とはいえ今は17歳。彼らは知的障害のある柳の弟〈寛太〉を連れて海岸のシャワー室を覗いては大はしゃぎをしたり、おバカな青春この上ない。
「僕は、作家がスパイについて作為的に書こうとしないほうが逆にスパイ小説になると思っていて、特にこのエピソード0は青春小説を書けばその方がスパイ小説になるという直感がありました」
そんなある日、鷹野は島に住む監視役〈徳永〉から〈V.O.エキュ〉という企業の資料を渡され、今夜中に暗記しろと命令される。〈今現在、世界各国の上下水道事業は、この『V.O.エキュ』を含めた三、四社に寡占されている〉〈来週から二週間フランスだ〉
そこで食事も女も最善のものを知るべく特訓された鷹野は、同香港支社長の娘〈サラ〉に接近。体育祭や修学旅行の傍ら、国内企業と組んで鹿児島県の山林を買い漁る水メジャーの陰謀に迫り、騙し騙されの情報戦に呑み込まれて行くのだ。
組織を抜け、弟と静かに暮らすことを密かに夢見る柳は〈俺になんかあったら、寛太のこと頼む〉と言い、信じてはいけない友の小さな信頼を喜ぶ関係が切ない。特に鷹野には欲望自体がなく、言動に〈連続性〉を欠くとの報告を風間は受けていた。〈虐待のなかで生きるしかない子供は、その一瞬一瞬を生きるようになる〉〈終わらない恐怖よりは、繰り返される恐怖として認識することで、どうにか生き延びようとするのだ〉
鷹野は思う。〈自分以外の人間は誰も信じるなという言葉には、まだ逃げ道がある。たった一人、自分だけは信じていいのだ〉。また〈詩織〉にこうも言った。〈先のことなんか考えなくていい〉〈一日、そしてまた一日って繋いでいけば、それが将来だろ?〉……。