芸能

ジャーナリスト大谷昭宏氏 裁断の名人だった父について語る

 社会部記者出身のジャーナリストとして、時に冷静に、時に熱くニュースを解説する大谷昭宏さん(69才)。そんな彼を育てたのは職人の父と高等女学校出身の母だった。父の葬儀を経験した大谷さんが、父の在りし日の姿について語る。

 * * *
「将来は好きなことをしておくれ」

 両親の口癖だった。ぼくらの卒業後の進路に口を挟むことがなかったのは、具体的な職業を言おうにも、職人の夫婦にはその仕事の内容がわからなかったからじゃないか。できのよかった弟は東京大学へ、新聞記者になりたかったぼくは早稲田の付属高校に進学した。

 その頃、既製服の普及で、高級紳士服店が立ち行かなくなると、親父は勤めを辞めて、自宅で注文を請け負うようになった。

 修業を積んだ職人は強い。既製服が全盛になっても、仕事に困ることはなかった。内閣総理大臣を務めた幣原喜重郎氏や、朝日新聞副社長で自由党総裁を務めた緒方竹虎氏、作家の野村胡堂氏といった、いい常連客が親父の仕立てる紳士服に袖を通していた。

 親父は裁断の名人で、大きな裁ち鋏で迷いなく生地を裁断していく。晩年は鋏を握る利き手の2本の指がほとんど動かなくなっていたが、「この指はおれの勲章だ」と親父は胸を張るように言っていた。

 1960年代後半、学生運動が激しかった時代で、大学生のぼくも運動に一生懸命だった。

「お前、何才になった? 20才といえば、おれがマントを縫っていた年じゃないか」

 それは当時、親父がぼくに言った言葉だ。縫製職人にとっていちばん難しいのはマントで、マントが縫えるようになれば職人として一人前というわけだ。モノ作りの世界しか知らない親父は職人の成長の基準で、息子に説教めいたことを語ったのだ。

「おれが20才の頃はマントが縫える一人前の職人だったぞ。それに引き替えお前はなんだ。学生運動か何だか知らんが、大学で石ころを投げて、この馬鹿者!」

 親父はそう言いたかったに違いない。

 一方でおふくろの期待に応え、東大法学部に進学した弟はラクビー部に所属し、巨漢を生かして本当の運動に熱中した。だが、弟もぼくとは別の意味で親父、おふくろに心配をかけた。ラクビーで眉間を切る大けがを負ったときのことだ。

「こんな大けがをさせるために、おれはお前を大学に入れたんじゃねえ!!」

 病院に駆けつけた親父は烈火のごとく弟を怒った。あんな親父を見たのは、後にも先にもあの時だけだった。それだけ子供たちを大事に思っていたのだ。

 1968年、大阪読売新聞社に就職すると、親父は紺のスーツをあつらえてくれた。

「初対面でいきなりどういう人間かなんてわからない。人は服装を見てどんな趣味か、どんなタイプかを判断するものだから、ちゃんとした格好をしておけ」

 縫製を生業としてきた親父らしい言葉だった。どんな時でも失礼にならないよう、スーツを着てネクタイを締める。報道番組に出演するようになって、よりその時の親父の言葉を意識するようになった。

 1987年、ぼくは会社を辞めてフリーになった。仕事が東京中心になり、家で親父と一緒に酒を飲む機会も増えた。

「宮川は日本一綺麗な川だ」

 伊勢には14才までしかいなかったが、晩年、親父は伊勢市を流れるその川を自慢した。

「今度の遷宮は見られるかな」

 陽気な酒の席で、親父は20年に1度の伊勢神宮の社殿を造り替える式年遷宮祭を見たいと言っていた。

「これがまあ、最後だろう」

 遷宮の前年の1992年末、親父とおふくろは伊勢に帰省した。しかし、心臓が悪かった親父は遷宮祭を迎えることができず、都内に戻り、通院を強いられた。

 親父が再び伊勢の地を訪れることはなかった。だが、親父の最後の帰省は「真っ当」という幟を掲げ、故郷に錦を飾った旅だった、そんな気がぼくはしている。1993年2月の厳寒の日。心臓が悪かった親父が病院に担ぎ込まれた。

