イスラム世界を巡り、社会学者・橋爪大三郎氏と元外務省分析官・佐藤優氏がアラブの春に揺れた中東諸国の「舞台裏」を語りあった。「イスラム国」が核兵器を手に入れ―る最悪のケースが訪れた場合どうなるのだろうか。
橋爪:イスラム神学、哲学、法学はあれだけすばらしいのに、皮肉にも現実に生まれる政権の腐敗はあまりにもひどい。心配なのは、サウジアラビア政権の脆弱性です。
佐藤:そうなんです。サウジアラビアという国名は「サウード家のアラビア王国」という意味です。つまりは家産国家(*1)で、約40年前までは国家予算もなかった。どこまでが王家のもので、どこからが国家のものか、区別がついていなかったのです。そんな状況だからサウジアラビアの国家体制は盤石とはいえません。さらにいえば「イスラム国」とも関係が深く、サウジアラビアから多額の金が渡っていると考えられます。
【*1家産国家/国家は領主の私的財産という考えが根付く共同体。中世の国家はおしなべて、こうした性質を持っていた】
橋爪:サウジアラビアで有事が起きた場合は、「イスラム国」に核ごと国を乗っ取られる危険性があるわけですね。原理主義者たちが核を手にしたら、それを使うことに躊躇はないでしょう。
佐藤:実はその危機は2011年にありました。「アラブの春」で殺されたリビアのカダフィ(*2)は湾岸戦争のときにアメリカとイギリスからの圧力で核兵器の開発を中止に追い込まれたという経緯があります。
【*2カダフィ/リビアの元最高指導者。遊牧民として生まれ、軍人となる。1969年の無血クーデターで、最高指導者に。「アラブの春」後の11年に反カダフィ派に拘束され、死亡】
カダフィ政権が核開発を続けていれば「アラブの春」で原理主義者に核が渡っていた。そうなれば、ヨーロッパは核の射程に入る。各国はそのシナリオをかなり恐れていました。「コーラン」にも「ハディース」(*3)にも核を使っていけないと書いてはいないわけですから。
【*3ハディース/預言者・ムハンマドの言行に関する伝承。イスラム法などの判断基準となる】