当然、野球選手をやりながらの勉強は大変である。遠征で移動中のバスの中でパソコンを開けてレポートを書いたり、試合前に2時間早起きして勉強したり。しかしそんな工夫よりも辛かったのは、周囲の視線だった。
「よく指導者や先輩選手、ファンからも『もっと野球に集中しろよ』と言われましたよ。でも他の選手がバスの中で本を読んでいる代わりに僕はパソコンを開けているだけ。勉強時間も試合後に飲み行かず早めに就寝して確保していました。プライベートな時間の使い方でなぜ批判されるのかわからなかった」
しかし野球後の生活を考えて行動する「後ろめたさ」のようなものはなかったのだろうか。
「いや逆に野球だけしていると苦しくなってくるんですよ。野球に没頭したいから、他のことがしたくなるんです。他の選手はそれが夜の街だったり、パチンコで、僕は大学院の勉強だったんです」
楽天から戦力外通告を受けたのは11月で、宮崎で行われているフェニックスリーグ(若手主体のリーグ戦)に参加している途中だった。
「オフシーズンになるとクビが危なそうな選手って、周りの選手と自分の比較を始めるんですよ。『この選手より先にクビにはならないだろう』とか。僕も11月に入ってたので安心してたら、突然球団から『明日、事務所に来てくれ』って電話が宮崎に掛かってきました。それでも移籍の話かなと、実際に球団幹部から『来季は戦力として考えていない』と告げられるまで思い込んでました」
トライアウトを受けたのは野球選手としてまだ不完全燃焼だったからだ。しかし阪神の育成選手も解雇され、翌月にすぐ地元の関東に引っ越した。履歴書を多数の学校に送って教員採用の途をさぐりながら、教育系出版社でのアルバイト、大学事務員、家庭教師などなんでもやった。
「プロ野球選手って、辞めたら簡単に高校や大学野球の監督になれると思い込んでいるところがありますが、そんな簡単になれません。仕事探しも履歴書を送って待っているだけの人がいる。その間、日雇いのアルバイトでもすべきです」
プロ野球選手と大学教員という、人が願ってもなかなかなれない仕事を二つ経験した西谷さん、キャンパスでは学生から仕事観についてアドバイスを求められることも多いそうだ。