ライフ

マスクを外せぬ男など「○○できない」人を描く荻原浩の短編集

【著者に訊け】荻原浩氏/『冷蔵庫を抱きしめて』/新潮社/1728円

 片づけられない女や、マスクを外せない男。深刻な病名がつくほどではないけれど、その境界線上にいる、何かにとらわれた若い男女を描く短編集である。

「ぼくはこれまで、自分と同世代の男を書くことが多く、おっさんくさいのは自分でもちょっといやになって。今回は若い人を主人公にしてみました」(荻原さん、以下「」内同)

 男性作家の恋愛小説を集めた短編集への原稿を依頼され、30代の女性を主人公にした「エンドロールは最後まで」を書いたのがきっかけだ。

 若い女性の恋愛小説には苦手意識があったのに、ひとつ書くと、もう少し書いてみたくなった。次に書いたのが片づけられない女が出てくる「カメレオンの地色」だ。「エンドロール~」の裏テーマが、「牛丼屋に1人で入れない女」だったことから、編集者に「~られない」シリーズですね、と指摘され、そこからは自覚的に、何かに依存する心の病をテーマに据えてみた。ちなみに、担当編集者の1人も、何にでもケチャップをかけずにはいられない、「ケチャラー」なのだそうだ。

「若い女性を続けて書くと、じゃあ若い男も書いてみよう、となり、ハッピーエンドが続くと、バッドエンドのものも入れよう、とか。自分で縛りを作ったり、解いたりしているうちに8編がそろった感じです」

 巻頭の「ヒット・アンド・アウェイ」は暴力をふるう男を続けて引き当ててしまう女性の話。表題作の「冷蔵庫を抱きしめて」は、新婚の夫との食習慣の違いにストレスを感じて摂食障害が復活してしまう妻を描く。

「暴力は極端な例ですけど、結婚するまで気づかないことって結構ありますよね。ぼく自身、結婚した当初、あまりの嗜好の違いにカルチャーショックを受けました。違う人間が一緒に暮らすのって、相当難しいですよ」

 若い女性や男性になりきる、のではなく、合わせ鏡のように、その人の姿が人にどう映るかを考えながら書いていったという。

「例えば相手を束縛するやつって、鏡に映してみると、自分に自信がないんだとわかります。奥さんや恋人がいても、隙あらば別の女性と、って考えているから、相手のことも、もしかしたら、と信じられないんじゃないかな」

 この本に書いたのは依存がより深刻に思えた若い人だが、いつの時代、どの世代にもあることでしょう、と荻原さん。ちなみにご自身は「たばこ依存症」だとか。

「本に処方箋までは示していませんが、みんな少しずつ、病んだり、違っていたりする、それを認めちゃうことが、ある意味、解決法のひとつかな、という気はします」

【『冷蔵庫を抱きしめて』】
 本文で紹介したものの他、「荻原さんの小説はハッピーエンドが多いですねと言われるので、前向きじゃないものをと思って書いた」という、ネット依存、発信依存の男を描いた「アナザーフェイス」や、思ったことが全て口から出てしまう「それは言わない約束でしょう」など全8編。「短編の収録の順番もかなり考えました」というだけに、1作目から順番に味わってみては。

【著者プロフィール】荻原浩(おぎわら・ひろし):1956年埼玉県生まれ。コピーライターを経て1997年『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞、2005年『明日の記憶』で山本周五郎賞、2014年『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞を受賞。「たばこともうひとつ、夜眠れないのが悩み。締切がないとぐっすり眠れるんですが(笑い)」。

(取材・文/佐久間文子)

※女性セブン2015年3月5日号

関連記事

トピックス

滋賀県を訪問された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年10月25日、撮影/JMPA)
《すぐに売り切れ》佳子さま、6万9300円のミントグリーンのワンピースに信楽焼イヤリングを合わせてさわやかなコーデ スカーフを背中で結ばれ、ガーリーに
NEWSポストセブン
注目される次のキャリア(写真/共同通信社)
田久保真紀・伊東市長、次なるキャリアはまさかの「国政進出」か…メガソーラー反対の“広告塔”になる可能性
週刊ポスト
送検のため奈良西署を出る山上徹也容疑者(写真/時事通信フォト)
《安倍晋三元首相銃撃事件・初公判》「犯人の知的レベルの高さ」を鈴木エイト氏が証言、ポイントは「親族への尋問」…山上徹也被告の弁護側は「統一教会のせいで一家崩壊」主張の見通し
NEWSポストセブン
この笑顔はいつまで続くのか(左から吉村洋文氏、高市早苗・首相、藤田文武氏)
自民・維新連立の時限爆弾となる「橋下徹氏の鶴の一声」 高市首相とは過去に確執、維新党内では「橋下氏の影響下から独立すべき」との意見も
週刊ポスト
元・明石市長の泉房穂氏
財務官僚が描くシナリオで「政治家が夢を語れなくなっている」前・明石市長の泉房穂氏(62)が国政復帰して感じた“強烈な危機感”
NEWSポストセブン
新恋人のA氏と腕を組み歩く姿
《そういう男性が集まりやすいのか…》安達祐実と新恋人・NHK敏腕Pの手つなぎアツアツデートに見えた「Tシャツがつなぐ元夫との奇妙な縁」
週刊ポスト
女優・八千草薫さんの自宅が取り壊されていることがわかった
《女優・八千草薫の取り壊された3億円豪邸の今》「亡き夫との庭を遺してほしい」医者から余命宣告に死の直前まで奔走した土地の現状
NEWSポストセブン
左から六代目山口組・司忍組長、六代目山口組・高山清司相談役/時事通信フォト、共同通信社)
「六代目山口組で敵う人はいない」司忍組長以上とも言われる高山清司相談役の“権力” 私生活は「100坪豪邸で動画配信サービス視聴」も
NEWSポストセブン
35万人以上のフォロワーを誇る人気インフルエンサーだった(本人インスタグラムより)
《クリスマスにマリファナキットを配布》フォロワー35万ビキニ美女インフルエンサー(23)は麻薬密売の「首謀者」だった、逃亡の末に友人宅で逮捕
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左/バトル・ニュース提供、右/時事通信フォト)
《激しい損傷》「50メートルくらい遺体を引きずって……」岩手県北上市・温泉旅館の従業員がクマ被害で死亡、猟友会が語る“緊迫の現場”
NEWSポストセブン
WSで遠征観戦を“解禁”した真美子さん
《真美子さんが“遠出解禁”で大ブーイングのトロントへ》大谷翔平が球場で大切にする「リラックスできるルーティン」…アウェーでも愛娘を託せる“絶対的味方”の存在
NEWSポストセブン
ベラルーシ出身で20代のフリーモデル 、ベラ・クラフツォワさんが詐欺グループに拉致され殺害される事件が起きた(Instagramより)
「モデル契約と騙され、臓器を切り取られ…」「遺体に巨額の身代金を要求」タイ渡航のベラルーシ20代女性殺害、偽オファーで巨大詐欺グループの“奴隷”に
NEWSポストセブン