「仕事があるんだろう。さっさと帰れ」

 元気そうな親父を目にして、大丈夫だろうと大阪に戻るなり、急変したという連絡をもらった。荻窪の家で対面した親父の亡骸の上には長年使いこんだ大きな裁ち鋏があった。

■聞き手・文/根岸康雄

※女性セブン2015年2月19日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者が逮捕された
《不動産投資会社レーサム元会長・注目の裁判始まる》違法薬物使用は「大きなストレスで…」と反省も女性に対する不同意性交致傷容疑は「やっていない」
NEWSポストセブン
女優・福田沙紀さんにデビューから現在のワークスタイルについてインタビュー
《いじめっ子役演じてブログに“私”を責める書き込み》女優・福田沙紀が明かしたトラウマ、誹謗中傷に強がった過去も「16歳の私は受け止められなかった」
NEWSポストセブン
告示日前、安野貴博氏(左)と峰島侑也氏(右)が新宿駅前で実施した街頭演説(2025年6月写真撮影:小川裕夫)
《たった一言で会場の空気を一変》「チームみらい」の躍進を支えた安野貴博氏の妻 演説会では会場後方から急にマイクを握り「チームみらいの欠点は…」
NEWSポストセブン
中国の人気芸能人、張芸洋被告の死刑が執行された(weibo/baidu)
《中国の人気芸能人(34)の死刑が執行されていた》16歳の恋人を殺害…7か月後に死刑が判明するも出演映画が公開されていた 「ダブルスタンダードでは?」の声も
NEWSポストセブン
13日目に会場を訪れた大村さん
名古屋場所の溜席に93歳、大村崑さんが再び 大の里の苦戦に「気の毒なのは懸賞金の数」と目の前の光景を語る 土俵下まで突き飛ばされた新横綱がすぐ側に迫る一幕も
NEWSポストセブン
学歴を偽った疑いがあると指摘されていた静岡県伊東市の田久保真紀市長(右・時事通信フォト)
「言いふらしている方は1人、見当がついています」田久保真紀氏が語った証書問題「チラ見せとは思わない」 再選挙にも意欲《伊東市長・学歴詐称疑惑》
NEWSポストセブン
参院選の東京選挙区で初当選した新人のさや氏、夫の音楽家・塩入俊哉氏(時事通信フォト、YouTubeより)
「結婚前から領収書に同じマンション名が…」「今でいう匂わせ」参政党・さや氏と年上音楽家夫の“蜜月”と “熱烈プロデュース”《地元ライブハウス関係者が証言》
NEWSポストセブン
学歴を偽った疑いがあると指摘されていた静岡県伊東市の田久保真紀市長(共同通信/HPより)
《伊東市・田久保市長が独占告白1時間》「金庫で厳重保管。記録も写メもない」「ただのゴシップネタ」本人が語る“卒業証書”提出拒否の理由
NEWSポストセブン
7月6~13日にモンゴルを訪問された天皇皇后両陛下(時事通信フォト)
《国会議員がそこに立っちゃダメだろ》天皇皇后両陛下「モンゴルご訪問」渦中に河野太郎氏があり得ない行動を連発 雅子さまに向けてフラッシュライトも
NEWSポストセブン
参院選の東京選挙区で初当選した新人のさや氏、経世論研究所の三橋貴明所長(時事通信フォト)
参政党・さや氏が“メガネ”でアピールする経済評論家への“信頼”「さやさんは見目麗しいけど、頭の中が『三橋貴明』だからね!」《三橋氏は抗議デモ女性に体当たりも》
NEWSポストセブン
かりゆしウェアをお召しになる愛子さま(2025年7月、栃木県・那須郡。撮影/JMPA) 
《那須ご静養で再び》愛子さま、ブルーのかりゆしワンピースで見せた透明感 沖縄でお召しになった時との共通点 
NEWSポストセブン
参院選の東京選挙区で初当選した新人のさや氏(共同通信)
《“保守サーの姫”は既婚者だった》参政党・さや氏、好きな男性のタイプは「便利な人」…結婚相手は自身をプロデュースした大物音楽家
NEWSポストセブン