実は六平太にはかつて馴染みの女に産ませた〈穏蔵〉という息子がいた。女の死後、里子に出し、その際の餞別30両を家主の市兵衛から借金する六平太は月末が恐く、また、藩内には彼をなお敵視する者も多い。
「ただし敵はいても悪人はいないはずで、仮に全員が善人でもドラマは書けますね。僕は『鬼平犯科帳』も『剣客商売』も随分書いたけど、池波さんの世界も単純な善悪では色分けできない人の機微がありました」
だが物語には決着も必要で、注目は「初浴衣」(第1巻)。ある時、糞尿を買いに来た百姓の息子が大名行列を横切って斬り捨て騒動に遭い、その無慈悲な仕業に怒ったのが百姓仲間。作戦の鍵は、ズバリ糞尿。大名屋敷も汲み取り手なしには回らないことを逆手にとる、痛快な庶民の報復だった!
「これは町の糞尿を肥にし、その野菜を町で売る江戸のリサイクル文化から着想した話で、そもそも江戸屋敷では出入りの商人はじめ、職人、百姓など、町の人に嫌われたら生活できない。特に糞尿問題は毎日のことだし、それこそドラマでは書けないネタでした(笑い)。
ただ体面だけは守りたい武家側も憐れといえば憐れで、1巻に食い詰めて女郎屋や賭場を始める旗本が出てくるが、それもこれも儲けのためではなく生きるため。それなら認める、というのが、僕の心情なんです」
六平太は思う。〈人ってものぁちょっとしたことで鬼にも仏にもなる〉と。だからこそ〈用心〉を重ね、助け合う人々の知恵がいじましくも輝く瞬間を、金子氏は本作に切り取るのだろう。
「先の広島の土砂災害でも、僕は被災地区を蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)と呼んで用心を促した先人の知恵が生かされなかったのが残念でね。つまり地名一つにも、何が起きてもおかしくはないこの世を生き抜いた人々の思いは刻まれ、善人が善かれと思ってしたことすら悲劇を生みかねない憐れをより書きやすいのが、時代小説じゃないかな」
佐和やおりきとの関係、十河藩や穏蔵との因縁など、どう転ぶかわからないことばかり。次巻は来年3月に刊行予定だそうで、今後も可笑しくもいじらしい六平太たちの活躍から目が離せない。
【著者プロフィール】金子成人(かねこ・なりと):1949年佐世保生まれ。高校卒業後、現Nittakuに入社。19歳の時、成瀬巳喜男監督宅を突然訪ね弟子志願するも、「まずは脚本を勉強しなさい」と諭され、シナリオ研究所で倉本聰氏に師事。1972年『おはよう』でデビュー。バイト生活の傍ら『前略おふくろ様』等を書き、「『大都会』で初めて倉本さんに褒められ、バイトもやめました」。大河ドラマ『真田太平記』『義経』の他『鬼平犯科帳』『御家人斬九郎』等多数。1997年向田邦子賞。158cm、64kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2014年12月19日号