ?」と聞かれて、何の引け目も感じずに堂々と「読んでない」と言えるのも、村上春樹のありがたいところ。「初期の頃は、けっこう好きで読んでたんだけどね。『ダンス・ダンス・ダンス』あたりからは、何となく読む気がしなくて」といった調子で自分の村上春樹歴を話せば、こだわりを持った奥行きの深い人間のように見えるでしょう。じつは一冊も読んでいなくても大丈夫。面倒くさいので、誰も詳しく突っ込んではきません。

 村上春樹が新作を出せば確実に大ヒットを見込める状況から、出版界全体に話を広げてみる手もあります。「いま、中小の出版社がたいへんだから、10社ぐらいで『村上春樹組合』みたいなのを作って、次回作はその組合から出すのはどうかなあ。みんなで分けても、十分に儲かるでしょ」といったアイディアを話せば、広い視野や柔軟な発想を持った人だと思われるはず。「ま、そんなことは絶対にやらないか」と言い添えれば、出版界の古い体質をチクリと批判してる鋭い人のようにも見えます。

 ああ、やっぱり村上春樹は偉大ですね。今後のさらなるご活躍をお祈り申し上げます。

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