そんな下町の居間のセンターは、「かわいらしいのに色っぽくて、そのうえ胆がすわってる。最高のおかあはん」と評判の稲田俊子さんだ。
「みんなに良くしてくれて、わしらの憧れなんやけど、年はわからんし、写真もだめみたいよ。いっぺん聞いてみたら」と常連がけしかける。さればとトライしてみたが、
「写真?ええわ、年?聞かんとき」との答えに、成り行きを注目していた彼らの顔には、やっぱりだめか、でもアイドルは神秘的でなくてはいかんのだというような、なんともいえない安堵の微笑が浮かぶ。
そんな俊子さんを支え、稲田酒店全体を守るのが、3代目の政秀さん(44)と、弟の桂二さん(39)。
「イケメンのマーちゃんに、やさしくて力持ちのケーちゃん。これがまた、ファンが多いんよ。私?言ってみれば追っかけね」と笑う女性客も増えているほど。
「以前はあまり酒は飲めなかったんです。それがあるとき、進学塾の講師をしている常連のお客さんに酒の奥深さを教わりまして。それから酒全般の勉強をするようになり、日本酒では全国の蔵元さん回りも続けているんです。今では酒のうまさも知ったし、かなり飲めるようになりましたよ。3年前に亡くなった父の時代よりは、酒の品揃えは充実しているかな」
と、兄の政秀さん。その間に、桂二さんは配達に出たり、一升瓶を徳利のように軽々と片手に握って、客のコップに注いで回ったりと忙しい。
「それでもまだまだ店の看板は母ですね。カウンターの中にいるだけで、お客さんの安心感が違うみたいだし、母手作りのつまみのファンも多いですから」(政秀さん)