2004年に〈段ボール箱を被る〉状態で轢死した読売新聞記者〈新藤武〉42歳(死亡時)を〈一人目の男〉とすれば、美由紀の周辺で起きた不審死は、実に6件。その間彼女には常に複数の男性関係があり、第5子の父親も特定できないという。
県警は2009年11月、美由紀と同棲相手〈安西〉を詐欺容疑で逮捕。翌年には2件の強盗殺人で美由紀の再逮捕に踏み切る。本人が黙秘を貫く中、青木氏は彼女の元恋人〈大田〉らに話を聞き、〈なぜ溺れたのか〉という謎に迫ってゆくのだ。
「1人目は新聞記者、2008年に山中で首を吊った〈堀田正〉41歳は鳥取県警の警官で、それぞれ家庭もあった。まあ異性の好みは人それぞれですが、男に借金させてまで金を毟り取る彼女を、〈可愛いとこもあった〉と大田たちは言い、筆まめで、子供を5人も育てている姿に癒されたりもするらしい。
セックスは〈別にフツウ〉と言ってましたが、後半に美由紀の後釜の〈マミちゃん〉というホステスが出てくるでしょ。実は彼女の今カレが大田で、〈アイツ、モノが太いんだっ〉と人前で言えちゃう彼女がいたから、僕は本書を書けたとも言える。何しろ29歳でバツ5の彼女の元夫は今もビッグに来る生活保護受給者の老人。結婚した理由を聞くと〈決まった収入がある〉からと、そういう感覚なんです」
彼女だけが特別なのではない。県警は当初、堀田の遺体発見現場を〈警察署内〉と発表するなど迷走。また一審で「安西真犯人説」をぶった国選弁護人は、〈しまむらなくして、ずぶ濡れなしっ。ずぶ濡れなくして、殺害なしっ〉などと連呼し、裁判員からも失笑を買った。
「とにかく警察がヘボなら、検察も弁護人も全部ヘボで、何もかもが大ウソだらけの美由紀という〈底なし沼〉に、男たちが自ら堕ちていくならそれもいいんです。ただ、杜撰な捜査と証拠で張りぼての絵しか描けないのに、死刑という極刑だけは粛々と遂行されることに僕はゾッとする。そのヘボさも地方の現実かもしれず、ビッグで水割をちびちび舐めている爺さんを見ながら、ここは現代日本の縮図だと、つい思ってしまうんです」
アクリル板の向こうでも彼女は相変わらずウソともつかないウソを並べ、それでいて男心をくすぐるテクニックも感じたと氏は言う。
「でも俺は堕ちないですね。たぶん、ですけど(笑い)」
ともすれば書き手の突き放した態度は読み手の取りつく島も奪いかねないが、稀代の悪女等々、恣意的な表現で気を引く手法に比べ、はるかに新鮮かつフェアな、青木氏の“止まり木物語”である。
【著者プロフィール】青木理(あおき・おさむ):1966年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、共同通信社入社。警視庁公安担当、ソウル支局等を経て、2006年フリージャーナリストに。在職中の2000年『日本の公安警察』を発表。『国策捜査』『絞首刑』『トラオ~徳田虎雄 不随の病院王』等話題作多数。12月10日の控訴審も傍聴予定で「接見も一応申し込むつもり。実は真実を全部話した方がいいと手紙に書いたら返信が一切来なくなり、断られるかもしれませんけど」。183cm、78kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2013年12月20・27日号