ライフ

【書評】中東の「怒りの表出」を地形や人口学から読み解く本

【書評】『地政学の逆襲 「影のCIA」が予測する覇権の世界地図』ロバート・D・カプラン著/櫻井祐子訳/奥山真司解説/朝日新聞出版/2800円+税

【評者】山内昌之(明治大学特任教授)

 変動する世界を理解するには、地形図や人口学の知識も有用である。それによって、従来の外交政策の分析は複合的になるだけではない。数世紀というスパンで物事を考える歴史学のように地理学も大きな役割を果たすことができるからだ。こうした著者の立場は、日本人拉致で注目を浴びているイスラム国の問題や中東の特質を考える上でも参考になる。

 たとえばイラクは、人間の通る道に二つの大河が直角に交わることで人間同士の対立を招き、それが悲観主義を育んできた、と著者は指摘する。他方シリアは、「無秩序に広がる砂漠のうえの人為的な領土」であり、アラブ世界の震源地であり続ける。北のアレッポは首都ダマスカスよりも、イラクのモスルやバグダードと強く結びついているという指摘は、現在の中東情勢を考える時に大いに興味深い。

 いま日本が人質解放で頼っているトルコは、時計回りにバルカン半島、黒海、ウクライナ、ロシア南部、カフカス、アラブ中東に勢力を及ぼす「混沌のなかの安定した土台」に他ならない。

 一方イランという「古代世界で初めて超大国になった国」は、シーア派の広がりもあって、その大きさが正式の地図の枠組みよりも大きかったこともあり、小さかったこともある。この伝でいけば、いまイスラム国がシーア派を敵視するのは、1979年イスラム革命の持続力を支えた官僚機構と治安部隊の緻密な運営によるイラク、シリア、レバノンに拡大するイランの力と脅威を正確に測定していたからともいえよう。

 著者は、中東の都市化と情報化が進むにつれ、大衆の怒りの表出はさらに激しくなると不気味な警告を発する。現実や幻想を問わず、「不公平を攻撃する群衆は新しいタイプの暴徒と化し、アラブの次世代の指導者は秩序を保つのに苦労するだろう」と予測する。この指摘は悲観的だが当たっている。イスラム国が終焉しても中東の暴力性が再燃し、持続することを予知させる本でもある。

※週刊ポスト2015年2月20日号

関連記事

トピックス

若手俳優として活躍していた清水尋也(時事通信フォト)
「もしあのまま制作していたら…」俳優・清水尋也が出演していた「Honda高級車CM」が逮捕前にお蔵入り…企業が明かした“制作中止の理由”《大麻所持で執行猶予付き有罪判決》
NEWSポストセブン
「正しい保守のあり方」「政権の右傾化への憂慮」などについて語った前外相。岩屋毅氏
「高市首相は中国の誤解を解くために説明すべき」「右傾化すれば政権を問わずアラートを出す」前外相・岩屋毅氏がピシャリ《“存立危機事態”発言を中学生記者が直撃》
NEWSポストセブン
3児の母となった加藤あい(43)
3児の母となった加藤あいが語る「母親として強くなってきた」 楽観的に子育てを楽しむ姿勢と「好奇心を大切にしてほしい」の思い
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
過去にも”ストーカー殺人未遂”で逮捕されていた谷本将志容疑者(35)。判決文にはその衝撃の犯行内容が記されていた(共同通信)
神戸ストーカー刺殺“金髪メッシュ男” 谷本将志被告が起訴、「娘がいない日常に慣れることはありません」被害者の両親が明かした“癒えぬ悲しみ”
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
指定暴力団六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
木瀬親方
木瀬親方が弟子の暴力問題の「2階級降格」で理事選への出馬が絶望的に 出羽海一門は候補者調整遅れていたが、元大関・栃東の玉ノ井親方が理事の有力候補に
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
結婚を発表した趣里と母親の伊藤蘭
《趣里と三山凌輝の子供にも言及》「アカチャンホンポに行きました…」伊藤蘭がディナーショーで明かした母娘の現在「私たち夫婦もよりしっかり」
NEWSポストセブン
高石あかりを撮り下ろし&インタビュー
『ばけばけ』ヒロイン・高石あかり・撮り下ろし&インタビュー 「2人がどう結ばれ、『うらめしい。けど、すばらしい日々』を歩いていくのか。最後まで見守っていただけたら嬉しいです!」
週刊ポスト
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン