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福井晴敏氏がM資金描く新作はカネ本来の意味考える壮大な話

【著者に訊け】福井晴敏氏/『人類資金』/講談社文庫/1巻263円、2巻525円

「次回は“M資金”の話で一緒に映画をつくろう」

 2005年夏、映画『亡国のイージス』でタッグを組んだ作家・福井晴敏氏(44)と阪本順治監督(54)の約束から、全ては始まった。

「監督は昔、ちょうど本書で描いた金融ブローカーの溜まり場みたいな喫茶店で、怪しい連中がM資金云々とよからぬ相談をする現場に出くわしたらしいんですね。そもそもM資金に関してはその存在自体、伝説の域を出ず、表面化する時も大抵詐欺がらみ。世代によっては徳川埋蔵金にも似た響きがあるんでしょう。

 でも今はM資金という言葉はほとんど忘れ去られている。これをどう現代に通用する話にするか、考えあぐねる間にリーマンショックがあり、さらに震災もあった。そして結果的には詐欺師どころか、全人類の視座に立ってカネ本来の意味を考える、壮大な話に行き着きました」

 名づけて『人類資金』。10月の映画公開と前後して書き下ろし文庫全8巻が毎月刊行される大型連動企画のコンセプトは〈10兆円で世界のルールは変えられるか?〉。ルール──すなわち資本主義経済に革命を促すべく勝負を挑んだ、名もなき男たちの物語である。

 主人公はM資金を騙った詐欺集団のリーダー〈真舟雄一〉。映画では佐藤浩市氏演じる行き場のない男は、かつて上野の金融ブローカー〈津山〉に拾われ、稼業を仕込まれた。が、25年前、その親も同然の津山が事故死。死の直前、彼はこう言った。

〈悔しいじゃねぇか。顔もねぇ、正体もわからねぇモノが世界中を支配していて、おれたちの知らねぇところで世の中を動かしてる〉

〈いったいどこのどいつだ? こんな紙っ切れに価値があるって“ルール”を作って、おれたちを煙に巻いてる野郎は……〉

 時代が平成に移った1989年、津山はM資金の運営組織とされる〈“財団”〉こと日本国際文化振興会の初代理事長〈笹倉雅実〉の孫〈雅彦〉の口利きで大手家電へのM資金注入に関わり、そして殺された。雅彦は後に自殺。また1977年にはロッキード事件に絡む全日空架空融資事件で若手議員〈笹倉博司〉も不審死を遂げ、笹倉の次男と孫、津山までがM資金のために命を落としていた。

「M資金の原資は諸説ありますが、本書では終戦前後、旧日本軍の隠し資産を日米が共同で運用してきた形を取った。そんな資金があるとしたら、今は投機マネーに形を変えているだろうと。

 もとは国富目的で使われてきたカネが、実体経済そっちのけに膨張するマネー経済の投資ファンドになっちゃってる。時代の趨勢ですが、M資金にはそれとは別に隠された本来の目的があった。M資金を管理する笹倉一族は、その葛藤を抱えて戦後を生きてきた『華麗なる一族』です。彼らの歴史を縦糸に、M資金を盗み出すサスペンスを横糸に本書は展開していきます」

 そこではアベノミクスも既に終焉を迎え、震災復興や原発問題も何ら進捗しない中、今一度生きたカネとしてそれを使おうとするのが〈M〉という謎の人物だ。

「3巻以降の展開をあえてお話しすれば、真舟に財団から資金を盗み出すよう依頼したMは、それを元手に“ある計画”を実行に移す。つまりカネがカネを生み、資本の奴隷となった世界を救うために、ルール自体を変えようとするわけです。

 今の経済は椅子取りゲームでしょ。リーマンショックで音楽が止まった途端、何十億もの人が奈落に落ち、世界中の富を独占する1%の人間もまた常に不安の中にいる。結局誰も幸せにしないまま限界を迎えたルールからの解放を目指すとすれば、当然主語は日本人ではなく、人類になるんです」

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2013年9月13日号

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