国内

【狼の牙を折れ】三菱重工爆破事件の内幕実名証言【2/6】

 二〇二〇年東京五輪に向けて、危機管理への意識が高まっている。それは、無関心だった原発テロへの懸念と共に切実な問題として浮かび上がっている。だが、かつて東京は世界で最も爆破テロの危機に晒され、それと敢然と闘った都市でもあった。その知られざる闘いの内幕を『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』(小学館刊)で門田隆将氏(ノンフィクション作家)が追った。

 * * *
(【狼の牙を折れ】三菱重工爆破事件の内幕実名証言【1/6】のつづき)

 ドーーーン……  それは、天と地が同時に破裂したかのような音だった。とてつもない轟音と共に、猛烈な爆風が、ビルの谷間を駆け抜けた。

 昭和四十九年八月三十日午後〇時四十五分。丸の内のオフィス街が短い昼休みを間もなく終えようとする時だった。爆発と同時に上がった白煙が丸の内仲通りに充満して、もくもくと立ちのぼっていく。
 
 目を凝らすと白煙の中には、血みどろで吹き飛ばされた人間、片手と片脚がもぎとられた裸の死体、口から血を噴き出した者、頭から肩、背中にかけて血のりをべっとりつけてうずくまる人たちがいる。
 
 さらにその遺体や、身動きもできない重傷者の上に、砕けた窓ガラスの破片が容赦なく襲いかかった。まさに地獄の光景だった。

「なんだ……この音は」

 遠くから聞こえたその音が、警視庁公安部公安第一課長の小黒隆嗣(四七)には、パーンという花火の音のように聞こえた。

 公安第一課長室は、警視庁庁舎の四階にあり、桜田通りに面している。小黒は、明治生命ビルの向こう側から、白い煙がもくもくと上がっているのに気がついた。遠くに見えるその白い煙が、自分をこれから歴史に残る大捜査の只中に放り込むことになるなど、小黒はこの時、想像もしていない。

「至急、至急! 丸の内××号。爆発物が爆発した模様である」

 受信機を通じて、パトカー無線の声が聞こえてきた瞬間、小黒は部屋を飛び出していた。背広を手で掴むと一目散に階段を駆け下り、桜田門から炎天下の内堀通りを走った。
 
 通りは祝田橋から先は晴海通りだ。日比谷公園の横を通って日比谷交差点を走って渡ると、すぐに丸の内仲通りの角だ。小黒は仲通りを左折した。

「あっ」

 目の前に広がった光景は、あまりに鮮烈なものだった。大粒のダイヤモンドがぶちまけられ、道路の表面が、あたかも“宝石”で埋め尽くされたかのようになっていたのだ。ガラスの破片である。小黒は、その“海”に足を踏み入れた。

「通りはズーッとそのガラスで埋まっている感じでした。不思議なもので、雪の上を歩いても雪の深さまでは、靴が沈まないのと同じで、ザクッザクッというだけで、深くは埋まらなかった。だから、靴の中にそれらが入るということはなかったですね。現場についた時、警視庁の自分の部屋を飛び出してから、十分ぐらいは経っていたと思います」

 爆破事件から三十九年が経過し、小黒は今、八十五歳である。

「到着した時は、遺体は救急車で運びつつあるものもあれば、パトカーで運んでいったものもあるという状態でした。通りがかりの方が見るに見かねて、車に乗せて救急車の後を追いかけていく、というようなこともあったようです。三菱重工の前は、どうも爆発そのものがすっ飛ばしたようで、比較的ガラスの(海の)隙間になっておりました」(つづく)

◆門田隆将(かどた・りゅうしょう)/1958(昭和33)年、高知県生まれ。『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。近著に『太平洋戦争 最後の証言』(第一部~第三部・小学館)、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)がある。

※週刊ポスト2013年11月8・15日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

高校時代の安福久美子容疑者(右・共同通信)
《「子育ての苦労を分からせたかった」と供述》「夫婦2人でいるところを見たことがない」隣人男性が証言した安福容疑者の“孤育て”「不思議な家族だった」
活動再開を発表した小島瑠璃子(時事通信フォト)
《輝く金髪姿で再始動》こじるりが亡き夫のサウナ会社を破産処理へ…“新ビジネス”に向ける意気込み「子供の人生だけは輝かしいものになってほしい」
NEWSポストセブン
中国でも人気があるキムタク親子
《木村拓哉とKokiの中国版SNSがピタリと停止》緊迫の日中関係のなか2人が“無風”でいられる理由…背景に「2025年ならではの事情」
NEWSポストセブン
トランプ米大統領によるベネズエラ攻撃はいよいよ危険水域に突入している(時事通信フォト、中央・右はEPA=時事)
《米vs中ロで戦争前夜の危険水域…》トランプ大統領が地上攻撃に言及した「ベネズエラ戦争」が“世界の火薬庫”に 日本では報じられないヤバすぎる「カリブ海の緊迫」
週刊ポスト
ケンダルはこのまま車に乗っているようだ(ケンダル・ジェンナーのInstagramより)
《“ぴったり具合”で校則違反が決まる》オーストラリアの高校が“行き過ぎたアスレジャー”禁止で波紋「嫌なら転校すべき」「こんな服を学校に着ていくなんて」支持する声も 
NEWSポストセブン
24才のお誕生日を迎えられた愛子さま(2025年11月7日、写真/宮内庁提供)
《12月1日に24才のお誕生日》愛子さま、新たな家族「美海(みみ)」のお写真公開 今年8月に保護猫を迎えられて、これで飼い猫は「セブン」との2匹に 
女性セブン
新大関の安青錦(写真/共同通信社)
《里帰りは叶わぬまま》新大関・安青錦、母国ウクライナへの複雑な思い 3才上の兄は今なお戦禍での生活、国際電話での優勝報告に、ドイツで暮らす両親は涙 
女性セブン
東京ディズニーシーにある「ホテルミラコスタ」で刃物を持って侵入した姜春雨容疑者(34)(HP/容疑者のSNSより)
《夢の国の”刃物男”の素顔》「日本語が苦手」「寡黙で大人しい人」ホテルミラコスタで中華包丁を取り出した姜春雨容疑者の目撃証言
NEWSポストセブン
石橋貴明の近影がXに投稿されていた(写真/AFLO)
《黒髪からグレイヘアに激変》がん闘病中のほっそり石橋貴明の近影公開、後輩プロ野球選手らと食事会で「近影解禁」の背景
NEWSポストセブン
秋の園遊会で招待者と歓談される秋篠宮妃紀子さま(時事通信フォト)
《陽の光の下で輝く紀子さまの“レッドヘア”》“アラ還でもふんわりヘア”から伝わる御髪への美意識「ガーリーアイテムで親しみやすさを演出」
NEWSポストセブン
ニューヨークのイベントでパンツレスファッションで現れたリサ(時事通信フォト)
《マネはお勧めできない》“パンツレス”ファッションがSNSで物議…スタイル抜群の海外セレブらが見せるスタイルに困惑「公序良俗を考えると難しいかと」
NEWSポストセブン
中国でライブをおこなった歌手・BENI(Instagramより)
《歌手・BENI(39)の中国公演が無事に開催されたワケ》浜崎あゆみ、大槻マキ…中国側の“日本のエンタメ弾圧”相次ぐなかでなぜ「地域によって違いがある」
NEWSポストセブン