芹沢は東北大学に移り、独自に旧石器の発掘を目指す。岩宿で発見されたのはより新しい後期旧石器時代の石器だったが、芹沢はより古い前期・中期旧石器時代の存在を確信していた。杉原はその存在を否定していた。

 そうした学問的立場の違いに、学閥の争いや個人的な確執が加わり、対立は熾烈を極めた。これは芹沢と対立した別の学者の話だが、その学者は日本考古学協会総会の場で芹沢に「この怨みは一生忘れないぞ」と激烈な言葉を投げつけ、周囲に「芹沢をどういう方法で殺してやろうか」と口走ったという。

 芹沢が自説の正しさを証明するためには、何としても石器を発見する必要があった。そこに登場したのが、高卒の考古ボーイ、藤村新一だった。芹沢は明大時代から考古ボーイたちの活動を正当に評価していた。それゆえ藤村も芹沢を慕った。

 やがて藤村は成果を上げ始め、1980年代に入ってから座散乱木遺跡(宮城県)などで次々と前期旧石器を発掘する。それどころか、別の遺跡では60万年前の原人による祈りのための埋納遺跡なるものまで発見した。人類史を書き換える発見である。藤村は「神の手」と賞賛され、芹沢もそれを信じた。

 だが、後に毎日新聞のスクープにより、藤村の発見はすべて捏造(自ら細工して仕込んだもの)だったことが発覚する。著者は「神の手」を何度も取材しており、激しく心情を吐露しながらも、どこまでが実で、どこから先が虚なのか判別しがたい「神の手」に迫る場面を描いたクライマックスは、考古学に取り憑かれた男の、おぞましくも悲しい心の深淵を覗かせ、実に読み応えがある。「石ころ」には古代のロマンだけでなく、現代を生きる人間の執念や狂気までも詰まっているのである。

※SAPIO2014年11月号

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