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2013.07.26 16:00  女性セブン

佐藤浩市 三國連太郎の遺言「散骨して」に背いて義母と確執

 4月14日に急性呼吸不全で亡くなった三國連太郎さん(享年90)のお別れ会が7月19日、都内のホテルで開かれた。

「“しゃらくせえ”と思うのか、微笑んでいるのか、彼がどう思うかわからないけど、役者らしい送り方はできました」

 三國さんの遺影の前で、父への想いをかみしめるようにそう話したのは喪主を務めた長男・佐藤浩市(52才)。そして、その姿を三國さんの妻・A子さん(63才)はどこか寂しげに見つめていた。4度の結婚、3度の離婚をした三國さん。佐藤は3人目の妻との間の子供で、A子さんは4人目の妻だ。

「戒名はいらない」
「散骨して誰にも知らせるな」
「三國連太郎のままで逝く」

 三國さんは、病床で佐藤にこんな言葉を遺していた。4月17日に、静岡県沼津市の自宅で行われた葬儀では、遺言通り、位牌には、戒名でも、本名の「佐藤政雄」でもなく、「三國連太郎之霊位」とだけ綴られ、密葬形式で行われた。しかし、佐藤はひとつだけ遺言に背いた。

「A子さんは三國さんの遺言通り、遺骨は散骨する方向で考えていたんですが、佐藤さんが“納骨したい”と言って譲らなかったんです。沼津には三國さんの両親が眠る代々のお墓があるので、A子さんは“それなら沼津のお墓にしましょう”と言ったのですが、佐藤さんは“沼津は遠すぎる。東京に新しくお墓を建てたい”と、その提案をはねのけたんです」(三國家を知る人)

 三國さんとの間に子供がいなかったA子さん。三國さんの死後、三國家の墓は自分が管理していくつもりだが、いずれ、自分もその墓に入った後は、お墓の管理は佐藤に頼らざるをえない。三國家代々のお墓がある以上、沼津の墓に入れるのが自然だと考えていたA子さんだったが、佐藤の考えを優先し、「それではお任せします」と、佐藤に三國さんの遺骨を任せることにしたという。

「A子さんにとっては苦渋の決断だったと思いますよ。東京に佐藤さんがお墓を建てることになれば、そこには佐藤さんのお母さんも入る可能性も高いですし、そうなれば自分はその墓には絶対に入ることはできないでしょうからね…。最期を看取った妻である彼女が、三國さんと一緒の墓に入れないのは切ない話ですよね」(前出・三國家を知る人)

 それまで佐藤とA子さんは、気軽に連絡を取り合う仲だったが、三國さんを失ってからは、徐々に疎遠になっていった。そしてA子さんは、佐藤のこともいつしか「浩市」ではなく「佐藤さん」と呼ぶようになってしまった。佐藤の子供を「孫」と呼ぶこともなくなったという。

「A子さんはお墓についてはもう諦めていますよ。“私は三國さんと30年も一緒にいられた。三國さんが遺してくれた思い出もあるし、彼の映画や映像があるから、それで充分”って自分を納得させるように話していました。

 佐藤さんは父と呼べる存在を知らずに生きてきて、亡くなってようやく父が帰ってきたことになりますよね。亡くなった今だからこそ、息子として尽くしたいという佐藤さんの気持ちを、彼女はくんだんでしょう。

 ただ、三國さんがいなくなったことで、息子や孫のようにかわいがっていた佐藤さんの家族が、すっかり他人のように変わってしまったことはとても寂しそうにしていました…」(前出・三國家を知る人)

※女性セブン2013年8月8日号

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