「野球協約や法律面を改めて調べ直すと、本人の了解もなく〈独占交渉権〉をパドレスに譲渡した球団が明らかにおかしい。それをよく調べもせずに伊良部さんを一方的に叩いたマスコミも酷いし、選手会も無知・無力と言わざるを得ません。

 団さんですら弱気になる中、伊良部さんは全くブレなかったそうで、そういう強さと脆さを併せ持つ彼は野球以外頭にないというか、打者との勝負以上に興味を引く対象を最後まで見つけられなかったんだと思う」

 そうまでして戦う理由を、団氏らは〈見ていられないじゃないですか〉と語り、球団側の人権侵害に等しい仕打ちや〈不当な雇用関係〉には、怒りを禁じえない。

「ただしそのおかげでポスティングシステムができ、田中マー君たちが活躍できているのも事実。日本選手のメジャー進出に体制面で貢献したのは、むしろ野茂さんというより伊良部さんなんです。

 他にも伊良部という題材には沖縄の戦後史やベトナム帰還兵のPTSDまでが絡み、戦争の翳をほとんど身近に見ることのない同世代の僕にはどこか歴史的ですらあった。渡米後に再会を果たした実の父親にも会いましたが、伊良部さんは〈牛って一頭いくらなんですかね?〉と妙なことを口走るくらい動揺していたらしく、父親の顔を知らずに育ったことが人格形成に大きく影響したと僕は思う。

 ただしそれも含めて一筋縄ではゆかない彼の魅力で、今時あんなに魅力的な男はそういるものではないだけに、残念でなりません」

 最後まで投手であることに拘(こだわ)った彼の失意はむろん余人には計り知れないが、晩年ふらりと宮古島を訪れ、海を眺めていたという彼の瞳が宿す孤高の光を、本書を読み終えた今なら想像できる。その悲しげでどこか愛らしい残像はかつてマウンド上に見た雄姿とともに、たぶんこの先も消えることはない。(構成/橋本紀子)

【著者プロフィール】田崎健太(たざき・けんた):1968年京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。本誌編集部等を経て1999年退社、ノンフィクション作家に。『CUBAユーウツな楽園』『此処ではない、何処かへ 広山望の挑戦』『ジーコジャパン 11のブラジル流方程式』『W杯ビジネス30年戦争』『楽天が巨人に勝つ日』『偶然完全 勝新太郎伝』『維新漂流 中田宏は何を見たのか』『ザ・キングファーザー』等。早稲田大学スポーツ産業研究所招聘研究員。178cm、75kg。

※週刊ポスト2014年6月20日号

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