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受動喫煙防止策「五輪開催に乗じた禁煙運動は逆効果」の声も

全6回おこなわれた「受動喫煙防止対策検討会」

 2020年に開催される東京オリンピックに向け、国や企業でインバウンド(訪日外国人)政策が着々と進んでいる。東京流の「おもてなし」を世界中にアピールできる絶好のチャンスといえるが、そんな一大イベントに乗じて規制を強めようとしているのが、たばこ対策である。

「理念的に妥協の許さない議論だったので、大変に厄介な問題でした。対立が先鋭であるような場において意見を取りまとめようとすれば、“不満足を均衡させる”以外の手はないのです」

 こう疲れ切った表情を見せたのは、昨秋より東京都が月1回のペースで開いてきた「受動喫煙防止対策検討会」で座長を務めた安念潤司氏(中央大学大学院法務研究科教授)だ。

 本来であれば会合は3月に行われた第5回で一定の方向性を決め、提言をまとめる予定だった。しかし、公共スペースや飲食店などの完全禁煙、それも罰則付きの条例を定めるよう強く求めた“禁煙派”の医師らと、マナー啓発や分煙化を進めたほうが実効力も高いとした“分煙派”の主張が噛み合わず、年度をまたいで5月末に「延長戦」が行われたのである。

 結局、安念座長は双方の不満を軽減させるために、罰則つきの法整備に慎重な構えを貫きつつも、「2018年までに条例化について検討すること」と提言に入れ、国に対しても全国統一的な法律での規制を働きかけた。

「議論を先延ばししただけで、玉虫色の結論だ!」――委員の医師からはこんな捨てセリフも聞こえてきたが、そもそもこの会合は初めから紛糾するのは目に見えていた。受動喫煙対策を話し合う以前に、医師らがたばこの有害性を挙げ、「分煙対策なんて無意味、禁煙にすればいいだけ」と極論を展開し続けていたからだ。

 委員の一人で、もともと3月末までという任期の延長を辞退していたため、6回目の検討会を欠席した獨協医科大学付属病院の名取春彦医師(放射線科)はいう。

「たばこの健康への影響はまだまだ分からないことばかりだと言ったほうがよいと思います。にもかかわらず、『たばこは人体に有害であるだけなのか』、それとも『何らかのメリットがあるのか』の議論を始めると、嫌煙論者と容認論者の主張が合意に至ることはありません。たばこ有害論から出発する受動喫煙対策には無理があるのです。

 私の発言は無視されましたが、検討会で話すべきだったのは喫煙者の自覚とマナーの確立で、そのための規制はマイナスです。たばこが合法的に存在する限り、東京オリンピックでもたばこを吸わない人だけを歓迎するわけにはいかないのですから」

 だが、“禁煙五輪”を目指す動きは、東京都の有識者会合で繰り広げられた「水掛け論」や反省材料が活かされることもなく、その後も続いた。

 厚生労働省が6月1日に都内のホールで開催した「がんサミット」。がん治療の最前線や緩和ケアの充実、患者の就労問題など幅広い分野でがん対策の現状が報告されたのだが、その中で『2020年、スモークフリーの国を目指して』と題したトークプログラムが組み込まれた。

 招かれたのは、女子マラソンのオリンピックメダリスト、有森裕子氏とマラソン指導者の小出義雄氏。現役時代の有森氏に強く勧められてヘビースモーカーだった小出氏が禁煙に成功したという話が展開されたのだが、驚くべきはその開催経緯だ。

 司会を務めた厚労省がん対策健康増進課の課長はこう説明した。

「5月31日はWHO(世界保健機関)が定めた『世界禁煙デー』で、日本も毎年この時期に禁煙週間を設けてイベントをやっていますが、(盛り上がりが)いまひとつなんです。そこで、この際、がんサミットの中で禁煙関係のイベントもやろうと考えました」

 喫煙、がん、そしてオリンピックを結びつけて「禁煙」の機運を一層高めようという狙いがあったようだ。そして、最後に日本の喫煙率が政府目標まで下がらないこと、過去のオリンピック開催国が何らかの条例や法律をつくって受動喫煙防止対策の義務付けをしていることなどが報告されて終了した。

 しかし、新聞などではあまり報じられていないが、有森氏は「喫煙者にはたばこをやめてほしい」と前置きしたうえで、こんなことも話していた。

「社会でいろいろなストレスを抱えている人に、やめろと言ったほうが体を悪くしてしまうかもしれません。私の知人女性にも喫煙者はいますが、周囲に迷惑をかけまいと吸い方のマナーは素晴らしく、尊敬すら覚えます。たばこをやめられない人はそれ以上にマナーやモラルを持ってほしいと思います」

 前出の名取氏も「受動喫煙問題は、基本的に喫煙者のマナーの問題」と断言し、オリンピックに臨む東京の“あるべき姿勢”をこう説く。

「おもてなしは、たばこを吸う人にも吸わない人にも心地よいものでなければなりません。そのために必要なのは、一方的に加害者になりうる喫煙者が分煙ルールやマナーを守る自覚を持つことです。

 かつてサッカーW杯ブラジル大会で、日本人サポーターが試合後自主的に清掃して世界を感動させたように、よいおもてなしは人々に感動を与え、世界を変えることもあります。

 東京を訪れれば喫煙者は喫煙のマナーを学び、たばこを吸わない人も、“東京スタイル”の心地良さを知る――。そんな東京の魅力を世界に向けて発信できるチャンスがあります。自覚がなければマナーは生まれませんし、上からの強制はかえって反発を招くだけです」

 すでに日本では健康増進法の施行により、屋内での分煙もしくは禁煙化が進んでいるだけでなく、東京23区内では屋外でも喫煙を規制する条例ができるなど、決して世界に劣らない喫煙ルールが醸成されている。

 オリンピックという一時のイベントだけのためにこれ以上規制の網をかければ、日本を訪れる多くの外国人たちから普遍的な努力が称賛されるどころか、喫煙者に対する行き過ぎた人権侵害との批判も受けかねないのではないか。

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