負の状況を一つ一つ裏返し、それらを彼らに教わった知恵だと言い切る氏は、安易な人権論や同情を超えて事件と切り結ぼうとする。
「そうしないと生きられない状況なんて実際は想像もつきません。でもそこを頑張って想像した時に、彼らの苦肉の処世術が逆にいろんなことを気づかせてくれる気が僕にはしました」
一方若さゆえの切なさも本作には漂い、18歳を前にした柳の決断や鷹野の初恋、それを見守る徳永や風間など、大人たちがひた隠しにする思いがさらに切ない。
「その切なさは夏も若さも一瞬で終わるとか、僕らが知ってることを彼らが知らないから切ないんですよね。
今回はスパイ小説だけに日常とはかけ離れた設定もあるかもしれませんが、僕は人間さえ描けていれば小説のリアリティとして十分だと思う。特にデビュー当初は人間が何を思ったかよりどう動くか、心はどうでもいいから体を書きたいと思っていた自分の原点がアクション場面の描写には反映されていて、再び大人に戻る次の完結編では鷹野に一層、世界中を走り回ってもらうつもりです!」
親と子は一緒にいるのが幸せという大前提や、何が人を人たらしめるかなど、私たちが無意識に信じ込む自明のことが彼の行く先々では悉く疑われ、水やエネルギーも同様だ。完結編では出所した母親や父親の登場も予感され、鷹野がどんな着地点を見出すか、同じく太陽にも森にもなり得ない人間として、見逃せない。
【著者プロフィール】吉田修一(よしだ・しゅういち):1968年長崎生まれ。法政大学経営学部卒。1997年『最後の息子』で第84回文學界新人賞を受賞しデビュー。2002年には『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞と、ジャンルを超えて受賞し話題に。2007年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞、2010年『横道世之介』で柴田錬三郎賞。著書は他に『日曜日たち』『長崎乱楽坂』『さよなら渓谷』『平成猿蟹合戦図』『路(ルウ)』『愛に乱暴』『怒り』等。映画化作品も多数。174cm、63kg、O型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年6月5日号