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ホテルの仏料理店 ミシュランの星より顧客本位の姿勢が鍵に

大切なメッセージを届けるコミュニケーション・アート・デザート

 東京は世界中の料理を堪能できる美食家垂涎の街だ。が、それゆえにレストランの競争は日々激しい。高い評価を受けた店なら永続できるかというと、そう甘くはない。

 たとえば、ミシュラン東京に5年連続で掲載されてきたフレンチレストラン、コンラッド東京のゴードン・ラムゼイが5月末に閉店した。コンラッド東京の開業と同時にオープンしたレストランだったが、開業8周年を目前に姿を消すこととなった。ホテルの顔ともいえる存在だっただけに、かつての従業員は、今でも驚きを隠せないという。

「閉店すると聞かされたときはショックでした。ミシュランの星を初めてもらったころは多くのお客様がきてくださいましたが、それから一年経つと減り始め、ここ最近は席が空いているのが普通になっていました。それでも、ホテルを象徴する存在だと信じていただけに、閉店だけはあり得ないと思っていました」

 7月末には、欧州各国の技法をとりいれたモダンフレンチへと衣替えした新たなレストランを同じ場所でオープンするという。ミシュラン東京の星をもつフレンチレストランとしてよりも、よりカジュアルな路線へ変更することを選んだ。厳しい時代だが、フランス料理を掲げたままでは敬いつつ遠ざけられ、客足が遠のくと判断したのだろう。

 経営が苦しいのはゴードン・ラムゼイだけの特殊な事情ではない。2007年11月にミシュランガイド東京が発刊されて以来、多くのフレンチレストランが掲載されてきたが、現実には予約がとれないほど繁盛している店はほとんどないといっていい。ある二つ星レストランは、特定の会員向けなど一般には知られにくい形で割引価格のディナーを提供し、集客している。

 フランス料理といえば、かつては接待や宴会、特別に改まった席のために選ばれることが多かった。ところが、1990年代にバブル景気が過ぎ去ると接待費用が削減され、宴会の数が激減し集客が大幅に落ち込んだ。特に宴会・接待需要に頼っていたホテル内のレストランは変革を迫られ、新高輪プリンスホテルからはフレンチレストランが消え、帝国ホテルでは3店舗あったフレンチが「レ セゾン」一店舗のみになった。

 一方で、縮小傾向が続いてきた今こそ、ホテルのフレンチが楽しいという。東京のレストラン事情に詳しいフードライターがいう。

「ホテルは宿泊施設だからと努力に欠けるレストランや歴史や伝統を重視しお高くとまっているようなところが過去には目立っていました。そのため、食事なら街のレストランを選ぶ人も多かったが、淘汰が進み、いま営業しているホテルのフレンチには、料理にも接客にも創意工夫が多い。蒸し暑い夏はフレンチの客足が落ちる季節ですが、逆にレストランはお客さんが楽しめるようにいっそう努力をする。狙い目です」

 なかでも、東京でいま最も注目されるフレンチレストランのひとつが、インターコンチネンタル東京ベイの「ラ・プロヴァンス」だという。同ホテルは2年前に株式会社ベストブライダル社の塚田正由記社長が運営に参画してから宿泊施設だけでなくレストランにも興味深い試みが増えていると評判を呼んでいる。人生は美味しいものを食べるためにあると公言してはばからない記者が友人を誘い、試食してきた。

 店名のカンヌ映画祭が開かれる場所としても知られる南仏のプロヴァンスは、ピカソやゴッホ、セザンヌ、ルノワールといった多くの画家を魅了した土地。店内の雰囲気は、ヨーロピアンクラシックなインテリアでフレンチレストランに期待される優雅さを残しながら、保養地として知られる南仏の温かみある雰囲気もあわせもつ。リラックスしてひと皿目を待つと、絵画パレットの形をした皿が運ばれてきた。

 ランチとディナーすべてのコースに前菜として提供される「パレット・アート・オードブル」は、パレット型の皿の上に彩り豊かな前菜が並んでいる。店員に尋ねると、季節ごとに内容が変わり「パレット皿に並ぶ、鮮やかな食材と色々なソースでお味を楽しんで頂けますので、今ではラ・プロヴァンスの名物料理となり評判を頂いております」という。

 驚いたのは、彩り豊かなパレット皿を見て思わずスマートフォンを持ったとき「お料理の写真をどうぞ」とにこやかにすすめられたこと。

 写真を撮ることすら遠慮する堅苦しい店も少なくないなか、嬉しい顧客本位の接客だ。Facebookに写真を投稿したところ、すぐに「おいしそう! どこ?」のコメントが。食べ終わる頃には、Facebook仲間の数人で再び来店する予定が決まっていた。

 フレンチといえばバターやオイルがたっぷりな重たい料理をイメージしがち。だが、ラ・プロヴァンスの料理は、エキストラバージンオイルやハーブをふんだんに使っているおかげか、食後にもたれない。また、フレンチの代表料理、牛ヒレ肉のステーキにフォアグラを載せたロッシーニ風も”食べ比べロッシーニー”と題し、すりおろしガスパチョのサルサソースが添えられ、暑い日でもさっぱりと味わえた。

 さまざまな工夫を凝らすことで、ヘビーなイメージが強いフランス料理であっても、ホテル内すべてのレストランがテーマにしているヘルシー(健康)、ビューティー(美しさ)、フレッシュ(新鮮)にのっとり、ヘルシーフレンチを具現化している。

 最後にデザートが運ばれてくると、「美味しいごはんに誘ってくれてありがとう」と書かれたメッセージプレートがアレンジされていた。試食に同行してくれた友人が、7月から始まった「コミュニケーション・アート・デザート」というサービスを利用して、サプライズで頼んでくれていたのだ。お腹がいっぱいになり口数も減り気味だったが、また話が弾み、心地よく食事を終えられた。

 記念日だけではなく普段言えないさりげないメッセージを書いたプレートを添えるこのサービスは、ディナーだけのもの。3,800円からのランチに比べると、ディナーは6,800円からとやや高く感じるかもしれないが、価格以上の美味しさと接遇の趣向が凝らされている。

 驚きを各所にちりばめたメニューは、食事が美味しいだけではブランドホテル内店舗であってもやっていけない時代に応じて考案されたものだ。試行錯誤しながらおもてなしとコラボレーションした新感覚のフレンチレストランを目指す井上岳彦料理長は言う。

「『ラ・プロヴァンス』はホテルのレストランではありますが、街のレストラン以上に挑戦を繰り返しています。店の中でお客様が満足するだけでなく、レストランを出られた後もお料理の美味しさと楽しんだ思い出を話せるようにしたい。そのきっかけをつくれるヘルシーフレンチメニューを日々、考えてチャレンジしています」

 楽しみな店がまた、ひとつ増えた。

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